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えぶりでい!  作者: あさの音琴
日常編
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運命3

 河川敷での出来事の後、俺は繁華街へ行き、ジャンクフードを食べたり、ゲームセンターに立ち寄ってみたりしたのだが、大して楽しめる事も無く、家に帰ることにした。河川敷での出来事が印象深すぎて遊んだ気にならなかったのだろう。


 薄暗くなってきたのもあり、寄り道をする事もなく家に帰る。学校をサボって街に繰り出したのはいいものの、俺には学校をサボったという開放感と背徳感しか湧いてこなかった。すぐ側にありすぎて気付かなかったが、学校というものは案外楽しいものなのかもしれない。そんなことを考えながら歩いているうちに俺は家の前まで着いていた。


「あれ? おかしいな……電気はちゃんと消したはず……」


 不審に思いながら玄関のドアを引いてみるも鍵はかかっている様子だ。俺は家の鍵を開けて中に入る。玄関には見たことの無い靴が2足。2足とも女物だ。1足ならば奏の可能性もあるが、2足あるためその線は無いだろう。


「泥棒?」


 泥棒にしては無用心すぎはしないだろうか。足音を立てないようにひっそりとリビングの扉を開いてみると、人様の家のソファでくつろぐ一つの後ろ姿と、キッチンから漂って来る料理の匂いだ。俺はなぜ、自分の家でこそこそしているのだろうか。


 リビングの扉からこっそりと様子を伺うも、ソファでくつろいでいる後ろ姿の人物は動くことは無い。それよりもキッチンから漂う美味そうな匂いに俺の腹が盛大にやらかしてくれた。


「ぐぅうう」


 内心焦るも、後ろ姿の人物はテレビに夢中なようで腹の音に気付いた様子は無い。


「達弥様。お帰りでしたか。どうしてこのような所でコソコソとしているのですか?」


 ソファでくつろいでいる人物の監視に集中していたせいで、もう一人の存在を忘れていた。それよりも後ろから声を掛けた人物はいったい誰なのだろうか。俺の名前を知っていても、様を付けられるような関係の人物はいないぞ。恐る恐る後ろを振り返ると今日知り合ったばかりの女性。美鈴さんがエプロン姿で立っていた。


「み、美鈴さん!? どうして俺の家に……?」


「あぁ。それはですね。お嬢様が達弥様を気に入られたということで、誠に勝手ながら達弥様の家を調べ、鍵を開けさせて頂き、キッチンをお借りして料理をしておりました」

 

 ちょっと待って欲しい。これは軽く犯罪ではないのだろうか? 住居不法侵入だと思う。俺がおかしい訳では無いと思うし、俺の常識は間違っていないはずだ。


「お嬢様。達弥様がお帰りになられたようですよ? ご挨拶を」


 美鈴さんはソファでくつろいでいた人物をお嬢様と呼んだ。という事は図々しくも、俺の家でくつろいでいるのはあのお嬢様なのだろう。このお嬢様。本当に何をやっているのだろうか?


「おぉ。達弥。帰ったか。帰ってくるまでくつろがせて貰ったぞ。このソファはなかなか良いな。リラックスできる。そんなところで突っ立ってないでこちらに来い」


 一応、親父が不在だといってもここの家主は俺である。もっと堂々とするべき所だろう。


「お、おう。今帰った。それよりも君は何ををしているのかな?」


「何をって。見れば分かるだろう? 達弥。君を待ち焦がれていたんだ」


 見れば分かると言われても、名前の知らない女の子が自分の家でくつろいでいたら普通は驚くものだ。恐らく、この子が普通では無いのだろう。お嬢様らしいし、常識が抜けているのかもしれない。


「ま、まぁいいや。それよりもさ、君の名前、俺はまだ知らないんだけど?」


 女の子……もうお嬢様でいいだろう。このお嬢様はポンっと手を叩く。


「おっと。すまんな。名乗っていなかったことを忘れていた。私は三住環みすみたまきと言う」


「三住って……あの大財閥の名前……」


「そうでございます。お嬢様は三住財閥の当主である三住一成様のご息女であり、その次女でございます。私はお嬢様が幼い頃より仕えておりまして、毎日のようにお嬢様の無理難題に応え、お嬢様のためならばと黒いことにも手を出して参りました。それは全てお嬢様のためにございます。お嬢様が幸せになられるのであれば私はなんでも致します」


 とんでもない人物と知り合い、そして、好感を持たれてしまったようだ。このお嬢様に俺はどう接していけばいいのか。お嬢様の機嫌を損ねるとどうなってしまうのか。そういった恐怖で俺は固まってしまう。


「達弥。なにを固まっている。良いではないか。普段通りに接してくれ。家にいたら堅苦しくて敵わなんからな。私は普通の生活というものに憧れているからな」


「お、お嬢様は俺になにを期待して……」


 俺にはお嬢様の真意なんて到底分からない。住む世界が違いすぎるからな。このお嬢様の常識知らずは三住財閥の教育の賜物のようだ。


「お嬢様などいらないな。私は名前で呼んで欲しいのだ。環とな」


「お嬢様いけません。それでは三住家の威厳がーー」


「良いのだ美鈴。私はそんな堅苦しいものが嫌なのだからな。ほら。早く名前で呼んではくれないか? 達弥」


「た、環……さん?」


 名前で呼ぶにしろ、呼び捨てでは呼びにくかった。知り合ったばかりの女の子相手に呼び捨てで名前を呼ぶなんて事は俺には出来ないだろうし俺にはそんな度胸なんて無い。プレイボーイでも無いしなおさらだ。


「私は呼び捨てで呼んで欲しいがな。私と達弥は同い年の同学年だ。もっとフランクに呼び合おうじゃないか」


 そこまで言うなら呼び捨てで呼んでも良いのだろう。そして、普通に接して普通の "友達" として扱っていく事に決める。


「ふぅ……分かったよ。た、環。お前がなんで俺の家にいるのかは知らないがよろしくな」


「な――! お前だなんて!」


「良いのだ美鈴。これは私の望んだ事なのだからな。そんな事よりも料理の方はいいのか?」


「はっ! 忘れておりました。申し訳ございません。もうしばらくすれば出来ますのでしばしお待ちを」


 ニヤニヤと笑う環を見つつ、美鈴さんの後ろ姿を追うと、深い溜息が出てくるような気がしたのは気のせいではないはずだ。




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