第9話 愛が残した想い
俺とグリコは天野の部屋にいる。
「ごめんね。何も用意してあげられないけど、ゆっくりして。」
「大丈夫だよ春花。僕の方こそ春花の具合が悪いときにお邪魔しちゃって申し訳ないよ。」
そこは本当に申し訳ない。
だが、このまま霊魂に取り憑かれたままの天野を放っておくわけにもいかない。
「ううん。私は誰かが側に居てくれていた方が嬉しいから。」
確かにな。
俺も風を引いた時、祖父が側に居てくれていた方が気が楽だった気がする。
「そっか。そう言えば、ご両親は家に居ないの?」
暫しの沈黙が部屋に訪れた。
…これは地雷を踏んだか…?
「…………うん。両親はほとんど家に居ないのよ。朝から仕事に出て夜遅くまで帰ってこないから家で会うこともほとんどないかな。」
…同じ家に住んでいるのに、顔を合わせることがないのか。
「…そうなんだ。具合が悪いことはちゃんと言ったの?」
「言っても、何もならないよ。仕事だけが生き甲斐の人達だから。」
こうゆう時、何と言ってやれば良いのだろう。
女性恐怖症でなければ、良い言葉を掛けてあげることができるのだろうか?
「僕は春花のお父さんやお母さんを知らない。でも子供を好きじゃない親なんていないと思うよ。」
ここはグリコに任せるしかない。
「……………私ね、お兄ちゃんが居たんだ。」
…居た?
…あぁ、そうか…。
「小学校の頃はさ。全然友達できなくてずっと一人ぼっちだったの。でもお兄ちゃんは私の側に居てくれて、私を守ってくれる、私のヒーローだった…。」
「中学校に入った頃、私にもだんだん友達が出来だしてね。でもお兄ちゃんと遊びに出掛けるのが一番楽しかったな。」
「学校では友達と遊んで、家にはお兄ちゃんが居て、あの頃は本当に幸せだった。その頃は両親も今よりは家に居てね。顔を合わせることも多かったんだけど、私やお兄ちゃんに一切関わろうとしなかった。お金だけ置いて家を出てそのお金で生活してた。」
「私はお兄ちゃんが居てくれるだけで凄く嬉しかった。お兄ちゃんが居てくれるだけで凄く安心した。でも今思えばさ、心のどこかで、お父さんやお母さんと話しがしたいって、甘えたいって思っていたんだと思う。」
「お兄ちゃんはきっとそれを分かってたんだ。だから、だから、お父さんやお母さんの分まで私に愛情を注いでくれていたんだと思う。」
天野の瞳から涙が零れた。
「お兄ちゃん…もう一度だけで良いから…お兄ちゃんに会いたいよ…」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
[回想]
「なぁ春花。お兄ちゃんのこと、好きか?」
「えぇーなにそれ!中学生の妹にそんなこと聞く?」
「まぁそう言うなよ。で、好きなの?嫌いなの?」
「…まぁ、その二択から選ぶなら、好き…かな?」
その時のお兄ちゃんは凄く嬉しそうにしていた。
「すっごいキモいんだけど。その二択から選んだらってゆう話しだからね!」
「あぁ分かってる分かってる、それでも俺はすげー嬉しいよ!俺も春花が大好きだからな!」
「うわぁー…。実の妹にそんなこと言っちゃうんだー…。」
実は私も凄く嬉しかったんだけどね。
「そんなに引くなよ…。じゃーさ、親父やお袋のことは…好きか…?」
「…うーん。どうかな。勿論産んでくれたことには感謝してるよ。でも、もう何年もまともに話しもしてないし。良く分かんないや。」
「そうか…。うん、分かった。もう夜も遅いから明日に備えて早く寝ろよ!寝不足は美容の大敵だかんな!」
「分かってるわよ。それじゃおやすみ。」
「あぁ、おやすみ春花。」
それが私とお兄ちゃんの最後の会話。
お兄ちゃんは私と会話をしたあと、両親の会社に向かっていたらしい。
その途中で車に跳ねられた。
私は泣いた。
身体中の水分が全て出ていくんじゃないかってくらいに泣いた。
私に唯一愛情を注いでくれた家族が、友達の居なかった私を励ましてくれて、ずっと側に居てくれたヒーローが、もうこの世にはいない。
だけど、お父さんやお母さんは泣いていなかった。お葬式が終わった次の日から何事もなかったかのように、仕事をしていた。
やっぱり私たちは愛されていなかったんだ。
「お兄ちゃん…私…また、一人ぼっちになっちゃうのかな?あの"約束"覚えてる?約束破らないでよ…何で死んじゃうのよ…。私、必死に生きるから。だから、もう一回だけ、お兄ちゃんに…。」
私のヒーローもう居ない。
でも私は生きる、例え一人ぼっちでも。
じゃないと…お兄ちゃんに顔向けできないから。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーー
ーーーーーーー
「春花…大丈夫か?」
「…うん。ごめん、取り乱しちゃって。」
「別に気にすることないよ。とりあえず今はゆっくり休んで。大丈夫。僕はずっと側にいるから。」
「うん…ありがとメイ。ちょっと休むね。」
そう言って天野は眠りについた。
本当にかなり疲れていたのだろう。
布団に入り数分経った時点で寝息が聞こえる。
「冥君…あれ見て。」
そこには天野のお兄ちゃんであろう遺影が置かれてあった。
そこに写っているのは、紛れもなく、今天野に取り着いている霊魂の姿そのものだった。
「そっか…。春花のお兄ちゃんだったんだ。でも春花に憑依して何をする気なんだろう…。」
分からない。
だが、冥土へ行くのを頑なに拒むほど、為し遂げたかったことが現世にあるのだ。
だからこそ今天野に…実の妹に取り憑いている。
「本人に話しを聞こうか。何をしたいのかは分からないけど、力になれることがあるかもしれないもんね。」
グリコはそう言い、天野の身体から霊魂を呼び出す。
その直後グリコ自身も俺の身体から出て来た。
「…俺に構うなって言ったろ。」
「まぁあれだよっ。君が女子高生目当ての変態じゃなくて、妹思いの優しいお兄ちゃんってことが分かったし、話しによっては力になってあげようかなって思ってね!」
「お前には関係ない。」
「このまま君が憑依しようとすると、春花の体調も悪くなる一方だよ?君が何をしようとしてるのかは分からないけど、話しによっては春花を傷付けずに解決できるかもしれないんだしさ!」
それを聞き考え込む霊魂。
きっと憑依するために妹を苦しめるのは本意ではなかったんだろう。
「…はぁ。分かった。話すよ。」
答えがまとまったのだろう。
妹を傷付けずに済む方法があるならと、話し出した。
「俺は死ぬ前、両親の会社に向かっていた。どうしても聞きたかった。春花のことを愛しているのかどうかを。春花はさ。親父やお袋といっぱい話して、いっぱい甘えたかったはずんなんだ。あいつは親からの愛情を知らない。あいつは俺の全てなんだ。俺はあいつの為なら何だってしてやれる。」
「でも俺は死んじまった。情けねーよな。死んでからもずっと春花のことを考えていたよ。」
「飯はどうしてるのか、学校の友達とは仲良くやってるのか、家で一人ぼっちで寂しがってんじゃねーかって…。」
「冥界で春花と同い年ぐらいの女が来るたび、俺は不安で胸が張り裂けそうだった。俺が居なくなって一人ぼっちになった春花が死んじまったんじゃないか。でも下界へ降りてきて実感したよ。あいつは…春花はそんなに弱い人間じゃない。もう俺が居なくても立派に前に進める強い人間だって。」
そこまで話した霊魂は、眠る天野へと目線を移す。
「それにあいつは…一人ぼっちじゃなかったみたいだしな…。」
…そう。
それだけは断言できる。
天野は決して一人なんかではない。
「これで俺の話しは大方終わりだ。春花はもう俺が居なくても生きていける。それが分かっただけで、俺はもう安心して旅立っていける。ただ最後にこれだけは聞きたい。親父やお袋に、春花のことを愛しているのかどうかを。」
「…うん。君の気持ち、君の想い、君が春花に向ける愛、全て理解したよ。どうやら私は君のことを誤解していたみたいだね。」
笑顔でそう語りかけるグリコ。
その真っ直ぐな笑顔に霊魂は一度顔を背ける。
「そんな大層なもんじゃねーよ。…それより力になってくれんのか?」
「もちろんだよ!ね?冥君っ!」
…あぁ俺に出来ることなら全力で力になる。
「…すまねーな。で、どうする?」
…まぁ一つしかないな。
「冥君に身体を貸してもらえばおっけぃだよ!冥君は世にも珍しい"見える人間"だからね!お互い利害が一致すれば身体を負荷なく貸し与えれるしね!」
「そうか…。すまねーが、それでお願いできるか?」
あぁそれで大丈夫だ。
「よーし!それじゃ任せたよ冥君!春花のお兄ちゃん!」
そうグリコが言った瞬間、俺は身体の操作権を失った。
うまく憑依できたとゆうことだろう。
「ホントに憑依できてやがる…。…なぁ死神。春花はお前のことが見えないんだよな?」
「そうだね!見える人間なんてそうそういるもんじゃないよ!」
「頼みがある…。春花の側に居てやってくれるか?例えお前のことが見えなくても、側に居てやってほしいんだ。」
本当に天野のことが大好きなんだな…。
「…おっけぃだよ。その代わり君の想いは包み隠さず全て伝えてくること!それで良いね?」
「当たり前だろ。じゃ頼んだぞ。」
それだけ言い残し俺たちは歩き出す。
ただ真っ直ぐと、人生に悔いを残さぬように。