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えぶりでい!  作者: あさの音琴
非常編
37/44

非常4

 障子から漏れる暖かい日の光を浴びて、俺は目を覚ました。時計を見れば5時を少し過ぎた所だった。竜二はまだ眠っており俺は起こさないように和室を出る。トイレに向かい水を流してみると、水道は生きているようで水は流れていく。

 

 俺が和室に戻ると合わせたかのように竜二が起きた。あまり眠れなかったのか目の下が黒ずんでいるように見える。

 

「おはよっス」

 

「おはよう」

 

 目を擦りながら言う竜二に挨拶をし、俺はチョコレートを頬張る。

 

「あまり眠れなかったのか?」

 

 寝覚めの悪そうな竜二に言葉を投げ掛けた。目の下にクマが出来ている上に酷い顔をしていたので、眠れていないというのは理解出来る。

 

「昨日もあまり寝付けなかったんスよ。たっちゃんは結構図太いんスね」

 

「そうか? 竜二は休んでろよ。今日も歩くんだろ? 色んな事があって神経擦り減らしてるのも分かるけど、休まないとダメだぞ」

 

 言いながら俺は苦笑してしまう。俺の言った言葉は奏でも同じような事を言いそうだなと感じたからだ。

 

「じゃあ、お言葉に甘えるっスね」

 

 竜二はそう言うと、すぐに寝息を立てはじめた。夜の間、化け物に備えていたのかもしれない。一人でぐっすりと寝ていた事に対して、竜二に悪い事をしたと思う。

 

「さて……何するかな」

 

 竜二が寝ている間、やる事はほとんど無い。一人で出歩くのも危険だろうし、いつ化け物が現れるかも分からない。

 

 俺は水を飲んでから使えそうな物が無いかと家の中を物色してみる。明るくなってから気付いたが、家の中は案外綺麗でこの家に住んでいた人は最近出て行ったのかもしれない。

 

 俺は2階へと足を延ばしてみた。適当な部屋を開けてみると、少女漫画が床に落ちていたりノートパソコンがテーブルの上に置いてあった。そしてハンガーラックにはセーラー服だ。それを見た俺は同世代であろう女の子のこの部屋の主に悪いと思い部屋を後にした。そして、別の部屋に入る。

 

 別の部屋には少年漫画やプラモデルなどが散乱していた。そして、ふと勉強机を見ると何かが書いてあるノートを見付けた。ノートに書いてあった物を読んで何とも言えない気持ちになる。簡単に言えば黒歴史ノートと言って過言では無いかもしれない。一人で気まずい雰囲気になりながら漫画本を何冊か手に取り和室へと戻る。

 

 キッチンで見付けたインスタントコーヒーでコーヒーを作り、お菓子を食べながら漫画を読んでいると眠気が襲い掛かって来た。俺はそれに抗うもすんなりと負けを認めて眠ってしまう。

 

 俺が目を覚まし、時計を見ると、お昼前と言った時間だった。竜二は和室にはいなかった為、家の中を見て回っているのかもしれない。冷めたコーヒーを飲みながら漫画を読んでいると、竜二が和室に戻って来る。竜二の顔は朝とは違い、良く眠れたのかスッキリとした表情に変わっていた。

 

「あ、おはよっス。起きたんスね」

 

「おはよう。悪いな。寝てばっかりで」

 

「色んな事があったんスから仕方ないっスよ」

 

 竜二は俺を咎める事もしなかった。俺自身も肉体的にもそうだが、精神的にも疲れているのだと思う。 

 

「そう言えば2階に上がったんスけどすごい物発見したっスよ」

 

「お? 何を見付けたんだ?」

 

 竜二は笑いながら俺のそっとしておいた黒歴史ノートを手に持っていた。

 

「これっスよ。いやぁ、よくこんな詠唱を思い付くものだなって感心したっス」

 

「見てやるなよ」

 

 俺はそう言いながらも、竜二の開いていたページを覗く。そこには "深淵なる闇の精霊よ 冷酷なる氷の精霊よ 我の言霊を力に変えよ 混沌たる調は深く底に在りて 闇に染まりし我が心 氷に染まりし我が心 混沌たる調を言霊に乗せ 我は唱えん ダークアイス" と書かれていた。詠唱は一生懸命考えたのだろうが、魔法の名前が何とも言えない。

 

 俺と竜二はひとしきり黒歴史ノートを見て笑いながら話した。このノートを書いた本人には悪いとは思ったが心が洗われた気がした。

 

 時計を見るとお昼を少し過ぎた所だった。長居しすぎたとは思うが、ゆっくり休めたと思う。黒歴史ノートを見た後に見付けたリュックサックに防災袋から取り出した水やお菓子類、懐中電灯を入れて竜二が背負う。俺の分のリュックサックには水とカセットコンロ、ガスボンベが入れてある。

 

「行くか」

 

 俺と竜二は世話になった家を後にする。今日も昨日と同じ方針で暗くなる前に家を探して、そこに避難すると言ったものだ。途中、コンビニを見付けて中に入り、水やガスボンベ、お菓子や缶詰と言った保存食をリュックサックに入るだけ入れた。結構な重量になってしまったが仕方の無い事だと思う。コンビニで下着を変えたりもしたし、やっている事は泥棒と変わらないと思うがそれも仕方の無い事だと開き直った。

 

 俺と竜二は歩き続け、日が傾いて来た。今日は生きている化け物には出くわす事は無かったし、化け物の死骸も少なかったと思う。俺達の住んでいた街に近付けば近付くほど、化け物の死骸の数は減っている事からこちら側には化け物の数が少ないか、あのロボットが駆逐しているのだろう。

 

 適当な家を見付け、そこで夜を過ごした。昨日とは違い、家に入る事への罪悪感は薄れていた。翌朝、俺と竜二はすぐに行動を始める。

 

「化け物の死体も少なくなって来たな」

 

「そうっスね。このまま行ければ良いんスけど」

 

 俺と竜二は談笑しながら歩く。それだけ心に余裕が出来ていたのだと思う。太陽も真上に上りきったと言った時だった。どこかで物音が聞こえ、俺は警戒もせずにそちらを覗き込む。

 

「やばっ!」

 

 物音の正体は化け物だった。案の定、化け物だった物を食い散らかしながら、俺の方を見た気がした。一瞬の間が辺りを包む。そして、化け物が突進して来た。

 

 完全に油断をしていた。化け物の死骸も少なくなっていたし、昨日は化け物と遭遇しなかった。化け物の死骸があるのに慣れ、数が減っているとは言え、化け物がいないとは限らなかったのだ。 

 

「たっちゃん!?」

 

「逃げろっ! 化け物に見付かった!」

 

 俺が焦って戻って来た事で竜二は驚くも、化け物に見付かった事はすぐに理解出来たようで、すぐ様逃げる。俺達は食事にしようと休憩に入った直後で、リュックサックはそのまま置いてまま逃げてしまった。

 

 化け物との距離はかなりあったと思ったがすぐに追いついて来た。

 

「あそこだっ!」

 

 俺達は化け物の通れなさそうな路地を見付け、そこへと逃れる。逃れはしたが、化け物は俺と竜二の事を諦めていないようで、建物を怖そうと建物を殴っていた。

 

 化け物が足止めを食らっている間に逃げようと路地の奥へ進むも、そこは袋小路となっており、俺達も逃げる事は出来なくなった。化け物が俺達を諦める事を願うしか無い状況だ。

 

「悪い。油断してた」

 

「俺も油断してたっスから同じスよ」

 

 冷や汗が流れ出る。言い知れない恐怖が俺を襲って来ていた。化け物との遭遇はこれで3度目だ。1度目は遊園地で奏の犠牲の上で生き残れた。2度目はロボットの出現もありやり過ごす事が出来た。だがこの3度目は俺と竜二に逃げ場は残っていない。あのロボットが都合良く現れてくれれば良いがそんなに甘い物でも無いだろう。

 

「どうする?」

 

「俺が囮になるからたっちゃんは――」  

 

「ダメに決まってるだろっ!」

 

 囮になると言い出した竜二が何かを言い切る前に俺は竜二の提案を却下した。竜二がいなければ俺はここにはいなかったと思うし、俺の為に竜二を死なせたく無かった。たとえ俺を守る事が竜二の生きる意味だとしてもだ。

 

 化け物は痛覚など持っていないのか、建物を殴り続けている。今は大丈夫だが、そのうち化け物の殴っている建物も壊れかねない。いや、少しずつ化け物が近付いている。運が良かったのはこの建物がコンクリートで作られていた事だろうか。木製ならすでに化け物に破壊されていた事だろう。それでもこの建物が崩壊するのは遅くは無いと思う。

 

 化け物はジリジリと俺達に近付いて来ている。手を伸ばせば届きそうなくらいに。

 

「たっちゃんやっぱりっ!」

 

「絶対に他に方法はあるからそれだけはダメだ」

 

 俺は冷静になって辺りを見回した。そして、俺は見付ける。焦っていると簡単な物も見落とすものだと思った。

 

「竜二。見付けたぞ」

 

「何かあるんスか。ヤバくなったら俺行くっスからね」

 

「焦って自棄になるなよ。あそこに窓がある。ガラスを割って入れば何とかなるかもしれない」

 

 俺は窓ガラスを指で指す。ちょうど化け物の手が届きそうな所にあったが何もしないよりマシだと思った。

 

「化け物がこのビルを殴ってる隙に窓からこっちのビルに入る」

 

 俺は落ちていたコンクリートブロック手に取り、竜二に渡した。コンクリートブロックはそれなりに重く、俺が投げてもうまく行かないかもしれないが、俺よりも身体能力の高い竜二なら行けるかもしれない。

 

「ここから狙えるか?」  

 

「それくらいなら大丈夫だと思うっス」

 

 角度は無かったが竜二はコンクリートブロックをうまく投げ、窓ガラスは甲高い音を立てながら砕けた。砕けたといっても完全に割れた訳では無く貫通した形だ。これで良い。窓ガラスの強度が強く、体当たりで割れない可能性は無くなったのだから。

 

「俺から行くっスね」

 

 竜二はタイミングを見計らいながら窓ガラスへ飛び込んだ。映画のスタントさながらで、窓ガラスは竜二の体当たりと共に綺麗に割れる。窓は人の頭の高さくらいあるにも関わらず、竜二はそこへ飛び込む事が出来たのはアヌが言うには失敗作だからこそなのだろう。

 

「たっちゃんも早くっ!」

 

 竜二は窓から少しだけ顔を出して言う。俺は震える足に喝を入れ、助走を付けてジャンプした。俺の身体能力ではジャンプをして飛び込む事は出来ないが、竜二がタイミング良く俺の腕を取り引き上げてくれた。俺は自分のジャンプした勢いと竜二に手を引かれた勢いもあって竜二と激しくぶつかるも竜二が上手く受け身を取ってくれたおかげで俺には怪我は無かったのだが、竜二は額から血を流していた。

 

「大丈夫か? 頭から血が出てるぞ」

 

「頭から? あぁ。多分ガラスで切ったんスね。大丈夫スよ」

 

 竜二はそう言うと自分の額へ手をかざす。すると、不思議な事に竜二の手から青白い光が溢れたと思うと収束していき消える。竜二は額から手を離すと、竜二の額の傷は塞がっていた。

 

 俺が驚いていると、竜二はすぐに種明かしをしてくれた。

 

「驚いたっスか? 奏もたっちゃんにやってたんスけどね。このライトを使ったんスよ。これは細胞を活性化させて、このくらいの傷ならすぐに治しちゃうんスよ。俺やたっちゃんみたいにアヌの血を持っていないと使えないんスけどね」

 

 竜二はニカッと笑うとすぐに元の真剣な顔に戻った。俺達はまだ安心出来る状況では無い。化け物は変わらずに隣の建物を殴りながら近付いて来ているし、ここいつが壊されるかも分からないのだ。俺と竜二は建物の中を移動し、裏口へ続く扉を見付けて再び外へと逃げ出した。

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