王子の誤算と意外な協力者 前編
お待たせ致しました。
『しかしご主人も物好きだぜ』
『ふぉっふぉ、ほんに変わっとるがそれも魅力じゃろうて』
『うふふ、確かにねぇ。』
牢獄に訪れた謎の三人組。
彼らは一体誰なのか、その答えはヴィンセントが昏睡状態に陥った頃まで時は遡る。
『おしっこしたい』
死の淵から舞い戻った第一声である。
きちんと状況を確認すると父様と母様が手を握ってくれていて、その他にも沢山の人が居りました
。
心配を掛けただろうけど、口走った言葉を思い返すと恥ずかしくて、もう一度三途の川に戻りたくなった。
あんな言葉が後世に残ると本当に嫌なので、どうか皆さん聞かなかった事にして下さい!
ベッドの中に潜り込んで猛省したい気分になりつつも体は思うようには動かなかった。
「あ…れ、?」
「お薬が効いてるだけで心配はいらないわヴィトちゃん」
「良かった…、本当に助かって良かった…っ!」
「おか…あさま…っ、おとうさま…」
酷くお疲れの顔をしている父様と母様。
公務もあり忙しいだろうに、もしかしてずっと看病をしてくれたのだろうか?
嬉しく思う一方で申し訳ない気持ちになる。
「心配…かけして、すみま…せん」
ヴィンセントが大怪我を負うのは物語には必要不可欠で、こうなる原因となった事件で死ぬ事はないと知っていた。
私は主人公の兄。
物語に登場する最大最悪の悪役。
プレイヤーが選んだ攻略キャラと幸せな未来を手にする為に用意された全ての黒幕でありラスボス。
どんな結末でも最後は非業の運命を辿る
ヴィンセント・ド・フォルセティア
死する時ではないと分かっていたが、こうして心配してくれる人を目の当たりにすれば罪悪感で胸が痛む。
息をして怪我をすれば痛みを感じる此処の場所は、モニター越しで見た映像や小説でもなく現実の世界。
そんな事は分かっていたつもりだった。
だけど父様や母様が私の生還を心から喜んでくれているのを知る事で、改めてこの世界は現実なのだと認めて受けいれた。
しかし…。
私は再び父様や母様には謝っても謝り切れない事をしようとしている。
ゲームではヴィンセントが再び目を覚ますのは、側妃が主人公を産む直前だったはず。
しかしどう考えても目を覚ます時期…違う…。
「ヴィンセントが目を覚ましたのだ、もうあの女は必要無かろう。
ガーマンド早々に処刑を行え」
「御意に陛下」
あれれ、やばーい雰囲気がするのは気のせいですよね?
誰かそうだと言ってくれ(涙)
「ヴァン様!ヴィトちゃんの前であの方の話は止めて下さい!」
「すまないフローディア…。
ガーマンドこの話は後にしよう」
「御意に陛下…」
ぎゃあああ、御意じゃないよガーマンド将軍!
少しは止めて下さい!
やべーです。
完全に間違えた!!
ちょっとさ一回三途の川に戻って、石を積んで時間潰してくるから早まるのは止めてくれ!
このまま私が回復してしまえば、側妃は即刻処刑されて主人公は必然的に死ぬ。
ってかもう死にそう…。
それも有りかと…
ちょっと本気で考えた。
だってゲーム通りに人に恨まれて殺されれたり、ゲーム通りの運命をたどり死にたくはなかった。
けど…
自分が生き残る為に側妃とその腹に宿っている主人公を、本当に犠牲にして見捨て良いのかと心が叫んでいた。
側妃と主人公を見捨てるのは簡単だ。
しかしその選択をしてしまえば、私はゲームの中の悪役ヴィンセントと変わらないだろう。
記憶中のヴィンセントは本当にこちら側がドン引きするほど嫌われていた。
醜い容姿と性格の悪さも相まってゲームをプレイした多くから『キングオブクズ』と呼ばれていた。
しかし私も今選択を間違えてしまえば、本当に最低最悪のクズ野郎に仲間入りだ。
流石にそれは良心が痛む。
なら選択肢は一つしか有りませぬ。
最初は軽く咳き込みながら、次第に大袈裟に咳き込んだ。
「はっ…あ!うう、くる…し…」
父様、母様。
本当にごめんなさい。
また心配をお掛けして、泣かせてしまうかもしれない。
だけど私は主人公を側妃ミューゼ様を助けるって決めたのです。
だからどうかもう少しだけ私の我が儘にお付き合い下さいませね。
突然苦しみ出した(演技)ヴィンセントは再び昏睡状態(笑)に陥り、その日の内に側妃ミューゼの処刑は先伸ばしされる事が決まった。
演技派な一面を見せたヴィンセント。
素晴らしい演技は多くの人を感動…ではなく驚愕させた。
医者達が慌てふためく中で、ヴァンクリーフ2世の怒号が響く。
フローディアはヴィンセントの手を握りしめ必死に神に祈りを捧げる。
本人は心の中で謝罪を続け、良心の呵責に苛まれつつも主人公やその母の為演技を続けた。
この日から演技を続ける中でヴィンセントは新たな発見と問題に直面する事になった。
何時ものように医者達の手当を受ける。
この時間が苦手なヴィンセントだが、昏睡(笑)状態なのでされるがままだ。
包帯を外れ火傷の傷が露になると、控えていた侍女だけでなく、手当をする医者も表情を歪ませた。
これが結構な苦痛で演技を止めて自分で手当をしようと思った程だ。
しかしせっかく側妃の処刑が先延ばしが決まったのに、ヴィンセントが目を覚ましてしまえば今までの苦労が水の泡になってしまう。
なので念には念を入れて、ヴィンセントは演技を続けていた。
頑張って耐え抜けば手当が終わる。
医者は部屋から立ち去っていき、控えていた侍女達が好き勝手に話し始めた。
『お綺麗な顔だったのに、今や見る影もないなんて…。』
『いくら王族と言っても、あの傷じゃ婚約者を探すのも大変そうね』
『確かにね…。良家のお嬢様があの傷を見たらきっと泣いて逃げ出しちゃうわよ』
「(好き勝手お話しするのは良いけど、私は確りと起きてるからね?
お前ら覚えとけよ!でも何時も世話してくれてありがとうな!!)」
しかし侍女達の陰口なんて可愛いもんで、ヴィンセントに悪意を持つ人間の本性と本音はかなり酷かった。
見聞き知ることでヴィンセントが両親に愛されながらも、大人達の自分勝手な悪意に触れ心を歪ませ悪に染まり悪の道に堕ちるのも理解出来た。
「(主人公への異常な憎悪は、本人も知らない内にこの幼少期から芽生え初めてたのかもな…。
まあ、結局一番大事なのはゲーム通りに主人公と敵対せず攻略キャラクターに殺させれないことだ。
その為にも側妃を助けつつ、手元に置き切り札(人質)として味方にしなくては…)」
側妃を味方に付けると言ってみても、ヴィンセントは今は昏睡状態(笑)である。
「(さてと先ずは………。
どうしよう、残念ながら何も思い付かぬ(涙))」
そうなのです。
昏睡状態(笑)を選んだ事により、動くどころか誰かに指示をだす事も出来ないでいた。
「(あえて言おう馬鹿か?!
知ってる!けど違う大馬鹿だ!)」
しかし喋るのはアウトなので、叫びそうになりながら鼻息荒くさせ頬を膨らませた。
「(あああああ!!
本当にどうしよう?!このまま何も出来ないのは困るのだ)」
側妃を味方に付けるにしろ一つだけ譲れない条件がある。
それは側妃の精神状態が壊れた状態ではなく普通で有ること。
壊れて使えない人間を助け切り札にしても何の意味がない。
その時をもう向かえてしまってたら、悪いが主人公が産まれたら物語通りに死んで頂く。
「(まあ、まだ大丈夫だと信じて動k…動けなかったの忘れてたあああああーーーーーーっ!!)」
大絶叫である。
でも大丈夫声は出してませんよ!
ちょっとお馬鹿で間抜けなヴィンセント・ド・フォルセティア君 5歳。
「(どーーーーしーーーーよーーーおおおーーーーーーっ!!)」
大絶叫再びである。
ヴィンセントは声には出さず叫ぶだけ叫びまくると現実逃避するべく眠る事にした。
ぐーすかピーと眠りに眠りこけ次に目が覚めると月夜が浮かぶ真夜中だった。
「(さてと…人は居ないな?)」
薄目を開けて辺りを伺えば人は居ないので、痛みに耐えながら上半身をゆっくりと起こした。
「うぐっ、ふっーー。」
大きく息を吐き出し、次は少しだけ足を動かしてみた。
関節を少し曲げただけで激痛が襲い掛かるが、大声は出さずシーツを強く握りしめた。
「痛ッ…。」
毎日自分の怪我と向き合い、少しでも状態を戻せるように、昏睡状態(笑)の演技を始めた翌日から自己流のリハビリを開始していた。
「(めちゃ痛てぇーー!!
無理ぃーーー!!痛いぃーーー!!でも止めん!!)」
自分はドMなのだろうかと、自分自身に疑いの目を向けた。
毎日毎晩激痛に耐え抜き最終的に気絶して終わるが、ヴィンセントは諦める事はない。
本日も何時ものように気絶寸前までリハビリをしてふかふかのベッドに横になった。
息も上がり顔色は悪いが、金色の瞳はキラキラと輝いていた。
「やりきったぜ…。
これなら予想より早く動けるか…んっ?」
何か音が聞こえた気がして、一応薄目を開けて様子を伺ってみる。
「(ん?こんな時間に誰だ?)」
少しドキドキするも、部屋の扉が開く音が聞こえた。
「(緊張しますな。
でもオメメは綴じてお口にチャック)」
一歩また一歩とゆっくりとした足取りで誰かが近付いてくる。
「(ってかね今思ったんだけどさ。
あのさ…暗殺者とかじゃないよね?
ねえ、大丈夫だよね、誰か大丈夫だと言ってくれないか(大泣き)?!)」
ヴィンセントはドキドキとハラハラが加わり焦り始めていた。
「起きて居るのでしょう?」
「(お、母さ、ま?)」
「貴殿がヴィンセント・ド・フォルセティアではないのは分かって居ます。
危害を加えるつもりはありません、少し私と話をしませんか?」
ヴィンセント・ド・フォルセティアじゃない…。
確かにその通りだけど、その言葉が胸に突き刺さりズキリと痛む。
「お、母様…」
「体は痛みませんか?」
「少し…痛みますが大丈夫です」
ズキリズキリと胸が痛むのを耐えながら上半身を起こす。
母様が手を貸してくれ、背中にクッションを置いてくれ顔を見合わせた。
「私はフローディア・ド・フォルセティア。
貴方のお名前は?」
「分かりません…。」
「そうですか。
ならば今ヴィンセントはそこに居ますか?」
「いいえ
気が付いた時には私が居りました。」
「なるほどよく分かりました。」
眈々と質問される声が冷たく感じる。
仕方ないの事かも知れないけど、何時ものようにヴィトちゃんと呼んでくれる声が恋しくなる。
「っ…うっ……」
あの日心は記憶を思いだし急激に成長したが所詮は5歳の子供。
シーツを強く握りしめて必死に涙を流すまいと口唇を噛み締める。
「口唇を噛んでは駄目よ血が出てしまうわ。
ごめんなさい私の言葉でヴィトちゃんを悲しませてしまったわね。
でもね話を聞いて貴方が、私がお腹を痛めて産んだ大切な愛し子だってよく分かったわ」
「でも、私は、私はお母様とお父様が知っているヴィンセントじゃない!」
「そんな事はないわヴィトちゃん。
あの日少し心が成長して生まれ変わっただけでしょう?」
ヴィンセントの金色の瞳に溜まった涙がポロポロと落ちていく。
自分自身が誰なのか分からないのに、私をヴィンセントだと言って認めてくれる人がいる。
「っ…、私は…ヴィンセント、で…居て、良いのでしょうか?」
「ええ、当たり前じゃない。
ヴィトちゃんは私の大切な宝物よ、絶対に手離したりしないわ」
「ひくっ、お母様っ、お母様!」
この日ヴィンセントは声を出して泣いた。
母にすがり付き鼻先を赤くさせ喉が嗄れるまで、窓に朝陽が射し込み始めても涙が止まらず何時までも泣き続けていた。
(前編から後編へと続く)