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第10話 想いに耳を傾けて…


俺は現在、天野のお兄さんの霊魂に憑依された状態で、天野の両親が経営している会社の目の前に居る。


一度深呼吸をし、最後の一歩を踏み出した。

覚悟が決まったようだ。

ドアノブに手を掛け、ドアを開ける瞬間、動きが一度止まる。


「送川冥。先にお礼を言っておく。本当にありがとう。」


…まだ何も伝えちゃいないだろうに。


「…あぁ。だが今の内に言っておきたかった。俺は長い間、冥土へ行かず現世に留まり続けた。俺ももう長くはもたないだろう。いつ消えてもおかしくないさ。」


…天野の家を出発する際、グリコから最後の忠告を受けた。

霊魂は本来、早い段階で冥土へと行かなければならない。

でなければ、輪廻転生の流れに逆らうこととなり、消滅する。


つまりは、生まれ変わることができずに、消える。


それを天野のお兄さんは、おおよそ二年、現世へ留まり続けたのだ。

それは天野への…妹への愛が強かったからこそ成せ得たことだが、限界は既に近かった。


「我が儘を言うなら、自分の身体で、自分の声で、想いを伝えたかったがな。」


そう言いながら、天野のお兄さんは最後に笑ってみせた。


そうして、いよいよドアを開ける。


「すいません。夜分遅くに失礼します。」


中身は天野のお兄さんとはいえ、姿は俺だ。

どうやって想いを伝えるのか。


「…どちら様でしょうか?」


おそらく社員の人だろう。

怪訝な表情を浮かべている。


「天野春花さんと同じ学校に通っている、送川冥と申します。天野さんのご両親…こちらの会社の社長夫婦にご用があって参りました。少しだけで良いんです。どうかお時間を作って頂けないでしょうか?」


丁寧に挨拶をする。

お願いだから会わせてくれ…。


「…少々お待ち下さい。」


社員の人は奥の通路へと入り、姿が見えなくなる。

おそらく天野の両親に話しを通しに行ってくれたのだろう。


天野のお兄さんは目を瞑り、その時を待つ。


「お待たせしました。短い時間で宜しければ、ご用件を伺うと申しております。こちらへどうぞ。」


社員の人に連れられ、おそらく天野の両親が居るであろう、部屋に案内された。


「社長はこちらの部屋でお待ちです。それでは私は業務に戻りますので。」


天野のお兄さんは迷いなくドアノブを引いた。

部屋には大きなソファに腰を掛ける、男女が二人。

おそらく天野の両親であろう。


「失礼します。お忙しい所すいません。天野春花さんと同じクラスの送川冥と申します。この度はお話しがあって参りました。」


改めて自己紹介をし、相手の返事を待つ。


「ご丁寧にどうもありがとう。私たちは春花の親だ。とりあえず座ってくれ。」


そう言われソファーに腰を掛ける。


「まだ仕事が残っているのでね。あまり悠長に話しをしている暇はないが、せっかく春花のお友達が来てくれたんだ。時間が許す限りは話しを聞こう。お前、お茶を入れてきてくれ。」


そう言われ、天野の母親はお茶を入れに席を立つ。

天野のお兄さんは、運ばれてくるお茶を待たずに話しを進める。


「…正直色々と聞きたいことはありました。ですが、お時間がないとゆうことなので単刀直入に聞かせて頂きます…。…天野のことを…愛していらっしゃいますか…?」


天野の父親は目を見開き、暫しの静寂が訪れる。

おそらくこんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。


「…あぁ、すまない。予想外の質問だったので、少し驚いてしまった。娘のことを愛しているかだったね?もちろん、愛しているよ。」


天野の父親は少し笑みを浮かべながらそう答える。

この言葉を聞いた俺の身体が熱を帯びていくのが伝わってきた。


天野のお兄さんは、固く拳を握りしめながら、震える声で再度想いの丈をぶつける。


「…それを天野に一度でも伝えてあげたことはありますか?」


「いや、覚えはないな。家族なんだ。言わなくても伝わることもあるさ。」


それを聞いた天野のお兄さんは、固く握りしめていた拳を緩め、今度はしっかりとした声で、真っ直ぐと相手の目を見て、口を開く。


「家族ですか…。失礼ですが、春花が小学生だった頃のことを覚えてらっしゃいますか?」


"春花"か…。

もう俺の身体とゆうことを忘れているな…。

まぁ良いさ。

自分の想いを…天野の想いを…思う存分伝えてくれ。俺のフリをした偽りの言葉ではなく、天野のお兄さんとしての本当の言葉で。


「もちろん覚えているよ。聞いているかもしれないが、春花には兄が居たんだ。いつも一緒に居ていつも二人で笑い合っていた。今でも思い出すよ。」


そう言って天野の母親が入れてきたお茶を口に運ぶ父親。

母親の方も相づちを打ちお茶を啜っている。


「学校に友達が一人もいなかったことを知っていますか?」


それを聞いた途端、動きがピタッと止まった。


「……」


父親も母親もただただ無言で話しの続きを聞く。


「お金を置いて家を出ていく貴方達の後ろ姿を寂しげな表情で見つめていた春花のことを知っていますか?

中学校に入って初めての友達ができたと、大喜びしていた春花のことを知っていますか?

テストで良い点をとって帰ってきた時の春花の笑顔を知っていますか?

友達と喧嘩をしたと言って泣きじゃくる春花の姿を知っていますか?

………お兄ちゃんが居なくなっても、前を見て、強く生きている春花を知っていますか?」


………。

春花の両親は何も言わない。

いや、何も言えないのだろう。


「春花のことを知ろうとしたことはありますか?」


俺の目から涙が零れた。

天野のお兄さんが死んでからおおよそ二年の間。

伝えようにも伝えれなかった想い。

その全てが涙と共に溢れ出す。


「きっと春花は親父といっぱい話しをしたかったはずなんだ。お袋にいっぱい甘えたかったはずなんだ。それを知ってるか?家族だって?家族なら…親なら娘のことぐらいもっと知ってろよ!親ならあいつが泣いてる時、側に居てやれよ!笑ってる時は一緒に笑ってやれよ!愛してるって言ってやれよ!」


「例え家族でも言葉にしないと伝わらないことがいくらでもあるんだよ…。だから…だから…頼むから…側に居てやってくれ…愛してるって言ってやってくれ…"家族"として見守ってやってくれよ…。」


…全てを吐き出したのだろう。

そのまま地面に崩れ落ちる。


今まで静かに話しを聞いていた天野の両親。

母親が何かを言おうと口を開くが、それを父親が制止する。


「君の言いたいことは良く分かった。君の言う通り、私たちは娘のことを全く知らなかった。いや…知ろうとしなかった。そのせいで娘には辛い想いをさせてしまったのだろう。だが、私は本当の不幸を知っている。本当の幸せが何か知っている。君も春花もまだ高校生だ。もう少し大人になれば、何が大切かきっと分かってくるだろう…。」


…何を言っている?


「春花に君のような友達が居ることを、誇りに思うよ。そろそろ時間が来てしまったようだ。今日はとても良い日だった。ありがとう。」


まさか…このまま終わらせる気か?

何も変わらず全てが終わるのか?

このままじゃ…。


その後先程の社員が部屋へとやってきて、俺たちは会社の外へと送られた。

天野のお兄さんは、想いの丈を全て吐き出したため、力なく泣き崩れるだけだった。


「…何も変えれなかった…。せっかくここまで来たのに、何も変えることができなかった…。くそ…何で俺はこんなにも無力なんだ…何で俺は死んじまったんだ…。ごめんな、春花。本当にごめん。」


そう言って泣き崩れる俺の身体から、天野のお兄さんの霊魂が抜け出てきた。


「…もう、憑依する力も残ってない。このまま消え去るのを待つだけだ…。送川冥。お前には本当に感謝している。何も変えることはできなかったが、想いは伝えれた。俺はこのまま消える。春花との"約束"を守ることができなかった。これが俺の罰だ。」


………………

………………

……………………………。


「まだ終わってない。」


俺は気付くとそんなことを口走っていた。


「……なに?」


天野のお兄さんは、俺の発言に驚き、こちらを凝視する。

それは、今まで心の中で会話をしていた俺が言葉を話したことに対しての驚きか、それともまだ終わってないと言った俺への期待を込めた驚きか…。


「憑依はしなくて良い。そのままの状態で着いて来てくれ。今度は俺の言葉で…天野春花の友達、送川冥の言葉で想いを伝える。」


自然と言葉が湧き出てくる。

このまま終わっちゃいけない。

このままでは誰も救われない。


俺の言葉で、俺の想いで、天野を、天野のお兄さんを救ってみせる。


「…お前を信じるよ…送川冥…」


そう言って天野のお兄さんはなけなしの力を振り絞り立ち上がる。



今度は俺自身の足で、俺自身の意思で天野の両親の元へと足を運ぶ。

社員が何人か止めに来たが、全て振り払い、ドアノブを強引に引く。


「…すいません!先程言い残したことがありまして!もう少しだけお時間頂きます!」


俺は言いきった。

今までの人生で出したことのないくらいの大声で。


-俺の…俺たちの最後の大勝負が今、始まる-


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