運命4
まさかの展開だ。昨日は奏に、今日は三住財閥のお嬢様である環の侍女? で良いのか分からないが、お付きの人が料理を作ってくれる。今は環と食卓に座って料理を待っている最中だ。
「きっと私と達弥の出会いは運命なのだろうな。そうに違いない。そうだろう? 達弥」
先ほどから環は同じようなことを呟いては俺に同意を求めて来る。最初のうちは軽く相槌を打っていたのだが、こうも続くと正直めんどくさい。早く料理が来ないだろうか? と切に願っている。
「お待たせ致しました。料理の方が出来ましたのでお持ち致しました。お嬢様ならびに達弥様のお口に合うことを祈りつつ作りましたので、この祈りが神に届いているのならば、きっと素晴らしい味の料理が完成しているでしょう」
美鈴さんは自嘲気味に言いながら銀の丸い蓋。ドームカバーを持ち上げた。ドームカバーから俺の目に晒された料理はなんだかよく分からないものだった。
「美鈴さん。これは何と言う料理なんですか?」
よく分からない料理を美鈴さんに質問する。分からないことは素直に質問するに限るのだ。横にステーキとポテトサラダのような物があるのは分かるのだが、ステーキとともに主役のような雰囲気を醸し出しているこの食材が分からない。
「こちらは黒毛和牛のフィレステーキにフォアグラのソテーでございます。ハンガリー産のフォアグラと同じくハンガリー産の赤ワインから作ったソースを使っております。付け合わせにはマッシュポテトを付けさせて頂きました」
なるほど。よく分からないが食べてみることにする。フォアグラをフォークに指し、ナイフで切る。それを恐る恐る口の中に運んだ。運んだ瞬間だ。俺の中で食の革命が起きた気がした。
表面は程よくカリカリとしており、噛むとフォアグラがトロトロと口の中で溶け出す。美鈴さんの言う赤ワインソースがまろやかな甘さを引き出して、フォアグラと赤ワインソースでコンチェルトをしている。フォアグラがねっとりとした大人の音色を響かせ、赤ワインソースがその後ろから優しい音色で追いかけているような。そんな感覚だろうか。
「うむ。さすがは美鈴だな。美味しいぞ」
「私にはもったいないお言葉でございます。お嬢様」
環はいつもこう言ったものを食べているのだろうか。さぞ当たり前といった風に食事をしている。俺はこの料理に俺の中での食事の革命が起きたというのに。
「しかし、フォアグラなんて久々に食べたな。去年の私の誕生日ぶりじゃないか?」
「え? いつもこんな感じの料理を食べてるんじゃないのか?」
「何を馬鹿なことを言っている。フォアグラなんて毎日食べるものではないぞ? 毎日食べているとぶくぶく太ってしまうだろう」
お嬢様だからって毎日こんな高級なものを食べているわけじゃないんだな。
「だったら普段はどんなものを?」
俺には全く理解の追いつかない生活をしているだろう環の普段の食生活がすごく気になった。
「レディにそんなことを聞くものじゃないと思うがな? まぁ、健康第一だ。野菜中心のヘルシーな料理を食べている」
「へぇ。以外だな」
恐らくは高級な食材を使っているんだろうけどら決して妬んでいる訳じゃないんだ。妬んでなんかいない。
そんな会話をしつつ、普段の生活では味わえないような料理を堪能し尽くした俺は食器を台所に持っていこうとする。
「達弥様。後片付けは私が行いますので、ごゆっくりとおくつろぎ下さい」
「いやぁ、後片付けくらいは自分で」
「達弥様。これが私の仕事ですのでご容赦下さいませ」
そう言われると俺にはもう口出しをするなんてことは出来なかった。後片付けを美鈴さんに任せるとして、環はいつまで俺の家に居座るつもりなのだろうか。
「それでは、私はお風呂に入るとしよう。美鈴。お風呂は沸いているか?」
「はい。お嬢様。もちろんでございます」
この人たちはどうして俺の家を占拠しているのだろうか。環はさっさと風呂場に行き、美鈴さんは食器を洗っている。
「俺、どうしたらいいんだろう」
自問自答する。とりあえずソファに座ってくつろいでみた。テレビを点けるも面白そうな番組はやっていない。手持ちぶさたな俺はキョロキョロと辺りを見回すも、特に変わった物も無い。強いて言うなら、リビングが少し綺麗になっているといった所だろうか。
面白くも無いテレビをどのくらい見たのかは分からないが、環が風呂から出てきたようだった。環の顔はほんのりと赤く、頭にはタオルを巻いている。
「なかなか良い湯だったぞ。達弥も入ってくればいい」
「あぁ。分かったよ」
環に諭されるままに俺は風呂場に向かい、体を洗って風呂に浸かる。良い湯加減だと思う。そんな感じでのんびりしていたのだが、俺はあることに気がついた。環の入ったあとの風呂だ。ということは女の子が入ったあとの風呂に俺が入っているという事だ。このことを考えると、風呂の中でゆっくりリラックス出来るわけもなく、すぐに風呂から上がる事となる。
「どうしてこんな事になったのだろうか。訳分かんねぇや」
愚痴愚痴と呟きながらリビングに向かうも誰もいない。電気は点いているが人の気配さえ感じなかった。
「俺が風呂に入ってる間に帰ったのか?」
リビングの明かりを消して、俺は部屋へ向かう。静かになり、ようやく心安らぐ瞬間が出来たのだ。寝るまでの間、しっかりと休もう。俺は自分の部屋のドアを開けた。そして、昨日から数えて何度目かも分からないが時が止まった気がした。
「おぉ。早かったな。今日は達弥の家に泊まることにしたよ。美鈴は別の部屋で休んでいるがな」
「えっと……泊まるって? ま、まぁ今さらだし泊まるなとは言わないけど環は美鈴さんと寝てな」
「何を言っている? 私たちは一緒に寝るんだ。運命の出会いを果たしたのだから同じベッドで寝ても問題無いだろう」
いや、問題ありまくりなんだが。若い男女が同じベッドで寝るってなんなんだよ! 俺の理性が持たねぇよ! 俺がリビングに降りようとした瞬間だった。
「行かせんぞ! 達弥は私と寝るんだ! これは決定事項だからな」
清々しいまでの笑みを浮かべて環にベッドへと連れていかれた俺は何も出来なかった。そして、あっという間に寝息を起てはじめた環。俺はその隣で悶々と過ごし、ほとんど眠れなかったのは言うまでもない。




