気がつきゃ異世界、身動きとれねー
おっぱい。
えーと。繰り返すが、おっぱいだ。
俺の目の前にある、めっちゃ柔らかそうな、ぽよんぽよん系の塊二つ。
どー考えても、おっぱいに違いない。
いや待ておい!
なんでだよッ!
いきなり頭に『ゴンッ』って衝撃が来て、視界が真っ暗になって、やっと見えたと思ったら。
桃みたいな匂いがする、おっぱいのどアップ!?
何だコレっ!?
「マスター。
この騒音で間違いないですか?
何か違うような」
「全く違うな」
俺を騒音呼ばわりした、謎のおっぱい娘の声に、やたらとくぐもった男の声が重なった。
ちょっとだけ、顔を上げた俺は、思いっきり叫んでしまった。
「なんだよこの恐竜はぁっ!」
ティラノだ。
どっからどぉ見ても、顔面ティラノサウルスだ。
真正面にしゃがみこんでいる、ぽよんぽよんな谷間の頭上から、恐竜顔の男が俺を覗き込んでやがるっ!
マスクどころじゃない、本場もびっくりの超特殊メイク、有り得ない出来栄えのティラノサウルス面が、そこにあった。
あっちも俺をじっと見ている。
気持ち悪いやら、ガチで怖いやら。
つい、ぎゃあぎゃあ大声を上げまくった。
そしたら
「黙れ、騒音」
谷間娘に叱られた。
でもって!
俺の後頭部をわしっと掴み、自分の胸に押し付けてくれちゃいやがったありがとう!
いやいや、違う。
苦しいやら嬉しいやら。俺は言葉を失った。
頭の中で、ぐるぐる渦巻いているいろんなモノが飛びそう。
「マスター。騒音は大人しくなりました。
どうぞ、お話ください」
「……いや。話すまでもあるまい」
顔面ティラノは、すんげー面倒くさそうだった。
何だとこの野郎。俺には話す価値が無いって言いたいのかおい。
まあ、よく考えたら、女の子の谷間にむぎゅーんってなってる男相手に、話す事は何も無いっていうのも、正論ではある。
でもな、そっちに無くてもこっちにはあるぞ。
谷間むぎゅーんで、俺は確信した。
このむっちん天国あーたまらん、違ったそうじゃない。
夢じゃない。
温かい、柔らかい感じ。
さっきから鼻先に漂っている桃系の甘い匂い。
リアルすぎ。
もしや噂に聞く異世界召喚ってやつか!?
そんな心当たりは、全然ちっともさっぱり断じて無い。
諏訪文人。十七歳。どこにでもいる、アニメと小物自作が好きな男子高校生。
自己紹介は以上で、とってもスピーディに終われるぞ。
あ、一つだけ、双子の妹がいるって事だけはちょっと珍しいかもな。
でも本当に、その他は何も特別なものは持ち合わせちゃいない。
普通の男子高校生なんだぞ。
谷間娘のむぎゅーん攻撃が、急に弱くなった。
遠慮なく、もうちょい頑張ってくれてもいいんだぜっていうか頑張ってください応援します。
「マスター、この邪魔者どうします?」
騒音の次は邪魔者ときたか。
圧迫が弱くなったのは、立ち上がって恐竜男を振り返り、指示を求めたからのようだ。
おーい。そんなティラノ野郎を構うより、俺をむぎゅーんして黙らせるっていう重大任務があるだろ、谷間娘。
何ならもう一回騒ぎまくって、任務再開の理由を作ってやろうか。
めっちゃ下心を出しかけた俺だけども、もろに爬虫類な冷たい視線にさらされたとたん、声が出なくなった。
怖いんだよ、この恐竜顔。
やつはじぃーっと俺を見つめてから、谷間娘にゆっくり顔を向けた。
顎のラインには髭のように太い棘が生えてるけど、はおったマントの隙間から見える首から下は、マッチョ系の人間らしい体格だ。
浅黒い肌をしている。
腕なんか、もうアホみたいに太いし、薄茶色の革ズボン履いている足も、遠くから見たら丸太と間違うぞ、きっと。
ただ五本指は、鉤爪って言うかクレーン車のフックかよ状態。腕も爬虫類っぽい見た目だ。
めっちゃ物騒なシロモノが、じゃきーんと生え揃ってらっしゃる。
あれで軽くでも殴られたら、原型留めていられる気がしない。
相変わらず、桃みたいな甘い匂いが鼻先を漂っている。
谷間娘が俺とティラノの間くらいの場所で、恭しく片膝ついていた。
「何か、言いたい事はあるか」
くぐもった、野太くて薄情そうな声で訊かれた。
ヤツは、質問相手の俺じゃなくて、谷間娘を見ている。
「話が出来るくらいには、十分に効いているだろう。
パム、もういい」
「はい、マスター」
え? 効いてる?
何の事だ。
と思ったら、桃っぽいフルーツ系の匂いが無くなった。
替わりに、何て言うか。
婆ちゃんちの箪笥の匂いって言うか。
周囲がそんな感じの空気になった。
よく分かんなくて、ぼけっとしていたら、パムとか呼ばれていた谷間娘が
「マスターから機会を頂いた。
ありがたく思って、言いたい事が有るなら言うがいい」
めっちゃ上から来やがった。
黒のロングヘアで、肩から半分透けたケープはおっている。
胸ががばっと開いた紫色のドレス姿、そこから見える盛り上がりなんかもう。どこのメロン畑だよ。
額に略冠って言うのか? 銀色のアクセサリー付けていて、印象だけなら王女様でも通りそうだ。
見た目も委員長風、かなり美人な線いってるんだけどな。
この上から来る感じ、どうにかなんないのか。
思っているだけの積もりが、するっと口から出ちゃってた。
パムはみるみる機嫌が悪い顔になり、ティラノ野郎はため息をついた。
「効きすぎだな」
相変わらず面倒くさそうだ、選ぶ言葉が露骨に短けーよ。意味不明だし。
そんなに俺と話すのが苦痛かおまえ。俺もだ。
「マスターに向かって何を言うか、貴様」
谷間娘がぎろっと睨んできた。声に凄みが。
何か、さっきから思った事をだだ洩れさせているみたいだ。
おかしいぞ。
俺、こんなに何でもぺらぺら喋る癖なんて、あったっけか?
いやそもそも、こんな状況なのに、やたら会話がスムーズだってところからしておかしい。
感覚だけでも判る。
今の俺は、異世界に居る。
しかも、首だけ。
どこかの床だろうと思う、魔法陣みたいな模様が描いている平らな場所に、俺の首だけがごろんとある。
そんな感じだろう。
冷静に考えりゃ、どパニック必至の状況なのに。
何か俺、他人事みたいな心境なんだ。
最初こそ、訳が分からなくておろおろしたけどもさ。
段々と冷静になった、いや違うな。
自分の事だと思えなくなってきた感じ。
ティラノ野郎が言っていた
「十分効いている」
とか
「効きすぎだ」
とかって、もしかしてこの事なんだろうか。
さっきの桃みたいな匂い。
あれが関係しているのかもしれない。
「そうだ、あの匂いは鎮静効果をもたらす。
今の匂いは会話を促進する効果がある」
野太いざらざらした声が答えた。
やっぱり、俺は考えた事を片っ端から喋っちゃってるんだ。
自覚らしい自覚が無いのに。
もう確定だな。
俺は異世界召喚ってやつに巻き込まれたんだ。
これといった特技も何も無い俺を、わざわざ狙うとは思えない。
手違いってところか。
「うむ。
それに関しては、率直に謝罪しよう。
どうやら、人違いだ」
とっても無表情に、ついでに無感情に、ティラノ野郎は言い切った。
何が謝罪だこの野郎、少しも悪く思ってなんかいないだろ。
だいたい、誰と間違えたらこうなるんだ。
「あの娘だ」
今度は谷間娘の返答だった。
俺から見て右側を、やっぱり無表情に指さしている。
その先には鏡があった。
リサイクルショップで五百円くらいの値札がついていそうな、アンティークっぽい金縁の楕円形、見た感じ直径三十センチくらいの鏡に映っていたのは
「陽音じゃねーかっ」
妹だった。
真っ青になって、口をパクパクさせながらへたり込んでいる。
視線からして、天井を見ているようだ。
鏡に映っているのは、間違いなく俺の部屋だ。
漫画ずらりの本棚とか、アニメ系のポスターとか、見慣れたものが視界に入っている。
たぶん、そこに俺の体がある。
どうなっているのか、見当がつくようなつかないような。
とにかく、異常事態になっているのは間違いない。
「どうやったら、そんな人違い出来るんだよっ」
「不明だ」
ティラノはゆっくり首を左右に振った。
パムは不本意そうに、委員長顔を曇らせている。
「意味が分からない」
俺のセリフだ、意味が分からないってのは!
パムは真面目に小首を傾げて俺を見た。
「正しい手応えはあったのに……勘違い?」
「勘違い? じゃねえよ」
可愛く言ったってだめだばかたれ。
俺だって、異世界なんかに用は無いぞ。
おっぱいは別だけども!
ちょっと、いやかなり未練有るけども!!
人違いでも勘違いでもこの際はいいから、とっとと元の世界に戻せよ。
そう言おうと思ったら、ティラノ野郎は、無理とか何ちゃらとか、あれこれ反論したり渋ったりはしないで、かなりあっさり
「承知した。
どうせお前は邪魔者だ。
召喚円陣からどかさなければならん」
頷いた。言い方は腹立つけど。
あ、良かった。意外に話が分かるやつなのか、めっちゃ腹立つけど。
いやでも待てよ。
ちょっと待て。
こいつらの本来の狙いは妹だったんだよな。
じゃ、俺が元の世界に戻ったら、陽音はどうなるんだ?
勘違いで俺を召喚したとかって話が本当なら、今度こそあいつがガチで狙われるんじゃないのか?
そうなるよな?
「もちろんだ」
「もちろんだじゃねえよ。
だったら、どいてたまるかっ」
この野郎、しれっと誘拐宣言しやがって!
妹との仲は特に良くも悪くもない、普通だと思う。
何ならさっきも、ちょっとした事で言い争いしたばっかりだ。
でも、身内が異世界に誘拐されると判っているのに、知らんぷりなんか出来ないぞ。
対策、先に対策だ。
話付けてからじゃないと、俺は帰れない。
で、どうやってつける?
「ほう、そうか」
ティラノ野郎は、俺の都合や希望なんか、気にもしてないらしい。
つかつか、いやどっちかと言えばどかどかと、荒っぽい足音をたてて近づいて来た。
話し合いって感じじゃない。
「どれ」
それどころじゃなかったぁぁぁぁ!!
恐竜が、恐竜がぁっ!
がぱーって大口あけて、俺の頭上に迫って来てるっ!
良すぎる歯並び、一本一本が俺の人差し指くらいありそうな太さの牙が剥き出し!
食うつもりかこの野郎!?




