2 勘違い part2
第二話です。
達也たちが放課後に恋バナをするその日。その午後の授業中。
午後初めの授業は現代文の授業だった。
しかし教室には授業中にも関わらず、怠惰な雰囲気が蔓延していた。
そのわけはおそらく、午前中最後の授業が体育で、今日はグラウンドをひたすら走るという「それはもう授業ではないのでは?」と言いたくなるような内容だったからだろう。
そこで多くの生徒が体力を削られ、疲れが溜まってしまったのだ。
そしてそのあとに続いた昼休みの食事。
それは体力の回復をもたらすどころか、むしろ疲れた後の満ち足りた満腹感が昼時の陽気な空気と合わさり、皆の勉強へのやる気を根こそぎ持っていくには十分だった。
もちろん中にはその例に漏れて、学生の本分を全うするものもいるわけで、その中の一人が私――西科姫花だった。
私は生徒会所属の人間であり、次期生徒会長候補として名を知られている。
ならばこのような場で周りに流されるわけにはいかないと、背筋をシャキッと伸ばし授業に最大限集中する。
物腰が柔らかく、起伏のない渋めの声を出す男性教師の授業で、また一人、そしてまた一人と視界の中で机に伏す人間が増えていくが、私には関係のないことだ。
生徒会役員なら、皆の生活態度にも気を付けるべき? 馬鹿馬鹿しいですね。
私は勉強ができるという最大限恵まれた環境にいるにもかかわらずそれを理解せず、目先の『疲れた』などという感情に流されていくような人間に興味はない。
普段、眠くても疲れていても、必死に黒板の文字を板書し、教師の言葉に耳を傾け理解をしようとするそういう人間がなぜかだらけているようなことがあれば少し気にするかもしれないが、はなっからその気がない無気力何に注意するだけ無駄だろうというのが私の見解だった。
そしてその私の考えにのっとり、今とるべき行動といえば、
「……ちょっと! あなた起きて! ……早く起きないと鼻の穴に消しゴムのカスを詰め込みますから」
「はいはいはいはいわかったって。だからその鼻の穴に詰め込む用の消しカスをわざわざ量産しない」
「はい、よろしい」
私は隣の席で机に伏していた男子生徒――実森達也君に小さな声で起床を促すのだった。
そして見事予見通りに彼はムクリと体を起こして、授業開始から進んでいなかった教科書をぺらぺらと何ページかめくり、今の授業進行に合わせる。
それを確認して、私は彼の罰のために量産していた消しカスを、先生の目を盗み彼の机に移動させる。
「おいおい待つんだ、西科さん。俺の机はゴミ捨て場ではないんだが?」
「何を言っているんですか? あなたのために、本来の用途で消費されることなく散った命ですよ? ちゃんとあなたの手で弔うのが筋でしょう?」
「押しつけがましいと思うんだけど……。そもそも寝てる級友の鼻の穴に詰め込む用の消しカスとかいう頭のおかしい理由で消しゴムの命を散らさせた西科さんが悪いんじゃない?」
「おかしくないですよ! 授業に集中しないあなたが悪いんですから」
「ただいま絶賛俺との会話に花咲かせてる西科さんが言うか……」
「安心してください。私は今の授業範囲や、先生の性格、進行速度とか、いろんな面から考察した今日の現代文の授業のイメージトレーニングを予習として昨日しっかりしてます。そして今のところ、寸分たがわずそのイメトレ予習の通りに授業は進んでますから」
「何そのチート……」
なにやら実森君が目を見開いているが、こんなのは中学の頃からやっている私には普通のことで、むしろそんな反応をされることの方が驚きだ。
しかし彼は一通り驚いた後、今度はため息をついた。
「……なんでそんなに頭はいいのに、突飛な残念言動があるのか不思議でならん……」
「ど、どういう意味ですか?」
どうも侮辱されているような気がした私は若干頬を引きつらせて答えを待つ。
「いや、だって普通なら人の鼻の穴に消しカス詰めようなんて発想がないし。仮に思いついても実践しようとはしないし」
「べ、別に開いた空間に物を収納しようという感覚と一緒ですから! あくまでその延長ですから!」
「収納感覚で?! 俺の鼻は収納ボックスでも押し入れでもないんだけど?!」
「わ、私の家には鼻型の収納空間があるんです!」
「……それって物が鼻ク――」
「言わせません!」
私は不穏な単語を感知し、それを阻止するために実森君のわき腹を手に持つシャーペンの尻でつつく。
「ひゃっ!」
「――であり、ハイそこ静かに、そしてここが――」
さすが年配の先生、対応が超クールである。
奇声を上げたことを流れるように注意された実森君は恨めしそうにこちらを睨む。
もちろん私は先生の話を真剣に聞いているアピールしていたので、害があったのは実森君だけだった。
何か文句を言ってきそうな実森君に先手を打つ。
「変なこと言おうとするのが悪いんですからね」
「変な話の流れになったのは西科さんのせいだけどね?!」
「?」
「『何言ってんのこの人?』顔やめてくれる?!」
そう言って実森君は再度ため息をこぼす。
「ホントにさ……。西科さんって残念美少女だよな」
「はい? もしかして私が『変人』とでも言いたいんですか? んん?」
イラッと来たので笑顔で凄みをきかせてみる。
案の定実森君は顔を引きつらせながら、
「い、いや滅相もございません。西科さんは勉強もできて、運動も抜群で、生徒会役員で。もうこれ以上ないくらい完璧で素晴らしい人だ。うん! ……ただ本来の用途を忘れて消しゴムを無駄にしてると、完璧なイメージからしてみて残念にみえるんじゃないかなぁと……」
とってつけたようなヨイショと、適当な回避の文言を並べ立てる。
しかし私は彼が言うように、まさに素晴らしい人間だ。相手があからさまに言葉を濁していようと、本筋をそらしていようと怒ったりしない。
だから私は両手を顎下で合わせて、上目遣いの笑顔で言う。
「はい、そうですね。なら、やっぱりこの消しカスは実森君の鼻の中に押し込むことにしましょう。無駄にしないために」
「本来の用途ってそういう意味じゃないからぁ!」
「静かに、――」
実森君は声をあげたことを、先生に諫められる。
口に手を当て自らのミスを自覚しながらも、その視線は私に向けられる。
『西科さんのせいだぞ!』
とでも言いたいのだろうか。
しかし私はそんな視線はどこ吹く風で、ノートにペンを走らせる。
『先生におこられてやんのー。やーい』
『いや子供かよ?!』
『というのは置いておいて、起こしてあげたんですから早く授業に集中してください』
筆談でそんなやり取りをすると、実森君はため息をつく。
そのジト目は「誰のせいで……」と言っているような気がしたが、そもそも寝ていた実森君が悪いのだ。
だからそれを起こしてあげた私には、少しの間だけ実森君の時間を割いてもらうくらいの報酬はあっていいはずだ。
そういう思いをのせて、私は実森君に視線を返し、互いに見つめあう。
……。…………。
ぷいっ、と。
実森君は可愛らしくそっぽを向いて、黒板に視線を向けなおした。
「ふふふ……」
私はそんなわかり易い反応を見て、思わず小さく笑う。
純情ボーイだなぁ、と。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
今日の授業が終り、放課後がやってきたのが二時間ほど前。
放課後すぐに生徒会室へと出向いた私はそこで役員会議に出席していたのだ。
しかしそれも下校時刻十分前にちょうど終り、私は使っていた資料をファイルにまとめ戸棚にしまう。
「それじゃあ、ボクは先に帰らせてもらうね。今日はお疲れ様。また明日ね」
現生徒会長がそういうと、部屋にいた役員が揃って「お疲れ様でした」とあいさつを返す。
会長はそれを見て、一つ笑むと、帰路についた。
残された生徒もとりあえず手元の片づけが終わり次第、今日の鍵閉め係にあいさつしながら部屋を出ていく。
私は資料を片付け終え、忘れ物がないかと、カバンの中を覗く。
「……えーっと、教科書、筆箱――」
一通り確認してから、私は気づく。
「……あれがない」
いつもカバンの内側の小さなポケットに入れている物がない。
私はそれがどこにあるのかわかっているので、残っている人にあいさつして生徒会室を出る。
目指すは教室。我が二年Fクラスだった。
下校時刻間際なので、私の足取りは心なしか早足だった。
だからだろうか、曲がり角での注意を怠った私は次の瞬間、
「ふぐっ」
「あ、大丈夫――」
曲がり角から出てきた人間にぶつかってしまった。
体格はさほど大きくはないが、声からして男の子だろうか? と私は思った。
そして私が「ごめんなさい」と体を離そうとするのよりも早く、その人物は後ろに飛びのいた。
「に、にににに西科さん?!」
「『にににに西科さん』ではないけど、そんなに驚いてどうしました? 実森君」
ぶつかった人物は、私のクラスメイト実森君だった。後ろにはいつもの二人も揃っている。
「え、あ、や、これは……」
「うん?」
私は慌てる実森君の瞳を覗きこむ。
すると彼は顔をカァッと赤くし、さらに慌てる。
「い、いや別に何でもないから! そ、そういえば俺たち急いでるんだったわ! ごめん! 西科さん。そういうことで、じゃ!」
「え、その――」
私が話しかけるよりも早く、実森君は二人を連れて逃げるように帰って行った。
「忙しないですね……」
私はボソッとつぶやき、自分も急いでいたことを思い出す。
私は教室まで変わらず早足で進み、ついに到着した教室の扉をあけ、自分の席へと近づいていく。
そして机につくと、私はその中に手を入れまさぐる。
「……あった」
コツンと手にあたった感覚を頼りに、それを机の中から引きだす。
出てきたのは、授業中に使っているICレコーダーだった。
先生の授業をあとで聞き直したりするのに使う、という名目で使用を許可されているそれだが、私のそれの使い方は少し違った。
私の場合授業中に使ってはいるが、別に授業の録音のためではない。
そもそも私はいろんな情報を集めて次の授業を寸分たがわずイメトレ予習できるのだ。実森君に言わせればチートもいいところなそんな能力があって、わざわざ授業の聞き直しなどする意味がない。
だから私がしている録音は授業ではなく、たった一人の声だった。
その声の主は、
「ふふ、今日の実森君の声もばっちり録っておきましたからね」
そういって私は隣にある、愛しの実森君の、席を指先でなぞる。
誰かが見ていれば危ない人まっしぐらだが、放課後の、それも最終下校時刻ギリギリのこの時間。
生徒会役員でもなければ、見回りの先生に「早く帰れ」とどやされるはずだ。
だから私は誰もいない教室で、その体を沈め、実森君の席に寄り掛かる。
私の体重が圧し掛かり、使い古された机がギシッと軋みを上げる。
「ふふ、今日も頑張ったご褒美。いいですよね?」
誰にでもなく、そうつぶやく私は別に許可を取っているわけではない。
だから私は思うがままに、静けさが満ちる教室で机にしな垂れかかり、その表面に頬を擦る。
「スゥ……ハァ……」
鼻息を荒くすることなく、あくまで自然体で深呼吸を繰り返す。
その行動の意図を勘違いしてはいけない。
別に実森君の匂いを嗅いでいるとかではないのだ。
そもそも、机なんてどれも同じ匂いしかしないし、誰かが使っているからと匂いが染み付いたりしない。
だから私が嗅いでいるのは、いや体の中に吸い込んでいるのは、実森君がいたという雰囲気だった。
たとえ匂いがしみ込んでいなくとも、その場にずっといた人の何かがそこに残っているような気がして、ついついこうして取り込もうとしてしまうのだ。
変態的ですか? いいえ、好きなのですから仕方がないことです。
私は自分の心にそう言い聞かせ、欲望に身を任せ、机に体を預ける。
そうしていること数分。
――キーンコーンカーンコーン
最終下校時刻の鐘がなる。
実森君に陶酔していた私はハッと目を覚ます。
「もう時間ですか……」
名残惜しそうに、しかし学生であるが故に逆らえないその校則に従って、私は実森君の机から身を離す。
そして、私は帰路につくため、今まで手に握っていたそのICレコーダーをカバンにしまう。
「……あら?」
しかししまう途中であることに気づき、再び眼前に取り出す。
ICレコーダーの画面は暗くなっているが、その上の赤いランプが、私に再生中だと伝える。
私はここに来てから再生中のボタンを押した覚えはない。
それに画面が暗くなり再生中が続いている現状から、それなりに時間がたっているはずで……。
私は考えるよりも、再生した方が早いと、一度録音を終了し、ボタンを操作し今の音声を再生する。
もし先ほど手に取った時に再生開始のボタンに触れていたなら、ここまでの数分間における私のブツブツ言う声とスゥハァスゥハァする深呼吸の音が録音されているはずだが……。
――ガタガタッ!
「ふぅ……。机はこんなもんか……」
「ちょっと男子! こっちの机運ぶのも手伝って!」とクラスメイトの声。
「はいはい今行くから、那岐が」
「ちょっと待ってよ、達也。なんで僕がいくことを達也が了承してるのさ?」
「ちょっと男子! 掃くのも手伝って!」とクラスメイトの声。
「はいはい今行くから、輝が」
「おいどうして俺が? 答えるならお前がいけよ」
「ちょっと男子! 私の子作りも手伝って!」と結婚適齢期過ぎのFクラス担任女教師の声。
「え、いや俺は――」
「「はいはい今行くから、達也が」」
「裏切り者ォッ! お前ら友達を売るようなことして――」
「じゃあ、実森君は私と大人の下校しよっか?」
「ち、ちょっとやめて! お、俺まだ掃除あるから!」
「「任せろ(て)! お前の分も俺(僕)たちがやっといてやる(やっておくいよ)!」」
「すみませんでした。俺も掃除させてください! むしろ俺が全部やるからこの役目を代って!」
……ちゃんと掃除をしなさい。
私は会話からおおよその状況を理解し、とりあえず実森君に心の中で叱っておく。
それにしてもFクラスの担任も、これは今度注意しておくべきだろうか。生徒に手を出すのはやめなさい、と。
まあ、私としては実森君になんだけど。
私はどうやって先生の魔の手を実森君から遠ざけようかと考える。
実森君といつも一緒にいるメガネ君を餌食に……。
冗談でそんなことを考えてみるが、もちろん実行するつもりはない。ないですからね?
そんな冗談はさておき、どうやら掃除中に衝撃で再生が開始されてしまったらしい。とんだ不良品である。
しかし私はこの保存されたファイルにどんな内容が込められているのか気になり、最終下校時刻を過ぎていることを忘れ、続けて再生する。
先ほどの掃除の中のごたごたが再生され、そのあとしばし無音の時間が続く。
そしてさらに待つと、教室に誰かが入ってくる音がする。
『達也、輝、このゲームなんだけどさ。ちょっと手伝ってよ』
『『いいぞ』』
声と聞こえた名前から、彼らが実森君といつもの二人だとわかる。
私はその事実に更なる興味が湧いて出る。
これからゲームをするらしいが、私にとってどんな内容でも実森君の話なら面白いのだ。
しかし再生を続けても、話をするというより、ゲームの掛け声が続くだけで、すこしつまらないく感じてしまう。
だから「なんだかなぁ」と気持ちを持て余していると、次の瞬間。
『なあ俺、実は好きな人がいるんだ』
「ッ?!」
突如落とされたとんでもない爆弾に、私の心が荒ぶる。
好きな人?! え?! 誰ですか?! 私ですか?!
私は早く、実森君が好きな人を知りたいのに、なぜか彼の友人二人によって話が進まない。
そしていつしか好きな人をいい当てるゲームになり、
『東雲真利亜がせいかいだっつうの!』
『違うね!北上絢音ちゃんだよ!』
「私に決まってるじゃないですか!」
『どっちも違うじゃねぇか!』
ガーンッッッ……!
あくまで録音の中の二人のことを否定したはずであるが、このタイミングでそう言われてしまうとなんだか私も全否定された気がしてならない。
だから私はわかっていながらも多少ダメージを受け、よろよろと寄り掛かる。実森君の机に。
そしてだんだんと心が弱気になっていく。
そうですよね……。私が実森君のこと好きだからって……。二人は両想いなんて、漫画の中だけですよね……。
でも、だったら実森君は本当に誰が好きなのでしょうか? 天然の東雲さんも違えば、清楚で静かな北上さんも違う……。そしてパーフェクト美少女の私も違う……。
「はっ! まさか年齢がいけないんですか?!」
もしここに達也がいたら「俺はロリコンじゃねぇ!」と声を荒げていただろう。
私はまさかの事実(勝手な思い込み)に直面し、絶句する。
まさか、年齢は盲点でした……。
追い込む私の耳に、私がしたかった質問が投げかけられるのが聞こえた。
『だったら達也の好きな人は誰なの?』
例え自分でなくとも好きな人の好きな人は気になると、私は耳を澄ませる。
そしてその答えはためらうような間もなく、しっかりとした声で答えられた。
『俺が好きなのは、西科姫香さんだよ』
……。…………。
…………。……………………。
「――ええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっ?!」
誰もいないとはいえ、人前で出すような大声ではなかったと思う。
しかし私の頭はもうオーバーヒート寸前で、そんなことに気を配る余裕などなかったのだ。
そしてそのあともICレコーダーから音声が聞こえてくるが、まったく頭に入ってこない。
なぜならもう、その後の会話などどうでもいいくらいに、
「やっぱり私たちは相思相愛の運命の恋人だったんですねっ!」
実森君の愛の告白を録音するとは、このICレコーダー、とんでもない良品である。
そう思いながら私は実森君の机に抱き着き、先ほどの何倍も力を込めた頬ずりをしながら、荒い鼻息で実森君成分を摂取するのだった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
私はあの後、すっかり暗くなってしまった教室を鼻歌交じりに抜け出し、閉まった正門をルンルン気分で飛び越えて、帰路へとついた。
そして徒歩数分で着く家につくと、玄関をくぐり、勢いよくリビングの扉を開く。
「ただいま帰りました!」
「お、お帰り……」
ちょうどリビングにいた妹――西科愛理が出迎える。若干引き気味である。
私はそんな愛理に、普段の堅い口調はやめて家モードに入る。
「もうどうしたの? 元気がないぞ、愛理は!」
「そ、そうかなぁ……。それよりもお姉ちゃんこそ、何かいいことでもあった?」
「うーん? 聞きたい? そうよねそうよね聞きたいのね? でも、プライベートなことだから教えてあげなーい! きゃっ!」
「うっざ……」
「そんな興味ないようなふりして、もう愛理は仕方がないなぁ。特別に教えてあ・げ・るっ!」
「うっざ……」
「んん? うれしいって? うんうんそういってもらえると私も話す甲斐があるわ」
「なにこの人難聴……」
なにやら愛理の目に若干怯えが混じっているような気がしたが、気のせいだと思う。
私はとりあえず、今日起こったことを愛理に教えてあげる。
そしてカバンから出したICレコーダーを掲げて、
「私、好きな人と相思相愛らしいの!」
「……?」
「やめて?! その『何言ってんだこいつ』顔やめて?!」
私いつも実森君にこんなことしてたんだ……。これはイラつきますね。
私は疑いの目を向ける愛理に、ICレコーダーを見せつけ、
「ほ、本当だから! ここに愛が詰まってるの!」
「お姉ちゃん病院いこう?」
「病気じゃないわ! 本当に……もう聞いてもらった方が早いかしら」
そういって私はICレコーダーを操作し、実森君たち三人が話している部分を愛理に聞かせる。
そしてついにその部分が来た。
『俺が好きなのは、西科姫香さんだよ』
「お姉ちゃん、これ盗ちょ――」
「ち、ちちちち違うの!」
どうやら愛理は私がこれを意図的に録音したものだと思っているらしい。
「違うからね? お姉ちゃんこんなことする人じゃないってわかるよね?」
「お姉ちゃん余計に犯人みたいになってきたね……」
「ほ、本当に違うから! ただ衝撃でついただけっていうか……」
「衝撃ぃ?」
「嘘は言ってないからね」
「そうね。そういうことにしといてあげる」
「あっ、絶対信じてない!」
そんな感じで私が妹に「信じなさーい!」と襲い掛かっていると。
ガチャっとリビングの扉を開いて、スーツに身を包んだお父さんが入ってきた。
「「おかえり」」
二人してそういうとお父さんも「ああ、帰った」と短く返す。
そしていつものように自室に行くのかと思ったが、なぜかその場を動かない。
不思議に思って私は声をかける。
「どうしたの? お父さん」
するとお父さんはこちらに視線を向け、
「扉の横で、話は盗み聞きせてもらった」
「なにそれキモいぃ……」という愛理の罵りをなかったことのように無視し、お父さんは私をまっすぐ見て、口を開く。
「好きな人がいるんだってな」
「うん」
「相思相愛なんだってな」
「うん」
「でもお父さんとも相思相愛だったよな?」
「うん?」
「昔は「お父さんだぁい好き!」とか言ってったのに……。ほらこのスマホも、姫香からの着信は――」
『お父さんだぁい好き!』
「なんでこんなの着信にしてるの?! それもわざわざ加工してまで!」
「ああ、もちろん愛理もだぞ?」
「なにそれキモいぃ……」
そんなこんなでお父さんとガヤガヤ言い合っていると、話が少し落ち着いたところでお父さんがため息をこぼす。
「どうしたの? お父さん。親権剥奪する?」
「ちょっと真面目に話そうか」
ちょっと気持ち悪いお父さんに罵倒を浴びせるも、その顔つきは真剣なものだった。
私もさすがに茶化すのを止め、お父さんに向き直る。
「まあ、父さんも母さんと出会ったのは高校の頃だった」
「前にそんなこと言ってたね」
「ん。そこで母さんに告白されて付き合うことになったんだけど、実は父さんもその頃母さんのことが好きだったんだ。けど父さんは告白する勇気とかなくてな……。理由は母さんが贔屓目なしに可愛かったし、人気も高かったからだ。才色兼備を地で行く子で、もう今の姫香とほとんど同じだったよ。そんな母さんに自分じゃ釣り合わないとか、告白しても成功するわけがないとか思ってたんだ……。だからもし母さんが告白してきてくれなけりゃ、たぶんずっと後悔したと思う」
「お父さん、話が見えないんだけど?」
「ああ、すまんな。思い出がよみがえってな。要は父さんが言いたいのは――」
しかしお父さんの言葉が続くことはなかった。その代わりに、
「好きなら告白しちゃいなさい! 自分からガツンとね?」
キッチンの方からお母さんが出てきてそんなことを言った。お父さんも頷いている。
「私が、告白?」
「そうよ。好きな人がいるんなら、その思いが強ければ強いほど告白はするべきよ」
そういってお母さんはお父さんの手を握り、互いにほほ笑む。
「それが一生の幸せになるかも知れないんだから」
私は思ったことを言う。
「もしかして、応援してくれてる?」
「当たり前だろ? 娘の初恋だぞ?」
「そうよ。応援しないわけがないじゃない」
即答された答えに思わず照れてしまう。
「で、でも高校生の恋なんて不純な交遊が多いってテレビとかでもやってるよ?」
その恥ずかしさを紛らわせるような質問に、両親は顔を合わせ、
「「自分の娘の目ぐらい信じてる」」
「……お父さん……お母さん……」
私は目を潤ませながら二人を見つめ、その隣で小さくなっている愛理にも目を向ける。
突然注目を受けた愛理は、一歩引いて、
「な、なにかなお姉ちゃん……」
「……」
私はうるうるした瞳で愛理をジーっと見つめる。
ジ―――――――――――――――ッ!
そしてついにその視線に耐えきれなくなったのか、愛理はため息をこぼす。
「はああああぁぁぁ……。分かった。愛理も応援してあげるから……」
「愛理!」
そして私は三人の家族に抱き着く。
私には恋を肯定的に恋を応援してくれる人たちがいる。だったらこの恋心実らせてみせないと!
実森君の顔を思い浮かべ、私は決意する。
「私、明日告白する!」
「そうか。じゃあ今日はカツでも食べた方がいいんじゃないか?」
「え? 今日カツなの? やったー!」
「あら愛理ったら。そうね。お肉もちょうどあるし、ロースカツでも作ろうかしら」
そしてカツで縁起を担いだ夜は過ぎて行き、果たして告白の朝が来た。
さあ、気合を入れて告白しますよ! 待っててくださいね、実森君!
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
―――――とか思っている時期が私にもありました。その光景を見るまでは。
次の日の昼休み、まさに告白の定番場所、体育館の裏側にて。
「好きです! 好きで好きで仕方がないです! 付き合ってください!」
「べ、別に実森くんのことなんてそんなに好きじゃないけど、そ、そこまで言うなら付き合ってあげてもいいけど?」
実森君とクラスメイトの南条鈴乃さんの、告白現場でした。
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