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えぶりでい!  作者: あさの音琴
非常編
34/44

非常

 化け物は奏を襲い、頭から食う。化け物は奏を丸呑みにはせず、上半身のみを噛みちぎり、咀嚼をしていた。下半身のみとなった奏は力無く倒れ、辺りが奏の血で池を作る。

 

「あ……か、奏?」  

 

「たっちゃん! おい! たっちゃん!」

  

 竜二の俺を呼ぶ声は聞こえる。聞こえるが反応出来ない。いや、したくない。ぼんやりと見える奏だったそれを化け物は口に入れる。残されているのは赤黒く見える奏の血だ。

 

「たっちゃんしっかりしろっ!」

 

「あ……ぅ」

 

 声が出なかった。あまりの出来事に俺の心が壊れるのでは無いかと思ってしまう。先ほどまで一緒に遊んでいた奏が食われた。一瞬でその命を奪い去った化け物への憎しみが増していく。

 

「離せっ! 離せよ! 竜二!」

 

「逃げるんだっ! 奏の想いを無駄にするのかっ!?」

 

 奏の想い? 俺の頭に奏の言葉がフラッシュバックのように聞こえて来た。

 

『おかしいな……こんな時はいつもたっちゃんが泣いてたんだけどな……私がたっちゃんを守るって言ってたのに守られちゃったよ。たっちゃん? 約束だよ? たっちゃんの事は絶対に私が守るから』

 

 そういえばあの時、奏の涙を初めて見たかもしれない。こんな悠長な事を考えている場合では無いのに。今は逃げるしかない。逃げて生き残らなければ奏に申し訳が立たない。

 

「たっちゃん! 俺も奏との約束があるんスよっ!」

 

「分かってる……分かってるさ! 逃げるぞ! 竜二」

 

 胸が熱い。心から沸き上がるような熱さでは無く物理的な何か。俺は立ち上がりながら熱くなっている場所を触る。手の平に熱を感じた。

 

 俺達はすぐに化け物から距離を取ろうと走った。だが、化け物はそれを許さないらしい。チラリと後ろを見ると俺達なんかより――いや、人間の走るスピードを遥かに凌駕したスピードで追い掛けて来る化け物の姿を目に捉えたからだ。

 

「追い付かれるぞっ!」

 

「ここは俺が止めるっス! たっちゃんは先に!」

 

 竜二はそう言うと走るのを止めた。

 

「竜二っ!」

 

 走るのを止めた竜二を見たが後ろには竜二しかいなかった。竜二しかいなかったのだが、俺と竜二を線で結ぶように影が伸びているのが分かり、恐る恐る振り返ると鮮やかなオレンジ色をした太陽を背にした化け物が立ち塞がるように立っていた。化け物には目なんてついてはいないのに、目が合った気がする。

 

 口元を赤く濡らした化け物がニヤリと笑った気がした。

 

「たっちゃんっ!」

 

 化け物は俺へと突進して来る。虚を突かれた俺は咄嗟には動けなかった。しかし、後ろから俺の腕を掴んで横っ跳びした竜二のおかげで化け物の突進を避ける事が出来た。

 

「助かった!」

 

「喋ってる隙なんかっ!」

 

 俺が安心したのもつかの間、化け物はすぐに俺と竜二へ襲い掛かる。俺と竜二は倒れた形になっており、動く事が出来なかった。

 

 竜二は俺に覆いかぶさる。

 

 化け物の腕が俺達に向かって来たのが分かったが俺にはどうする事も出来なかい。

 

「くっ……」

 

 恐怖で目を閉じる。もうダメだと思った。

 

 しかし、衝撃が来ない。何が起こったのか分からなかったが、俺はゆっくりと目を開けた。

 

「あれ……あっつ!」

 

 先ほどまで俺と竜二に襲い掛かっていた化け物の姿が見えない。そして、俺の胸辺りがすごく熱い。逃げるのに必死で感じていなかったが、化け物がいないと分かり、安心した途端にその熱さに気付いた。


 竜二は俺に覆いかぶさったまま動かないが、力を込めているのか震えているようだった。

 

「竜二……ありがとな」

 

「あれ? あいつは……」

 

 俺と竜二は地面に腰を降ろした形で座る。俺は胸の熱さが気になって服の中に手を突っ込みまさぐってみた。


 未だに熱を持ったそれを服から出してみる。熱を持ったそれは奏が俺にプレゼントしてくれたワインレッドの色をした、宝石に例えるならガーネットのような綺麗な宝石だった。俺にこのネックレスをプレゼントした時の奏の顔が目俺の脳裏に浮かび上がったのをきっかけに、涙が溢れ出た。

 

「奏……うぐっ」

 

 奏のくれたお守りが俺を……いや、俺達を助けてくれたのかもしれない。自然と涙が出て来てしまう。

 

「たっちゃん……」

 

「ありがとな。竜二……俺は大丈夫だからさ」

 

 少し落ち着いてから俺は周りの景色の異常さに気付く。遊園地にいる事はいるが、雰囲気がまるで違っていた。

 

 日は落ちてしまい、暗くなりかけているのもあるが、ジェットコースターの支柱とレールはぐにゃりと曲がり、鉄で出来た物は軒並みいびつな形に歪んでいた。全ての建物が崩れ、廃墟と化していたのだ。

 

 そして、落ち着いてきた俺達は気付く。所々に散乱した化け物の死体に。

 

「お……おぇ」

 

 気色の悪い光景に思わず吐き気を覚えた。竜二は優しく俺の背中をさすってくれている。

 

 散乱した化け物の死体は1匹や2匹では無かった。何百かそれとも何千かあるような。そんな気がした。

 

「場所を変えるっスか」

 

 俺は竜二に引かれて歩いた。途中、半壊した自販機を壊し飲み物を何本か取り出してから建物の中へ入る。その建物は廃墟と化した遊園地の中では比較的にまともに残っており、化け物の死体も見当たらなかった。

 

 自販機から持ってきた温い水を開けて飲む。冷たくは無かったのだが、体が水分を欲していたのだろう。水分が体へ染み渡るような気がした。


「ぷはぁ……」

 

 俺は半分ほど水を一気に飲んだ。竜二はグビグビと一気に飲み干す。竜二も俺と同じように感じだったのかもしれない。

 

「竜二……どう思う?」

 

「ふぅ……そうっスね。元いた場所……いや……」

 

 竜二は何かを言い掛けると眉間にシワを寄せ何かを考え出した。そして続ける。

 

「元いた世界とも違う場所っスね」

 

 竜二の出した答えに俺は疑問を持つ。状況的には有り得なくないのかもしれない。だが、どうしてそれを言い切れるのか。それが分からなかったが俺は奏の言った一言を思い出した。

 

『お願い。アヌリュトゥピス』

 

 奏の言ったアヌリュトゥピスという言葉。これは一体なんなのだろうか。

 

「アヌリュトゥピス……アヌリュトゥピスって何だ?」

 

 確信は持てない。だが、竜二はそれを知っている気がした。

 

 静寂が時間の動きを遅くしている気がした。音の無い静寂に包まれた空間。どのくらい経ったのか分からないが、竜二が口を開く。

 

「知らなければ良かった事もあるんスけどいいんスか」

 

「悪い。でも、知らなきゃいけない気がするんだ。何も知らないでこのまま生きてても奏が……奏が死んで。うぐっ……奏が……」

 

 奏の事を思い出し、また涙が溢れて来る。頭を抱え下を向き泣いた。涙が床を濡らす。竜二は俺の背中をさすってくれていた。その手はとても温かい。

 

 何が言いたいのか分からなくなった。

 

 ただひたすらに泣いた。これ以上涙が出なくなるのではと思う程に。そして、泣き疲れた俺は眠りに落ちた。

 

 どのくらい寝たのかは分からないが外は明るくなっていた。おもむろに外を見る。そこは地獄絵図と化した遊園地だった。建物が破壊され、化け物の死体が転がっている。ぐちゃぐちゃになった死体だ。それが辺り一面に転がっている。

 

「おぇ……おぇ……」

 

 その臭いと光景を見て俺の胃から何かが登って来る。そして、吐いた。胃液しか出て来なかった。何度も嘔吐いていると、それに気付いたのか竜二も起きたようだ。

 

「大丈夫スか?」

 

「あぁ……これでも大分治まった」

 

 俺は何本か置いてある飲み物の中からコーヒー飲料を取り出して飲む。胃液の嫌な感じがコーヒーとともに胃の中に収まるも、気持ち程度だ。

 

「なぁ竜二。アヌリュトゥピスって何なんだ?」

 

 昨日聞きそびれたアヌリュトゥピスについて竜二に質問をする。竜二は昨日の夜に言う事を決めていたのか迷う事無く口を開いた。

 

「そうっスね。たっちゃんは人類の起源って知ってるスか?」

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