日常4
洋介が来てから、奏と洋介はダサイダーVの話で盛り上がっていた。委員長はそんな二人をいつもは見せないような微笑みを向けて眺めている。
「委員長? 委員長もダサイダーVとか見てるの?」
「そ、そんなわけないじゃない! あんな熱苦しい熱血ロボットアニメなんて私が見るわけないじゃない」
軽く焦った様子の委員長を見て、俺は確信する。これは委員長もダサイダーVを見ているなと。もしかすると、話についていくために俺もダサイダーVを見た方が良いのかもしれない。
「まあ、そういう事にしておくよ。委員長」
「私はダサイダーVなんてダサいアニメ見てないから!」
もういいよ。分かったよ。委員長。君はダサイダーVを見ていない。そうだろう? 俺は委員長の意外な一面を垣間見た気がした。
「ダサイダーパーンチ!」
「ふごほぉ」
俺が委員長から目を逸らし、奏と洋介を見た瞬間だった。なぜかダサイダーごっこを始めた奏のダサイダーパンチが俺の頬を直撃したのだ。奏の馬鹿力で繰り出されたダサイダーパンチで俺は吹っ飛ばされる。そして、吹っ飛ばされた先に委員長がいた。
「キャッ」
普段の委員長とは思えない可愛らしい声とともに俺は委員長を押し倒すように倒れ込んだ。そして、時が止まった気がした。
俺の胸に感じる柔らかさは恐らく委員長の豊満な胸であろう。そんなことよりも、問題は……委員長の唇と俺の唇が重なり合っていることだろうか。意外と柔らかい感触。ほのかに香る甘い香りが俺の鼻孔をくすぐり、離れなければと思う気持ちと、もう少しこのままでいたいという気持ちの葛藤が俺の心を揺らした。
「ちょ、は、早くどきなさいよ!」
委員長は顔を赤らめながら俺を突き飛ばす。
「こ、これは事故だ! 俺は悪くない」
「そんなこと分かってるわよ」
顔を俯かせ、震える委員長。
「たっちゃん大丈夫? それに翼ちゃんも。その……ごめんね?」
まだ、ジンジンと痛む頬を撫でながら思う。個人的には美味しい思いをしたと。また、本来なら俺も委員長に謝るべきなのだと。
「委員長……その」
「分かってるから」
委員長の『分かってるから』という一言が俺の謝るタイミングを失わせた。俺は悪くないなんて言う必要は無かったんだ。
「ほら。もうお昼休みも終わるから片付けましょう」
委員長はそう言って、何も言わずに自分の席へと向かっていった。
「達弥ラッキースケベってやつじゃね? 羨ましいぜ。俺も委員長のおっぱい触りたいな」
空気の読めない洋介は俺の肩を叩きながら言うも、俺の心は罪悪感で蝕まれていた。確かに不可抗力ではあったし、奏の行動は予想外だったのだが……俺は委員長に悪いことをしたと思っていると同時に別の感情が沸いて来ていることにも気付いていた。
「たっちゃん本当にごめんね。今度からたっちゃんに当たらないようにダサイダーパンチを繰り出すよ」
「いやぁ、あのダサイダーパンチは完璧だったぜ! しっかりと腰も入ってたしな」
奏と洋介は俺の気も知らずに馬鹿を言い合っている。俺はこの二人の能天気差が今だけは羨ましいと思う。加害者であるはずの奏はニヤニヤと笑いながらシャドーボクシングをし、洋介はそれを煽るようにフックだボディだの言っている。
「はぁ……」
俺は思わず溜息を吐く。底抜けに明るい奏と洋介を見て呆れた気持ちと、委員長に嫌われたかもしれないという気持ちの混ざった溜息だ。
「達弥さ。あれは事故だろ? たまたま相澤のパンチが達弥に当たって、委員長とぶつかって、転んだだけだよ。そんな気に病む必要も無いじゃん」
「見てた奴と一緒にすんなよ。いきなり殴られて痛ぇし、委員長に覆いかぶさるし。俺は気に病むわ」
洋介はフォローしたように見せたようだけど、俺は騙されない。洋介の顔がニヤついているんだ。人の不幸は密の味とはよく言ったものであると感心する。
「たっちゃん! 終わったことだし気にする必要ないよ!」
「奏はもっと反省しろよ!」
奏は洋介とは違い、素でこの反応をするから手に追えない所はある。そこが可愛いとも思うし、幼馴染みのよしみで俺に対して遠慮が無いともとれるが。
俺は委員長の方を見てみた。委員長は椅子に座り俯いている。先程のことがショックだったのだろうと簡単に予想も出来るが、素直に謝りに行けない自分がもどかしく思う。
「タイミングを見て謝りに行くか」
口ではこう言ったものの、本来なら今すぐにでも謝りに行きたい。今はお互いに気まずい雰囲気になっている事も……いや、すでに気まずい雰囲気であることも理解している。一言、悪かった。そう言えば済む話なのに……沸き上がる委員長への感情のせいで自分の足が動かない。俺はいつから委員長のことを意識していたのだろうか。いつもいつも俺に対して皮肉を言い、ことあるごとに俺に憎まれ口を叩く委員長。顔は可愛いし、胸も大きい。今になって思い返してみると、俺は今日も委員長に小言を言われるのか。なんて毎日思っていた。俺は知らないうちに委員長のことばかり考えていたのだろうか。
俺は委員長のことが、加藤翼という女性が好きなのだと認識させられた昼休みだった。