日常5
結局俺は、あれから委員長と会話をすることも無く、学校を終えてしまった。トボトボと家に帰る。
「おかえり! たっちゃんの元気が無かったから今日は私が夕飯作ってあげるね! 今日はなんとハンバーグなのだ!」
いつもなら家に帰っても誰もいないはずなのに、なぜか奏が制服にエプロンという姿でキッチンに立っていた。
「なんで奏がいるんだよ! それに、いつも思うけど鍵はどこから手に入れた?」
奏はいつも俺を起こしに来る。不思議に思っていたのはちゃんと施錠をしているはずなのに、奏が家に入ってくる事だ。
「あれー? 言ってなかった? 私、パパさんにたっちゃんは一人だとなにも出来ないからってお家の鍵を預かってるんだよ?」
初耳だった。あの親父ならやりかねないことではあるのだが。常識というものが無いだろう。人様の娘に自分の息子の世話を頼むだけでもおかしいと思う。いくら幼馴染みでもそれはやり過ぎでないのか。
「奏の両親はこの事を知ってるのか? もし知らないなら早く知らせた方が良くないか? そんなことは辞めなさいと言うだろうが」
親父が勝手に頼み、奏の両親がこのことを知らず、奏が自分の意思で俺の家に来ていたならそれは問題だと思う。俺だから安心しているのかもしれないけど。
「私の両親? 知ってるよ? パパさんが私の家に来て、パパさんが私のパパにお願いしてたんだもん。パパは『たっちゃんなら大丈夫だろう』って言ってたよ?」
この家族は一体なんなんだ。俺の親父も親父だが、奏の父親も父親だろう。娘が心配じゃないのか?
「あ、そう……じゃあ俺、着替えてくるからさ」
突っ込むことに疲れた俺は、自分の部屋へ向かった。俺の考える常識は間違いじゃないと思う。西条家と相澤家の父親の常識が抜けているんだ。もう考えても仕方の無い事なのかもしれない。
考えることを辞めた俺は自分のベッドにうずくまる。今までなにも疑問に思っていなかった、幼馴染みとの日常。朝、起こしに来るなんて、ラブコメでもないのだから普通は有り得ないだろう。今まで夕飯を作りに来ることが無かったから何とも思っていなかったが、明らかに奏の行動は常軌を逸していると思う。
「今に始まったことでも無いんだけどな」
これが奏なのだと言えばそうなのかもしれない。いつも側にいて当たり前の幼馴染み。少し変わった性格をしているというのも分かってる。むしろ、奏の性格形成に影響を与えたのは俺ではないのか? とも感じるが。
「そういえば、委員長にちゃんと謝れるかな……」
今日の昼休みに起こった事故。俺は何とも思っていないように自己否定していたのだろうか。よくよく考えてみると、俺はいつも委員長を意識していたし、嫌いというわけでも無かった。委員長とのやり取りは楽しく思っていたのも事実だが、今日のことで改めて意識してしまって、自分で隠していた気持ちが露見してしまったのだろう。
しかし、俺はどうして自分の気持ちを隠していたのだろうか。俺は自分が素直じゃないってのもの分かってるし、それでも委員長のことが好きだなんて感情が自分の中にあるなんて思ってもいなかった。きっかけは今日の事故だってのは分かるが、それだけで人を好きになるわけでも無いと思う。
「わっかんねーな」
ベッドに仰向けに転がった状態で、思わずそんな言葉が出た。分からないものは分からないんだ。考えても仕方の無いこと。仕方の無いことなんだけど、委員長のことが頭から離れない。委員長のこともだが、奏のことも好きだという感情は持っていたはずだ。
「俺って最低な男なのかな」
一人で考えれば考えるほどに、俺は自分を否定したくなる。奏のことを想う気持ちと委員長のことを想う気持ちの違いはあるのだろうか。委員長に関してはハッキリと恋心が芽生えているのは理解している。幼馴染みの奏に関してはどうなのだろうか。昔から一緒にいて、大切には思っている。恋心に近いなにかだとは感じていたのだが、それは違うのだろうか。
「奏は俺のこと、どんな風に見てるんだろう」
ふと、疑問に思う。奏の俺に対しての行動は常識外れも大概なのだが、奏自身、俺のことをどう思っているのか。奏の行動から察するに少なくとも俺に対して嫌悪感などは抱いていないのは分かる。
「俺のこと好きだとか?」
いやいや。何を考えているんだ。俺は。自意識過剰すぎるだろ。確かに顔は整っているとは思うが、すごくカッコイイというわけでもない。奏が俺のこと好き? 男と思って接してないだろ。あくまで、幼馴染みの友達として好きだ。きっとそうに違いない。
今までの奏の行動見たってそうだ。いつも一緒にいて、朝は起こしに来る。学校でもほとんど一緒いて……今日なんか夕飯を作ってくれている。あれ? 普通の友達にこんな事はしないよな。こんなめんどくさい事。やっぱり奏は俺のことを……いや、違う! 絶対に違う!
「どうしたんだ。俺は……くそっ」
奏のこと意識しないようにすればするほど、奏の馬鹿みたいな笑顔が頭に浮かぶ。そして……委員長の無愛想な顔も。俺はどうなってるんだ……
思考の渦に嵌まってしまった俺は布団を頭から被り、唸っていたのだが、布団の温かさという魔力に俺は眠りに落ちていった。