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スクールライフに純愛を!  作者: みいろ
4/5

富野日向子の困惑

―薄暗い視聴覚室。

 四角く配置された机には、制服を着た男女が座っている。それだけでなく、壁際には何人もの生徒が立っていた。その中には教師と思われる格好の者もいる。

 彼らはお互いが誰かを知ることはない。何故なら全員の顔は仮面や布などで隠されていたからである。

 上座に座るのは、狐面を被った長い黒髪の女子生徒。彼女は厳かに言った。

「皆さん、時間になりました」

 ざわめきがぴたりと止む。全員が狐面の少女を見つめた。

「これより、《皆本純を見守る会》定例会合を始めます」

―そう、この集団は密かに設立された皆本純のファンクラブ………その会員達なのである!



「ではまず、各自の報告事項から」

 狐面の少女が告げると、馬マスクを被った男子生徒が手を上げた。

「はい。《純くん目覚ましボイス》に新規音声を追加しました。録音に苦労した、レアな敬語なしバージョンです。会合後アップロードするので各自ダウンロードしてください。パスワードはいつもの通り《love-junnyan》です」

 会員達から拍手が起こった。続いて縁日で売られている魔法少女アニメのお面を着けた女子生徒が手を上げた。

「《純くんフォトコレクション》を更新しました。詳細はこちらをご覧下さい」

 視聴覚室の大スクリーンに画像が映し出される。一枚一枚画面が切り替わっていくが、全て皆本純の写真だった。体操服姿の純や桜の木の下を歩く純……どうやら盗撮らしく、純はカメラの方向を向いていない。家庭科部のものなのか、エプロンを着て指に付いた生クリームを舐めている画像が表示された時には、会員達から歓声が巻き起こった。

 最後の一枚は、制服姿で笑顔の純が写っていた。狐面の少女が訝しがる。

「おや、どうして目線がこちらを向いているのですか?」

「そ、それは……!」

 おろおろとする魔法少女。やがてがっくりと項垂れて答えた。

「あの……うっかり盗撮がバレまして……でも純くんは笑って『写真なら好きに撮ってもいいですよ』と言ってくれて……その時の一枚です」

 会員達がざわめく。狐面の少女は静かに言った。

「我が会の会則は『イエスぷるぷる、ノータッチ』……純くんの生活を乱さぬよう、気づかれずに見守り、愛でるのが原則です。懲戒処分を行う決まりですが……」

「ひぃっ……!」

 魔法少女が小さく悲鳴を上げる。狐面の少女は続けた。

「純くんの親切と素晴らしい笑顔に免じて、反省文2500字で済ませます」

「か、会長ぉ……!」

 涙声の魔法少女。会長と呼ばれた狐面の少女は淡々と次の報告を促した。目の部分に穴の空いた紙袋を被った男子生徒が手を上げる。

「近況の報告です。昨日、下校時の純くんを狙って狼藉を働こうとした不届きな某運動部員六名ですが、会員の報告を受けた 西堂寺麗華によって無事排除されました」

「その生徒達を監視リストに追加してください。今後も西堂寺麗華と連携を密に取り、純くんを見守りましょう」

 会長の言葉に紙袋は頷いた。続いて手を上げたのは、黒子頭巾の女子生徒である。

「前回行った会員意識調査の結果が出ました。『第一回純くんを見守る会派閥アンケート』ですが、《純くん可愛い至上主義》派が55%の過半数、《加藤香澄とのカップリングに萌える》派が24%、《純くん尊すぎて崇拝してる》派が16%、《むしろ会長に踏まれたい》派が5%でした」

「集計お疲れ様でした」

 最後の項目を華麗にスルーした会長は、一呼吸置いて次のように言った。

「では、重要監視対象《椎名美鈴》、そして最重要監視対象《久世涼》についてですが……」

 その言葉に会員達はすばやく反応した。

「会長!久世涼は純くんをからかって困らせたり、酷い時には泣かせたりしています!いくら許嫁とはいっても見過ごせません!」

「そうです!さらに久世涼は純くんと殆ど同棲状態だという情報が……我々の監視外で純くんに一体何をしでかしているのやらうらやま……けしからんです!」

 会員達が口々に意見を言う。その大半が久世涼への批判だった。一気に騒がしくなった室内を見回してから、会長は言った。

「静粛に。久世涼に関しては、まだ様子を見るべきでしょう。監視を怠らず、情報を集める時期です。椎名美鈴に関しても同様です」

 会員達は黙って頷いた。会長が他に報告はないかと確認した後、会合は終了となった。

 視聴覚室から大勢の人間が出ていく。誰もいなくなった教室には会長が一人たたずんでいた。会長は静かに狐面を外す。現れたのは流れる黒髪と美しく整った少女の顔。そして彼女は呟いた。

「久世涼―確かめてみる必要がありそうね」

 《皆本純を見守る会》会長―富野日向子の眼差しは鋭かった。



 昼休みを告げるチャイムが鳴る。

 ある者は購買部に、ある者は持参した弁当で昼食を済ます。教室では机を動かして、グループで食事を採る者が殆どだった。

 そんな中、薄い色素の瞳と長い髪を持つ女子の制服を着た生徒―久世涼は机の上に弁当を広げようとしていた。一緒に食べる者は誰もいないようだ。そこに歩いてきたのは、黒髪の少女だった。少女は涼の机の横に立って言った。

「久世さん。お昼ご飯、一緒にどうかしら?」

 涼は大儀そうに顔を上げる。

「あんた、確か……副委員長?」

「ええ、《富野日向子》よ。……皆本くんは一緒じゃないの?」

「純なら今日は他のクラスにお呼ばれされてるわ」

「そう……場所を変えない?聞きたいことがあるの」

 二人の何気ない会話。しかし、お互いの目は探るように相手を見ていた。周囲の生徒もただならぬ雰囲気に黙ってなりゆきを見守る。

「……わかった。行きましょ」

 涼が弁当を手に立ち上がる。

「嬉しいわ、久世さん」

 日向子は静かにそう言った。



 人気のない屋上。二人は座って弁当を広げる。

 涼の弁当箱には、小さなおにぎりとバランスと彩りを考えられたおかずが詰まっていた。

「……それ、もしかして皆本くんが?」

「そうよ」

 日向子の質問に涼はそっけなく答える。二人は無言でしばらく弁当を食べていた。

「……で、聞きたいことって?」

 おもむろに涼が言った。

「どうせ純のことでしょ?」

「その通り」

 日向子は平然として続けた。

「まず聞きたいのだけど……あなたは皆本くんが他の生徒にちやほやされてても何も感じないの?」

「別に何も」

 涼はあっさりと言った。

「それは……本命の余裕、ということかしら?」

「ははっ、違うわ」

 涼は可笑しそうに否定する。

「純は《そういういきもの》なだけよ。魚に泳ぐなと言っても無理でしょ?」

 日向子は涼の言葉の意味を理解出来なかった。

「そんな……あなたは誰にでも優しくて、微笑みかけてくれる皆本くんが……他の人に心を移すことが怖くないの?」

 日向子の問いに涼は怪訝そうに答えた。

「はぁ?そんなの《ありえない》し。それにそもそも―」


―純は《全然笑ってない》わよ。


「え……?」

 呆気にとられる日向子を意に介さず、涼は続けた。

「まあ、私としては周りがどうであろうが関係ないんだけど……そうね、《あんた達》が純が過ごしやすいように秩序を保ってくれてるのは多少ありがたいかな、そんな程度よ」

 日向子は驚きに目を見開いた。―久世涼は一体どこまで知っているというのだ。

 予鈴のチャイムが鳴る。涼は立ち上がった。

「じゃあね、会長」

 その一言を残して、涼は屋上を後にした。



 放課後の教室。

 生徒達は皆、部活動に出ている。その誰もいないはずの教室に、二人の男女がいた。

「……で、久世くんとのバトルはどうだった?」

 机に腰掛け、眼鏡をかけた男子生徒がへらへらと笑いながら尋ねる。

「……久世涼に情報を流したでしょう」

 机の前に立ち、男子生徒を冷たい目で見るのは富野日向子だった。男子生徒は悪びれることなく言った。

「さあね。まあ、フェアじゃないし」

「はあ……」

 日向子はため息をついた。この男子生徒―芦屋義正に日向子が逆らうことは許されていない。

 芦屋家は古くから続く武家であり、明治維新後には華族となって多数の政治家を輩出してきた家柄である。富野家はその譜代として、長年にわたって芦屋家に仕えてきた―いわゆる強固な主従関係にある。

 日向子の人生は義正を支え、守るためにある。やがて日向子は子を産み、その子も義正の子に仕えるのだろう。そんな定められた将来を、日向子は拒絶しようと思ったことはない。

 ただ……仕える相手が義正でなく純であったなら……そんな夢想をしたことはある。


 芦屋義正―2年B組学級委員長は、一言でいうなら《馬鹿》である。

 頭が悪いという訳ではない。むしろ成績はトップクラスであり、機転も効く。ただ、その優れた能力をあらぬ方向に無駄遣いするのが馬鹿の馬鹿たる所以だ。

 今回もあの久世涼と密かにコネクションを築いた手腕はさるものだが……一体義正にとって何の意味があるというのか。日向子には理解出来なかった。

「ところで日向子は久世くんと何を話したんだい?」

 興味津々という顔で義正が訊く。日向子は一瞬ためらったが、自分が言わなければ涼に訊くだけだと思い当たり、渋々その内容を語った。

 聞き終わった義正は、腕をくんで何事かを考えた後、こう呟いた。

「ふうん。《偶像アイドル》の生態について貴重な情報が得られたというわけだね」

「アイドル…?」

「まあ、久世くんの言う通りなら《そろそろ危なかった》ということかな」

「あなた……何を言って…」

「ああ、大丈夫だよ。危機は回避されたようだし。日向子達は今まで通り振る舞えばいいさ。ただ……」

 義正はへらりと笑って言った。

「皆本ちゃんから久世くんを引き剥がすことだけは、お勧めしないね」

「…………」

 日向子は黙ったまま、義正の顔を見つめていた。



 後日行われた《皆本純を見守る会》定例会合にて、会長により『久世涼に関しては不可侵とする』という発案がなされた。当然反対意見が上がったが、会長が丁寧に説得し、最終的に賛成大多数で決議されたという。

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