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この世界の住人になるから

 縛られたのは、右腕だけじゃなかった。

 最初は一本だったものが、あっというまに分裂して、体中に巻き付いてきやがる。

 棘が肩にも腰にもがっちり刺さり、深く食い込んで、少しくらい激しく振り払っても、びくともしやしない。


 ちっくしょう!

 どうなってんだ!


 ティラノもパムも、俺を助けるなんて、これっぽっちも考えてないらしい。

 主従揃って、いつのまにかすっかり観客モードだ。

 ちゃっかり距離を置いて、安全確保までしてる。


 こいつら、こうなるの判ってやがったな。

 本人にも一言断っとけよ。

 どんだけサプライズ好きだばかたれ。

 俺は嫌いだぞ、こういうびっくり脅かし系は。


 俺が恨みったらしく異世界主従コンビを睨んでいる間にも、イバラみたいな巨大植物の進化は続いてたらしい。

 気づいたら、十本以上に枝分かれした茎のうち、一本が、頭を持ち上げたヘビのような恰好になっていた。


 いや、もっと性質(たち)が悪りぃ。

 先端は凶器、はっきり言えば槍の先だ。


 明らかに、俺の胸元を狙っている。

 ルビーを刺す積もり満々だ。


 もし刺さったらどうなるんだ?

 さすがに、無事じゃ済まないよな?


 向こうは戦う意欲バリバリなんだけども、俺はどうすりゃいいんだ。

 パムに指摘された、ポーマの残量が分からない。


 うっかり使い過ぎたら、即消滅コース驀進(ばくしん)だ。

 防御にも反撃にも、踏み切れない。


 怖い。

 混乱の中、俺は怖くて体を動かせなかった。

 ティラノに頭を食われかけた時よりも。


 死ぬ。

 今度はガチで死ぬ。

 俺は、死を意識していた。


 先端が槍状に尖ったイバラの茎が、俺の頭上まで一気に持ち上がって行くのを、情けないけど、黙って見つめていた。


 今の俺は、ほぼ全身を茎で縛り付けられていて、のけぞる事も、横へ逃げる事も、何も出来ない。


 もうダメだ。

 槍状の先端が勢いよく降り落ちて、胸元まで迫って来ている。

 貫通される!


 ところが。

 予想していた衝撃は来なかった。

 感じているのは、小刻みな振動だった。


 何だ?

 そぉーっと、胸のルビーに視線をやってみる。


 鋭い槍の先みたいなイバラの茎の先端は、奇妙に細かく揺れながら、ギリギリの位置で寸止めになっていた。


 勝手に止まったわけじゃない、何らかの力が働いて、茎の動きを止めてるんだ。

 要するに俺が、っていうか、胸のルビーが。


 理屈じゃなくて、直感でそう思ったんだけど、大きく外した予想じゃないだろう。


 落ち着いてきた。

 改めて胸元をよく見てみる。


 茎は振動しながら、ジリジリと前に進んでるが、ルビーが黒みがかった赤い光を放っていて、押し返してる感じだ。


 徐々に紫色へ変化してきた。

 鳥野郎を仕留めた時と同じ色だ、もしかして、まだレーザービームが撃てるのか!?


 ちょっとだけ、希望を持った。

 その途端、尖ったイバラの茎が、一挙に押し出して来た!

 うわ、刺さる!


 たぶん、僅かに槍の先がルビーに触れただろう。

 ビーム再び!!


 紫色の直線が、イバラを捉えた。

 光がほとばしり、まるで伝っていくように、全体へ広がっていく。


 茎が膨張して、そのまま爆発した。

 緑色の塊が、四方八方に弾け飛んで、壁や床に次々と激突、亀裂を作った。


 ガラス風の壁は、あんまり強度が無かったらしい。

 飛び散った茎の破片が、あちこちにめり込んでいて、中を流れていた水も噴き出している。


 ぴゅーぴゅー、水鉄砲かよ! 状態とか、締まりが悪い蛇口状態とか。強弱いろいろだ。


 とにかく助かったらしい。

 無意識だったけど、まあいいや。


「大した素地だ」


 ティラノに声をかけられた。

 妙に感心してる。

 安全を確認したんだろう、パムを連れて、俺の近くまで来ていた。


「これは、思いもかけない逸材を手に入れたかもしれん」


 褒められてる?

 嬉しくないけどさ。

 やっぱ所有物扱いかよ。


「改めて、誓いを奉納しろ」


 偉そうに命令しやがって。

 腹立つけども、今更イヤだってわけにもいかない。


 冷静になって考えると、誓っちゃったら、俺はこの異世界に問答無用で居着かされて、永久に元の世界には帰れない気がする。

 かといってこのままじゃ、どうにもこうにも。


 下手したら仮人として、ティラノの所有物で一生を終えるしかなくなる。

 そんなの、もっとイヤだぞ。


 あー、もう! 仕方ねー。

 誓いを奉納して、まずはこの異世界の住人になる。

 後の事は後で考えよう。


 俺は、右手を台に乗せ直した。

 今度も光の輪に囲まれたけど、やばそうなイベントは何も起きなかった。


 そりゃそうだ。

 さっきのは、神殿の防衛反応だったんだから。


 基礎知識の閃きによると、ルビーに吸収されていた危険物、早い話が、精製されていない魔力源泉(ポーマ)を、神殿が拒絶したという事だった。


 異世界に召喚されて、あれこれあって、ここまで移動した時、源泉が溢れる滝状態の崖を綱渡りして来た。

 あの周辺に、気化したポーマが漂っていたのを、ルビーが吸収していたんだ。


 色が赤黒かったのも、鳥野郎を撃退したのも、気化したポーマを取り込んだ影響だったようだ。

 そんなに長い時間じゃなかったはずなのに、あれだけの威力だ、相当な劇薬だよな。


 神殿が過激な反応をするわけだよ。

 一種の浄化作用だったんだろう。


 どうやら、未精製の劇薬系ポーマは、あの一撃で使い果たしたっぽい。

 ルビーは今、透明感がある綺麗な赤い色になっている。


 光の輪は手の甲に乗っていた。

 四種類の模様が複雑に合わさって、紋章みたいな形になっている。

 ははぁ、本来はこうなるはずだったんだな。


 俺は、決められている文言を


「私ことフミトは、世界の役に立ち、尽くす事を誓います」


 思いっきり棒読み状態で唱えた。

 選手宣誓か!


 超絶美人なおっぱい女神様が、姿をくらましちゃってるせいで、テンションもダダ下がり。

 せめて女神様に誓えるんだったら、もう少し気分もあがったんだけどなー。


 まあ、俺が気乗りしてようがしてなかろうが、儀式には何の関係も無かった。

 今まで、ほんのり程度に光っていた紋章が、急に強烈な閃光を放った。

 つくづくフラッシュが好きだな、この世界は。


 この猛烈な発光が、異世界に受け入れられた証明なんだろう。

 で、これで終わりかと思ったら、そうはいかなかった。


「何を誓う?

 考えてあるのだろう」


 パムに質問されて、思い出した。

 そうだった。

 奉納って、ノルマがあるんだった!


 スポーツイベント系の開会式みたいなノリの文言は、基本の誓い。

 この他に、善行の誓いとかいうのを、最低でも一つは納めなきゃいけないんだ。


 実は何にも考えてなかった。

 いや、異世界に永住する気が無かったもんで。


 そうとも言ってられない雰囲気だ、やばい。

 もう何でもいいから、実現出来そうな、無難そうなやつ。


 基礎知識の中に、例題集(テンプレ)っぽい使える文言を発見!

 内心では慌ただしく、態度には「ちゃんと考えてあります」感が出るように。


「私ことフミトは、特技を活かし、世界の役に立ちます」


 ……つい、テンプレ通りに言っちゃったよ。

 異世界主従コンビが、こっちを凝視してる。

 ええと。

 何か、やばかった?


「ほう、なかなか殊勝だな」


 ティラノは、また体を縦に揺すって、独特の笑い方をしている。

 パムは何となく心配げな顔だ。


「かなり大きく出たものだが、世界に役立てられるような特技があるのか?」

「た、たぶん」


 そう聞かれたら、俺もちょっと困る。

 有るとは断言しにくかった。


 ま、まぁ。

 この世界の魔法は、想像力でカバーが効く性質らしい。

 さっき出したパラシュートなんか、出来栄えはいい線いってたと、こっそり満足してるぞ。


 元の世界じゃ使い道が無かった、アニオタ特有の妄想、じゃなくて豊富な想像力は、こっちの世界でならそこそこ使える。

 俺はそう踏んでいる。


 でもこれを、パムに判るよう説明するのは、めっちゃ難しい。

 今後に期待してくれとしか言えねーや。


 奉納しちゃったものは、もう取り消せない。

 やるしかないよな、この際は。


「次の手順だ」


 ティラノに言われて、俺とパムは会話をやめた。

 面倒くさいんだが、まだ儀式は終わってないんだ。


 壁際のミニ噴水が、がんがん湧き出した。

 同時に、立っているステージが変形を始める。


 一部が引っ込んだり出っ張ったりと、見る見る浴槽風の造りになっていく。

 スーパー銭湯の主浴槽にそっくりだ。

 百七十二センチ、六十一キロの俺が、丁度寝そべられるくらいの。


 高く噴き上がった水が、渦を巻きながらその空間に流れ込む。

 世にも珍しい風呂があったもんだ。


 どうやら、俺はこの水風呂に全身を浸す事になるらしい。

 この水はもちろんポーマだ。

 今の俺には、見れば区別がつく。

 広場にあった噴水のものとは違う、もっと濃度が高くて、もっと特別なやつ。


 ティラノが指ちょいちょいで、浸かれと命令して来た。

 視覚と聴覚以外は封印されている俺には、温度を気にする必要は無い。


 どっちかというとプールに入るような勢いで、どぼんとやってみた。


 やっぱり、特に何も感じない。

 ただ、水が体に染み込んでくるような感覚だけはあった。

 仰向けに寝そべる。


 水の中だけど、視界ははっきりしてるな。

 ティラノとパムが覗き込んでいる。

 注目されると何か恥ずかしい、やめてくれよ。


 あれ、ぞわそわしてきたぞ。

 力が溜まっているっていうか、疲れが取れていくっていうか。

 今まで自覚はなかったんだけども、実は結構疲れていたらしい。


 このポーマは品質が良いんだ。

 なるほど、等級があるんだな。


 どうやって精製しているのかは、この世界の秘密なのか、基礎知識を調べようとしても分からない。

 理屈はともかく、品質の高低は理解出来た。


 ブレナンとか名乗ってたライオン男の、俺を一級樽で買いたいってやつ。

 あれは、ポーマの等級だったんだ。

 今、俺が浸ってるのも、一級の品質らしい。


 あー。

 何か……段々、どうでも良くなって来た。

 すげー気持ちよくて、眠い。

 人をダメにする系のクッションに寝転んでる気分だ。

 このままで居たい。


 ふわふわした感覚に包まれて、もうちょっとで寝落ちするというところで。

 俺の体がいきなり浮上した。

 何だよ、邪魔するなよ。


「まだ危険性が分からないのか、愚か者」


 パムに叱られた。

 あっ!

 やばいやばい。

 一体化するところだったぞ。


「いくら精製されていようが、ポーマの本質は変わらない。

 命が惜しければ、重々承知しておくがいい」

「あ、はい」


 確かに。

 油断した俺が悪かった。


 ティラノは、パムのお叱りには興味が無いっぽい。

 マイペースで俺のルビーを眺め


「随分と量を取り込んだな。

 これなら、正民にも引けはとらんだろう」


 また感心してる。

 ていうか、正民って何だ?

 ティラノは何を考えているんだ。

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