不安2
学校へ着く。奏と威勢良く家を飛び出したものの、途中で息が切れて結局歩いて登校した。
いつものようにホームルームが始まり中村先生が教室に中に入るや否や、俺を茶化し始めた。
「西条。今日もきちんと来ているな。今日も雨が降るかもしれんぞ」
「先生。さすがに今日は降らないですよ」
クラスメイトの誰かが先生に反論する。今日は快晴だ。雲一つ無い。
「そうだな。今日の連絡事項だが」
それから何事も無くホームルームは終わった。隣の席の竜二はせっせと授業の準備を始めている。顔に似合わず真面目な奴だと思う。
「最近どうしたんだ? 達弥。お前らしくないな」
「そうか? 俺らしくないって言われても、これが普通だろ?」
洋介は俺を見定めるように見る。洋介の瞳を見ると、なにか見透かされた感じがして嫌な気持ちになった。
「そんなに見つめるなよ。俺にはそんな趣味は無いからな」
「違ぇよ。まぁいいや」
洋介の素っ気ない言い方に違和感を覚えるが、洋介は自分の興味の無いことには無関心な奴だ。最近、委員長や環と話すようになって、自分の事を話す事の大切さを学んだ。よく考えてみると、洋介とは仲は良いが洋介は自分の事は話そうとしない。
「なぁ洋介」
「ん? なんだ?」
ふと、洋介の事が気になって呼び止めたものの、俺には何も言えなかった。洋介の事をもっと知りたいだなんて今さら言えないし、男同士で何言ってるんだと逆に茶化されるのは分かっている。
「んや、何言おうとしたか忘れた。悪いな」
「なんだよ。気持ち悪いな」
結局は気持ち悪いと言われる始末だ。洋介は俺から離れていく。それを見てからなのか竜二が俺に話し掛けてきた。
「あの斉木ってのなんか仲良くなれる気がしないっスよ」
「そうか? 俺は洋介とは付き合いも長いし、助けて貰った事もあるから仲良くなれないなんて事は思わないけどな。今まで仲良くやってると思うし」
「たっちゃんがそう言うなら良いんですけどね」
納得いかないような口ぶりの竜二だが、俺は何も言えない。人には好みがあるのだ。苦手な人間だって出来るだろう。俺は中学時代のクラスメイトでは委員長と奏、そして洋介以外は苦手なままだ。
「せっかくの良い天気なんだ。楽しくやろう! 竜二」
「そうっスね。機嫌が良いみたいスけど、なんか良い事あったんスか?」
確かに俺は機嫌が良いかもしれない。天気が良いのもあるが、やはり、朝の奏とのやり取りだろうか。傍から見れば、恥ずかしくなるようなシチュエーションだったが、俺と奏はお互いを再認識出来た瞬間でもあったと思う。
「いや、いつもと変わらないよ。お、委員長」
竜二と話していると委員長が近付いてきた。
「西条君に天野君。昨日は楽しかったわ。ありがとう」
委員長は笑顔でそう言った。昨日撮ったプリクラのシールを取り出して、竜二の上手く笑えていない顔を見ながら笑い合う。
「あの時はたまたまっスよ。ほら! こうして笑えば」
ニカッと歯を見せて笑う竜二だが、 "こらから一人殺ってくるっスよ" と言っているように見える。
「竜二のそれ、犯罪者の顔だよな? 委員長」
「西条君! 私にふらないでくれないかしら?」
「委員長。それって俺の顔が犯罪者って言ってるっスよね?」
竜二に言われ、顔を背けた委員長。これほど分かりやすい態度も無いと思う。竜二は大袈裟に泣いたふりをしながら俺達を笑わせてくれた。
「たっちゃん! なに喋ってるの?」
ここで、奏も合流する。竜二は奏にも口撃されるんじゃないかといった表情をしていた。
「いやな、竜二の顔が犯罪者みたいだなって」
「たっちゃん。そんな事言ったらダメだぞ? 竜二ちゃんもたっちゃん親衛隊の隊員なんだから優しくしないと」
「奏も機嫌が良いっスね。なんかあったんスか?」
「えへへ。どうだろうね」
竜二の言うように奏の機嫌も良いように見える。 理由は俺と同じようなものだろう。
「もう少しで授業が始まるわよ。私も席に戻るから相澤さんも戻りましょ」
「はーい」
しっかりと時計を見ていたのか、委員長はもう少しで授業が始まると奏を諭して席に戻っていく。
「たっちゃんも竜二ちゃんも後でね!」
奏は俺達に一言置いてから席に戻る。ああ見えて寂しがり屋な奏だから次の約束を取り次いでおきたかったのだろう。
そして、一日の授業は過ぎていく。何事も無くただ淡々と。それでも、休み時間には委員長や奏、竜二といったメンツで話をしたりして過ごし、学校が終わる。今日もいつものように終業後に残って宿題をする。先週からは俺だけでなく委員長も一緒にだ。
「この問題ってどう解くの?」
「少しは自分で考えないと身にならないわよ?」
「へーい」
委員長と二人で、宿題をやり、一緒に下校する。少しずつ俺の日常も変化して行ってるのが分かる。俺にとって非日常だったものが当たり前になり、日常になる。それが "日常" だ。
委員長と一緒に帰り、委員長の家に先に着く。ただの下校なのに委員長を家まで送っていると勘違いしてしまいそうだ。
「それじゃ、また明日ね」
「おう。また明日な」
楽しい学校での一日を終えて、意気揚々と家に帰った俺は、今朝、使ってから洗っていなかった食器を洗った。スポンジを湿らせ、洗剤を付けてから泡立てる。いつもやっていることだ。
「あっ」
泡の着いた手で、マグカップを洗おうとしたときに俺はマグカップを落としてしまった。落としたマグカップは奏の物で床に落ちるまでがやけに遅く見えた。
甲高い音を出しながら割れるマグカップ。いつもやっている事だと油断した結果だろうか。すぐに手を洗って箒で割れたマグカップを片付けた。
それからは特に変わった事も無く、いつものように過ごす事が出来た。奏のマグカップを割ってしまった事が順調だった一日だけに胸にチクチクと突き刺さり、思わず奏にメールを送ってしまった。 "悪い。奏のマグカップ落として割ってしまった" そうするとすぐに奏から返事が返ってきた。 "物はいつか壊れるんだし、気にしないで! また買えばいいから"
奏からメールが返って来た事に安心もしたが、何とも言えない不安が俺を襲ってきた。気にしても仕方ないと思えば思うほどだ。
ちょっとした油断がとても良い一日だったものを壊してしまった。俺は広がる不安を胸に抱え込んだまま今日一日を終えた。




