運命6
奏と他愛も無い話をしながら登校する。遅刻もせずに登校すること自体珍しいことだ。学校に近付くにつれて、俺は妙にソワソワしだす。
「たっちゃん。どうしたの?」
どうもこうも、委員長とどうやって接すればいいのかが分からない。どんな顔して会えばいいのだろうか。あの時、すぐにでも謝っていればこんな気持ちにならずに済んだのかもしれない。
「いや、委員長と顔が合わせ辛くてさ」
「それはたっちゃんが翼ちゃんを意識してるからじゃないの? もしかして、たっちゃんって翼ちゃんのこと」
それ以上は言わないで欲しいと願う。確かに俺は委員長のことは好きだ。認める。でも、それを知ったら奏はどう思うのだろうか。
「アハハ。考えすぎじゃねぇの? そんなことあるわけねぇじゃんか」
「そうかなあ? 私はたっちゃんのこと全部分かってるんだぞー」
何か、釈然としないものを感じる。奏に見透かされた感なんか特にそうだ。確かにいつも一緒にいたし、他の人よりも奏は俺のことを知っているだろうが、奏は俺のこと好きなんじゃないのか? 違うのか?
「ところでさ、奏は俺のことどう思ってんの?」
「アハハ。秘密だよー」
ちょうど学校へ着き、奏はニコニコとしながら下駄箱へと走っていく。奏の「秘密だよー」という一言に弄ばれている感覚も覚えて腹も立つが、奏だから仕方ない。奏だからという理由で自分を納得させる。
そして、いつもより早く教室に入った俺に視線が集まる。 "どうしたの?" や "今日は良からぬことが起きるぞ" と、何人かのクラスメイトが言っているのが嫌でも聞こえてくる。俺が遅刻しないと不吉なことが起こる呪いでもあるだろうか? と言いたい。
「おー。珍しいな。おはよう」
唯一、俺に声を掛けてくれる男子はただ一人だけだ。斉木洋介。俺の肩を叩きながら、爽やかな笑顔を見せる俺の親友だ。
「洋介か。おはよう」
「いやぁ、達弥が遅刻しないと何かが起きそうで不安にもなるな」
「洋介……お前も言うのか」
遅刻をしなかっただけでこの言われようだ。俺はどれだけ遅刻のイメージを持たれていたのか……よく考えてみると、2年に進級して遅刻をしなかったのは始業式の日だけだ。約2週間連続で遅刻とは……我ながら遅刻しすぎだなと反省できる。
「まぁいいじゃん? それよりもさ、昨日奏と二人して休んでなにかやってたんか? この色男め」
「ん? 奏は昨日休んでたのか。知らなかったな」
奏が学校を休むなんてよっぽどのことがあったんだろうな。変なもの拾って食べたとか? そういえば、用事があるって急いでたな。
「達弥と奏は二人でセットみたいなもんだから、誰もなんとも思ってねぇよ。多分。ところでさ、すっげぇ情報あるんだけど知りたい?」
「別に知りたくもないが」
「そうかぁ。知りたいかぁ。仕方ない。俺が独自に仕入れた情報なんだけどな。今日、転校生来るってよ」
洋介はどこからそんな情報を仕入れてくるのだろうか。情報通なのはよく知ってるが……そんなことよりも転校生だ。このタイミングで転校生なんて嫌な予感がする。
「な、なぁ洋介。その転校生が男か女か分かるか?」
「さすがにそこまでは分かんねぇや。美少女だと嬉しいよな?」
もしも、その転校生が美少女ならタイミング的にも一人しか想像できないんだが。環のいたずらっぽい、してやったりの顔が頭に浮かぶ。
「斉木君? その転校生の情報ってどこから仕入れたのかしら?」
「職員室覗いてたら転校生がうちのクラスにどうのって言ってたぜ」
このタイミングの委員長の登場に俺は焦ってしまった。委員長の顔を見れない。俺ってこんなにうぶな性格してたっけな……
「あら。おはよう。今日は遅刻しないのね。西条君」
「あ、お、お、おはよう。いいんちゅう」
まずった。盛大に噛んでしまった。やばい。これは恥ずかしい。穴があったら入りたいってのはこのことを言うんだ。きっと
「西条君。昨日休んでたし、心配してたのよ?」
謝るチャンスは今しか無い気がした。ここを逃せばまた、後伸ばしになって顔を合わせ辛くなる所か話辛くなる気がする。
「い、委員長? その……こないだのこと悪かったな。ずっと謝りたかったんだけど」
「ウフフ。そんなことで悩んでたの? あれは単なる事故だし、気にしなくても良かったのに。でも、謝ってくれてありがと」
「お、おう。なんかさ、ずっと引っ掛かっててさー。アハハ」
なんとなく、委員長の顔を見てみたが、目が合ったと思うと逸らされた。たまたまだよな? きっとたまたまだ。
「そうだ、洋介はダサイダーVの録画ってしてるか? なんかみんな見てるし気になってて、見てみたいなって思ってさ」
「悪い! うちのテレビ、録画機能壊れててさ、録画できてないんだわ」
まさかの事態だ。洋介なら間違いなく録画をしていると思っていた。でも、録画できない環境になってただなんて思いもよらなかった。こう、どうしてかな。うまく行かないときって、本当にうまくいかないものだ。
「西条君? 後で話があるから、ホームルームが終わったら来てくれない?」
「分かったけど、どうしたの? 委員長」
予想外の委員長の誘いに戸惑ったけど、なんとか平静を保てた自分を褒めてやりたいと思う。顔を合わせ辛かった委員長ともきっちりと和解が出来たし良かったと思う。
「もうすぐ時間だし、ここだと話しにくいことなのよ」
委員長はなにか意味深なことをほのめかす。話しにくいってなんだろうか。まさか告白? いや、でも、委員長からは目を逸らされるし、それは無いだろうけど、少しは期待してもいいのかな? とも思う。そして、問題は転校生だ。俺の転校生の予想は確信めいたものになっている。あの子が転校生だとすると、俺の平穏な学生生活が波乱に満ち溢れたものに変わってしまう。ちょっとだけ先の分かりきった未来。この予感が当たらなければいいと思う。




