3 勘違い part3
第三話です。
恋愛パート多めです。
放課後の教室で駄弁っていて、見回りの先生に注意を受けて下校したその足で、俺は那岐と輝と連れ立ってファミレスに来ていた。
本来放課後にファミレスによる予定などなかったのだが、
「じゃあ、達也の恋がうまくいくように作戦会議しようよ」
那岐のそんな一言でファミレスに行くことになったのだった。
もちろんそんなことをしてもらおうなんて思って話したわけではなかったから断ってもよかったが、
「いやいや、わざわざ好きな人話したってことは、案外無意識下で俺たちへのSOSだったってこともあるんじゃねぇか?」
と、輝もノリノリで、俺が断る理由がなかった。
そしてファミレスに寄り道をしたのだった。
ファミレスに入り次第、俺たちはトイレととりあえずの注文を済ませ、ドリンクバーからジュースを取ってくる。長期戦の態勢である。
一通り終わると、四人掛けボックス席の対面に座る那岐が口を開く。
「じゃあさっそく達也のプロポーズ大作戦を考えようか」
「待て待て、プロポーズとかそんな大それた話は早すぎるだろ?」
まだ付き合ってもいないのにプロポーズさせようとする那岐に待ったをかける。
しかし那岐は俺の言い分が不服らしく、不満をたれる。
「いやさ……。好きな人と付き合って最終的にはどうなりたいかって言ったら結婚だよね? だったら別にプロポーズ大作戦で間違いはないと思うけど?」
「この場ってそんな将来の人生設計に食い込むような話合いするようなとこだったのか?!」
「え? じゃあ西科さんと付き合って、結婚して、子供作って、幸せな家庭をつくりたいとかじゃないの?」
「いやいや、高校生が人一人と付き合うのに何でそこまで考えないといけないんだよ! 重いから! 愛が重すぎるから!」
そりゃあ、確かに西科さんが俺の嫁になってくれたらと考えると…………たまらんな!
しかしそれはそれ。あくまで俺は高校生で、今西科さんと仲良くなりたいと思っているだけだ。そこから先にどんな未来が待っているかまで考えて行動なんて、面倒くさくてやっていられない。それに二人の馬が合わないとか、相性が悪いとか実際に付き合ってからじゃないとわからないこともある。
「ま、そんなもんだろ。まずは一緒に時間を過ごして相手を見極めてから。そういいたいんだろ?」
隣に座る輝のフォローに俺はうんうんと首を縦に振り、那岐を見る。
那岐はその反応を見て、
「みんなそんなもんなのかな? ……僕なんか北上絢音ちゃんとのラブラブな人生設計をノート丸々一冊使って考えてるんだけどなぁ……」
「「えぇ……」」
「なに引いてるのさ?! 好きな人と触れ合いたいならそんなの当然でしょ?!」
「「えぇ……」」
「いやほら! 好きな人とのラッキースケベ展開狙って、その人が通りそうな時間帯とか調べて廊下の曲がり角に絶妙な速度で突っ込んでいくことってあるよね?」
「「ねーよ」」
「いやあるよっ!」
那岐が予想の斜め上を行く変態だということが分かったその時。
ちょうど注文していた品が運ばれてくる。
そしてコトコト小さな音を立てて机に置かれたメニューを、店員がオーダーミスのないように確認をとる。
「こちら、オレンジ風味のフライドポテト・ストロベリージャム添えになります。ご注文は間違いありま――」
「はい俺怒らないから、このスイーツ系フライドポテト頼んだ人は素直に手をあげて?」
俺たちは店に入ってから注文を決めたが、その段階では確か三人でつつけるフライドポテト大盛りでと、話はついたはずだ。
そして俺と輝はトイレに行って、注文は那岐に任せていたのだが……。
俺はたった一人の犯人に目を向ける。
「達也の甘い気持ちが伝播したんだ……」
「甘いっていうほど甘そうじゃないけどな?! このフライドポテト!」
「うへぇ……。こりゃまたスゲェもん頼んだな。これじゃない感がすごい……」
俺に続き、輝にもオレンジポテトを責められた那岐は「ほ、ほらさ……」と説明を始める。
「ファミレスに入ったら何か食べるじゃないですか……。まずは腹の足しになる穀物系のメニュー頼むじゃないですか……。次にデザート系のメニュー頼むじゃないですか……。二度手間じゃないですか……。そしたらあら不思議、両方を一手に満たすメニューがあるじゃないですか!」
「一手どころか、こんなの三度手間になるわ!」
「だ、だったら何が最善だったって言うんだよ?!」
「普通に頼めばいいだろうがよっ!」
「お金がなかったんだ……」
「ここにきて本音?! いや、だったらもっと美味しそうなも――」
――スッと横から差し出されるオレンジポテト。
「まあまあ達也も食ってみろよ」
そう言って輝は俺にオレンジポテトを一本手渡し、自身も三本ほど一気に食べる。
その輝の対応を見て思う。
そ、そうだよな……。否定から入らずにまずは食べてみてから――。
「確かにこいつは甘酸っぱいが、達也も甘酸っぱさじゃ負けてないぜ?」
「それまだ引きずるぅぅぅううううう?!」
輝が茶化しながらもパクパクとオレンジポテトを頬張っていく。
意外とおいしいのかもしれないと、俺も手に持つ一本のオレンジポテトの先でストロベリージャムをすくい上げパクッと口に放り込む。
――うん、恋の味がし…………ねーよ。
とはいってもいくら好みじゃないからと、頼んだものを食べもせずに残飯にするのは俺の流儀ではない。
だからとりあえず完食を目指し、チビチビとオレンジポテトの山を削っていくことにした。
まあ、普通にメニューに載っている商品がまずいわけがなく、ただ食べたかったものと違い文句をっていただけなのだ。
そして俺と輝がそれを食べ始めたのを見て、那岐も一安心したのかそこに加わりながら話を始める。
「それで、作戦なんだけど」
何か案でもあるのかと、那岐に視線を向ける。
「明日告白しよう」
「ぶふぅっ!」
「うわっきったな?! 何こんなところでキス顔の練習してるのさ?! それも不細工!」
俺はテーブルの端に置いてあったカミで口元を拭う。
「誰がキス顔だ! お前のあんまりな発言に吹き出したんだよ!」
「え? いまのがあんまりにも面白くて吹き出すだなんて……達也の笑いの沸点がよくわからない」
「あんまりにも突飛すぎて驚いただけだ!」
どうして今の流れで面白いと思うんだよ?! 感受性に難がありすぎるだろ……。
俺は一先ずソファに腰を落ち着けて、今の提案に抗議する。
「告白なんて急にするもんじゃないだろう?」
「いつされたって相手にしてみれば急なような……?」
「そ、そうかもしんないけど! もう少し仲良くなってからでいいと――」
「じゃあ、達也の仲良くなったって思えるときはいつぐらいにくるの?」
「……」
俺はその言葉に押し黙る。
確かに急だなんだと言い訳しているが、実際仲良くなれた時が来るのかと言われれば絶対来るよとは言えない。
「僕は過程なんてどうだっていいと思うよ。だからサクッと結果を求めようよ」
「で、でも……その結果嫌われました、なんてなったら目も当てられないじゃん……」
告白なんて……と、弱気になる俺に、横から輝が言う。
「そいつは違うんじゃねぇか? 好きって言われて嫌な奴はいないだろ? もし嫌ってんなら、そりゃもともと嫌われてんだぜ」
「そうそう、それにさ。もし告白がうまくいかなくたって、相手はいやでも達也のことを意識することになるわけだから。成功も失敗も、達也にしてみれば大成功なんだよ」
確かに相手に自分を意識させなければ意味はないという意見には同感だが……。
俺は「でも」と反抗を続ける。
「やっぱりいきなり告白するのは無理だ。俺の心的に!」
結局、俺自身が好きな相手に告白する心の準備ができていないのだ。
告白したらって考えるだけで、もう爆発しそうなほどに恥ずかしい。
しかしそんな俺の心を見透かしていたようで、那岐は「知ってた」と笑う。
そしてその上で、提案する。
「だったらまずは、告白予行演習をしようじゃないか!」
「「告白予行演習?」」
俺はその言葉のイメージがうまくわかず、オウム返しに聞き返す。輝も同様にわからないようで首をかしげている。
那岐は俺たちの反応を見て、説明を始める。
「言葉のまんま。好きな人を相手に告白できないなら、まずは代役を立ててその人に告白してみればいいんだよ。慣れこそものの上手なれってやつさ」
「最後日本語間違ってるぞ……」
まあ、告白に得手不得手はなくとも、何度もこなせば慣れていくのは確かどと思う。
しかし誰を相手にそれをするのか? という問題があると思うのだが、それは隣の輝が質問した。
「代役って言ってもよ。誰がその役割を引き受けるんだよ?」
「うーん……。初めはそこら辺の観葉植物から初めて――」
「いやそれ人じゃねぇから! 俺だってさすがに人外相手じゃないと話せないほどじゃないからな?!」
「え? そうなの?」
「当たり前だろ。人相手から始めてもらって構わない。で、誰か相手してくれそうな女の子はいるのか?」
「え?」
「うん?」
俺が告白の練習台になってくれる女の子のあてはあるのかを聞くが、提案者のはずの那岐は首をかしげる。
そして少しの間をおいて、
「僕に女の子の知り合いなんていないよ? それも告白の練習台になってくれそうな人なんてなおさら」
「はぁぁあああ?! じゃあなんで告白予行演習とか提案したんだよ?!」
「いや、人の練習台ならいるよ?」
「今いないって――」
「僕」
「……今いないって――」
「あと、輝」
「お前らは男だろうがぁぁぁあああああああああああああっ!」
どうして告白の練習相手が男なんですかね?! 俺はホモじゃないんだぞ?!
「いや別にいいじゃん。そんなに気にするところ?」
「気にするよね?! 告白する相手が男とか嫌悪感しかないよね!」
「達也、安心してくれ。オレだって告白を待ついじらしい女の子のふりぐらいできるぞ。……ポッ///」
「……ポ///ッじゃねぇよ?! 頬染めて上目使いすんな!」
輝の自称いじらしい女の子モードだが、どう見てもホモッ気のある怪しい男である。
一方那岐も、
「べ、別にアンタのことなんて大好きなんだからね!」
「そんなチョロインな女いるわけねぇだろうが! もう少しリアルに寄せた設定でいけよ!」
「べ、別に生ごみなんて好きじゃないんだからね!」
「毒舌すぎてむしろ当たり前のこと言ってるようにしか聞こえない?!」
「べ、別に貴方様のことなんて好いてなどおりませんよ?」
「ドキッ……」
「なに気に入ってんだよ、達也は……」
最後は輝に呆れられてしまったが、清楚系ツンデレお嬢様という設定がいいと思ってしまったのは事実なので反論はしない。……あくまで設定の方である。那岐にドキッとしたわけではない。
そんなことをしていても始まらないと、俺は口を開く。
「お前らホントに付き合ってくれそうな女の子の知り合いいないのか?」
二人とも少し考えるようなそぶりをして、
「「いない。けどオレ(僕)がいる」」
「いやいらねぇし! 女の子相手じゃないと全然実践的じゃないし!」
「実践的なのがいいの?」
「そりゃできる限り、実際の告白に近づけた方がいいだろ」
「ふぅーん……実践的ねぇ……」
そんな確認を取った那岐はいかにも何か思いついたというような顔をしていた。
そして俺たちが聞くまでもなく、新たなる提案がなされた。
「実践的告白予行演習をしよう!」
先ほどのようにオウム返しにすることはなかったが、俺は意味が分からず首をかしげる。
「それって、さっきのと何が違うんだ?」
輝も俺の言葉に頷いていた。
しかしそんな理解の悪い俺たちに呆れるようなこともなく、那岐は答える。
「簡単だよ。より実践的な告白予行演習をするのさ」
那岐は一度言葉を区切り「具体的には」と続きを話し出す。
「例えば、告白する予定の場所が体育館裏なら体育館裏で、告白する言葉が決まっているならその言葉をそのまま使って、告白する相手に似通った部分を多く持つ人を告白練習相手として――」
そこで那岐はニヤリと口の端を釣り上げ、
「実際に告白するんだよ!」
「本末転倒って知ってる?!」
実際の告白相手に告白するのが恥ずかしくうまくできそうにないから、適当な人間に告白練習相手になってもらってもらうという話だったのに……。適当な練習相手がいないから、好きな人に似た人にへ告白とか……。どうしようもないくらいの本末転倒である。
しかし那岐はめげない。
「なに言ってるんだよ。好きな人への告白の練習と耐性を手に入れるっていう目的からすれば、一番手っ取り早い荒療治じゃないか!」
「はなっから荒療治に頼るやつがあるか!」
俺もすかさず言い返すが、那岐は「じゃあ!」と反論する。
「達也は早く、西科さんと仲良くなりたくないの?!」
「なりたいけども!」
「だったら聞くけど、西科さんへの告白のために実践的告白予行演習するよね?!」
「いやだから――」
「嫌なら僕と輝との男三人だけで「お前のこと愛してるぜ(ウホッ」とか囁き合う、傍から見たら男色家を疑われるような、男だらけの告白予行演習する?! 男友達なら余るほどいるからいくらでも男まみれにできるけど!」
「嫌だね! そんなむさ苦しいところ誰かに見られたらもう学校いけねぇし!」
確かに那岐の言うとおり、このまま普通にただの告白予行演習をするということは理解ある女の子からの協力は得られないというわけで。逆に実践的告白予行演習なら女の子相手にちゃんとした練習ができるわけで。それもより本番に近い形で。
俺は心の中で葛藤する。
男色家を疑われるのは御免だし、男に愛を囁きたくない。
しかし好きな人ではないとはいえ、実際に告白するのもすごく恥ずかしい。
うーん……。うーん……。うぅぅぅぅううううううううううううううううううんっっっ!
俺は机に伏せて、自分の中で必死に悩み続け、しばらくしてバッと顔を上げた。
「決めた! 俺は早く西科さんと仲良くなりたい! だから似た人に告白する!」
もし他人がこの言葉を聞いていたら「なに言ってんだこいつ」顔を向けられたに違いない。
しかし俺は決めたのだ。
やっぱり俺は西科さんといい関係になりたい! だから恥ずかしくても手早く告白になれるため実践的告白演習をするぞ!
俺の出した答えにどこか安堵しながら二人の友人も応える。
「そう来なくっちゃ」
「サポートは任せてくれ」
二人と方針を共有したことを見て、俺はただ一つの懸念を口にする。
「ありがと。……ただ一つ。これって好きでもないのに告白するってなんかすごい失礼なことなんじゃないか?」
「まあ確かにあまりほめられたことではないけど、そこは割り切るしかないね」
「だな。それにあくまで達也のことをふってくれる奴に告白するんだ。間違っても成功するようなことはないだろうし、そこまで気負うことはねぇんじゃねぇの?」
「そうだよな……。俺に告白されたからなんだって人に告白するんだよな」
誰に告白するにせよ、多少の罪悪感はある。しかしあくまで自分を好いてくれるようなことがない人を選べばいいのだ。そうすれば何かの拍子にウソの告白がばれても、相手もノーダメージで済むだろう。
そんな言い訳じみたことを自分に言い聞かせて、俺は小さな罪悪感に蓋をした。
「それで、告白予行演習の相手だけど、思いつく人いる?」
那岐が俺にそう問いかけてくる。
今までの話をまとめると、容姿などがある程度似ていて、かつ俺のことをあまり好きではなさそうな人になるが……。
俺は知り合いの顔を頭の中に思い浮かべる。
……。…………。
自然とまぶたの裏に映ったのは、とあるクラスメイトの顔だった。
「……南条さん」
南条鈴乃。クラスメイトにして、今席が前後の女の子。
鳶色の髪に、色白の肌。プロポーションの良い体つきに、珍しい切れ長の瞳。
その特徴は、俺が知る中で、誰よりも西科姫香と同じものだった。もちろん双子でもなければ血も繋がってないのだから、細部は違う。
しかし圧倒的に、その人の特徴が一致していたのだった。
そしてそれだけでなく、もう一つ。南条さんの顔が浮かんだ理由があった。
今日の帰りのHRでの話だ。
俺は南条さんがよだれを垂れて居眠りしている姿を数秒眺め、彼女が起きた後よだれを垂れていたことを指摘している。
今思えば、何ともデリカシーのない言動だったと思う。
その証拠に、そのあとの南条さんの震えようは……相当怒っていたに違いない。
しかしそれが今の条件にかみ合う。
そう。彼女なら、確実に俺をふってくれる!
俺は二人に南条さんのことを話す。
すると二人も頷いて、
「うん。普段から達也に対する南条さんの態度はあんまり好意的とは思えないし」
「今日怒らせてるんなら、確実だな」
「だよな? 絶対俺のこと振ってくれるだろ?」
そうして俺の実践的告白予行演習の相手は決まったのだった。
それから那岐の最初の提案通り、明日告白することになった。できる限り今日の怒りを覚えている内が確実性が高くていいだろうと。間違っても成功などあってはならないのだから。
そこから少し打ち合わせをした後。
「そんじゅあ、明日は気合入れていきますか!」
三人で拳を突き合わせ「おお!」と鬨の声をあげて、俺たちの作戦会議は終わりを告げた。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
翌日。
俺たちは朝の教室で再度打ち合わせをしていた。
「や、やっぱり今日の告白やめね?」
昨日の決意はどこへやら、朝いちから弱気な発言に那岐と輝が言う。
「昨日の気合はどこ行ったのさ。ここでやめたら意気地なしだよ」
「そうだぜ。そもそもあくまで予行演習だろ? ここで逃げてちゃ本番はどうすんだよ?」
確かに言われるとおりである。こんなところで逃げ癖をつけるわけにはいかない。
「わ、わかった。頑張るから見ててくれ」
俺は改めて決意表明をし、二人の友人から離れ、自分の席に帰っていく。
もちろん後ろの席の南条さんに話しかけるためだ。
昨日の作戦会議では告白する時間は昼休み。場所は体育館裏と決まった。
そして呼び出しのタイミングは登校から授業が始まるまでの短い朝の時間。これは他の人に予定を先に入れられないようにするためだ。
だから俺は自分の席に変えると、すでに席に座っている南条さんに挨拶をした。
「おはよう。南条さん」
「……」
返事がない。呼吸はあるから屍ではない。
俺はその反応に昨日のことを怒っていて、無視を決め込んでいるのでは? と思うが、よく見るとなにやら南条さんはブツブツ呟いており、自分の世界に入っているようだ。
普段ならそんな状態の人に無理に話しかけたりしないが、今は外せない用がある。
俺は少し強引だと思いながらも、その耳元に顔を近づけ、
「おーい! 南条さん!」
「ひゃっ?! な、なに?!」
南条さんは耳元を両手で抑え、飛びずさるように椅子から立ち上がる。
「おはよう。南条さん」
「み、みみみみ実森くん?!」
大変驚いた様子で、南条さんはさらに後ずさる。
しかし今の椅子と足が絡まった不安定な状態で後ずさるなど、自らコケに行くようなものだった。
「あ、あっ!」
「ちょっ、危ない!」
体勢を崩し後ろに倒れていく南条さんを、俺は咄嗟にその背中に手を添えて支えた。フニャンと胸に当たる柔らかい感触は無視。断固として無視。
俺は腕の中で驚いた顔をしている南条さんに、
「大丈夫か? 危なかったな」
「……ッ?!」
みるみるうちに南条さんの顔が赤くなり、全身がプルプル震えだす。
ああ、俺が耳元で大きな声出さなければこんなことにはならなかったわけだし、それで「危なかったな」は怒って当然だよな……。それに昨日のこともあるだろうし……。
怒りで真っ赤になっているであろう南条さんをひとまず俺は腕から解放すると、早くこの場を収拾するために用件だけサッという。
「南条さん、ちょっと今日用事があるから――」
「用事?!」
「うん。用事って言っても話だからそこまで時間はとらな――」
「話?!」
「うん。それで人前じゃ話ずらいから体育館裏で――」
「話ずらいから体育館裏?!」
「時間は昼休み始まってすぐに――」
「放課後じゃなくて?」
「? うん。昼休みのはじめ。大事な話だから、絶対来て」
それを告げ終わると、南条さんはさらに顔を赤くしていく。
あれ? 怒らせてるのに「絶対来て」は上から目線でまずかったか? ……まあ、これだけ怒ってれば確実に振ってくれるし、俺も罪悪感が少なくて済むし、いいか。
俺はそんな見当違いなことを考えながら、自分の席につく。
話は終わった。これ以上南条さんのヘイトを貯める必要はないだろうと。
二人の友人に目を向けると、なにやら首をかしげながら、南条さんを見ていた。
しかし俺の視線に気が付くと、ぐっと親指を立ててサムズアップする。
『よく頑張った』
そう言っているように感じた。
俺はそんなこんなでひとまずやるべきことを終え、のどに詰まった息を吐く。
「あら? 朝からため息ですか? 縁起が良くないですよ?」
隣の席から聞こえた声に、俺は首を向ける。
もちろん西科さんである。先ほどまでは他の席でクラスメイトと話していたはずだが、俺が南条さんと話し終わるのと同じタイミングで終わったのだろう。
そして俺はいつものように、西科さんと話す。
「いやいや、ため息はストレスの発散にはちょうどいいんだ。人はため息を吐くことで精神的な調整をしてるんだから」
「そうですか。なら今のストレスは直前まで話していた南条さんが原因なんですか?」
うん、とは言えないこの空気。
「べ、別にそういうことではないけど……」
言い淀んでいると、西科さんは「まあいいです」と話を変える。
「今日お昼休みに実森君の時間を割いてもらってもいいかしら。ちょっと用がありますから」
「え? 昼休み?」
さっき南条さんとの告白イベントを取り付けたばかりである。
俺は少し考えてから、告白もそんなに時間をとらないだろうと、昼の一時間の予定を立て始める。
「いいけど。先約があるから、昼休み始まってすぐは無理だ。だからそれ以外なら」
「いいですよ。私はそのあとで」
「うん。ならそういうことで」
「はい。絶対ですよ?」
そう言って首をかしげる西科さんはとても可愛く感じた。そして俺たち二人は会話を切り上げ、それぞれ一限目の授業の準備をはじめる。
そしてだんだんと一時限目開始の時間が迫る中、西科さんとの約束で俺はどこへ行けばいいかを聞いていなかったことを思い出し、授業が始まる前に聞き出す。
「西科さん。さっきの話だけど、場所は教室でいいのか?」
「ああ言ってませんでしたね。うっかりしてました」
そう言って「ふふっ」と笑った西科さんは、場所指定する。
「場所は、体育館裏。必ず来てくださいね」
もろかぶりであった。
さすがに告白イベントの場所が他の約束の集合場所なのはまずい。
もし俺が南条さんに告白する現場を西科さんに見られたらなんてしたら……ッ!
もう考えただけで「ア―――――――――――――――――ッ!」と絶叫してしまいそうである。
俺はその事態を回避するために、急いで西科さんに約束の取り下げを申し出ようとする。
しかし無情にも、
キーンコーンカーンコーン!
「はい。君たち席について!」
一限目のスタート合図に、俺は話しかけるタイミングを完全に失ったのであった。
今日ほど学校のチャイムを憎んだことはない。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
私は今日告白をする。実森君に。
だからそのための呼び出しは朝に間違いないよう終わらせた。
まあ、場所指定をすっかり忘れていて、実森君に指摘されてしまったが……。そのくらい緊張していたということだろう。
そんな感じで告白のための呼び出しをすると、なんだか実森君を見るたびに凄い意識してしまい、私はお昼休みまでの間徹底的に実森君を避けていた。告白するのに、実は嫌いなんじゃないかというくらいに避けていた。
なにやら実森君が話したそうにしていたが、私はそれでころではないくらい羞恥で燃え上がりそうになり、その度にダッシュで逃げていた。
そして迎えたお昼休み。
ついに時間だと思うと、私は四時限目の終わりのチャイムとともに急いで教室を抜け出た。
実森君がまたもや何か言いかけていたが、ガン無視である。
私は近くのトイレに入ると、ポケットの中から手鏡を取り出す。
もちろん身だしなみチェックだ。
髪は乱れてない……。顔色も好調。見た目に変なところはなし、と。
続いて制服などもほつれなどがないか徹底的に見るが、大丈夫そうだった。
そしてそれらの確認が終わると、私はもう片方のポケットから小さめの手紙を取り出す。
ピンク色の便せんにハート型のシールで封がされたそれは、私がうまく告白を言葉にできなかった時のためのものだ。
緊張のあまりとか、羞恥のあまりとか、どんな理由で言葉が出てこなくなるか分からない。
それが恋らしい。母曰く。
だから私はできる限り自分の口でいいたいが、最悪はこの便箋を渡して、告白を実行する。
それから数分。
私はイメージトレーニングを繰り返し、これで十分というまでやり終わると、ついに私は体育館の裏側へと足を向けるのだった。
歩いて向かう途中。
私は前方に実森君が歩いているのを確認し、少し歩幅を縮める。
これから告白する人に、場所に向かう途中で鉢合わせなんてさすがに気まずいですから……。それにお昼休みはじめは先約があるといってましたよね?
おそらくその先約の場所に向かう途中なのだろう。
そして歩くこと数分。
結局道をたがえることなく私と実森君は体育館裏にきていた。
あれ? もう先約は終わったのかしら。
一番その可能性が高いが、昼休みが始まってそんなに時間もたっていない。
そんなに早く用事が終わるものだろうか? と私は考える。
……はっ! まさか私との用件が待ちどうしすぎて先約ダッシュで終わらせて、急いでここに来たのでは?! ってもう! 実森君ったら、可愛いところあるじゃないですか!
この場に来たということはそういうことだろうと、私は頬に手を当て、そのいじらしい行動に身をくねらせる。
私はできれば実森君よりはやくこの場所にきていたかったが仕方がない。
ならば届けましょう。この愛を!
体育館裏への角を曲がった実森君を追うように、私はその角から躍り出たのだった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
俺は焦っていた。
結局、西科さんとの約束をやめることができすに突入したのだ。約束の昼休みに。
だってあの人、俺の顔見るなり光の速さでどっか行っちゃうんだもん!
具体的には――。
一時限目終了時。
「西科さん、ちょっとさっきの件で話したいことが……」
「さ、さっきのですか?! む、無理です! 今は無理ですぅ!」
「……」
そう言って教室を出ていく西科さん。
二時限目終了時。
「西科さん、ちょっと朝の話――」
「だ、ダメですよ! あれは昼休みまでのとっておきです!」
「……」
そう言って教室を出ていく西科さん。
三時限目の途中。ノートによる筆談。
『西科さん! ちょっと真面目に話があるんだけど! 朝の件で!』
「先生。実森君が授業に関係ない落書きをしています」
「?!」
そう言って俺を指さす西科さん。
三時限目終了時。
「ちょっと――」
「……ごめんなさい!」
話を最後まで聞いてもらえない俺。
そして四時限目終了時。つまり昼休み開始直後。
「――」
「……」
俺がしゃべるために息を吸った瞬間、とてつもない速さで教室を抜け出す西科さん。
最後に至ってはガン無視である。俺、西科さんから嫌われるようなことをしただろうか……。
考えても答えは出ない。そもそもそんなことにかまっている余裕がなかった。
告白予行演習の場所と、西科さんとの約束の場所の一致。
これだけがすべての悩みどころだった。
別にそれぞれを普通にこなせばいいだけの話なのだが、
「もし告白の場に西科さんが鉢合わせたら目も当てられねぇじゃんか!」
とりあえず、こうなってしまった以上、鉢合わせという最悪の事態だけは避けたいのだが……。
「こうなったら告白の言葉を短くして、ド直球な告白をして、ストレートにフラれよう!」
俺は少しでも鉢合わせの事態をなくすため、告白自体を簡略化することにした。昨日考えた告白の言葉の数々は無駄になるが仕方がない。
俺はそう思うや否や、昼休みに入った教室から抜け出す。
目指すは体育館裏。
「まってろよ。今すぐに終わらせてやるからな」
そして俺は、失敗が約束された実践的告白予行演習に向かうのだった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
わたし――南条鈴乃は呼び出し通りに、体育館裏で待っていた。
どうやらわたしのほうが先に来たようで辺りには誰もいない。
その静寂が包む場所でわたしは思考にふける。
昨日のあの三人の恋バナ。それがあっての今日の呼び出し。場所は体育館裏。
「これってやっぱり……告白、だよね?」
言葉にするが、誰も答えを返してくれることはない。
しかしその代わりに、スタスタと誰かが歩いてくる足音が聞こえた。
実森くん、ついに来た?!
これから起こるであろうことに心臓の鼓動が鳴りやまない。
バクバクと心臓が波打つたびに、身体の自由が束縛されていくような窮屈な感覚が襲う。
息も荒く、わたしが金縛りのように体育館の曲がり角に注目する中。
果たして、実森くんはやってきた。
すでに顔が熱くなっているのを感じた。
実森くんはどこか早足で、わたしの前まあで来ると、
「ま、待たせちゃった? 呼び出しといてごめん」
どこか緊張した面持ちの実森くん。
「あ、え、いや……。全然待ってないから、心配しないで」
「う、うん」
初々しい恋人みたいな反応で二人は声を交わす。
しかしそれを言うと、どうしてか二人とも押し黙る。
わたしは前髪の下から実森くんの様子を伺う。その最中、実森くんが登場した曲がり角に人影がチラつた気がした。
しかし気のせいだろうと、実森くんに目を向けなおして数秒後。
実森くんはついに決意したと言わんばかりに、一度目をギュッと瞑り、次の瞬間には見開いき、口を開いた。
「一度しか言わないから聞いてほしい」
「な、なにかな?」
わかっていながらわたしはそう言わざるを得なかった。
そしてついに、決定的な言葉が紡がれる。
「好きです! 好きで好きで仕方がないです! 付き合ってください!」
そう言って実森くんは「お願いします」と頭をさげて、手を前に突き出す。
よかったら自分の手を握ってくれと。
そしてこの告白を事前に知っていたわたしの答えは決まっている。
もし知らなかったら「また後日」と言葉を濁したかもしれないが、一晩考える猶予があったのだから、気持ちに整理がついていて当然だった。
そしてわたしの答えは、
「べ、別に実森くんのことなんてそんなに好きじゃないけど、そ、そこまで言うなら付き合ってあげてもいいけど?」
「……だ、だよな。俺のことなんか好きでも何でもないから断るに決まってぇぇぇええええええええええええええええええええええっっっ?!」
ツンデレ的肯定。そしてわたしは実森くんの手を取る。
あれからいろいろ考えて、至った結論。
もともと実森くんのことは、好きとかそういう気持ちはなかった。
だけど話しやすいし、どこか気になる部分もあった。
そんなときにあんな不意打ちみたいな愛を叫ばれて、気持ちがそっちに振り切ってしまったのだろう。
どこか他人事のようだが、なにがなんだか自分でもよくわかっていない。
しかしただ一つだけ、分かっていることがある。
目の前には、告白がうまくいったことに驚いているのか、目を見開く実森くん。わたしは感動あまりがくがくと震えている彼にその想いをを伝える。
「実森くんのこと考えたら、鼓動が高鳴るの!」
「……ッ!」
顔は火照り、茹でるように熱い。しかしそれはまごうことなき事実であるから、わたしはしっかり目を見て伝えた。
恋ってそういうものだよね?
相手の想いに応えて、自らも想いをさらす。
そんな恋人なら当たり前の第一歩を、この告白でわたしたちは初めて経験したのだった。
「付き合うからには、わたしだけを見てね?」
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