非常2
人類の起源。いつかの授業の後に奏や委員長と話したような内容だ。奏がミッシングリンクと言う単語を出し委員長と話していた。
「人類の起源ね。謎が多いってのは聞いたけど、俺にはちんぷんかんぷんだったな」
「そうなんスね。謎が多いってのは確かっス。人類の起源については触れられない秘密があるからなんスよね」
竜二はその謎を知っているのだろうか。いや、謎を知っているからこそ、今こうして話しているんだろう。
竜二は一呼吸置いてから言葉を続けた。
「世間では人類は、まぁ簡単に言えば猿から進化した。実際には人間と猿の共通の祖先から枝分かれて進化したって事っスね。確かに人間と猿の共通の祖先から今の人類は生まれてるっス」
「それは特別に秘密にしなきゃいけない事なのか? 授業でもやってたけど、進化論てのがあって、色々な考え方はあるけど、時間を掛けて今の姿になってるんだろ?」
進化論。ダーウィンやラマリクと言った人達が提唱した持論に基づく理論だ。ダーウィンなら変異の中でその環境に適した進化をする。ラマリクならその環境に適していた者が生き残り進化してきた。と言う物だったはずだ。
「普通ならそうなんスけどね。人間は違うっス。人間は通常の進化を経る事無く進化を果たしたんスよ。アヌによって」
竜二は淡々と話していた。学者が聞くと発狂するような内容なのだろうが、生憎にも俺は学者でも無いし、竜二の話について行けてない節もある。
「その進化とアヌってのが問題なのか?」
「人類ってのはアヌとアヌに1番近い存在だった猿人を掛け合わせたハイブリッドって言う事っスよ。アヌの星は資源が枯渇してたんスよね。その資源を他の星から確保しようってんで、アヌは宇宙に飛び出して、その一部がこの地球に到着した。そこで、アヌだけでは労働力が足りないから創ったのが今の人間っス」
竜二から聞かされる真実。だが、腑に落ちない点も多い。竜二はなぜその事を知っているのか。奏の言ったアヌリュトゥピスとは何なのか――俺は自分の中で一つの結論を出した。
「この話を知っている竜二もアヌリュトゥピスと言った奏もアヌって事なのか?」
「奏はアヌじゃないっス。奏も……奏もたっちゃんもアヌが創った人間なんスよ。アヌが地球に来た時のような労働力としてでは無く、よりアヌに近い人間を創ろうと。そしてアヌの血を絶やさないように今の人類とアヌのハイブリッドとして創ったと聞いてるっス。そして、アヌリュトゥピスは俺の名前っス」
真剣な顔で話す竜二を見ても嘘では無いと言う事は分かる。俺も奏も純粋な人間では無かったという事も……
「じゃ、じゃあ奏はどうしてその事を知っていて俺は知らないだよ」
「奏は失敗作だったんスよ」
奏は失敗作だった。俺はそれを聞いた途端に体が勝手に動いていた。俺は拳を作り、竜二の顔へと殴り掛かっていた。
竜二は抵抗する事無く、俺の拳を受け入れる。俺に殴られた竜二は微動だにしない。
「なんで避けないんだよっ! 避けれるだろ? 見えてるんだろ? 竜二は人間じゃないんだろ? アヌだから人間とは違うもんなっ! そうだろ? アヌリュトゥピス」
何が言いたいのか分からなかった。ただ、奏を馬鹿にされた。そう思った瞬間に体が動いていた。
「避けようと思えば避けれたっスよ。でも――たっちゃんの拳は避けれない。奏への想いの詰まった拳なんて避けられる訳が無いじゃないスか。俺も奏やたっちゃんと同じなんス。俺もアヌから創られた人間なんスから……」
「そんなの関係ねぇよ! 失敗作だ? 失敗作だからお前は――竜二は奏を死なせたのかよ!」
ただ感情のままに動く。俺は再び竜二を殴るも、竜二はただそれを受け入れるだけだった。俺は竜二の事を憎んでいる訳では無い。これはきっと、何も出来なかった俺自身の八つ当たりなのかもしれない。俺は最低だ。
「奏との約束なんスよ! 俺は奏にたっちゃんを託された。奏も俺もたっちゃんを守る為に生まれてきたんスから……俺も失敗作なんスよ」
俺の拳が竜二の頬の手前で止まる。意識した訳では無かった。竜二も自分の事を失敗作だと言う。その一言が俺を止めさせたのかもしれない。
俺は力無く竜二に体を預けた。竜二の嗚咽が聞こえて来る。俺も竜二の涙に釣られたのか涙が溢れて来た。
「うぐっ……俺も奏も失敗作なんスよ……俺達は普通の人間よりも身体能力が段違いに高いんス。それと引き換えに俺達は生殖能力は無かった。アヌが俺達を育てたんス。たっちゃんを守る為に……」
「俺は――俺は何なんだよ……奏の事も何も知らずに生きて来たって言うのかよ」
竜二の胸をトンッと叩く。やるせない気持ちだけが俺を蝕んでいた。
「たっちゃんは失敗作なんかじゃ無いっス。アヌの血を強く引いているのに人間として生きられるんスから。奏は分からないっスけど、たっちゃんを守る事。それが俺の存在意義っス」
奏もいつも俺を守ると言っていた。最期の瞬間まで俺を守ると。何かがあれば奏が助けてくれた。何かがあると奏がそこにいた。
「奏もいつも俺を守るって言ってたよ。こう言う事だったんだな」
分からない事は多い。だが、納得出来る部分もあった。
たくさん泣いたからなのか、それとも自分の中で何か答えが見つかったのかは分からない。俺は不思議とスッキリとした気持ちになっていた。腑に落ちない事はたくさんある。それは人間として普通に生きていても同じ事だ。衝撃的だった奏の死を受け入れる事なんて出来ない。受け入れる事は出来なくても、それを受け止めなければいけないと俺は思った。
「竜二。殴って悪かったな」
「いいスよ。このくらい。それよりもこれからどうするんスか?」
お互いに涙で目を腫らしながら言い合う。俺は謝り、竜二は気にするなと言った風だ。そして、竜二の言うようにこれからどうするのかだ。
「そういえば、竜二は元いた世界とは違うと言ってたよな?」
「そうスね。たっちゃんの持っているネックレスがあるじゃないスか。恐らく、これが俺達を運んだんだと思うんスよ」
俺はネックレスをマジマジと見やる。奏から貰った最後のプレゼントだ。俺はそのネックレスを竜二に見せた。
「これがか?」
「そうスね。アヌはパラレルワールドって言うんスかね。平行世界みたいな。そんな世界の存在は認知してたみたいっス。それはこの宝石が関係してるらしいんスけど、詳しい事は俺にも分からないスね」
これはアヌにとっても貴重な物では無いのだろうか。どうしてそんな物を奏が持っていたのかは分からない。
「どうして奏は持っていたんだろうな。アヌからすれば研究材料として貴重なんじゃないのか?」
「そうっスね。なんで持っていたのか……アヌの誰かに貰ったんスね。きっと」
竜二にも分からないとなると、今はどうしようも無い。ただ、元の世界へ帰るにはこの宝石が必要なのは分かったが。
「そういえば、竜二はあの化け物については知らないのか?」
「知らないっスね。ただ、可能性があるとすればナキの陰謀かもしれないっス」
竜二の口から出た "ナキ" と言う単語。
「ナキ? それは何なんだ?」
「俺も聞いただけっスから詳しくは知らないんスけど、ナキはアヌの敵って事スかね。南極で遺跡が発見されたってニュースあったじゃないスか。古代の話なんスけど、アヌとナキは大規模な戦争をしたらしいっス。戦争はアヌが勝ったんスけど、ナキはあの南極の遺跡に何かを隠したらしいって話っス。アヌではどうする事も出来なかった南極の遺跡を人間が簡単に見付ける事も出来ないと思うんスよね。だから、あの遺跡の発掘にはナキが関わってるんじゃないかって話なんスよ」
「それと化け物の話がどう繋がるんだ?」
確かに南極で遺跡が見付かったとテレビで言っていたのを憶えている。あのニュースを見た瞬間から奏が帰ると言った事も……奏は何かを知っていたのかもしれない。
「それは、アヌの伝承に残っている話があって、アヌの敵は絶対に化け物なんスよ。ナキは人間のような形をしていて、人間の白目の部分が黒いって話なんスけど、ナキは化け物を創り出す技術を持っていたみたいなんスよ。キメラってやつスかね」
「化け物と戦う? なんだそれ。神話の話みたいだな」
世界各国に広がる神話。それは神と化け物だったり、人間と化け物が戦う話が多い。竜二の言う話は神話のような、そんな雰囲気があった。
「そうっスね。詳細は変わってるのも多いスけど、神話の類はアヌとナキ、そしてアヌ同士の争いの歴史でもあるっスから」
「そうなのかっ!?」
また、学者が聞けば驚愕するような話が竜二の口から出てきた。しかし、考えてみると不思議でも無い。そんな突拍子も無い物語を古代の人間が作れるのか? 実際にそれを見た人間、あるいはアヌ自身が経験した話だからこそ、今でも遺っているのだろうと思う。
「そう言う事っス。俺と奏はナキからたっちゃんを守るっていう使命もあったスから」
「その、ナキがどうして俺を狙うんだ?」
「そこまでは分からないスね。俺はそう言われて育っただけスから」
俺と竜二はそれから、今後の話をし、この遊園地から出る事を決める。いつまでもここにいても仕方が無いし、食べ物も無いのだ。ここに居続けても死を待つだけだろう。それならば、動かなかればいけない。アヌだとかナキの事は分からない。だが、今はどうにかして生き残らなければ、奏の想いを裏切る事になる。
俺と竜二は遊園地から出る準備をする。俺はふと、起きてすぐに見た光景を思い出していた。地獄絵図のような、あの化け物達の死体の山を。
「大丈夫っスか?」
「ああ。多分平気だ」
俺と竜二は鞄なんて持っていなかったので、残っていた数本の水などをポケットに詰め込めるだけ詰めてから外に出る。今いる場所が遊園地ならば、山を降りて行けば街に着くはずなのだ。俺は深く息を吸い込んでから外に出た。
「こりゃ酷いっスね」
「そうだな……」
俺と竜二の眼前に広がった死体の山。俺達はこれらを超えて遊園地のゲートへと向かっていった。




