仲間2
「相談という訳では無いのだが」
相談という訳では無い。そう言って一呼吸置いた環。テレビの音も気にならないような雰囲気になり、環の澄んだ瞳が俺の瞳と交差する。
「達弥も知っているだろうが、私は三住財閥の娘だ。三住財閥という肩書もあるから、私もそれ相応の学校に通っているわけなんだがな」
環は俺から視線を外し正面を向く。環の小さな手は顎の方に持って行かれ、何かを考えているような、そんな姿勢になる。ゆっくりとした動作で足を組み直し、言葉を続ける環。その日常でもよくあるような動作ではあったが、環のそれはとても優雅な雰囲気を持っていた。
「その学校なんだが、私と同じように親が権力を持っていたりする連中もたくさんいるわけだ。そんな連中の中で私の家は断トツで経済力もこの国での権力は高いわけだ。そんな私がいると学校ではどうなると思う?」
経済力? 権力? 俺にはまるで縁の無さそうな単語が環の口から紡がれていく。どうなるも何もそんなの俺が分かる訳が無い。
「分からないな。俺にはそんな環境もなにも無いから」
「そうか……それでは、私が簡単な例を出すとしよう。例えばこの国でトップクラスに人気のアイドルがいたとするぞ? そんな子が自分の通う学校に通っている。達弥はどう行動するのかは分からないが、どうなる?」
学校に人気のアイドルが通っている? その子はチヤホヤされて……分からん。
「アイドルの子はチヤホヤされたりするんじゃないのか? 言い方が分からないけど、何と言うか……」
「チヤホヤもされるだろうが、それよりも、お近付きになろうとする連中が殺到すると思わないか?」
なるほど。学校では環はアイドルのような存在なのかもしれない。顔も綺麗だし、常識は無いが魅力的な女性なのは間違い無いと思う。
「殺到するだろうな……じゃあ、環は学校のアイドルみたいなものなのか?」
「アイドルという訳では無いが、そんな感じだ。私の親は経済界のトップにいる。そんな親を持つ私に近付いて媚びへつらう。男も女もそうだ。私という存在では無く三住という家の名前に近付いて来る連中ばかりで嫌になってしまうんだよ。どこに行っても三住のお嬢様扱いだ」
環は環になり悩みがあったんだな。態度なんか見ていると悩みなんて無さそうに見えたけど、環も俺と同じ人間ってことなんだな。
「環って案外普通な子なんだな」
「案外とはなんだ。私は普通だぞ? ただ親が肩書き持っているだけの普通の高校生だ」
「よく言うよ。美鈴さんみたいな人を侍らせていたりする高校生がどこにいるんだっての」
「確かにそうだ」
俺と環は笑い合う。身分の違いなんてのをまさか現代社会において感じるなんて思ってもみなかったが、それでも同じ人間だ。
「まぁ俺たちは運命の糸で繋がってるんだろ? ならこれからもずっと友達だな」
「ああ。私たちは運命の糸で繋がっていて導かれたんだ。私たちは "友達" だ。ありがとう達弥。スッキリしたよ」
溢れんばかりの笑顔を俺に向ける環。いつもはいたずらな笑みを浮かべていた環だったが、今回の笑顔は心から笑っているように見えた。
「ほれ。私は話したんだ。達弥もなにか話すことは無いのか? 私で良ければ聞くぞ?」
そう言われても、環に話すことなんて無いのだが。いや、俺に友達と呼べる人が少ないのは自分のことを話さないからなのかもしれない。なんでもいいから話すべきなのか。
「普通の話で悪いが、環はダサイダーVを知っているか?」
どうしてダサイダーVの話題にしたのかと、言ってから後悔した。環こそ、こんなロボットアニメなんか見ないだろうし興味も無いだろう。
「ああ。それは知っているぞ? うちの子会社がスポンサーとして出資をしていたからな。達弥はダサイダーVが好きなのか?」
全く知らないと思っていたのにまさか身内が出資している立場だなんて思いもしなかった。身内が出資していても興味が無ければ見ないだろうけど。名前だけ知っている、俺みたいな感じなのだろう。
「知ってるのか。いや、ダサイダーVが好きというか、見たことも無いんだけどな。俺の周りで流行ってるみたいだから、見てみたいと思ってるんだ」
「ほう。ダサイダーVを見たければ私が言えばすぐにでも最新刊までのDVDは手に入るぞ? 準備させるか?」
環が言えばすぐって。でもこれって環は自分の権力を行使してるんだよな。それを当たり前にやるってのはすごいことだと思う。
「いや、それは友達が録画したのをDVDで焼いてくれるらしいから大丈夫だ」
「そうか。律儀な奴だな」
「俺は律儀なんだよ」
こんな軽口を言い合えるような仲になるなんて思わなかったな。なんか、雲の上の存在みたいだったのがフレンドリーに接してくれるなんて。世間的には雲の上なんだろうが。
「そういえば、今日傘を持っていっていなかったのにあまり濡れていなかったな。学校に傘でも置いていたのか?」
「今日一緒に帰った友達が入れてくれたんだよ。それで傘をついでに貸してくれたんだ。ダサイダーVのDVDを焼いてくれるのもその子だけどな」
なにやらニヤニヤした顔でこちらを見てくる環。いったい何を考えているのだろうか。このニヤケ顔が洋介と被ってしまう。
「ほう。それでその子と相合い傘で帰ってきたんだな?」
「お、おう。そうだけどなんか文句でもあるのか?」
「男女で相合い傘か。私もそんなことをしてみたいな。これから出掛けるか?」
風呂にも入って体が温まったところで雨の中出掛けるだなんて何を言っているんだ。環は。しかし相合い傘だなんて。
「出掛けねぇよ。今日もどうせ泊まるんだろ? 今日も同じベッドとは言わせないからな?」
「分かっているさ。昨日のはただの戯れだ。なにかあれば美鈴が駆け付けてくれるしな。美鈴にもおちょくり過ぎたと釘を刺されたよ」
いくら美鈴さんがいるといっても、ただの冗談で同じベッドで寝たのかよ。俺を悶々とさせて楽しんでたんだな。
環と談笑をしながら待っていると、美鈴さんから食事の準備が出来たと声を掛けられた。そして携帯をチェックしてみると、委員長からメールの返事が来ていた。




