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えぶりでい!  作者: あさの音琴
日常編
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日常7

 食卓へ行った俺の目に飛び込んできたのは、なぜか俺の家にあった鉄板プレートに鎮座し、今宵の主人公は自分だと主張するようにジュージューと音を立て、そこから溢れる肉汁がキラキラと光輝くハンバーグだ。


「たっちゃん! ほらほら! 早く食べよ? 美味しそうでしょ? 一生懸命作ったんだからね」


 ハンバーグの食欲をそそる匂いと音。これに俺の腹が鳴った。口の中で涎が充満していくのが分かる。ごくりと口の中に広がった涎を飲み込んで、静かに椅子へ座る。そこで奏と目が合ったのが合図だった。


「いただきます」


「いただきます!」


 俺と奏の二人きりの夕食が始まる。ハンバーグをフォークで刺し、ナイフで切る。切ったそばから肉汁が溢れ出した。一口大に切ったハンバーグをゆっくりと口に運ぶ。口に近付くにつれて俺の鼻孔をくすぐるハンバーグの匂い。その匂いを楽しみながらも口の中に入れる。その瞬間だった。


 俺の視界から全てが消えた。消えたというのは大げさだろうが、そう感じる事が出来た。口の中に広がるハンバーグの匂いとともに、噛めば噛むほどに溢れ出てくる肉の旨味の凝縮された脂。自分はハンバーグでは無い。純粋な肉であると主張するような肉々しさ。ハンバーグという食べ物が俺の口の中で作った世界。いや、これは宇宙だろう。肉汁が作る宇宙に広がる挽き肉たちは宇宙空間に散らばる星だろうか。奏の料理の腕前がこんなにすごいものだったなんて知らなかった。


 奏は俺の感想を待っているのかキラキラとした目で俺を見ている。噛み締めるようにハンバーグを咀嚼して、それを胃の中へ押し込む。


「旨いよ。こんなに美味いハンバーグは初めてだ」


 本当に旨い。このハンバーグはお店として出しても売れることは間違いない味だと確信を持って言える。


「良かったー。たっちゃん口に合って私は満足だよ」


「奏……その、なんだ。ありがとな」


 奏が俺の家にいる。そんなことはどうでもよくなっていた。幼馴染みの奏とは長い付き合いだ。俺が好きなのは委員長で間違いないし、奏のことも委員長と同じように好きなのだが、委員長に対する好きと奏に対する好きは似てるようで全く違うものだと思いたかった。


「たっちゃんはいつも悩んでるよね? ハゲちゃうよ?」


「うるせぇ! それよりもこんなに旨いんだ。冷める前に早く食べちまおうぜ」


「そうだね!」


 奏は食事をする時だけは一切喋らない。黙々と食べ続ける。そのおかげで二人きりの食卓は静寂に包まれる。静かな食事だが、俺はこれはこれで幸せな事なんだと思った。


「ふぃー。お腹いっぱいだ。美味しかったね!」


「おう。毎日でも食べたいくらいだ」


 軽口を叩き合いながら、おもむろにテレビを付けた。時間的にはバラエティ番組が多い時間だったが、合わせてあったチャンネルではニュースをやっている。


「本日、南極にて行われていた調査で、南極に広がる氷の中に遺跡らしきものを発見したと発表がありました。関係者によると、今回行われた調査で遺跡が発掘されれば人類史に残る世紀の大発見の可能性もある。引き続き調査を行っていく。という旨を述べました」


 奏はこのニュースを食い入るように見ていた。今日の奏の昼休みの様子を見ていても、このような遺跡なんかも興味があるんだろうなと簡単に想像出来る。テレビの中ではコメンテーターが遺跡についての感想を述べている最中だ。テレビを見ている奏の表情は真剣そのもので話し掛けるような雰囲気では無い。南極の遺跡なんかで今の時代なにが変わるのかとも思うけれど。


「南極にも遺跡なんてあるんだ。人間てのはどこでも生活してるってのが分かって面白いよな。俺達が住んでるこの街も、未来では遺跡がどうのって言われるかもしれないと思うと何とも言えない気持ちにもなるけど」


 俺の言葉も耳に届いていないように奏はテレビを食い入るように見ている。そんなに好きなのかと笑いたくもあるが、真剣な奏の顔を見ると笑ってはいけない気もして、奏に声を掛けるのを控えた。テレビのニュースはすでに次のニュースに移っており、コメンテーターが別の話をしていた。


「たっちゃん。ごめんね。用事を思い出したら、私はもう帰るね」


 奏はそう言うと、コップに注がれていた麦茶をぐいっと飲み干して、スッと立ち上がった。


「用事忘れてたのかよ。家まで送っていこうか?」


「ううん。大丈夫だよ。ありがとう」


 俺は「そうか」と呟いて、荷物を纏める奏を横目に麦茶を一口飲む。荷物を纏めると言っても学生鞄を手に取るだけなのだが。玄関の外までと思い、鞄を片手に家から出ようとする奏について行く。


「それじゃ気をつけてな」


「うん。たっちゃん。ありがとう。また来るね!」


 俺に手を振りながら走って行く奏の姿が見えなくなるまで見送ると、俺は家の中に戻っていく。自分の用事を忘れて、自分のやりたいことを優先させる奏はやっぱり奏だなと思う。だが。


「せめて自分の使った食器くらい台所に持っていってくれないかな……」


 食卓には主役が鎮座されていた鉄板プレートなどがそのまま残されていた。俺は黙々とそれらを台所に持っていき、カチャカチャと洗う。


「まあ、美味いハンバーグを作ってくれたから良いか」


 泡立ったスポンジを片手に、俺はそう呟きながら、全ての食器を洗っていった。


 

 






 


 

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