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1 勘違い

大体週一のペースで書いていこうと思います。

面白いと思っていただいたら、感想、ブックマークなどくれるとやる気になるので、ぜひお願いします。

 向き合う三人の男は放課後、二年Fクラスの教室でスマホを片手にゲームをしていた。

 いわゆるゲームアプリによくある協力プレイをしているのだが、別にそこに意義はない。

 ただ「あれ手伝って」と誰かが言って、残りの二人も「まあ、暇だし」と、放課後という時間を使いつぶしているだけだ。

 まあ教室の隅で、ただ黙々とゲームをするのもどうかと思い、僕――実森達也みのもりたつやは話題を提供する。

 

「なあ俺、実は好きな人がいるんだ」


 あ、こいつら操作ミスした……。

 

 二人は動じていないというアピールなのか、スマホに視線を固定し、声を返す。

 先に反応したのは、おれから見て右側に座っていた茶髪のひょろっとしたメガネ――片桐那岐かたぎりなぎだった。

 茶髪に染めているのに、真面目なメガネ顔がそれを台無しにしている感が否めない。


「へ、へぇ……。僕は別に興味はないけど、それって誰?」


 興味ありありな返答に吹き出しそうになるが、俺はグッと耐える。

 そして那岐に続いて、もう一人の男――松瀬輝まつせてるが続く。こちらは那岐と対照的にがっちりした体つきで、しかし日焼けなどはしておらずそのアンバランス感が何とも言えない。


「オレもどうでもいいけど、話したいんなら話せばいい」


 どうしてこいつらこんな偏屈な反応しかできないの?


「そうか。興味ないならやめとくわ」


 あっさり引き下がる俺だったが、


「はああああ?! ちょおっとそれはないんじゃないんですかね?!」

「そうだぞ。話しかけて止めるのは人としてどうなんだ?」

「なんで話止めただけで人として否定されなきゃならないんだよ?! そもそも興味ないって言ったのお前らじゃん!」


 先ほどまでの興味ないアピールはどこへやら、もう本音が丸見えの二人だった。


 あ、ゲーム負けてるし……。


 しかしそんな些事はどうでもいいと、スマホを机に置き、二人は会話の態勢だ。


「たしかに僕は興味ないとは言ったけど、あのセリフはいかにも興味を持ったやつじゃなきゃ言わないし。そこは察せなきゃ」

「ええ?! それ自分で言っちゃう?! 何そのマンガの視線チラッチラッ理論みたいなの?!」

「いやいや当たり前だから。僕なんてそうやってわざと天邪鬼な反応することで、知りたいという願望を強調してるわけだし、常識じゃなきゃ困るよ」

「なんだこいつ面倒くさい……」

 呆れる俺に、輝が賛同する。

「そうだぞ、那岐。……オレみたいにゲームのプレイミスを演出することで興味を示す方がよっぽど一般的だぞ」

「いや、どっちもどっちじゃねかっ!」

「違うね。僕なんて、そのゲームミスの演出をした上であの天邪鬼作戦だったんだから!」

「胸張って誇るようなことでもないけどな?!」

「……クソッ。オレもまだまだってことかッ……」


 ことかッ……じゃねぇよ! 要はどっちが面倒くさい奴かってことだろ? 何競ってんだよ!


「それはそうと、結局達也は誰が好きなの?」

 

 俺の心の声を察したのかは知らないが、面倒くささ決定戦は終わりを迎え、話題は元に戻る。


「そうそう、それが知りたいんだよ。で、誰なんだ?」


 興味津々な顔つきで、二人は前のめりで、俺を問い詰める。

 俺は、別に恥ずかしいことでもないので、その答えをあっさり口にする。


「ほら、同じクラスの――んぐ……?」

「チッ、チッ、チッ……。答えるのはまだ早いんじゃない?」


 俺の唇に人指し指を押し当て、口をつむがせ、キザな態度でそんなことを言う那岐。

 

 うん、うざいからやめて? というか男に人指し指で口抑えられるとか……。うへぇ……汚ぇ……。


 俺はとりあえずその人差し指をグッと掴み、関節の曲がらない方向へと押しやって、話を続ける。

 隣で指を抑え、涙目になっている男は放置だ。

 

「で、好きなのは――んぐ……?」


 俺の唇に以下略。

 左右にはなぜか指を痛めた友人……友人? まあ、友人が二人。

 いつまでもそうしていても話は続かないので、先ほどの愚行の意味を聞いてみた。


「で、好きな人知りたいんだよな? お前らは」

「そ、そうだけどさ……。ただ言われても盛り上がらないし」

「オレもそう思って話を止めたわけで……」

「じゃあ、どうしたいんだよ」

「うん。ゲームにしよう!」

「そうそう、好きな人言い当てるゲーム!」

 

 とりあえず二人の言いたいことは、さらっと流すより、好きな人を当てるゲームにしたほうが面白いということだった。

 やる事は俺が好きな人の魅力を語り、二人がそこから想像していくということだ。

 至って普通な提案だが、当事者の俺はいわずにはいられない。


「それ俺がすごく恥ずかしいんですけど?!」


 好きな人の魅力を語れだぁ? 恥ずかしくて茹でるわ!

 

 しかしそんな俺に、那岐はさとすように、


「んふ……愛のどこを恥ずかしがることがあるんだい?」


 んふ……ってなんだその笑い方?! オネェなのか?!


「愛の前に嘲笑はなし、ってな」とほほ笑む輝。

「うまいこと言った雰囲気出すのやめて?!」


 笑顔がうっとうしい!


「まあいいから語りなよ? 好きな人への愛を」

「お前の愛を聞かせてくれ!」

「なんかホモっぽいんだけど?!」

「グダグダうるさい! さっさとしゃべりなよ!」

「なんで逆切れ?! いや話してもいいけど、ここ教室だし、誰かが戻ってこないとも限らないじゃん!」

「聞かれたっていいだろ? 愛人の話なんだからな?」

「いやいやいや、愛人のことおおっぴらに話しちゃまずいだろ! というか輝! お前愛人って広義には『愛している人』のことじゃないからな?」

「なんだと?! 愛人って好きな人のことじゃないのかッ……?!」


 いまどき小学生でもそんなことは知ってる。性愛の関係だよ。


「輝がバカなのはどうでもいいし、人なんていつも来ないじゃん?」

「オレは決してバカじゃないが、確かに人は来ねぇし、盗み聞きするようなやつはいねぇだろ?」


 確かにこうして放課後、暇つぶしいるときに誰かが教室に戻ってきたことなど数えるほどしかない。


「……でも……」


 もし誰か来たらと言いかけて、俺は口をつむぐ。

 いいから早くプリーズ! という二人の視線に耐えれず、俺は一つため息をこぼす。

 そして自分から振った話題だと、観念して話し……いや、語りだす。愛を。


「まあ語るからには雄弁に語らせてもらう。口を挟むなよ?」

「「らじゃー」」


 そして俺は三人だけのこの教室で、羞恥心を忘れて彼女への想いをぶちまける。


「まず当たり前だけど、彼女は可愛い。当たり前といっても、俺の偏見とかじゃなくて、二人が見ても、いや誰が見てもその可愛さは一目瞭然。

 染めたわけじゃなくて、先天性の鳶色の髪は艶やかで、さらさらと風になびくそれに顔を突っ込んで匂いをかぎたくて仕方がない。

 そして磁器のような白い肌はつるつるで、もう触りたくて仕方がない。

 それからその小さく華奢で、しかし出るところは出ているわがままボディを抱きしめたくて仕方がない。

 それで何と言っても小顔に咲いたプルンときれいな唇を、とろける切れ長の瞳をを見つめながら貪りたくて仕方がない」


 どうだろうか? 俺の想いは伝わったかな?


「「うん、キモい」」

「なんで?!」


 辛辣な言葉に驚く俺に、那岐は「いやさぁ……」と呆れ気味に、


「魅力を語れって言ったのに、もうただの欲望の叫びになってるし」

「どんだけ『仕方がない』んだよって感じだな」

「いや確かに魅力ってよりは俺の欲望を話しただけっぽいけどさ……。匂いかぎたいじゃん? 触りたいじゃん? 抱きしめたいじゃん? 貪りたいじゃん? ……好きなんだし、仕方がないよね?」

「「うん、キモい」」

「き、キモくないわ!」


 その後も『好きだったらしたいと思うこと』を熱弁するが、


「「うん、キモい」」


 どうやら俺はキモいらしい......。


 俺はこれ以上キモいと言われると心がもちそうにないので、話を戻し、結論を求める。


「俺の好きな人はとにかく可愛いってことで、誰か分かった?」


 俺の質問に二人は顔を見合わせて、


「そりゃな。こんなにわかりやすい問題はねぇよ」

「だよねー。ここの生徒でこれわからないとか、完全にモグリだよ」


 確かに二人の言うように、俺の好きな人はこの学校では有名人だった。

 そして那岐と輝は同じタイミングで息を吸い、口を開いた。


「「〇△*◆?☓!$%¥◇+&!!」」

「なんで答えがそろってねぇんだよぉぉおおお?!」


 明らかに二人が違う名前を言っていた。

 

 さっきまでの誰でもわかって当たり前っていう雰囲気はなんだったんだよ!


 目の前の友人二人は、互いに額を突き合わせにらみ合ている。

 ます口を開いたのは那岐だった。


「ねぇ、輝。今の説明聞いてなんで間違えてるの? バカなの? アホなの? 答えなんか一択だよね?!」


 その高圧的な物言いに、輝もさらに目つきを鋭くしながら言い返す。


「そりゃあこっちのセリフだよ。なにわけわかんねぇこと言ってんだ? お前こそモグリなんじゃねぇのか? ああ?」

「かっちーん……。モグリはそっちだよねぇ? ねぇ?」

「だからお前だっていてんだろ? 那岐さんよぉ」


 ――。


東雲真利亜しののめまりあがせいかいだっつうの!」

「違うね! 北上絢音きたかみあやねちゃんだよ!」

「どっちも違うじゃねぇか! お前ら揃ってモグリだよ!」

「「ああ?」」

「ああ? じゃないから! それって二人の好きな人だろ?!」

「「べ、べべべ別に違うし!(違ぇし!)」」

「わっかりやすい動揺はよそうか?」


 各々違う名前を上げ、見事に俺の好きな人を当てなかった二人は、おそろいの動揺で、顔をそっぽに向ける。……仲良しさんか。

 しかしそんな反応もつかの間、那岐は「だったら」と俺に向き直る。


「達也の好きな人は誰なの?」

「そうだそうだ。オレのあげた東雲よりも可愛い奴って誰だ?」


 結局わからない二人は俺に答えを催促する。

 俺ももともというつもりだったので、お手上げの二人にその名前を教えた。


「俺が好きなのは、西科姫香にしなひめかさんだよ」


 二人は俺の説明と答えが納得いったのか「ああ」と理解を示す。


「確かにあの子可愛いよね。テストじゃいつも一桁台の順位で、スポーツ万能だし。生徒会にも所属してて、次期会長候補なんでしょ? まさに才色兼備ってやつだよね。……まあ僕はあの人、完璧主義っぽくて苦手なんだけど」

「だな。可愛いけどオレもああいうお堅いタイプは性にあわねぇ……。もっとこう、フレンドリーな学園アイドル肌の子がいいな」

「そうか? バカっぽい子よりはいいと思うけど? それにああいうタイプがデレたらって、想像するだけで……もう好感度あがっちゃうよね?」

「待て待て東雲真利亜ちゃんがバカって言いたいのか?」

「バカじゃないけど、天然入ってるよね」

「そこがいいんだろ?!」

「なにいってんだよ。切れ長の目で鋭く射抜かれた方が断然いい!」

「「それはMっ気が……」」

 

 那岐と輝のジト目が刺さるが、仕方がない。いいと思ったのだから。

 そのあと俺は放課後の教室で、見回りの先生が訪ねてくるまで、延々と女の子の可愛さとは何かについて、那岐と輝と白熱した議論を繰り広げることになるのだった。


「――だからぁぁあああ! 一番かわいいのは、世話焼きツンデレタイプだって言ってんだろぉぉぉおおおおおおおおおおおおっっっ!」

 

 話は好きな人からは大分遠ざかり、もう理想の嫁の特徴になっていた。

 そしてあまりに話し合いにのめりこんでいたためか、俺たち三人は誰一人としてそれに気づくことはなかった。

 二年Fクラスから遠ざかっていく小さな足音に。


  ◆◇◆  ◆◇◆  ◆◇◆


 時は遡り、夕日に照らされる校舎をタタタッと小走りに進む影があった。


 放課後の廊下には先生はもちろん、生徒も見かけない。

 グラウンドの喧騒や別校舎からの吹奏楽部による演奏は遠く、走る校舎の中は静寂が満たしている。

 そのせいなのか、やけに自らの足音が大きくこだますのは、人気のない廊下で走った経験がある人間なら理解できるだろう。

 わたし――南条鈴乃なんじょうすずのはそんなことを考えながら、目的の教室まで急ぐ。

 走る反動で、視界にチラチラと入り込んでくる鳶色の髪を煩わしそうに手で払う。

 

「もう……プリント忘れて帰っちゃうなんて、何をわたしったらボーっとしてたのかしら……」


 自らの失態を口に足ながら、ため息をついた。

 今日の帰りのHRで配られた漢文のプリント。明日の漢文の時間に提出するようにと、宿題として出されたのだ。

 しかしわたしはそれをなぜかカバンではなく、無意識に机に放り込んでいたようだ。

 まあ、その原因は分かっているのだが……。


「実森くんが悪いんだよ……」


 頭の中で、前の席に座るその元凶の顔を思い浮かべて、悪態をつく。

 責任転嫁も甚だしい。あくまで宿題のプリントを忘れてきたのは自分だと、理解はしているが、八つ当たりせずにはいられない。

 

 だって……居眠りしてたわたしの寝顔見てたのよ?! それもよだれ付きの!


「昨日夜ふかしいてたわたしが悪いけど、女の子の寝顔見続けるとか! すぐ起こしてくれればいいじゃない!」

 

 わたしは憤慨しながら、その時彼が言ったことを思い出す。


『普段真面目で世話焼きな南条さんもよだれたらすんだな。見事なギャップ萌えだったよ。ごちそうさま』


 よだれのこと指摘すんなぁぁぁあああああ!


「それにギャップ萌えとか狙ってないし! ごちそうさまって何よ! もう!」

 

 まあ、そんな感じでわたしは赤面して、羞恥にわなわな震えることしかできず、知らず知らずのうちにプリントを机にシュートしていたのだった。

 そのことを思い出しぷんぷん怒り、頬を少し膨らませながら、わたしは教室を目指す。

 怒りで、もともと切れ長の鋭い目がさらに鋭くなっているかもしれない。こんなところを他の生徒に見られたら「ひっ?!」と怯えられるかもという勢いだ。

 しかし足を止めていちいち心を静めている暇はない。校門で友達を待たせているのだ。

 そもそもこの友達のおかげで、プリントの存在に気付いたのだが、それは帰っている道の途中のことだった。

 わたしは一人で学校に帰ろうとしたのだが、気のいい友人は「暇だし」と学校までついてきてくれたわけだ。

 だからわたしは少しでも友達の待ち時間を減らすため、小走りで急いでいる。

 そしてあくせく廊下を進むこと数分。

 二年Fクラスの教室が見えてきた。

 それを確認すると、わたしはスピードを緩め、扉の前で一度止まる。休んでいる暇はないとは言えども、下校途中の校外からここまで早足で来たのだから、少々体力に自信があるわたしでもさすがに息が切れる。

 わたしは発育のいい胸の形に膨らんだ制服の胸元に手を添えて、深呼吸をする。

 教室の窓はスリガラスで、中の様子をうかがうことはできないが、


「もう誰も残ってないよね……」


 静寂が満たす中で、ふとそんなことを思った。

 しかし教室の扉に手をかけたその時、その考えが間違いであると知る。


「なあ俺、実は好きな人がいるんだ」

「?!」


 突然中から聞こえた声に、わたしは慌てて手を引っ込めてしまった。

 別に誰が中にいようと、自分の教室に入ることをためらう必要はないのだが、その声の主が一発でわかってしまったわたしの咄嗟の反応だった。

 中から聞こえてきたその声は、先ほどまでわたしがぷんすか怒っていた、いやここまで戻ってくるようになった原因を作った彼――実森達也だった。

 

「へ、へぇ……。僕は別に興味はないけど、それって誰?」


 次は実森くんといつも一緒にいるメガネ男子の声が聞こえた。

 そしてそれに続き、もう一人、いつも一緒にいる男の声も聞こえてきた。

 どうやらいつもの三人衆がそろっているらしい。

 別にこのまま話が発展する前に入ってもよかったのだが、どうも一度ためらってしまったが故に、わたしはタイミングをつかみ損ねていた。

 まあ、それ以外の理由もあったのだが……。


 実森くん、好きな人いるんだ……。へぇ……。べ、別に興味なんてないんだからね!


 明らかに興味を持っている人間がまたここに一人いた。

 興味はないと心の中で言い訳しつつ、実際はしっかり聞き耳を立てて中の話に集中する。

 

「そうか。興味ないならやめとくわ」


 ちょっと待ってぇぇぇええええええええええええええっ! 言いかけて止めるのなし!


 突然やっぱやめたと話をなかったことにする実森くん。

 

 そこでやめられたら、人の恋バナ盗み聞きするとかいやしい行動取ったわたしのプライドの傷つき具合に見合う対価がなくなるんですけど?! いやしいわたしだけが取り残されるんですけど?!


 わたしは話のいきつく先にハラハラして、耳を澄ませる。

 そして暫くして、仲のいい二人の説得が続く。


 そもそもこの二人が最初から聞きたいって言えばよかったのよね? 天邪鬼作戦? アホなの?


 もちろん自分のことを棚に上げているわたしであった。

 そして少し何か話し合った後。


「それはそうと、結局達也は誰が好きなの?」


 ナイスよ、メガネくん!


 話がやっと本筋に戻りそうである。

 そしてついに実森くんの声が聞こえた。


「ほら、同じクラスの――」


 ついにその時が来た。わたしは最大限に耳を澄ませ、その答えを待つ。


「――んぐ……?」


 んぐ……? ……ああ! 『んぐ』さんって確か――そんな人いないよ! 『ん』からはじまる人名ってどこの国の人なのよ! というか結局好きな人は誰なの?!


「チッ、チッ、チッ……。答えるのはまだ早いんじゃない?」


 いや早くしてよ! 友達待たせてるんだから!


 聞こえたことから状況を察するにメガネ君が止めてしまったようだ。早く早くと心の中で催促するが、


「で、好きなのは――んぐ……?」


 なんかループしてるぅぅぅうううううううううううううううううっ?! 声から察するにあのもう一人のがたいのいい人っぽいけど、二人とも聞きたいんじゃないの?!


 なにか二人の男のうめき声みたいなのが聞こえるが、何をしてるのかは見えないのでわからない。

 結局わたしは先ほどと同じく、心の中で催促することしかできない。

 そして話の様子をうかがっていると、


「そうそう、好きな人言い当てるゲーム!」


 いつの間にか好きな人をいい当てるゲームになっていた。時間ロスすぎる……。

 二人の概要を聞くに、どうやら実森くんが愛を叫ぶらしい。もう罰ゲームである。


「それ俺がすごく恥ずかしいんですけど?!」


 案の定、実森くんは抗議する。

 しかしこれまた案の定、二人の男に催促されていた。


「いや話してもいいけど、ここ教室だし、誰かが戻ってこないとも限らないじゃん!」


 実森くんの不安を、二人が言葉で丸め込む。


「人なんていつも来ないじゃん?」


 すみません。戻ってきて……。


「確かに人は来ねぇし、盗み聞きするようなやつはいねぇだろ?」


 すみません。盗み聞きしてて……。


「……でも……」

 

 ああ、実森くんの不安の要因でごめんなさい!


 すこしためらうような雰囲気のあと、一つため息が聞こえた。

 そして次には、実森くんの声がした。

 もう話す覚悟は決まったらしい。


 安心して! 話聞いたら帰るから! 好きな人聞いたら帰るから!


 もはやすでに当初の目的を忘れていることに、わたしは気づいていなかった。


 そしてついに実森くんの口から愛が溢れ出した。


「まず当たり前だけど、彼女は可愛い。当たり前といっても、俺の偏見とかじゃなくて、二人が見ても、いや誰が見てもその可愛さは一目瞭然」


 うんうん。まあ、可愛い子を好きになるのは普通だね。 


「染めたわけじゃなくて、先天性の鳶色の髪は艶やかで、さらさらと風になびくそれに顔を突っ込んで匂いをかぎたくて仕方がない」


 鳶色の髪かぁ……。そういえばわたしも鳶色だなあ、とわたしは髪の毛の先端をくるりと指でいじる。後半には突っ込まない。


「そして磁器のような白い肌はつるつるで、もう触りたくて仕方がない」


 磁器のようにって小説みたい。そういえばわたしもだいぶ色白肌だなあ、と制服から覗く自分の手足を眺める。もちろん話の後半は無視。


「それからその小さく華奢で、しかし出るところは出ているわがままボディを抱きしめたくて仕方がない」


 わがままぼでぃ……。目を下に向けると、足元を見えなくする大きな膨らみが我を主張する。ああ、話の後半は聞こえない。


「それで何と言っても小顔に咲いたプルンときれいな唇を、とろける切れ長の瞳をを見つめながら貪りたくて仕方がない」


 切れ長の目は珍しいよね。まあ、そういうわたしも切れ長なんだけど、と目を閉じる。


 どうやら三森くんの好きな人の印象はこんなものらしいのだが……。

 わたしは瞑った黒い視界のなかで、考える。

 

 そう言えばさっき「ほら、同じクラスの――」と言いかけてたよね?


 さらに増えた情報で、答えの輪郭がおぼろげなものから、はっきりしたものになっていく。

 そして考えること数秒。

 閉じた瞼の裏に映ったその顔は、


 わたしのことかぁぁぁあああああああっ?!


 いつも朝、身支度のために大きな姿見の前に座るわたしだった。

 

 ど、どどどどういうこと?! 今実森くんは好きな人の話をしてて、その人の特徴がまんまわたしで……、それってつまり……っ!


 テンパる頭で必死に導き出された答えにわたしは心の中で絶句する。

 

「つまり、実森くんの好きな人って…………わたし? ……ッ!」


 声に出してみると、その恥ずかしさは一段と増し、わたしの頭は茹で上がる。

 顔が熱い。心臓が波打つ。吐息が乱れる。

 わたしは自分の顔が今、過去一度もないくらい赤面しているだろうと自覚していた。


「そ、そんな……こんなの……、どうすれば……!」

 

 あまりの事実にわたしは困惑するばかりだった。

 教室の中では三人がなにやら話を続けているが、わたしの沸騰した頭は受け付けない。

 右から左へ、教室から漏れる話の内容はすべて抜け落ちる。

 

 ああもう! 好きな人盗み聞きしようとしたらその相手がわたしとか、どんなメルヘンなのよ!


 最早、遠回しな告白である。

 別に実森くんのことは嫌いじゃないし、むしろ前後の席なこともあって、よくしゃべっている方だ。いつも楽し気に気軽にはなしかけてくれるし、まあ、顔も悪い方ではない。

 それにあんなに熱烈にわたしのことを思ってくれていると知って、心が揺れないはずがなかった。

 こうして考えると、先ほどの魅力語りの後半部分が愛の告白のように聞こえてくる。


『お前をむさぼりたくて仕方がない(イケメンフィルターのかかった半裸の実森くんイメージ)』


 ってわたしは何をかんがえてるんだぁぁぁああああああっ!

 落ち着け! 落ち着け! 落ち着きなさい!


「スゥ……ハァ……スゥ……ハァ……」

 

 深呼吸で落ち着きを取り戻しながら、わたしは頭に言い聞かせる。


 実森くんはクラスメイト! クラスメイト! そう! 単なるクラスメイト!


 席が近いだけのクラスメイトだと言い聞かせるが、そのことがあることを思い起こさせる。


『見事なギャップ萌えだったよ! ごちそうさま』

「~~~っっっ?!」


 ダメ、もう頭がパンクしそう……。

 

 わたしは溶けてしまいそうなくらい火照った頬を両手で包み込み、必死に平常心に戻ろうとしていた。


 そ、そうよ! まだ名前をはっきり聞いたわけじゃないし、似た誰かかも――、


「だからぁぁあああ! 一番かわいいのは、世話焼きツンデレ・・・・・・・・タイプだって言ってんだろぉぉぉおおおおおおおおおおおおっっっ!」


 実森くんの叫びがこだまし、わたしの頭がここで働かなきゃいつ働く! とフル活動する。


『普段まじめで世話焼き・・・・な南条さんもよだれたらすんだな』という実森くんの言葉。


『実森くん、好きな人いるんだ……。へぇ……。べ、別に興味なんてないんだからね!』というわたしの心の声。


 逃げ場が一つもないくらいに、世話焼きツンデレなわたしであった。


 やっぱりこれって……、わたしのことが好きなのね!


 確かな答えを自らに得たことで、再び顔が火照りだす。

 そうしてわたしは恥ずかしさから、もうこの空間にいることが耐えられず、逃げるように友達と下校したのだった。


 ……プリント忘れたけど、仕方がないよね?


 こうして南条鈴乃の勘違い学校生活が始まったのだった。

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