第11話 すれ違いのココロ
天野の両親は固まっていた。
まさか先程話しを終えて帰ったばかりの少年が、もう一度やってくるとは、思いもしてなかったのだろう。
「度々申し訳ありません!まだお伝えてしていないことがありましたので、もう一度お時間頂きます!」
俺は再度、はっきりとした口調でそう伝える。
天野の父親は、その声に反応し一度身体を震わせた。
段々と状況が理解できてきたのだろう。
「…はぁ…。もう私たちに伝えることはないのだが…。それに仕事が溜まっていてね。悪いがこれ以上君に構っている時間はない。」
そう伝え、何かの資料を手に取り奥の部屋へ行こうとしている。
…終わらせない…絶対に…。
そう心に決めると、想いが言葉となり、自然と口から流れ出てゆく。
「…僕には両親が居ません。」
俺の言葉を聞き、天野の父親は足を止めた。
俺は続ける。
「僕が産まれてすぐの頃、事故で命を落としました。母親の顔も…父親の顔も覚えていません。思い出もありません。」
「…だから、皆が羨ましかった。家族皆でご飯を食べる、買い物に出掛ける、他愛もない話しをして、時々喧嘩もして…。周りの皆にとっては当たり前のそんなことが…僕にとっては憧れでした。」
「貴方の言う本当の不幸が何か、僕には分かりません。本当の幸せが何か、僕には分かりません。そんなの当然です。何が幸せだと思えるのか、何が不幸だと思うのか、それは人それぞれ違うと思うから。」
天野の父親は、こちらを振り向くことはないが、背中を向けながら黙って話しを聞いてくれていた。
「自分では当たり前だと思っていることが、他の人にとっては幸せなことだったり…自分では幸せだと思っていることが、他の人からすれば不幸であったり…。一人一人が違う価値観を持っていると、僕は思います。」
「だから、貴方の価値観を天野に押し付けないで下さい。貴方にとっての本当の幸せは…天野にとっての本当の不幸かもしれない…。天野のことを何も知らない貴方が…天野の幸せを勝手に決めないで下さい。」
「…僕はこれから先どんな奇跡が起きようと、両親と話すことはできません。でも、貴方達は違う。…話しを聞いてあげて下さい。…気持ちを伝えてあげて下さい。天野を…僕と同じ立場にしないでやって下さい。」
俺は深々と頭を下げた。
…俺の伝えたいこと…これが全てだ。
正真正銘、俺の想いの全て。
頼む。届いてくれ。俺の想い。天野の願い。
………そんな俺の叫びは、脆くも崩れ去った。
天野の父親は何も言わず、俺に背を向けたまま、歩き出した。
…あぁ、結局俺も何も変えられなかった…。
俺の想いは伝わらなかった…。
俺は膝から崩れ落ちた。
結局俺の力では…誰かを救うなんて…。
ーーその時だったーー
「あなた…もう終わりにしましょう。」
今の今まで一切話しに入ってこなかった天野の母親が口を開いた。
終わりにする…?
どうゆうことだ?
その声を聞いた天野の父親は驚きを隠せぬ様子で、こちらに振り返る。
「何を言ってるんだ?」
「終わりにしようと言っているんです。私はもう…春花を傷付けたくありません。」
天野の父親は押し黙った。
「…送川冥君だったわね?」
天野の母親は、地面に膝をつく俺に声をかけた。
「…はい。」
俺の返事を聞くと、そのまま話しを続け出す。
「…私たちが小さい頃はね、私の家も旦那の家も凄く貧乏だったの。お金が全然なくてね、周りの女の子が着ているようなお洒落な服も買えない、クラスの中で流行っているゲームも買えない。そんな家庭だったわ。だから友達もあまりできなかった。」
俺は話しを聞き入る。
聞かなければならない。
俺は想いを伝えた。
だから天野の両親の想いも聞かなければ。
「だからね…。将来子供が出来た時は、お金に不自由なく暮らせるようにしてあげないとって。
周りと同じように…いや、それ以上に裕福な暮らしをさせてあげないといけないって。
それが幸せなんだって。そう思っていたわ。そして旦那と結婚して、二人の子供を授かった。私たちはガムシャラに働いたわ。愛する我が子のために。」
…。
「ほとんどの時間を会社で過ごしていたの。側には居てあげられないけど、お金さえあれば、子供たちは幸せなんだって。」
「でも、間違いだったのね…。私や旦那が小さい頃は確かにお金はなかった。でも、親は側に居てくれた。それが当たり前だった。当たり前すぎて、それが"幸せ"ってことに気付いていなかったんだわ。」
「…私は…私たちは親失格です。我が子の幸せを勝手に決めつけ、不幸にしてしまっていた。悲しませてしまった。もっと側に居てあげていれば…もっといっぱいお話しをしてあげていれば…。」
天野の母親の声は次第に震え出す。
瞳からは涙がポツポツと零れ始めていた。
「…息子にはもう、謝ることすらできないなんて…。」
…。
天野のお兄さんはこの部屋に入った時から無言で話しを聞いていた。
もう力もほとんど残っていないのだろう。
だが、最後まで見届けようと、必死に現世に想い留まっている。
「あの子には本当に悪いことをしたわ…。もっとたくさん遊びたかっただろうに、私たちの代わりに小さかった春花の面倒をみて。私たちが側に居てやれば、死なずに済んだかもしれない…。もっとたくさん遊ぶことが出来たかもしれない…。」
「…あの子が死んだ日は一日中泣いていたわ。一緒に住んでいたのに顔を合わせることも、話しをすることもほとんどなかった。これで良かったのかって。私たちのやっていることは本当に正しいのかって。でも私たちは進むしかなかった。それを否定してしまえば、死んだあの子の人生を否定することになるんじゃないかって、そう思っていたの。だから、春花の前では泣かなかった。次の日から、またいつものように仕事に戻った。あの子の分も春花に幸せになってもらわなくちゃって。それがあの子のために私たちができる親としての勤めなんだって自分に言い聞かせて…。」
「だけど…違っていたのね…。あの子のためにも…春花のためにも…私たちにできることは何か、やらなければならないことは何か。冥君…あなたのおかげでそれがやっと分かったわ。」
「本当に…ありがとう。」
……。
「あなた…。仕事はもちろん頑張らなくちゃいけない。でもそれは…春花の幸せではない。だから、やり直しましょう。今度こそ、本当の家族になるために…大事な我が子の幸せを守るために…。」
天野の父親は何も言わなかった。
ただその瞳からは延々と涙が流れ落ちている。
子供のことを考えていなかったわけでなかった。
むしろ、逆だった。
子供のことを愛しているが故の結果。
本当に子供の幸せを願っていた。
だが、想いはすれ違っていた。
それも今日で終わる。
俺は天野の両親の会社を後にした。
天野の両親は、その後自宅へと帰って行った。
天野に想いを伝えるために…。
天野のお兄さんも勿論そちらに着いて行った。
あとは俺の出る幕じゃないな。
少しでも力になれたのなら幸いだが。
さて今日は帰って寝よう。
久しぶりにあんなに喋ると疲れが半端ではない。
何か忘れているような気もするが…。
まぁ大したことじゃないだろう。
俺は自宅に向け歩みを進めた。
天野の家族の本当の幸せを願って。
次回は天野家からスタートします!
天野編の最終回になりますので、楽しんでご覧になって下さい(* >ω<)