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えぶりでい!  作者: あさの音琴
日常編
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運命2

 暖かい陽射しを受けながら俺は歩く。目指すは繁華街だ。俺の住んでいる地区は住宅街で、繁華街までは少し距離がある。距離があると言って大した距離ではないが、散歩がてらに行くにはちょうど良い感じだ。


 俺は人通りの少ない河川敷を歩いていた。人が全くいないわけではないが、平日ということもあってとても静かな河川敷だ。気分良く歩く。天気も良いし、普段とは違う河川敷の、のどかな雰囲気が心地好く感じる。鼻唄でも歌いたい気分であったが、一瞬にしてその野望は崩れ去ってしまった。


「どいてぇ! 危なっ」


「ぐほぉ」


 女の子の声が聞こえた気がした瞬間だった。俺は河川敷の草の生えた斜面を転がるように落ちていく。「キャー」などという女の子の叫び声も聞こえてくるし、糸のようなものが俺の体に絡まっていってるような気がした。


 斜面から転げ落ちた俺は仰向けに倒れているはずだ。それなのになぜか重みを感じた。特に俺の胸の辺りが柔らかいもので当たっているような感覚もあった。


「いったぁーい――ねぇ、君。大丈夫かな?」


「な、なんとかな……って。えぇ!?」


 何かが覆いかぶさり、その中で女の子と密着している俺がいた。胸に感じる柔らかさはあれだったのか。委員長の方が大きいと思うがこの子も中々……いや、そんな事を考えている場合では無い。


「やべ……動けねぇ」


 この中から抜け出そうにも、何かが絡まって身動きが取れない。女の子の方も俺と同じように身動きが取れていないようだが、冷静になってみると、俺と女の子の顔がとてつもなく近いことに気付き、女の子も焦っているのだろう。荒い息遣いのせいで、女の子の息が俺の口元に吹きかかっている。


「なんとかならないのか?」


「か、顔近いって! 当たる。当たるから!」


 女の子は俺の言いたいことに気付いたのか、それとも諦めたのか分からないが、首を傾けて俺に体を預けるように力を抜いたように思えた。そう思えた理由は俺の感じている女の子の重みが増したからだ。頬と頬が当たっているのは気にしたらダメだろう。お互いにとって唇が触れ合うことよりも遥かにマシなのだから。


「君。緊張してるのかな? 心臓の鼓動が早くなっているぞ?」


 焦っていたのもあるし、女の子と体を密着させている状況だ。興奮もすれば緊張もすると思う。何よりも、耳元で囁くように言われれば誰だって……


「い、言ってろ――と、とにかくこの状況をなんとかしないとな」


「そうか? 私はもう少しこのままでも良いと思うがな。何と言うか。人の肌とは落ち着くものなのだ。そして、会って間もない男女が密着する状況。これは運命の出会いというやつかもしれん」


 この子は何を言っているのだろう。どうして悠長に、そして、ロマンチックに語っているのだろうか。そんな状況でも無いと思うのだが。


「運命の出会いがこんな出会いだなんて俺は嫌だね。てか何をしてる?」


「何をしてる? だって? そりゃ分かるだろう? 君の頬に私の唇を当てているんだ」


 この子は何をしてるのだろうか。俺にはさっぱり分からない。奏でさえここまで積極的でも無いし、こんなに体を密着させたこともないんだ。いや、夢で奏と……って、あれはただの夢だし、委員長とは昨日……いや、委員長とも事故だ。そして、これも事故だ。それに、女の子は俺の頬に唇を当てて喋っているから妙にくすぐったい。


「と、とりあえずなんとかならないのか?」


「なんともならないだろうな。私が飛んでいるとき、周りには誰もいなかったし、助けが来るのを気長に待つとしようではないか」


「飛ぶってなんだよ!?」


「軽くスカイダイビングをして遊んでいただけだが?」


 そうか。スカイダイビングをしてたのか。ってスカイダイビングって場所の決まりなど無いのだろうか? むしろ人が歩いてるような場所に飛んで来るなんてこの子は絶対おかしいと思う。


「す、スカイダイビングねぇ。これって、下手したら俺死んでない?」


「死んでるかもなあ」


 この子は軽く死んでいるかも知れないという。そんな事軽く言えるのだろうか。いや、言えないはずだ。唯我独尊タイプの子なのかもしれない。そして、常識も無いように見える。


「まあ、生きてるんだ。今はこの状況楽しもうではないか」


「楽しめるかっての! ちょ、動くな! そ、その……胸が」


 女の子が動く度に、その胸が俺の胸にプリプニと柔らかい感触を与える。ちょっとというか、男的にはかなり嬉しい状況なのだが、理性が危ない。俺の理性よ鎮まってくれ。


「満更でも無い感じではないか。私もこんな事は初めてだから少しはドキドキしているぞ? 分かるか? 私の鼓動。心臓の脈打つスピードが早くなっている」


 そんな事を言われても俺には分からなかった。そんな余裕すらない。自分の鼓動の早さだけは尋常じゃなくなってるのは分かっているが。


「お嬢様。お戯れもほどほどにしなければ、この方が不憫なのですが……」


「美鈴か。私は存外本気なのだが? まぁいい。それよりも遅かったではないか」


「申し訳ございません。お嬢様。お嬢様が楽しそうにしていらしたので声を掛け辛く……」


 この美鈴という女性はこの女の子の知り合いなのだろうか。しかし、この子はお嬢様なのか? てことは、口調的にもこの美鈴さん? はメイドさんかなにかなのか?


「それでは救出致します」


 美鈴さんはそれからが早かった。テキパキとパラシュートの紐を切断していき、お嬢様と呼ばれた女の子の首根っこを掴んで持ち上げた。首根っこというか、服の衿なんだろう。なかなかの怪力の持ち主のようだ。ちなみに、美鈴さんはメイド姿ではなく、普通のパンツスーツといった服装だった。少し残念だと思ったのは秘密だ。


「ふむ。助かったぞ美鈴。今、君の顔をハッキリと見れたが中々良い顔をしているではないか。名前を教えて貰っても良いかな?」


「西条達弥って名前だよ」


 美鈴さんに首根っこを掴まれたまま偉そうに言う女の子はお嬢様には見えなかったのだがなかなか綺麗な顔をしていた。


「それでは、この運命の出会いに感謝しつつ、私は去るとしよう。では、またな! 達弥」


 俺が女の子に名前を聞く前に、美鈴さんに首根っこを掴まれたまま女の子は去っていった。いったい何物だったのだろうか。



 


 

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