真実4
「夢なら覚めて欲しいな」
1匹の捕食者を蹴り飛ばすも捕食者はすぐに立ち上がる。このタフな敵が連続して襲い掛かってくるのだ。夢であって欲しいとも思うだろう。
地獄とも言える状況では無いだろうか。まさに孤立無援。乾先生が応援要請なんてものをやっているがそれが捕食者討伐隊に届くかなんて分からない。
捕食者は数の暴力で俺を圧倒していた。1匹倒してもその後ろから攻撃され、避けようにもトレーラーを守らなければならない為、トレーラーを守る為にも捕食者は突進は出来る限りは抑える必要はある。
奏と竜二の様子も心配だが、人の心配する余裕は無かった。ただ、前方から捕食者が突進して来ない所を見ると前方でも抑えているのだろう。
「ジリ貧だよな」
俺は悪態を付きながら十分に温まったマイクロソーで捕食者達を切っていく。熱したナイフでバターを切るようにヌルリと切断される捕食者。何匹に止めを刺してもその後ろから捕食者は大群を持ってやって来ていた。
「どれだけっ――くおっ!」
身を低く屈め、マイクロソーを突き出して俺は回転をする。俺の回転に追い付こうと紫電がマイクロソーに付いてくる。波打つようにも見えた紫電の光が扇状に広がると一瞬にしてマイクロソーの紫電の刃として元の姿に戻っていた。
囲むように俺に迫っていた捕食者数匹の上体が揺れたかと思うとそのまま倒れ込んで行く。身じろぐ捕食者に止めを刺すためにマイクロソーを突き刺そうとするも、新手の捕食者が次から次に現れる為、止めを刺す事も出来ない。
「ハァ――ハァ――チッ……」
どんなに捕食者を倒してもすぐに囲まれてしまう。逃げ場なんて物も無い。前も後ろも捕食者だらけだ。横に逸れても同じ事だろう。捕食者は確実に追い掛けてくるのだから。
飛び道具さえあれば捕食者に通用はしなくても牽制程度にはなるかもしれない。運良く口の中に攻撃出来れば御の字だ。しかし、俺はパワードメイル専用の銃火器なんて持っていないし、そもそも銃なんて物は撃った事も無かった。
捕食者の攻撃を往なしながらトレーラーの荷台を見る。
「使えるか――?」
俺は飛び掛かって来た捕食者を突き刺し止めを刺しながらトレーラーに置いてあった物を素早く取り出した。
「甘いかな……」
俺が手に取ったのは缶コーヒーが纏めて入っているケースだ。紙製のそれは雨に打たれて歪な形をしていた。
俺はコーヒーのケースを捕食者の群れに向かって投げた。肉食動物に餌を投げるように投げたが効果は無かったようだ。
「なにやってんだよっ!」
ビニール袋を投げた事によって俺に大きな隙が生まれ、捕食者達は間合いを詰めて来ていた。間合いが近すぎてマイクロソーを振り回す事も出来ない。
「トレーラーを前に出すよ達弥君! 二人が活路を見出した! すぐに乗るんだ」
「はいっ!」
俺はトレーラーの積車部分へ飛び乗る。近くにいた捕食者は横薙に切り牽制を加えたが1匹がトレーラーの運転席近くにぶつかってしまった。俺はすぐにその捕食者をトレーラーから引き剥がしてマイクロソーで止めを刺した。
危ない場面もあったが、俺も無事にトレーラーに乗り込みそれを確認し乾先生トレーラーを発進させる。発進させる際タイヤが空転し、タイヤが焼ける臭いを残していたのを見ると乾先生も焦っていたのだろうと思う。
猛スピードで走るトレーラーに奏と竜二のパワードメイルも飛び乗る。しかし、少し走るとトレーラーは速度を緩めて止まってしまう。
「どうしたんスか?」
「いやぁ。参ったね。ガス欠だよ」
捕食者が突進したであろう場所は給油口近くで、そこから燃料は虹色にも見えるような色を残しながらながら漏れていた。アスファルトにも燃料は広がっている。
「捕食者討伐隊の基地まではそう距離は無いとは思うんだけどね」
乾先生は頭を掻きながら軽いトーンで言うがその顔には焦りの色も見えていた。
俺の頭にも嫌な予感がよぎる。もしも、捕食者討伐隊がすでに壊滅していたとしたら? 俺達はあの数の捕食者を倒し切れずに逃げて来た身だ。これ以上の脅威が残っているかもしれないとしたら絶望しか残ってはいないのでは無いだろうか。
「はぁ……」
俺は思わずため息を吐く。見えない未来に不安を覚えてしまうからだ。
「大丈夫。捕食者討伐隊はまだ生きているから」
俺の考えを読み取ったのか分からないが、奏がそんな事を言い出した。
「なんでそんな事が分かるんスか?」
「そんなのは簡単よ。捕食者の死骸はマイクロソーによる攻撃の跡が見えていたし、PMの残骸も見当たらなかったから」
よく見ているものだと思う。俺にはそんな周りを見るような余裕なんて無かったし、トレーラーまで突進させ、そのトレーラーが動かなくなってしまっている。
「俺がもっと戦えていれば……」
「達弥君はよく戦っていたさ。君がいなければこのトレーラーも僕の存在もこの世から消えていただろう」
俺の頭に乾先生の言葉が広がり、その言葉によって救われた気がした。
「これからどうするんスか?」
「トレーラーも動かないし待つしか無いだろうね。食料の備蓄も少ないがある。救援が来るまで待ってみよう。救援要請は出しているから、電波を拾ってくれれば……あの群れが襲い掛かってくるかもしれないが動き回るよりはマシだろう」
年齢や経験的にも乾先生がリーダーとしてこの場を纏めていた。
「私は少し見回りに出てくる」
「俺も行くっスよ」
「一人で大丈夫だから」
竜二も奏と見回りに行くと行ったが奏はそれを断った。一人の方が動きやすいのだろう。奏の操るパワードメイルが視界から消えていく。
「しかし、あの捕食者の大群は何だったんですかね」
「てっきり殲滅出来ていたと思っていたが、あれ程の数が生きていたなんて信じられないかな。一番最悪な事態が起こっているかもしれない」
「最悪な事態ってなんスか?」
最悪な事態とはいったい何なのだろうか。俺と竜二は辺りを警戒しつつも気を紛らわせるように喋る。
「捕食者のクイーンが誕生した可能性だよ。今までは海を越えて捕食者はこの国に来ていたから対処も出来ていたし、纏めて殲滅も出来ていた。それは捕食者の数に限りがあったからで、捕食者のクイーンが誕生したとなればほぼ無限に増殖し続けるかもしれない。クイーンを始末しなければこの戦いは終わらないって事だね。クイーンの存在は確認出来ていないけど、この極端な増殖はそう考えると不自然じゃないよ」
要するにここにいる捕食者は働き蟻や働き蜂と言った物なのだろうか。クイーンが本当に存在するのかなんては分からない。だが、集団を形成する者にはリーダーとなる者はいるだろうし、捕食者としてもそれは変わらないのかもしれない。
「クイーンが存在するとなれば、俺達はクイーンを探し出してそれを倒せれば良いんだな」
「複数のクイーンが存在するかもしれないし、存在していないかもしれない。それは分からないけど、目の前の敵を倒すだけだろうね。僕達に出来る事なんてそんなに多くは無いんだから」
降りしきる雨の中、奏が戻って来る。
「私達だけだと太刀打ち出来ないような数の捕食者がいるみたい」
奏は小さな声で呟くように言ったが、その声は俺の脳に直接響いて来るように感じた。
「救援要請も出してはいるんだけどな。なかなか引っ掛からないみたいだ」
俺の脳裏に不安がよぎる。大量の捕食者が存在し、こちらに救援すら来ないのだ。すでに捕食者討伐隊は壊滅してしまっているのでは……とそんな事を考えてしまう。
「来たっスよ!」
竜二は声を上げると駆け出した。こちらに近付いて来ているのは先ほどの群れからはぐれた捕食者だろうか。数は5匹と少ない。
「1匹お願いっス!」
素早い動きで4匹の捕食者を仕留めた竜二だったが1匹だけ討ち漏らしていた。
奏は声すら上げずに捕食者へとマイクロソーを突き刺した。マイクロソーを捕食者に向けただけだったのだが、捕食者は構わずに突進を続け、自らの力で突き刺さる。
捕食者は個々の力はあるかもしれないが、今回のように数匹単位の群れで来てくれれば各個撃破は可能だ。しかし、先ほどの大群を相手取るには俺達だけでは数が違い過ぎた。
「そろそろ本隊のおでましかな?」
乾先生の言葉に俺はゴクリと唾を飲み込んだ。地響きにも似た振動が足に伝わって来るのが分かるからだ。
「とにかく生き残ろう……」
俺は自分に言い聞かせるように呟く。
「うおぉぉぉぉお!」
竜二が飛び出す。その竜二に続いて奏も軽やかな足取りで飛び出して行った。
「達弥君。焦る必要は無いよ。ここは耐えるんだ。未来を信じてね」
そうだ。焦る必要なんて無い。
捕食者の群れに飛び込んで行った竜二と奏は激しく戦っているのだろう。雨に混ざった捕食者の血飛沫がここからでもよく見えた。
群れから抜け出した捕食者の脚を切る。そして、動きを止めてから捕食者に止めを刺していく。それをただ繰り返していたが、群れを抜け出して来る捕食者も多くなって来た。
「くそ――」
どれほどの数の捕食者を始末したのか分からない。それほどに道路に捕食者の死骸は溢れ、俺のパワードメイルの装甲には雨で拭えきれていない捕食者の血もべっとりと付着している。
倒しても倒しても溢れ出てくる捕食者に精神力をもゴッソリと削られてしまっていた。
俺は何匹いるかも分からない捕食者に囲まれ相対していた。次々と襲い掛かってくる捕食者を避けては往なし続けるも避け続ける事は出来なかった。俺の肩を強い衝撃が走る。幸いにも装甲で食い止めてはいたが、その衝撃に俺はよろめいた。
「まずっ――!」
俺はバランスを崩した状態で捕食者の突進を受けてしまっていた。捕食者は俺に覆い被さり大きな口を開ける。俺はそれから逃れようとするも、肩から腕を踏むように抑えられ身動きが取れなかった。
「くっ――」
目を強く閉じ、来るであろう痛みに備えるがその痛みはいつまでも来ない。それどころか捕食者が覆い被さっていたはずの俺の上には捕食者もいなくなっていた。
「えっ?」
俺に覆い被っていた捕食者は顔面にマイクロソーを突き刺さされて倒れていた。そして、破裂する。俺の周囲にいた捕食者も次々と倒されて行った。
「やっと繋がったみたいだね」
乾先生の楽しげな声が聞こえ、トレーラーの方を見ると、トレーラーの後ろには何体ものパワードメイルの姿を目で捉える事が出来たのだ。
救援へ駆け付けたであろうパワードメイル達は次々と捕食者を倒していく。気が付けば雨も上がり、この付近の道路は捕食者の血で赤く濡らされていた。




