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第4話(終)

「ミーナがやったこと、当ててやろうか」


「……分かる、の?」


「ああ、ミーナの性格も考慮に入れれば、だいたいだが想像がつく。この全部やったかどうかは分からないが、例えば……」


 そう言って俺は、俺が予想する「ミーナがやったこと」を列挙してゆく。


「従業員の給料を上げた」


「……うん」


 ミーナは言う。

 リンとルンが、こんなに頑張ってるんだから、もっと給料上げてよと言った。

 ミーナは、2人とも確かに頑張ってくれてると思ったから、日当を上げてやった。


 2人は喜んだ。

 でもそのうち、それが当たり前になって、また給料上げてと言ってくるようになった。


 そして、2人の給料を上げたんだからと、プリムの給料も上げた。

 プリムは、自分の仕事が評価されたんならそりゃあ嬉しいと言ったけど、どこか心配そうな目でミーナを見ていた。


「それから──これはまあ、プリムさんの仕業でもあるんだが──酒場の料理の材料に、それまでよりも高い食材を使うようになった」


「…………」


 ミーナは俺の言葉を聞いて、最初黙っていたが、やがてぽつぽつと呟き始める。


 これまで以上に使いたい食材を使って料理ができるプリムが嬉しそうだったこと。

 これまでよりも豪華な食材を使った料理は、お客さんに喜んでもらえたこと。


「そして一番の致命傷が──商品の値段を下げた」


「……何で、そこまで分かるの」


 ミーナは、もう涙を流していた。

 泣き声で、嗚咽するように俺に問いかけてくる。


「そういったことしか、原因として考えられないからだ。店はこれ以上ないぐらいに繁盛している。なのに赤字になる。こんなの、商品の原価と販売価格との釣り合いが取れていない以外に、原因がありえない。しかも両親が経営していた時代には赤字じゃなかったっていうんだから、それはミーナに代替わりしてから後に起こったことでしかありえない」


 その俺の言葉を受けて、ミーナがまた、ぽつりぽつりと、自分が行なった「改革」の内容を説明してゆく。


 宿の宿泊料は、すべて両親が経営していた時代の半額にした。

 お客さんは喜んで、以前よりもたくさんのお客さんが利用してくれるようになった。


 酒場の料理の代金は、両親が経営していた時代には、商品によって銅貨1~3枚程度で販売していたが、ミーナはそれをすべて、一律銅貨1枚にした。


 勘定は分かりやすくなったし、高価な食材も使った旨い料理を安い値段で食べられるとあって、お客さんは喜んだ。

 これまた口コミで広がり、たくさんのお客さんが利用してくれるようになった。


「でも……だって、お父さんとお母さんは、人に喜んでもらえることをしなさいって、そう言ってたんだよ」


 そう言って、懇願するように、ミーナは俺に泣きついてくる。


 そうか……。

 ミーナは両親のその教えを信じて、ただただ人に喜んでもらえることをしようと考えて、こうなっちまったのか。


 亡くなった人の悪口を言うようで気が引けるんだが、ミーナの両親の教えは、あまりにも片手落ちだと思う。

 人に喜んで貰えることをする、それはいい。

 だが少なくとも、経営者をやるなら、それに対する適正な対価を受け取ることは、きちんと考えていかないといけない。


 ミーナの両親は、まだミーナを経営者に据えることなんて考えていなかったから、そこまで教えてなかったってことなんだろうが……。

 なかなか世の中、ままならないもんだな。


 俺はミーナに言う。


「ミーナ、明日になったら、商品の値段を徹底的に考え直すぞ。宿泊料金もだ」


「……値上げするの?」


「そうだ。っていうか、適正価格に戻すんだよ」


「でも……一度下げた値段を上げたら、お客さんから文句言われそう……」


「文句言われてもやるんだよ。今のままじゃ、どうやったって経営破綻だ。プリムやリンやルンを解雇して、この両親から受け継いだ宿も売り払って……最後はそんな風になるぞ。いいのか?」


「…………よくない」


 最後の一言は、さすがに効いたようだ。


 自分が良かれと思ってしたことを完全否定されたミーナは、まだ憮然としているようだったが、それでも、前に進む意志は持ってくれたようだった。




 それから数か月後。

 ミーナの宿屋の経営は、順調に持ち直していた。

 収支はざっくり言うと、こんな感じだ。


●収入

 宿泊料収入:銀貨28枚

 飲食料収入:銀貨50枚


●支出

 食材費:銀貨18枚

 人件費:銀貨20枚

 家賃 :銀貨22枚

 光熱費:銀貨2枚

 修繕費:銀貨3枚


●収支

 収入合計:銀貨78枚

 支出合計:銀貨65枚

 利益  :銀貨13枚


 あの日以降、宿泊料は元通りの値段(あのときの倍額)に戻し、酒場の料理の値段もほぼ元の値段である銅貨1~3枚に戻した。


 値上げについてお客さんから何か言われたときは「あのときはサービス価格だったんです」で押し通させた。

 実際、極端なサービス価格だったわけだから嘘は言ってないし、「当時は不当に安い値段だったんです」なんて言っても無駄にお客さんからの心象を悪くするだけだから、この辺でうまいこと誤魔化すのが一番だろう。


 それに加えて、高価な食材を使っている料理に関しては、1品あたり銀貨1枚という高額の値付けをしたものもあったが、これはお客さんから苦情は来たものの、ある程度したらまた売れ始めた。

 安い値段で売っていたときにあの味を知ってしまった常連客が、やっぱりたまにはプチ贅沢で食べたいと思いなおしたらしい。

 この辺はやはり、プリムの料理の腕の良さがモノを言ったんだろうと思う。


 結果として、お客さんの数は半分ほどに激減したが、お客さん1人あたりが落としていくお金は倍増したため、収入はほぼ変わらず。

 一方で、商品の販売数が半減したため食材費などの支出が激減し、結果として利益が出るようになった。


 ちなみに人件費も微減したが、これは別に給料を減らしたというわけではなく、お客さんが減って労働量が減少した分だけ、働きづめだった従業員に適切に休みを与えられるようになったことによる。

 休みの日の日当は支払わないから、人件費が結果として削減されたというわけだ。

 あとは大入り手当を毎日払うわけじゃなくなったこともある。


 ……しかし今にして思えば、以前のこの宿の労働環境って、元の世界の労働基準法に照らし合わせれば、ブラック企業そのものだった気がする。

 この世界には労働法なんてないみたいだが、それでも、まっとうな労働環境が確保できるに越したことはない。


 で、そうして今は、だいたい1日あたり銀貨13枚ぐらいの利益が出ているわけだが。

 赤字にはなっていないものの、これが俺とミーナとの二人三脚の結果の収入なんだから、経営者としては全然うまくいっていないのかもしれない。


 だって、利益を2人で分けたら、1人あたり銀貨6.5枚。

 リンやルンの日当が銀貨6枚、プリムの日当が銀貨10枚であることを考えれば、経営者としては全然しょぼしょぼの取り分な気はする。


 でもまあ、赤字でなくて、ミーナが笑顔で経営を続けていけているんだから、万々歳ってことでいいと思う。

 思うんだが……


「だーかーらー、その金額設定じゃ利益にならないって言ってんだろ!」

「あーもー! いつも利益利益って、お金のことばっかりなんだから!」

「あーのなぁ! お前は何も反省しとらんのか!」

「反省してますぅ! してますけど、でも度が過ぎるって言ってるの!」


 今日も今日とて、俺とミーナは経営方針を巡って喧嘩をしていた。


「相変らずおしどり夫婦やってんなぁお前ら」


 買い出しから帰ってきたプリムが、呆れた様子で俺たちを見てくる。


「ひゅーひゅー、熱いねぇお二人さん」

「いいなぁ。私もお兄さんみたいな素敵な旦那さんがほしいよ」


 さらには、2階の掃除を終えて降りてきたリンとルンの2人が、狡猾にはやし立ててくる。

 こいつらは基本的に愉快犯だから、相手にすると疲れるだけなんだが。


「なっ……! ま、まだ結婚してないもん! 夫婦でも旦那さんでもないもん!」


 ミーナはきっちり反応しちゃうもんだから、話が弾んでしまってだね。


「あらやだ、『まだ』ですってよ、奥さん」

「本当ー。いいわねー、青春って」

「もー! リンもルンもいい加減にしないと給料減らすよ!」

「「キャー! 職権乱用だー! 逃げろー!」」


 なんてドタバタが始まってしまう。

 一方、俺は俺で、


「嫌だなぁ。俺のタイプは、プリムさんみたいな大人な女性ですよ」

「……あたしは、お前みたいな軽薄な男は好かん」


 なんて言って、顔を赤くして照れる外見ロリッ子を見て心を癒したりしていて。


 まあつまり、俺はこの異世界で、このミーナの宿屋にすっかり馴染んじまったのである。




 というわけで皆様。


 もしこの異世界に来るようなことがありましたら、ミーナの宿屋まで、どうぞお立ち寄りください。

 従業員一同で、お値段以上の心温まるおもてなしをさせて頂きます。


(おしまい)


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