第4話 旅立ちと始まり
キンコーンカンコーン…
「しゅうーりょー!昼飯だぜぃ!」
朝の一件以来、特に何事もなく昼を迎えた。
いや、何事もなくではないが…。
まず授業の合間の休憩の度に天野がこっちに来るようになった。
その様子を見た他のクラスメイトも俺の事を嫌悪せず、普通に接してくれる。
まぁ昨日のことをチャラにしてくれただけでもこの霊魂には感謝しなくちゃならないな…。
だが案の定問題が浮上する。
おそらく天野を含めた他のクラスメイト全員が俺のことを明るくておもしろい奴だと思い始めている。
…これは死活問題だな…。
「ねぇメイ。売店行くんだけどさ。…一緒にどう…?」
予想通りか来やがったか天野よ。
「おっ春花!いいぜぃ!俺もお前の隣で飯が食いたかったんだぜぃ!」
マジでやめろ。
一体俺は明日からどう接すればいいんだ…
「ちょ…あんたさぁ……ま、いっか。ほらいくよ?」
そう言って俺の手を掴み売店に向け歩みを進める。
端からみればカップルだなこれ。
その後は結局他のクラスメイトも合流し休憩時間ギリギリまで馬鹿みたいに盛り上がっていた。
これが普通の高校生ってやつなのだろうか。
俺には縁のない話だな…。
そしてこの霊魂は帰りの間際までクラスメイト全員と話しをして回っていた。
「いやー今日は本当に楽しかったぜぃ!これが生きてるってことなんだな…。」
…そう。
これが生きてるってことなんだろう。
俺はこの霊魂と違ってまだ命はある。
だが、命あることと、生きている、とゆうことはイコールなのだろうか?
俺は本当の意味で生きていると言えるのだろうか…。
…やめよう。
こんなことを考えるのは既に命を失った霊魂に悪い。
「私も楽しかったわ。明日を楽しみにしてることなんて久々よ。…それじゃ私はこっちだから。また、明日ね?メイ。」
また明日…か。
「…あぁ、また明日だぜぃ春花!」
…。
家に着くまで霊魂はただひたすらに辺りを見渡していた。
その眼に最後に焼き付けるように。
自分の生きていたこの世界を。
「おっかえりー冥君!霊魂ちゃん!」
玄関のドアを開けると待っていましたと言わんばかりにグリコが満面の笑みで出迎えた。
「ただいまだぜぃ!」
…。
「学校生活はどうだったのかな?」
…。
「あぁ楽しかったぜぃ!本当に感謝してもしきれねぇよ!…って、もう男の演技は良いんだったね…。」
そう霊魂が言った瞬間、俺に衝撃が走った。
…どうやら霊魂に貸していた身体が元に戻ったらしい。
「お別れが来たみたいだね、霊魂ちゃん。」
グリコのいつになく、真面目な声が部屋に響く。
「そうみたいですね。申し遅れました。私の生前の名前は片桐万葉」
先ほどまで青白い炎のようだった霊魂がだんだんと形を帯びてくる。
そして次の瞬間には、まるで生きているかのような、美しい女性の姿へと変貌した。
「万葉ちゃんか…。可愛い顔に似合った素敵な名前だね!」
そのグリコの発言に万葉はクスッと笑った。
「ありがとうございます。…本当にありがとう。たった1日だけでしたけど、高校生として過ごせたこと。たった1日だけだったけど、たくさんの友達に囲まれて、たくさん笑って、たくさんの想い出を作ることができたこと。ありがとうじゃ足りないくらいあなたたちには感謝しています。」
万葉はただ真っ直ぐと俺たちを見つめて話しを続ける。
「送川冥さん。今日はたくさんの友達とたくさんお話しすることができて、私はとても楽しかったです。だから、明日からはあなたが精一杯楽しんで生きて下さい。人生に悔いの残らないように…。どんなに怖くても、どれだけ失敗しても、あなたは何度でも立ち上がれる。あなたは間違いなく生きているのですから。」
………。
「あぁ、頑張ってみるよ…俺。」
初めてかもしれない。
霊魂とはいえ、女性と眼を合わせ会話をしたのは。
「フフッ、頑張って下さいね?…そろそろ本当にお別れのようです。死神グリコ…送川冥。私に最期に出来た親友です。本当に本当にありがとう。」
万葉がそう言った瞬間、青白い光が空高く舞い上がった。
「これであの霊魂は…万葉は救われたよ。」
…そうか。
「あれれぇ冥君?万葉とはちゃんと口で会話してたのに、私とは無理なのかなー?」
グリコは笑いながら、俺の肩をつついてくる。
俺はただただ無言で空を眺めていた。
「…霊魂がね、自ら名前を名乗った時。それは、本当の本当に心残りがない時、精一杯人生を楽しめたと思えた時なんだよ。」
…そうか…。
その言葉を最後に俺たちの会話は途絶えた。
万葉は自ら名前を名乗った。
自分の人生に悔いがなかったからだ。
死してなおこの世をさ迷っている霊魂たちは、志半ばで死んでいってしまった者達なんだろう。
そんな霊魂たちが、何の心残りもなく、何の悔いもなく、安心して旅立っていける手伝いをこんな俺でもすることができるのであれば…。
俺は死神見習いのパートナーになったことを誇り思うことだろう。