日常3
奏の突然の問い掛けに俺は一瞬固まった。ミッシングリンクとはなんなのだろう。というよりも奏は何を言っているのだろうか。話の流れ的には委員長と話していた生物の話に近いものがあると思うが。
「ミッシングリンクってなんだ? 俺はそんなの聞いたこともないけどな」
委員長はと言うと特に反応も無く弁当を食べつづけている。興味が無いのだろうか。
「ミッシングリンクてのはね、人類の進化についての中間地点が無いことだよ! 空白って言えばいいのかな?」
「へぇ。そんなのあるんだ。俺にはさっぱり分からないけどな。奏はそういったものに興味あったっけ?」
俺は幼馴染みの奏と過ごした十数年を思い出していた。よく思い出してみると、奏は生き物が好きだったと思う。幼い頃は奏から昆虫採集に行こうと言われたり、変な化石の本を読まされたり。小学校の高学年になってからはそのようなことも無くなってきてはいたが、確かに奏は生物オタクまでは言わないが、生き物については興味があったと思う。
「たっちゃんは分かってないな。私は昔からそういったの大好きだよ?」
「確かにそうだったけど、その、ミッシングリンク? っていう言葉なんかどこで仕入れてくるんだよ」
普通に生活をしていても、ミッシングリンクという言葉は出てこないと思う。幼馴染みである奏の謎が増えた瞬間だ。
「ほら! 今授業で進化についてやってるでしょ? 今の時代、インターネットで検索するとたくさん出てくるんだよ。 "人類 進化" とか検索すると出てくるよ?」
人類の進化なんか調べてなにをしたいんだとも思うが、それは個人の自由だからなんとも言えない。俺は "おっぱいの神秘" なんて検索して自己嫌悪に陥ったこともある。
「ミッシングリンクね。正確に言うならば未発見の中間化石といったところかしら」
俺はこの二人の女子の会話についていけるわけもなく、ただひたすら聞き流すのみだ。そして、委員長は全て分かっているといった感じに見える。ミッシングリンクだの、未発見の中間化石だの俺には理解できない。
「えっと……人間は猿から進化したんじゃないのか?」
俺の発言はすごく一般的なものだと思ったが、委員長の表情を見るにそれは違うように感じた。
「西条君。それは違うわよ。人間と猿。これは結果的に分かれただけであって猿から人間が進化したわけじゃないの。そして、相澤さんの言うミッシングリンクは、この人間と猿の進化として枝分かれした化石が見つかっていないということなのよ。人類とチンパンジーに分岐したのはオロリンやサヘラントロプスとも言われているけれど。私はミッシングリンクよりも、ミトコンドリア・イヴやY染色体・アダムの話の方が好きだわ」
また訳の分からない単語が出てきた。ミトコンドリアやY染色体は分かるがミトコンドリア・イヴやY染色体・アダムっていうのは分からない。俺は頭を抱えるしかないようだ。
「ミトコンドリア・イヴにY染色体・アダム? それは私も知らなかったな。翼ちゃんはすごいね!」
さすがの奏もミトコンドリア・イヴとY染色体・アダムは知らなかったようだ。すでに宇宙人の会話じゃないんだろうかという域に達していると俺は思う。
「ミトコンドリア・イヴもY染色体・アダムも同じような感じなのだけれど、ミトコンドリア・イヴについて説明するわね。まず、ミトコンドリアってのはDNAで母親から子供に受け継がれるんだけど、端的に言えばそのミトコンドリア解析した結果、一人の女性に繋がるという話よ。Y染色体・アダムはその男性バージョンね」
「ということは、その一人の女性が今を生きている人間の母親ってことだな」
とてつもなくスケールの大きな話になってしまったと思っている。俺はただ、授業の分からなかった点を質問しただけなのに……
「簡単に言えば西条君の言う通りなんだけど、誤解があるとすれば、一人の女性の可能性が高いというだけで、他にも同じようにミトコンドリアDNAを持っていた女性は存在していたと思うわよ。子供に女性が産まれないとミトコンドリア・イヴというDNAは受け継がれないし、たまたま一人の女性の子孫に女性が産まれていたという話なのよ」
もう聞いていてわけが分からない。要するに、人類皆兄弟ってことなんだろう。
「へぇ。そんな風に解釈されてるんだね! アハハ。私も分からないや。まぁ、世の中知らない方が良いこともあるからね」
奏の言葉に俺は違和感を覚えた。俺には意味の分からないことだらけで、頭がついて行かないのだが……
委員長が何か言いたそうな顔をしていたが、ここで助け船が現れる。俺の親友である斉木洋介がニヤニヤしながら声を掛けてきたのだ。
「達弥。美女二人を独占しといてなに困った顔してるんだ? 二人のファンにボコボコにされるぞ! それよりもさ、昨日の "ダサイダーV" 見たか? 最高に燃えたよな!」
ダサイダーV。確か、今テレビでやっている熱血ロボットアニメだったはずだ。俺はそんなものは見ていない。むしろ興味が無いと言いたい。