第5話 死神なのに救いの神
ジリリリリリリリリ………
目覚ましの音が部屋に響き渡る。
こんなに布団から出たくないと思ったのは生まれて初めてだ。
「冥くーん!朝だぞぉおお!起きろぉおお!」
グリコの声が部屋に響き渡る。
こんなに鬱陶しい女の声を聞いたのは生まれて初めてだ。
「グブォッ」
殴られた。
グーで殴られた。
「へっへーん♪冥君の"グブォッ"頂きましたぁ~♪」
朝から本当にムカつく死神だ。
目覚めに良い一撃をもらったおかげで眠気がぶっ飛んだ。
……その代わり憂鬱になってきたんだが…。
万葉のおかげで俺はクラスメイトに嫌われずに済んだ。しかしその代償は非常にでかい…。
クラスメイトが知っている俺は誰にでも親しみを持って接するおもしろい奴。
だがそれは万葉の霊魂が俺の身体の中にいた場合だ。
今の俺は心の中でしか会話のできない女性恐怖症のヘタレ野郎だ。
…涙が出てきた…。
「頑張って冥君!私はしっかり聞いてるからねっ!その調子でおっけぃだよ!」
お前は黙ってろ。
問題はどうやって今日を乗りきるか。
特に天野だ。あいつは絶対に絡んでくる。
「冥君。色々考えてるとこ悪いけどさ。時間、大丈夫なのかな?」
…やばい。
「気をつけて行くんだよ~!17時までには帰ってこないと晩ごはん抜きだからねぇ!」
お前に構っている暇はない!
俺はグリコお母さんを無視して、学校までの道のりをひたすら走り続けた。
…はぁ…はぁ…。
思ったよりも余裕で着いたな。
さて、地獄はここからだ。
俺は消費した体力と、今から始まる地獄を思って沈んでいる心を落ち着かせるため、水道水を口に含んだ。
「おぉ~良く間に合ったねぇ冥君!やっぱり君はやれば出きる子だよ!」
あぁ我ながら良く頑張ったと思うよ。ゴクゴク…
ほんとに朝から良い汗をかいてしまっ……
「ブフォッ!」
俺はあまりの驚きで口に含んでいた水を全て吐き出してしまった。
「おぉ~!冥君の"ブフォッ"頂きましたぁ~!イエイ!」
イエイ!じゃねーよ!
ここでなにしてんだ!
「なにってさ…。昨日思ったんだよね…。一人で家で待ってても凄く暇なんだ。だからさ。来ちゃった♪テヘッ」
テヘッとか言うな死神のくせに!
くそ…地獄に死神か…冗談だと言ってくれ…。
「とんだブラックジョークだね!」
うるせーよ!黙ってろ!
「まぁまぁ。私はただ冥君を助けてあげよーかなって思っていただけなんだからさ。」
…なに?
「へっへーん!死神見習いを舐めちゃーいかんよ人間君!霊魂が生きている人間に取り憑くことができるように、死神も生きている人間に取り憑くことが可能なのだよ、凡人君!」
せめて人間か凡人かどっちかにしてくれ。
いや、でも確かにそれは助かる。
グリコが俺に取り憑いて、今日とゆう地獄を乗り切ってくれれば…。
いや、なんなら学校の時は毎分毎秒グリコに取り憑いていてほしい。
「へへんだ!それじゃあ後は私に任せないさい!うおりゃーーー!」
グリコが勢い良く俺に突撃してくる。
その瞬間から俺の身体の操作権はグリコに移った。
「俺の名前は送川冥!天下無敵の高校生さ!」
おいやめろ。
遊ぶんじゃない。
「まぁまぁ。…おっといけない。早く教室に行かなければ!」
そう言うと俺の姿をしたグリコは猛ダッシュで教室へと向かった。
こいつに任せたのは失敗だったかもしれない…。
グリコはダッシュの勢いを保ったまま教室へと滑り込みクラスメイトに意気揚々と挨拶をし始めた。
「やぁ僕のマイフレンド達よ!グッドモーニング!清々しい朝だね!」
…こいつ完璧に楽しんでやがる…。
俺のキャラを崩壊させて…。
「おはよメイ。朝から凄いハイテンションね。」
天野。
頼むから今の俺に絡まないでくれ。
「おぉ春花!今から僕と朝日を浴びながら、熱い紅茶でも飲まないかい?君とならより美味しい紅茶が飲める気がするんだ!」
くっ。さすがは死神。既に天野のことを把握済みか。
てゆうかそのキャラはホントやめろ。
「ちょっと…。皆見てるからやめてよ…。」
お前は何でちょっと照れてるんだ。
「そうか…。残念だ…。おっと!ティーチャーが来たみたいだ!すまないが春花!ちょっとの間、君との甘ぁ~い一時はお預けだ。僕も我慢するから二人で頑張って乗りきろう!」
この死神見習いが一人前の死神になるときは永遠に訪れない気がする。
「分かったわ。…わ、私も我慢するから。」
お前も悪のりはよせ。
そんなキャラじゃないだろうが!
「おーいお前ら席につけ。出席とるぞー。」
そんな教師の声で、騒がしかった教室が瞬く間に静かになる。
グリコの口車に乗せられて身体を渡した俺が間違っていたのか?
くそ。霊魂を回収するってゆう本来の目的を忘れやがって。
まぁ何を言っても手遅れか。
もうグリコを信じて任せるしかない。
…この決断が俺をさらなる地獄に陥れることになるとは、この時はまだ思ってもいなかった…。