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えぶりでい!  作者: あさの音琴
非常編
38/44

非常5

 俺と竜二は化け物にバレないように外へ出た。俺達を襲った化け物が建物を殴り続ける音が聞こえる。

 

「なんとかなったスね」 

 

「そうだな。見つかる前に何とかしないと」  

 

 この街を徘徊している化け物は先ほどの化け物1匹とは限らない。他にもいる前提で行動しなければいけないと思う。

 

 化け物と戦う術を持たない俺と竜二は逃げて隠れてやり過ごすしか無い。救いがあるとすれば、化け物が巨体だから発見しやすいと言った所だろうか。

 

「とりあえずあそこに入らないか?」

 

 俺の目の前には全国でも有名な何でも揃うのが売りの雑貨屋があった。建物の中に入ってしまえば、化け物の大きさからしてその中には入っては来れないし、仮に入って来られても、障害物も多く逃げ切る事が出来そうだといった理由からだ。

 

「入るにしても道路を横切らないと入れないっスよ?」

 

 雑貨屋に行くには片側2車線の道路を横切る必要があるが、大回りをして、化け物の目に入らない場所から行けば問題無いだろう。

 

「とにかく、離れてから向こう側に渡ってこっち側に戻って来よう」

 

 他の化け物とかち合う可能性もあるが、俺と竜二を狙っている化け物の近くをわざわざ通るより一旦離れてから戻って来た方が良いしリスクも少ないと思う。

 

 俺と竜二は警戒しながら歩く。化け物に見付かれば殺される危険が高いのは再認識した。見付かる訳には行かない。ほんの少しの時間が何時間にも感じてしまうほどの緊張感を持って俺は行動した。

 

 交差点を見付け、足早に道路を渡る。交差点を渡る時、化け物の姿は見えたがこちらには気付いていない様子だった。

 

「大丈夫だ。入るぞ」

 

 俺は竜二にサインを出して、一気に雑貨屋へと走って行く。無事に雑貨屋に入った瞬間、緊張の糸が切れたように俺は座り込んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「すごい汗っスよ。大丈夫っスか?」

 

 化け物と遭遇して、逃げて追い込まれた。なんとか脱出は出来たが、神経を研ぎ澄ませ続けていた俺は気を緩めた瞬間に汗が吹き出していた。緊張の糸が切れたと言っても長距離を走った後のように心臓が激しく脈打っていた。

 

「飲み物取って来るっスよ」

 

「待ってくれよ。流石に一人にはなりたくない」 

 

 あの化け物が近くにいると思うと一人で休んでいたくはない。情けないと罵られようが俺はそれだけは嫌だった。

 

 俺は竜二の肩を借り、飲食物の売っていたコーナーへ行く。そこで冷えていない水を飲んで一息着いた。

 

「ジェットコースターなんか目じゃないスリルだな」

 

 俺は恐怖心を抑え込むように言いながら笑う。冗談を言う余裕なんて無かったが、どうにか気持ちを落ち着かせようと冗談にもならない冗談を言うしか無かった。

 

「こんなスリルは楽しめないっスよ」

 

 竜二も俺と同じように乾いた笑みを作る。

 

 リュックサックは置いて来てしまった。置いて来てしまったが、ここにはある程度の物は揃っている。食料から衣料品、何に使うのか分からないような雑貨まで様々だ。

 

 竜二と喋りながら水を飲んでいると落ち着いて来た。

 

「明るいうちに使えそうな物探そう」

 

「もう大丈夫なんスか?」

 

「大丈夫さ。上に上がれば心配も減るだろうし」

 

 4階建てのこの雑貨屋で使えそうな物を見繕う。正直何が使えるのかは分からないが、いざという時に悪あがきをする為に必要だ。俺は癇癪玉を見付け、カゴに入れる。あの化け物相手に何をしても無駄に思えるが、何もやらないよりはマシだ。癇癪玉の他にはロケット花火や双眼鏡、置いてきてしまったカセットコンロにボンベ等をカゴに入れて竜二との合流地点である4階へ向かう。

 

 竜二と合流した俺はお互いの物色した物を見せ合った。竜二も色々と持って来ていたが、その中の漁網に目を引いた。

 

「これを投げて上手く巻き込めれば時間稼ぎくらいにはなると思うんスよ。たっちゃんは癇癪玉とかロケット花火を持ってきてるスけど」

 

「化け物は目が無いみたいなのに、こっちを完全に把握してるような雰囲気もあったんだよ。もしかすると耳が良いのかもしれないから怯ませる事は出来ないかと思ってな。竜二と同じように時間稼ぎにはなると思ってさ」

 

 俺も竜二も化け物からは逃げるしか無いという選択肢だったようだ。軽く談笑した後はお互いに自由に過ごした。俺は懐中電灯を見付けて夜に備えたり、食料品売り場で缶詰や米といった物を4階に持ち込む。キャンプなんかで使う炊飯釜を見付けたらから米を炊こうという事だ。

 

 4階に戻ると竜二はなぜか売り物として置いてある浴槽に水を溜めていた。水では無く、鍋で沸かしたお湯を入れては水を入れるを繰り返している。

 

「何してるんだ?」

 

「風呂沸かしてるんスよ。体がベトベトして気持ち悪くて」

 

 竜二の行動に、俺はそれもそうだと納得して竜二の真似をして風呂を沸かした。水やガスボンベは大量にあるのだ。使える物は使うに限る。

 

 風呂を沸かし終わった俺と竜二はお互いの準備した浴槽に入る。浴槽からお湯が溢れ出すも気にはしない。全身を温かいお湯が包み込んで体の疲れを取ってくれているような気がした。

 

「ふぁ……生き返る」

 

「良いっスね」

 

 外では化け物が徘徊しているだろうし、気は抜けない。ただ、化け物が入って来にくいと言う場所でゆっくりと湯船に浸かる。俺達は一時の安息を手に入れたのだ。  

 

「これからどうなるんだろうな」

 

「分からないっス。あのロボットの行方が分かれば良いんスけどね。今の所、唯一の人がいるかもしれない手掛かりスから」

 

 この世界に来てから、人は一人も見ていない。化け物を何匹かとロボットだけだ。化け物と敵対しているであろうロボットは何物なのだろうか。人が操作しているのは間違い無いと思う。

 

「今はゆっくりしよう」

 

 俺は何も考えたく無かった。いつまでこんな生活が続くのか。先の見えない不安が俺の心を押し潰していく。少し前までは将来の仕事の事なんて考えると不安にもなったが今ほどではない。今は生きるか死ぬかのサバイバルなんだ。休める時にしっかり休むしか無い。

 

 俺は体を洗い、風呂から上がる。タオルは準備していたが、着替えを準備するのを忘れていた為、体を拭いた後に全裸で雑貨屋を徘徊する。衣料品コーナーへ行き、自分に合うサイズの下着とシャツ、そして動きやすいジャージを身に着けた。今まで着ていた服は動き辛い訳では無かったが動きやすいという訳でも無かった為、ジャージを着用する事に決めた。 

 

 髪は自然乾燥に任せて、米を炊いて缶詰をおかずに食べた。そして、寝具コーナーへ行き寝る事にする。

 

 ベッドの上にマットレスを敷いて横になった。

 

「明日はどうなるかな」

 

「さぁ。ただあの化け物には出会いたく無いっスよ」

 

「そうだな」

 

 横になり、竜二と長い時間喋った気がした。普通では有り得ない状況だ。雑貨屋のフロアで風呂に入り、食事をして寝る。他人の家で過ごした事もだが、日常では無い。こんな非日常が日常になるのだけは嫌だ。

 

 翌朝目覚めると竜二はすでに起きて食事を作ってくれていた。食事と言っても米を炊いて缶詰が用意してあるだけだったが。

 

「おはよう。竜二。ありがとな」

 

「ちょっと早く目が覚めて、手持ちぶさただったから作っただけっスよ」   

 

 朝食を食べ終わった俺と竜二は早速、雑貨屋を出る準備を始める。数日はここにいても良いかもしれないが、化け物がいつここを嗅ぎ付けて破壊しに来るかも分からないし、外へ出るリスクはあるが、人を探すという目的もある為、長居はしない事に決めた。

 

 大きめのリュックサックに食料や必要な物を入れて雑貨屋を出る。昨日の化け物はすでにいなかったが、建物は破壊され尽くしていた。それを見ると、化け物の恐ろしさがよく分かった気がした。


「行くか」

 

 今日も嫌になるほど天気が良い。いつもならこんな天気の時は良い気分になるはずだが、今は忌ま忌ましいとも思う。

 

「化け物が出なければ良いんスけどね」

 

「そうだな。向こうだっけ」

 

「そうっスね。看板を見る限り、後20キロと言った所スかね」

 

 20キロという言葉を聞いてげんなりとするが、俺と竜二は倍以上の距離を歩いている。そう考えると気持ちは楽になった。

 

 歩き始めて1時間くらい経っただろうか。俺は化け物らしき影を見て双眼鏡を手に取った。双眼鏡を覗き込むと化け物は俺達の進行方向におり、迂回するしか無いように思えたのだが、別の道にも化け物がいる。どちらに行っても化け物と遭遇してしまう最悪の展開だった。

 

「戻るか?」

 

「そうスね。ここは一旦戻って……」 

 

 竜二は後ろを振り返りながら言うと固まってしまう。どうしたんだと俺も後ろを振り返ると、俺と竜二に気付いてはいないようだったが、化け物が2匹こちらに向かって来ていた。八方塞がりとはこの事を言うのだろうか。

 

「やばいな……」

 

「とりあえず、あそこの建物に」

 

「ああ。ただ、見付かると厄介かもしれない」

 

 厄介と言うのは、どの道を通っても一本道の峠道である事と一番近くにある建物が地元の消防団の詰所のような建物で小さく脆そうなのだ。

 

「とりあえず見付かる前に入るっスよ」

 

「ちょっと待ってくれ。試したい事がある」

 

 俺はそう言うとロケット花火を取り出して、茂みの方に発射する。少ししてから銃声にも似たロケット花火が弾ける音がこだまする。

 

 ロケット花火を発射してすぐに建物の中へ逃げ込んだ俺と竜二は息を潜めて隠れる。少しすると、化け物が勢いよく走り去って行くのが見え、一安心をした。

 

「ふぅ。やっぱりあいつら、耳に頼ってる部分が大きいかもしれないな」

 

「目が無いっスもんね。耳が良いか特別な何かがあると言う事っスね」

 

 休暇がてらに隠れ続ける。水を飲み、チョコレートを頬張った。力の差は圧倒的なのだ。ならば俺達は化け物には無い知恵を使うしか無い。糖分を摂取して少しでも頭の回転が早くなるように努めるのは悪い事では無い。

 

「何してるんだ? 竜二」

 

「そろそろ準備しておこうかと思ったんスよ」

 

 竜二はリュックサックから漁網を取り出してコンパクトに纏めていた。コンパクトだと言っても両手は塞がってしまうのだが。

 

 竜二の準備が終わり、俺達は建物から顔を覗かせた。そして、見付かってはいけない者と至近距離で出くわしたのだ。

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