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えぶりでい!  作者: あさの音琴
日常編
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再会2

 俺は天野竜二という人物に記憶が無い。記憶は無いが、俺の顔を見るとすぐに、幼い頃のあだ名で俺を呼んで来る。転校生が環では無かったのは良かったが、見におぼえのない人物に昔のあだ名で呼ばれるのはなんだか気持ちが悪い。


「たっちゃんっスよね? 遊び場の俺の兄貴と遊び場の取り合いになってたっスよ」


「ごめん。憶えてないわ」


 どんなに記憶を遡っても、天野竜二という名前は浮かんでこない。俺はこんな人物全く知らないのだが。


「憶えてねぇんスか? 近所で有名だったガキ大将の兄貴の後ろにくっついてたんスけどね」


 まじまじと竜二の顔を見る。確かにどこかで見たような面影はある。しかし、天野竜二って名前は……ん?


 俺はこの前に見た不思議な奏との幼い頃の思い出のような夢を思い出す。悪ガキ集団の後ろにいた取り巻き君なのだろうか。兄貴の後ろにくっついてたとも言っているし、あまり記憶には無いが、悪ガキ集団の後ろで1番大人しかった子供の顔と、今の竜二の顔が重なった。


「思い出したかも。いつも悪ガキ集団の1番後ろに立ってなかった?」


「そうっス! 思い出したっスか。たぶん、たっちゃんの思ってる悪ガキっスよ! 俺」


 なんだかジグソーパズルの無くしていたピースが埋まったようなスッキリとした気持ちになる。もやもやっとしてたものが埋まっていく。


「おい西条。すぐに仲良くなるのはいいことだが休み時間にしろよ」


「あ、はい。すみません」


 しかし、天野竜二はどうして俺の名前を知っていたんだろう。俺は全く知らなかったと言うのに。


「と、まぁ、こんな所だ。それじゃホームルーム終わるからな」


 中村先生がホームルームの終わりを告げると、教室内がさわがしくなる。転校生恒例の質問攻めは起こってはいないのだが。それは天野竜二の人相のせいだろう。顔と雰囲気で損をしているタイプの人間なのかもしれない。


「たっちゃん。ちょいと時間いいスか?」


「あぁ、ごめん。少し用事があるから後でいい?」


「いいっスよ。久しぶりに会えたもんで嬉しくなったっス。俺のことは竜二って呼んでくだせぇ」


 分かったと竜二に片手を挙げて合図を送った後、委員長のもとへ向かう。話ってなんなんだろうな。告白とかでは無いだろうけど、少しだけ期待してもいいかもしれない。


「あ、委員長? さっきはどうしたの?」


「西条君? そうそう。さっき、ダサイダーVの録画がって話してたじゃない? 一昨日の話から西条君は気付いてると思って言うけど私、ダサイダーVを見てるの。でも、あれって深夜番組でしょ? だから、録画して見てたのよ。その……今度DVDに焼くから」


 いつもの落ち着いた感じでは無く、焦ったように早口に言う委員長が可愛く見えた。恥ずかしいのかな? って。俺もみんなが見てるって知らなければ、委員長と同じような感じになると思う。


「そ、そっか。やっぱり委員長も見てたんだね」


「……うん」


 会話が続かない。もっと話たいのに会話を続ける為に何を話せばいいのか分からなくなってしまう。奏とか洋介相手ならなんともないのだが、委員長相手にはどうしてもどもってしまう。これまではそんなことも無かったんだ。


「あのっ!」


「委員長」


 委員長と声を掛けるタイミングが重なってしまった。空気がやけに重い。教室の騒がしさは俺と委員長を包む静寂を掻き消してはくれるが、この空気感だけはどうしようもない。


「ご、ごめん。先にどうぞ」


「私の方は大したこと無いから西条君先に言って」


「いや……俺の方も大したことじゃないんだ。そ、そろそろ授業始まるし、昼休みにも話そう」


 俺は逃げた。委員長と話せるのは嬉しいのだが、委員長と話すことの恥ずかしさが勝ってしまった。それに、授業開始まではまだ5分以上も時間は残っている。話しをするくらい出来たはずだ。


「さ、西条君! 昼休みね」


「お、おう。昼休みな」


 笑顔で返したつもりなのだが、俺の顔は引きつっていたと思う。上手く笑えなかったと実感できている。自分でも情けないと思いながら自分の席に戻った。


「なんか初々しいっスね。あの子のこと好きなんですか?」


「なっ!? そ、そんなわけないだろ? 俺が委員長を好きだなんてどこから出てくるんだよ」


 竜二は案外鋭いのかもしれない。それか、俺が分かりやすすぎるのか。分かりやすいなら、洋介あたりにもバレてちゃかされているはずだ。俺は分かりやすいんじゃない。竜二が鋭いんだ。


「でも、たっちゃんとあの子見てたら分かるっスよ。青春してるなーって思うっス」


「青春ってなんだよ。それよりも竜二さ、その敬語みたいな話し方どうにかならないわけ? なんかむずむずするんだけど」


 委員長のことを好きだという話題を変えるために、竜二の話し方に話題の舵を変える。正直、この竜二の話し方に違和感は覚える。


「あぁ。そりゃ仕方ないっスよ。俺は昔から兄貴とその仲間とつるんでたんス。俺以外は全員年上だったんスよ。この喋り方が癖になってですね、戻らないんスよ。社会に出れば敬語で喋るのは当たり前っスからこのままでもいいかと思うんスよね」


 竜二の喋り方は決して敬語では無いと思うのだが、それよりも、怖面の竜二から敬語っぽい喋り方で喋られると、俺があらぬ勘違いを受けてしまうかもしれないのだ。


「いや、なんか竜二が俺を敬ってるように見えてさ。同級生なのに敬われる理由も無いし」


「俺はたっちゃん尊敬してるっスけどね。そういうことでいいじゃないスか。授業始まっちゃいますぜ」


 俺のどこを尊敬しているのだろうか。俺は自分の知らない所で竜二にとって尊敬されるようなことをしていたんだろうとは思うが。


「そ、そうだな。あと、委員長のことは秘密にしといてくれよ」


「当たり前じゃないっスか。俺はそんな野暮なことしませんぜ」


 ヒソヒソと話しているうちに始業のチャイムが鳴る。転校生が環でなくて良かったが、ある意味では幼馴染みが転校生でやってくるという展開に驚いてしまった。何よりも、委員長と上手く喋れなくなった俺は情けないのだろうか。


 




   



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