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4 デート

第四話です。

 実森達也と西科姫花がともに大敗北を期した昼休みが過ぎていき、暗雲立ち込める二人の気持ちなど考慮されることもなく、時間通りに午後の授業は開始された。


 ワタシの名前は櫻本咲織。仕事は勤務先の私立学校で数学教師をしている。

 名前と職業がら、ワタシのことを初めて耳にした人は「知的美人の圧倒的ヒロイン」と憶測を立てる。

 しかしながら現実は、大学卒業とともに仕事について云十年。

 あまりの多忙さに異性と付き合ったこともなく、結婚適齢期を余裕で過ぎたおば――女性だった。

 男性教師や飲み屋でよく合う男たちにも「夫募集中」の看板を下げてみるが効果はなし。そのあまりの効果のなさに、最近では生徒にも手を出そうとしていた。

 つい先日も担任を務める二年Fクラスの実森君と大人の下校をするところであった。

 その実森君だがワタシの授業で居眠りや内職をすることなく、もはやワタシのことを好きまである。

 あんなに熱烈な視線で授業を受けるのだから間違いない。

 そんな益体のないことを考えながら、ワタシ午後初めの授業を担当するクラスに向かう。

 

 さぁて、実森君に会いに行きますか!


 午後初めの授業はまさにお気に入りの実森君がいる二年Fクラスの数学だった。

 教師が一人の生徒に依存するなどあってはならないが、適齢期を過ぎたワタシに余裕はない。あざとく媚びれる相手には早くめとってもらあなければならない(切実)。

 

 そんなことを考えながら向かったFクラス。

 授業はすでに始まり、ワタシは教科書に沿って授業を進めるのだが……。

 

 なんか実森君寝てるし! ついでに西科さんも!


 二年Fクラスにおける授業態度の評価が高い二人がどうしてか今日は屍のように、微動だにせず机に伏していた。

 実森君はまだしも、生徒会に所属し、その真面目さは一つ頭抜けているはずの西科さんまでもが授業ガン無視な状況は、逆に普段寝こけているような生徒をも起こしてしまうほどに異常事態だった。


 どうしてこんなことに? というか二人とも同じように伏せて――、


「はっ!」


 まさかこれって、二人が手を組んでワタシの授業のボイコットを図ってる?!


 見当違いも甚だしい。


 しかしワタシは真面目な二人を信じて、ボイコット以外の理由を探す。

 一人で考えてもわからないので、ワタシと同様に動揺を隠せない生徒たちに情報を募ることにした。

 もちろん「はーい、あの二人が突っ伏してるわけを知ってる人素直に教えて?」と声を上げるわけにはいかない。

 だから二人以外の生徒が確実に注目する場所、黒板にチョークで書いていく。授業らしくQ&Aで。


『Q.実森君と西科さんが机に伏している理由を答えなさい』


 もはや数学の授業ではない。しいて言うならば現代文であろうか。


「はいこれ応えられる人挙手してね」

「「「……」」」

 

 みんな周りとヒソヒソ話したり、俯いたりで積極的にこたえようとする者はいない。


 仕方ないなぁ……。誰も手あげないならいつもの……。


「今日は六月七日。……かけて四十二だから、出席番号四十二番の子」



 ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆


 ド、ドドドドド、ドストラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアイクッッッ!


 出席番号四十二番、南条鈴乃です。


 もはや当事者である自分がピンポイントに当てられるとは思ってもみなかった。

 わたしは座席表をみながら四十二番を探している先生を恨む。


 知ってるけど! 西科さんはともかく、実森くんがこうなってる理由はわかってるけど!


 昼の休憩時間にあったことが原因だろう。

 実森君がわたしに告白してきたこと。そしてわたしがそれを受け入れて、付き合うことになったこと。

 でも、とわたしは思う。


 わかってるからって、人前で「今日実森くんと付き合うことになったんだけど、彼はそれがうれしすぎて授業が手につかないんだと思うわ」とかそんな盛大なノロケができるわけないわよっ!


 そんなことを素直に話せばバカップル認定まっしぐらである。

 

 言えないわ! こんなの恥ずかしすぎて言えないわ! それに質問者である櫻本先生は教師生活云十年の、多忙を言い訳に男を捕まえられなかった結婚適齢期過ぎのおば――女性だし!


 ノロケた瞬間、数学の単位を落とすことが決定するかもしれない。

 そんなことを考えるわたしの想いなど知る由もなく、ついに座席表からわたしを見つけた先生が口を開く。


「南条さん。わかる事だけでいいから、答えてもらえる?」


 ええ、知ってますとも。実森くんについてはほぼ全部。


 当てられた以上それを無視するわけにもいかず、わたしはチョークを差し出す櫻本先生のもとまで行くしかなかった。


 というかこのチョークで黒板に書けってこと? ポエムでも書けって?


「せ、先生……。耳打ちじゃあダメなんですか?」


 被害を最小限に抑えるために言うが、わたしはここで気づく。

 

 知らない振りすればいいじゃん!


「うーん……みんなもソワソワして授業にならないし、できる限り情報は共有したいかな。結構事情通っぽいし」


 すでに知らない振りはできない状況だった。

 クラスメイトと先生の好奇の視線が集まる中、わたしは後には引けないと理解する。


 知らない振りはできなくても、短い説明で納得してもらえばそれでいいじゃない!


 事の初めから終わりまで全部つらつらと黒板に書き連ねるとか、どんな公開処刑だろうか。

 だからわたしはそんな事態を避けるために、先生に念押しする。


「さ、最低限ですからね。プライベートなことなので」

「うん。話せるだけでいいよ」


 その返答を得て、わたしは「それじゃあ」と黒板にチョークを立てる。

 そしてわたしは、だいたいの事情を理解させられる最低限の一言を書き上げる。……それはもう最低限の。


『A、二人は恋をしたんです』


 ……。…………。

 一瞬の間をおいて、


「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっ?!」」」


 二年Fクラスの教室に大音量の絶叫が響き渡った。


 こ、こうなるから言いたくなかったのよぉぉぉおおおおおおおおっ!


 みんなに付き合ったことを知られてしまったと、わたしは羞恥に頬を染めて俯いてしまう。


 しかし彼女は気づかない。

 みんなの絶叫の意味と自らの認識の齟齬に。

 そして言葉足らずのそのアンサーに。


『A、二人は・・・恋をしたんです』


 黒板に書かれたその言葉には、誰と誰がという説明が抜け落ちていた。

 そして教室には同じように机に突っ伏す二人の男女。

 それはもう、勘違いの余地しかなかった。

 この時彼女の言葉の意味を理解できたのは、那岐と輝の二人だけだった。

 

 ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆


 時間は過ぎていき放課後。

 昨日と同じファミレスの、昨日と同じ席に三人は座っていた。

 ただ昨日と違いその表情は晴れやかではなかった。

 ファーストオーダーを適当に済ませ、先ほどからずっとこの調子だった。

 しかしついに我慢の限界あったのか、那岐が口を開いた。


「いつまでくよくよしてんのさ!」

「くよくよしたくもなるわ! 告白成功しちゃったんだぞ!」

「全非モテ男子を敵に回しそうな斬新な発言!」


 いうや否やうわぁあああんと泣き出す俺。


「おいおい達也、大の男がファミレスでガチ泣きしてんじゃねぇよ」

「そうだよ。注目集めちゃってるから。泣き止んで?」

「泣きたくもなるわ! 告白成功しちゃったんだぞ!」

「本日二度目!」


 俺はそのあと数分間、うわんうわんと涙を流して、ようやく落ち着きを取り戻していた。


「すまん……。告白成功しちゃうとか意味不明なことが起きて取り乱した……」

「「傍から見れば達也の言動の方がよっぽど意味不明だけどな(ね)?!」」


 そうだろうか? だって告白成功しちゃ――うん、おかしいね。


 確かに普通に考えれば告白が成功して落ち込む人間は、世界中探しても俺ぐらいだろう。

 それでも俺にとっては大敗なのだ。だから俺は頭の中にちらつくものに肩を落とす。


「どうすればいいんだ……」

「え?」


 俺のつぶやきに、那岐が驚きの声を上げる。

 しかし俺はその意味が分からずに、那岐に目を向ける。

 

「なんだ? この状況を切り抜けるいい方法でもあるのか?」

「いや、普通に告白する人間違えましたって素直に――」

「どうやったら間違えるんだよ?! それじゃあもう、俺チンパンジーじゃねぇか!」

「じゃあ、告白は冗談だったんだって――」

「冗談じゃ済まされないからな?! 確実に学校上げてのMMOIJM(大規模参加型イジメ)になるから!」

「それならいっそのこと南条さんを好きになろう!」

「名案みたいな顔すんな!」

「でも、南条さんは達也のこと好きなんだよね?」

「ッ!」


 実際告白を了承したということはそういうことなんだろうけど、昨日怒っていたのは俺の勘違いだったのだろうか?

 

 他に理由も考えてみるが、仮に南条さんが男をステータスとして考える人間でも俺みたいなイケメンでもなければ面白いことを言えるような人間でもないやつを選択する理由がない。

 たとえば俺をATM代わりにしようというのなら、悪いが俺は即座に縁を切るだろう。その辺が理解できない南条さんでもないだろう。

 だとすれば、南条さんの告白への返事は本気も本気。俺のことを好きだからに他ならない。

 それに南条さんの最後の言葉。


『実森くんのこと考えたら、鼓動が高鳴るの!』 


「~~ッ!」

「なぁに顔赤くしてるの?」

「こりゃもう完全にラブコメしてんな」

「お、お前ら黙れ! 俺には西科さんという好きな人がいてだな!」

「「ふ~ん」」

「ニヤニヤすんなぁぁぁあああああ!」


 安心しろ! 俺の気持ちはいつだって西科さんに――『実森くんのこと考えたら、鼓動が高鳴るの!』ってぎゃぁぁぁああああああああああ! 俺は! 俺は! 俺が好きなのは!


『実森くんのこと考えたら、鼓動が高鳴るの!』


「―――――――――ッッッ!」


 もうどうかしてしまったのかというくらいに、南条さんのことが頭から離れない。

 さっきから、いや告白が成功してからというもの、ずっとこんな感じだった。そのせいで午後の授業なんて聞いていない。

 俺は鼓動が鳴りやまない中、再度同じことをつぶやく。


「どうすればいいんだ……」

「そうだ! デートをしよう!」

「俺の切実な悩み聞いててそれがこたえとかおかしいよな?!」


 俺がそういうも、那岐は「いやいや」と説明する。


「達也は今、南条さんと西科さんの間で心が揺らいでるんだよね?」

「ば、バカ野郎! 俺は西科さん一筋で――~~ッ!」


 再び頭に浮かぶ南条さん。あまりにストレートな彼女の感情が何かを思うたびに思い出される。


「ほら照れてるじゃん。揺れてるんでしょ? 二人の間で」


 そんな浮気性なつもりはないが、心の変化は正直だった。

 西科さんのことを好きなのは間違いない。しかしどうしてか、その気持ちと同時に南条さんを可愛いと思う気持ちが芽生え始めていた。

 俺はしぶしぶ那岐に首肯を返す。


「認めたくないが、そうらしい……」


 俺の返答に満足げに那岐は頷き、話を続ける。


「だからこそ、デートなんだよ」

「いや待て。どうしてそうなる?」

「決まってる。南条さんとデートして、もっと触れ合ってみて、その中で自分の気持ちに整理がつくかもしれないじゃないか。南条さんをこのまま彼女にしたいと思うかもしれないし。やっぱり西科さんへの気持ちが爆発するかもしれない。どうなるかはわからないけど、何かしらの区切りにはなるんじゃない?」


 那岐の言うことに一理あるとそう思った。

 そして思ってしまった以上、他の手段を思いつかない俺の取る選択肢は一つだった。


「……わかった。今度の休みに南条さんとの初デート行ってくる」


 那岐と輝は俺の決断に頷く。

 そして輝が「それに」と口を開く。


「これも実践的デート演習とも言えないことはないだろ?」

「あ! 確かに! 西科さんと似た人とデートするわけだからね!」

「まあ、ポジティブにとらえていくならそうかもな?」


 そのあとはまた昨日と同じく雑談し、オレンジフライドポテトがテーブルに運ばれてきたのだった。


 今日は何だか恋の味がし…………ねーよ。


 ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆


 三日後。六月十日。土曜日。

 俺は私服に身を包み、駅で人を待っていた。

 待ち人はもちろん、俺の彼女――南条鈴乃だった。

 あのデートをすると決意した夜に、俺はスマホのメッセージアプリでデートの誘いを投げかけた。

 するとものの数秒もせずに「OK」の返事が返ってきたのだ。

 翌日学校に行くと、南条さんがデートプラン立てよ? と朝から放課後まで放してくれることがなかった。

 そしてそのプランに従い、俺は約束の駅で待っているのだが……。


「時間早すぎたかなぁ……」


 人生初めてのデートだったらからか、やたらと早く待ち合わせ場所に来てしまっていた。

 腕時計を確認するが、時刻は十時。待ち合わせ時刻は十一時。

 実に一時間も早く来てしまったのだ。


「ああ、なんかこれじゃあ俺がデートが待ちきれなかった男みたいな感じで思われるんじゃ……」


 いや待てよ。ここはこうツンデレ属性を――、


「べ、別に南条さんとのデートが待ちきれなかったわけじゃないんだからな!」

「わたしは待ちきれずに来ちゃったけどね?」

「――――――――――――――――ッ?!」


 少し頬を染めてにっこりと笑顔を向けるのは、俺の待ち人だった。

 ちょうどアホみたいなことを口走ったところに南条さんが登場し、俺は声にならない悲鳴を上げる。


 な、ななななななんで南条さんが! べ、別にツンデレってみたわけじゃ……ってツンデレじゃねぇか!


 内心一人ボケツッコミをしていると、南条さんがくすっと笑う。


「おはよ、実森くん。お互い早く来ちゃったみたいだけどデート楽しもうね」

「え、あ、うん……」


 照れながら微笑む南条さんはとても可愛らしかった。

 そこで改めて俺は南条さんの服装に目をやる。

 パープルグリーンを基調としたチュニックは少し丈が短めで、その膝上のふとももがあらわになっており、白い肌がとても眩しかった。

 その足もくるぶし辺りまでのブーティで、全体的に快活なイメージがわいてくる。

 俺はそのファッションを確認すると、一応言っておく。


「服、似合ってるな……」


 俺がそういうや否や、南条さんはぱあっと顔が明るくなり、


「実森くんのために選んだから、そう言ってもらえると嬉しい!」


 とてもうれしそうに笑うと、俺の左手に自分の右手を重ねる。

 要は手つなぎである。

 突然の接触に驚くも、南条さんは俺の手を放すことなくギュッと握り、


「じゃあ、いこっか」


 そう言って俺の手を引くのだった。

 我ながら彼女にリードされる男は情けないなと思った。


 そして電車に乗って十五分ほどで、俺たちは目的の駅に到着した。

 さらにそこから数分歩くと、ひときわ目を引く大型ショッピングモールが目に入る。

 そここそが、今回のデートにおけるメインの場所だった。

 インテリアショップや服屋、飲食店に、映画館。それ以外にもいろんな施設が集合して出来上がったショッピングモールはまさにデートにはうってつけだろう。

 もちろんデートで観光地やテーマパークに行くのもいいが、とりあえず付き合って初めのデートなのだからあまり知らないところに行くよりも、友達とかとよく行くところを選ぶのは当然の判断だった。

 

「予定より早いし、まずは適当にブラつく?」

「うーん。そうだな。ご飯にもまだ早いしそうしよう」


 二人で確認し合い、手をつないでショッピングモールの中を歩く。

 道なりの雑貨屋などに入って小物を見たりしながら二人で話をしているとあっという間に時間は過ぎていく。

 そして腕時計が十一時三十分を示し、そろそろ昼食のころ合いになった時。

 

「あれなんだろう?」


 隣を歩く南条さんが案内板の横にたてられた特設の看板を指さす。

 俺もつられてそれに目をやる。


『大好きな人に愛を叫べ! ~彼女持ちもそうでない人もお前の愛を見せてみろ!~』


 なんともリア充思考なイベントだった。それも男限定。


 いやな予感が……。


「ねぇ、実森くんも出てみたら?」

「断固として拒否する」

「男を見せてよ、実森くん」

「男かけるところじゃねぇ!」

「いいじゃん。……それともわたしへの愛は叫べないの?」

「え? え、いやそうではなくて……」


 やだ……。南条さんが面倒く――、


「面倒だとか思ってる?」

「あは、あはは……。愛叫ばせてもらいます!」

「もう! 人前でわたしへの愛を叫びたいだなんて!」


 言わせたのは南条さんである。

 ため息をつく俺に、南条さんは「まあまあ」と補足する。


「ここに書いてあるけど参加者は希望者の中から抽選らしいから。そうそう当たんないよ、たぶん」

「たぶんって……」


 そう言うことなら、まあ大丈夫だろう。宝くじの一番下の当たりも当たったことないくらいの俺にはまず抽選を勝ち残ることはないだろう(伏線)。


 南条さんも言い分を聞くに、俺にいつでも愛を叫べるような気持ちを持っていてほしかったということだろうか?


「じゃあ参加表明にいこう! おー!」

「あ、結局いくんですね。そうなんですね」


 俺は仕方なく、昼食前にテンションの高い南条さんにリア充イベントへの参加登録をさせられるのだった。


イベントへの参加申し込みを済ませた俺たちは、ちょうど昼時ということもあり近くにあった喫茶店に入店した。

 大型ショッピングモールなので、フードコートでより取り見取りなんてことも可能だが、南条さんが静かな方がいいということで即決だった。

 異論なく入ったその喫茶店は、ブラウンカラーがベースで、観葉植物などを店内のあちこちに飾っており、なかなか雰囲気のあるいい店だと思った。


「ほらほら、席に行くよ」


 はじめてはいったことで、店内を見渡していた俺の服の裾を南条さんが引っ張る。

 

「あ、ごめん。行こうか」


 店員に案内されて四人掛けのボックス席に案内される。二人掛けのテーブル席はすでに埋まっているので仕方がない。

 店員は「メニューが決まりましたら」とマニュアル通りの対応をして奥へと引っ込む。

 二人になるとメニューをテーブルに広げ二人で覗き込む。


「なににしようかな……」


 俺が迷っていると、南条さんがもう一つのメニューを取り出していう。


「ねえ、二人でお互いが相手の食べたいもの予想して注文するのってどう?」


 そう言って「おもしろいでしょ?」と笑う南条さん。

 確かに普通に自分で考えるのも面倒だし、何が出てくるか分からないワクワク感があって楽しいかもしれない。

 俺は一見アホっぽい提案に、しかし顔をしかめることなく肯定する。


「いいな。面白そうだしそうしよっか。あ、でも店員に注文してるときどうする? 変なやつだとは思われたくないし」


 事情を説明して、こっそりオーダーをとる店員の引きつる笑顔が頭に浮かぶ。


「うーんっと、交互にトイレにでも行って、その間にそれぞれが頼むのは? それならまだ理解できる範疇じゃない?」


 南条さんのナイスアイディアに「じゃあそれで」と返答し、俺は広げていたメニューを抱え込む。

 

 南条さんが食べたいものって何だろう?


 相手の注文を決めるうえで、俺は南条さんの好みも何も知らないことを思い出す。

 付き合うことになった相手だが、そこら辺をまったく知らないのはやはり俺たちが少し歪な関係の証だろう。

 しかしそれを言い訳に「適当に決める」なんていう野暮な選択肢はとらない。

 せっかくデートを楽しくするためにこんな提案をしてくれた南条さんに失礼だろう。

 

 まあ、それになにより、純粋に南条さんの喜ぶ顔が見たい。


 俺はそう思うと、自然とメニューの上側からチラッと南条さんを伺っていた。

 そこにはにこにこと、鼻歌を歌いだしそうなほどに心底楽しそうな南条さんがいた。

 

 俺の好みのメニューを考えるのがそんなに楽しいですか。そうですか。……クッソ可愛いじゃんか!


 もうその笑顔が俺の存在ゆえだと考えると、たまらなく可愛かった。

 時々「これかなー?」と声に出して考えている姿は少し子供みたいだが、しかしそれはそれでぐっとくる。


 やっべえよ! 南条さんが最高に可愛すぎてヤバい!


 そんな感じで、メニューそっちのけで南条さんを観察していると、ふと南条さんが視線をあげた。俺の方に。


「~~ッ!」

「~~ッ……!」


 メニュー越しに、不意打ちの視線の交差がお互いの動揺をうむ。

 南条さんの顔がカァッと赤面し、すぐさまメニューの下に隠れてしまった。しかしそれを見ていた俺も余裕があったわけではなく、同じようにメニューで顔を隠す。

 他人から見たら超初々しいカップルである。

 俺はこれ以上可愛い南条さんを観察するのを諦め、メニューとにらめっこする。


 とはいっても、南条さん何が食べたいんだ? スパゲッティ? ハンバーグ? オムライス?


 メニューを片っ端から当たっていくが、本当にどれがいいか見当がつかない。

 

 女の子だからやっぱりあっさりしたものか? いやいや別に清楚系でもないし、案外お肉食べたかったり?

 

 うーんと、唸ること数分。


「わたしは決まったよ。実森くんは?」

「俺も一応決めた」

「そっか。じゃあわたし席外すから、実森くんからどうぞ」


 そう言って南条さんはソファから腰を上げそそくさと場を離れていく。

 取り残された俺はテーブルの端においてある呼び出しベルを鳴らすのだった。

 

 店員に注文をし、帰ってきた南条さんとバトンタッチした俺は、トイレで用を足し、鏡前で時間を潰す。

 いわゆる化粧直しである。……化粧してないけど。

 俺は知らないうちに小さく跳ねていた髪の毛を撫でつけながら、つぶやく。


「南条さんが可愛い……」


 揺れる気持ちに答えを見つけようと思ってきたデートだったが、どうしようもないくらいに南条さんに心を揺さぶられていた。


「西科さんは可愛い……。けど、南条さんも可愛い……」


 ああもう! 余計にもやもやしてきたんだけど?!


 気持ちに決着がつくどころか、南条さんの可愛いところがどんどん発見されるし、それと同時に西科さんへの気持ちが忘れるな! というように西科さんとの思い出を呼び起こす。


 クッソもう! 可愛くて仕方がない!


 俺はもやもやでどうかなりそうな心をどうにか落ち着け、そろそろかなと南条さんの元に戻った。

 そして注文を終えた南条さんといろいろと話をする。


「ふーんそうなんだ……。そ、そういえばさ……」


 話の区切りで、南条さんが急にもじもじとしだす。その頬はどこか赤いように見える。上目遣いに揺れる瞳で俺を見つめる南条さん。


 なんだこれ? 話題変えようとしてんだよな? でも、なんでこんなにもじもじ……。それも顔赤くして、不安げな瞳で俺を見つめて……はっ! まさか、これは都市伝説的に語られる初デートの後のメインディッシュ、ラ――、


「告白ってこれが初めてなの?」


 ラの続きはひ・み・つ♥


「どうしたの変な顔して?」

「いや、都市伝説はやっぱり伝説なんだなと……」

「……まあ、それはいいけど、どうなの?」


 俺は隠すことでもないのでさらっという。


「うん。人生で初めてだ。初体験だったんだ」

「へ、変な言い方しないでよ」


 からかうように蛇足を付け足すと、予想通り南条さんは顔をさらに赤くしぷんぷんと怒り出す。そんな反応も可愛い。

 しかしそれで質問は終わりではないようで、南条さんは朱の射す頬をさらに赤くし、


「じ、じゃあ……好きになった人も、わたしが初めて?」

「は、はいっ?!」


 俺はとんでもなく恥ずかしい質問に思わず聞き返す。


「だから! 初恋の人はわたしかって聞いたの!」


 感情任せにそう言い放つ南条さんの顔は茹で上がるのではというくらいに赤かった。

 しかしそんな南条さんに俺はこたえを返すのをためらっていた。

 告白したのは確かに南条さんが初めてだが、初恋となるとそれは……。

 去年からずっと好きなその人の顔が頭に浮かぶ。

 俺の初恋は忘れるわけもない。

 

 ――だってそれは西科さんなのだから。


 しかし俺はそれが今、南条さんの求める答えではないとわかっていて、だからこそ言い淀んでいた。

 まあ、そもそも多くの人の初恋は小学生とか中学生くらいにあってもおかしくない。

 だから例に従って「中学の頃に~」とか適当に言ってもいいのだが、不安げに、そしてどこか期待の眼差しで俺を見上げる南条さんを見ていると、やはりここは彼氏として期待に応えるべきではと思えてくる。

 そんな風にタジタジしていると、


「で、どうなの?」


 恥ずかしさで真っ赤に染まった顔をしながら、南条さんはテーブル越しにグイッと詰め寄ってくる。

 さすがにこのまま黙っているのも限界で、俺は場の空気に流されるように、


「な、南条さんです。はい……」


 そう言って視線を逸らした。

 しかし視界の端に映る南条さんは俺の言葉を素直に聞き入れたらしく、その顔がどんどん明るくなっていく。


「……」

「えへへ〜」


 そして俺のことを見ながら、満足げに笑うのだった。

 にこにこと、心底幸せそうである。

 そんな雰囲気で、少し話しづらくなった俺に、助け舟とばかりにちょうど注文した品が運ばれてくる。

 俺は天使でも見るかのごとき視線で店員を見つめる。……横からチクチクした視線を感じる。

 

 いや、お腹減ってっただけだから! わーい! ご飯の時間だ!


 などと対面に座る南条さんに心の中で言い訳をし、視線をテーブルに戻す。……いい笑顔で。

 店員が運んできたのはハンバーグだった。それ以外にはない。

 俺は自分が頼んだものだったが、それは南条さんのために頼んだものだ。

 だから店員に手で南条さんを示す。

 それに応えて店員も南条さんの前にハンバーグの乗った鉄板を滑らせる。

 ぐつぐつと音を立てて沸いているソースの匂いがふわっと辺りを包む。


「実森くんが頼んだの、ハンバーグだったんだ」

「ああ、匂いがついたり、ソースが跳ねるかもとは思ったけど……、やっぱりそれかなって」

「ふぅん、どうして?」


 南条さんはスライド式の木箱に入ったフォークとナイフを手に取る。


「えーっと、なんていうか……。言いにくいんだけど……」

「うん?」


 ちょこんと小首をかしげる南条さん。

 俺はハンバーグに手をかけ始めた南条さんに意を決して言う。


「その、俺たちってまだお互いの好みもなにも知らないじゃん? だからその、俺がうまそうだなって思えるものを頼んだんだ」


 知らないからと適当はできないとか考えていたくせに、結局出した答えがこれであった。

 しかし南条さんはハンバーグを切り分けながら、口を開く。食べるためではない。


「そっかそっか。実森くんの思うものか……」

「……嫌だったか?」


 俺は南条さんの顔色をうかがうように、嫌だったら注文しなおしてもらってもいいと思ってそう問いかける。

 チャカチャカとハンバーグを切り分け終わると、南条さんは一切れフォークに刺す。

 そして顔をあげて笑顔を俺に向けた。


「嫌じゃないよ。そもそも実森くんの言うようにわたしたちまだお互いの好みも知らないし。だから、そうじゃなくて。わたしがこんな提案したのは――」


 南条さんは突き刺したハンバーグを前に突き出し、


「こうすれば実森くんがわたしのことをいっぱい考えてくれると思ったからだよ」


 何それ可愛い……!


「だから嫌じゃないし、考えてくれたことが伝わってくるからすごくうれしい! それに好みも知らないくらいわたしたちはお互いを知らないって気づけたんだから、今後お互いのことたくさん知っていこうね?」


 やだもう可愛い!


 なんだこの可愛い生き物は! と俺が衝撃を受ける中、南条さんは突き出したフォークを俺の口元に近づけ、


「は、はい。あ~ん」


 ちょっと恥ずかしそうにあ~んを要求してくるのだった。

 しかし恥ずかしそうなのでは、俺も負けていなかった。


「え? ちょっと?! ここでやるの?!」

「あ~ん!」


 あ~んの念押しである。俺は周りをきょろきょろ見渡す。

 

 誰も見てはいな……って、向こうのお母さん方! その暖かい目やめてぇぇぇえええええええ!

 え? 早く食べろって? なんでノリノリなんですかね?!


 知らないご婦人たちにもあ~んを急かされる始末。

 俺は視線を元に戻し、未だにフォークを突き出す南条さんを見て、やるまで引かないことを理解する。

 

 すりゃいいんだろ! あ~んを!


「……あ、あーん」

「はい!」


 俺がためらいながら小さくあ~んをすると、南条さんはここぞとばかりに俺の口の中にハンバーグを押し入れた。

 瞬間、酸味のある甘辛いソースの味とホロホロと崩れていくくず肉の触感、そしてあふれる肉汁で口の中が満たされる。

 俺は大きめに切られたそれを口の中でゆっくり咀嚼する。いくら恥ずかしい状況とて、おいしいものは堪能してしまうものだ。

 そして一塊のハンバーグを飲み込むと、南条さんが言う。


「あと何回できるかな?」


 え? まだやるの? 暖かい視線で溶けちゃうよ?


「い、いやそれは南条さんのお昼ご飯だし! 俺のもそろそろ来るだろうし!」

「来ないよ?」

「……どういうこと?」

「頼んでないから」

「いやなんで?! ……まさか、これが世に言うお前のメシねぇから! ってやつか?!」


 驚きを隠せない俺に南条さんは「いやいや」と苦笑いを返す。


「ここにあるよ?」


 そういってハンバーグを指さす南条さん。

 

「いやだからそれは南条さんの――」

「うん。わたしが実森くんに食べさせてあげる用のハンバーグ、だよ?」

「餌付け専用ハンバーグ!」


 なんだそのオプション……。


 自分で食べることを申し出ようとするが、それより一手早く南条さんの上目遣いが炸裂する。


「ダメ?」

「……ッ?!」


 そんな可愛く言われたら、断れる男などいないと思う。

 

「……あ、あーん」


 もはや俺は自主的にあ~んをするしかなかった。


 昼食を済ませた俺たちは当初の予定通り、映画を見たり、南条さんの希望で服屋を中心にウィンドウショッピングなどをして回ったのだった。

 そして南条さんの可愛さに翻弄されながら、あっという間に過ぎていく時間の中で。

 すっかり忘れていたことがあった。

 それは館内放送で大々的に伝えられた。


『お客様にお知らせいたします。実森達也様。実森達也様。

 本日開催「大好きな人に愛を叫べ! ~彼女持ちもそうでない人もお前の愛を見せてみろ!~」のイベントに参加受理されています。

 登録先へのご連絡に返信がなかったので、規約通り呼び出しという形をとらさせていただきました。

 それでは本イベントの開始時間、午後四時までに会場へ来てもらえますようお願いいたします――ガチャガチャッブツ……』


「抽選当たってるじゃねぇかぁぁぁああああああああああああああああああああっっっ!」


 最悪の事態にすぐさまお断りの電話を入れたい俺だったが、


「ワクワク」


 愛を叫ばれることに期待の眼差しを送ってくる隣の南条さんがいる限り、俺に断るという選択肢はなかった。


 公開処刑への門は開かれた……(吐血)。


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