王子の誤算と意外な協力者 後編
お待たせしました
王族としての教育が始まっても、泣き言ひとつ溢さず感情に蓋をしていた、あのヴィンセントが…私の言葉一つで心を乱して感情を露にした。
事件によって生まれ変わった我が子。
縋り付き泣く姿を見てしまうと、それを嬉しく思うと同時に、この子には並々ならぬ苦労をかけていたのだと自覚した。
「…そんなお顔も出来たのね?」
泣き疲れたヴィンセントは、目元を赤くしながらも笑いながら眠っている。
この笑顔を守りたい。
もう誰かに傷を付けられて苦しんで欲しくない。
この世界の全ての醜い悪意から守りたいと強く思う。
「私の命よりも大切な子。
これからは私が絶対に貴方を守ってみせるわ。
だから今日からは安心してお眠りなさい。」
フローディアは静かに涙を流し、包帯が巻かれた小さな手をそっと握りしめた。
黒い空間に差し込む光。
眩い光りの中で覚えのある光景が見えてくる。
「(ん…?
あれ…このシーン何だっけ?
見た事が有るような気がする。)」
『あの愚妹め!!
貴き父上の血を引きながら娼婦の如く男に媚び助けを求める事しかできぬとは何事か!!』
玉座の間の映像と文字がモニター画面に表示されている。
白い影がコントローラーを握りボタンを押すと、文章と画面が変わり今度は音声がハッキリと聞こえ始めた。
『やれやれじゃ落ち着かれよ。
我等が陛下のお心を悩ます悪き者を始末する故耐えて欲しいのじゃ』
『うふふ、そうですわ愛しいお方。
妾達にお任せ下さいませ。』
『我等が主よ。
貴方の為ならば、俺はあの愚弟を忌々しい家族をも斬り捨てると誓おう。』
君臨し王の膝の元で王を支えし国の守護者達が各々の想いを口にした。
『そうか…。
ならばあれの始末は全て任せる。
だがすぐに殺してやるなよ、絶望を…あの恐怖を、我の屈辱的な苦しみを存分に味わせてやれ』
此処で再び音声が消えた。
白い影はスキップ機能を使い、ヴィンセントのシーンを飛ばしたのだろう。
『ふぉふぉっ、任されよ陛下』
『うふふ、小娘をどうしてやりましょうか。
想像するだけでゾクゾクしますわね。』
『ククっ、おいおい皆悪い顔してるぜぇ。
まあ、俺も人の事は言えねぇがな』
白い影が消える。
そしてモニターには三人のキャラクターが映し出されていた。
「(ああ、そうだ。
これはゲームを進め、攻略対象者との絆が深まった時に起きるイベントだ。)」
知の守護者 ジゼット
戦の守護者 ディノア
法の守護者 アデリアル
そしてもう一人は王の守護者 ゼクス。
静止画に写らぬ王の守護者を含め三人のキャラクターは、主人公と攻略キャラクターの敵として立ちはだかる悪役だ。
『ああっ…!
至高の王ヴィンセント様!
この世界で私を支配出来る偉大なお方!!』
恍惚とした表情をしつつ、色っぽい声で危ない発言するのが王の守護者ゼクス。
悪役という立場で有りながら、ゼクスは何を隠そう攻略キャラクターでもある。
ヴィンセントに妄信的なゼクスが何故、攻略キャラクターなのかと誰もが疑問を抱くかも知れない。
しかし敵対しているからこその、主人公とゼクスの愛と憎しみが織り成すの過激なストーリーは、昼ドラマよりもドロドロとしていて人気が高かった。
三人の悪役+黒幕の狂信者である攻略キャラクター。
「(今思えばゼクスのキャラ設定が濃過ぎ…だろ。
いざ対面したら絶対に胸焼けする自信がある。
出来ればゼクスの育て方を間違えず、悪役キャラクター達と接する時は用心しないといけませぬな。)」
うんうんと決意するヴィンセントだが、その考えとは裏腹に出会いとは突然訪れてしまうのです。
深夜のリハビリ時間。
ヴィンセントは大きく息を吸ってから上半身を起こした。
「ふ…う。」
やはり体を動かすだけで痛みが伴い、顔を隠すように巻かれた包帯に脂汗が滲んだ。
「まあ、気長にするしかないね」
寝たきりの頃よりは随分と動ける時間が長くなった。
最近はゆっくりとした歩調で部屋の中を徘徊しても息切れはしない。
「継続は力なりか…、いい言葉だ。
よし!人生の教訓にしよう!!」
テンションを上げたヴィンセントが一度休憩の為ふかふかのベッドに腰をかけると、タイミングを計っていたかのように今日も部屋に訪ねてくる人がいた。
「今日も頑張っているのねヴィトちゃん」
「お母様!
今日も来てくれたんですか?」
「うふふ、お邪魔じゃないかしら?
それに今日は手土産があるのよ。
さあ、皆入って頂戴。」
「えっ、と、皆…?」
手土産を菓子の類いだと思っていたヴィンセントの脳内には疑問符が浮かんだ。
「(何だか…凄く…、嫌な予感がする)」
母の顔を伺いながら、扉の方へと視線を動かした。
「ほうほう、お主が御姫さんのお子じゃな?」
黒いローブ姿で独特の喋り方をする人物が目の前に立ちのんびりとした声を出した。
「(おいおい…、もしかして知の守護者…ジゼット?)」
「ふぉふぉ、御姫さんにほんに似とるの。
ワシはジゼットじゃ、気軽にジゼルと呼んでおくれ坊や」
「(来ちゃってる!!
ヤバイの来ちゃってるよおおおお!!!)」
ジゼットから目を反らすも、嫌な汗が背中に落ちる。
意識を無くして現実逃避したくなるがそうは問屋が卸さなかった。
「うふふ、初めましてヴィンセント様。
私はアデリアル、以後貴方様に永遠の忠誠を誓いますわ」
黒いドレスを着た褐色肌のアデリアルが忠誠の言葉を口にする。
「(嫌あああああ!!
お願いです……お願いですから誰かこれは夢だと言ってくれ!!
今、アデリアル…言うた?
言うたよね?ぎゃああああ、超ヤバスな鬼畜サディスト来てもうてる……。)」
驚愕そして悲壮感。
絶望と何とも言えない感情が胸中でせめぎ合う。
「俺はディノア。
アデルと同じく貴方に忠誠を誓おう。」
線が細いのに巨大な両手剣を背負う中性的で女性に見えなくもない性別不明のディノアが、アデリアルと同じ台詞を口にした。
「(OH…。
戦狂いのディノアも来てもうた…。
もう終わった…終わっちまったよ。
知・法・戦来たら次はアレデショ?
ああ、物語は変えられずゲーム通りに悪役としてオイラは死ぬんだ。)」
悪役との対面でヴィンセントの瞳から色が失われ死んだ魚のように濁り始める。
「この者達が今日からヴィトちゃんを守ってくれるわ。」
「(はあっ?ゼクスどうした?)」
フローディアの言葉にヴィンセントが小さく首を傾げてしまう。
王の守護者ゼクスと言えば事件後よりヴィンセントの側に仕え、ヴィンセントが唯一深く信頼を寄せる腹心だ。
強烈なキャラクターの不在にヴィンセントの脳裏に疑問符が大量に浮かび、悪役キャラクターとの初顔合わせはヴィンセントの頭を悩ませる事となった。
しかし慣れとは怖いもんで、ヴィンセントはゼクスの存在を忘れ悪役三人組とすっかり仲良くなっていた。
だからこそ時を読み違えず、ヴィンセントは自分の考えを三人に伝えてみた。
「ふぉふぉっ、坊やはほんに面白きお子じゃの。」
「そうですわね。
でも本当に宜しいのですか?
私はヴィンセント様のお心が心配ですわ」
「良いじゃねえーのアデル。
ご主人様願いを叶えるのが俺らの仕事だしな。
それにだ何か有れば俺らが盾になってご主人様を守れば問題はねえだろう」
「アデル心配してくれてありがとう。
でも私は大丈夫さ。
それにだ妊婦を何時までもあのような場所に繋いでおくのは心苦しいからね。」
全ては明かさず上手く嘘をつき、心優しい王子が言い出しそうな模範解答のような言葉を口にする。
「うふふ、ご主人様はお人好しすぎですわね。」
「くくっ、違いねぇ。」
「ふぉふぉっ、ほんに面白き坊やじゃ。
ワシ等が必ずや坊やの願いを成し遂げよう」
ゲーム世界とはまるで違う悪役三人組がヴィンセントの願いを叶える為に行く。
『側妃を助けたい。
だからこそ三人の力と知恵を貸して欲しい』
お人好しで優しい主は自分達に命令するのではなく頭まで下げた。
満足に動く事も出来ず体を動かせば激痛で痛むだろうに、頭まで下げて囚われる側妃を助けたいと願う主の思いを無下にする事は自分達にはできなかった。
だからこうして今自分達は看守に案内され薄暗い道を奥へ奥へと進むのだから。
「あら嫌だこれ本当に生きてるのかしら?」
「看守が言うには朝は生きてたみたいだがな」
「ふむ、どれどれ。
お主がミューゼじゃな?
聞こえてるなら頷くがよい」
ジゼルの言葉にミューゼが微かに反応を見せる。
「嫌だ生きてるわこの女。」
「てめぇ…、この女を嫌うなとは言わねぇが仕事に私情を挟むな」
「ふん、分かってるわよ。
それよりさっさと確認なさい。」
「やれやれじゃの。
ではディアよやるかね?」
「ああ、こうなるのは目に見えてたしな。」
鉄格子に阻まれながら、ジゼルがミューゼの腕を掴み脈を図り、その間ディアがミューゼに様々な質問を投げ掛けた。
名前、年齢、産まれた領地、子の生み月がいつか等他にも沢山の質問に弱々しくもミューゼは答えていく。
「ではこれが最後の質問だ。
お前はなぜ愚かにも王子殿下を殺そうと企んだのだ?」
この質問にミューゼは息を詰まらせた。
だからこそ三人組の目付きは細まり険しい顔へと変わる。
「妾は気が短い故さっさと答えよ」
「アデルにはやれやれじゃが、ワシも気になるの~。」
「では答えてもらおうかな…罪人ミューゼ」
突如ミューゼの前に現れた三人の死に神達。
鋭い声に体が震え、声を出すにも言葉がつまる。
言葉一つ間違えれば、ミューゼはこの死に神達命を刈られてしまうだろう。
ならばと、最後の最後に自分の思いを…本音を口にしよう。
深く息を吸い込み心を落ち着かせ三人の死に神と視線を合わせた。