第2話
それぐらいなら、とミーナから居候を許可してもらったところで本題に入る。
「よし。じゃあまずは、現状の収支をまとめていくぞ。……収支って、何だかわかるか」
「それぐらい分かるよ。収入と支出でしょ?」
どうだと胸を張るミーナ。
ちなみに、ミーナの俺に対する言葉遣いがタメ口になってるのは、こっちが居候させてもらう身なんだからと、俺が敬語を断ったからだ。
そしてむしろ俺の方が偉そうだが、この辺はまあ、先生と生徒的な感じで。
「そうだな。それじゃ、この店の収入には何がある?」
胸を張ったままミーナが硬直した。
「……何があったっけ?」
再び可愛らしく小首を傾げるおバカ経営者。
……頭痛てぇ。
「えっとだな……お客さんからお金をもらうタイミング、あるよな。いつ貰う?」
「あー……えっとね、酒場で料理とかお酒を出したときと、泊まりに来たお客さんの受付で代金を受け取るときかな」
「それが収入だ」
「おお!」
何やらおバカ経営者が感動していた。
そうか、手のかかる子ほど可愛いってのは、こういうことか。
「収入は分かったな。じゃあ次、支出は何がある」
「……えへへー」
俺の第二の問いに、笑って誤魔化すミーナ。
これも分からないらしい。
「……この店を経営していて、出て行くお金だ。何がある」
「んん、出て行くお金? いっぱいあるよ。でも、どこまでがお店の分で、どこからが私の分なのか、分かんないんだけど」
「とりあえず全部言ってみ」
「全部? えっとね……まず酒場で出す料理とか、従業員のみんなの食事に使う食材と、お酒を買うお金でしょ」
ふんふん、食材費ね。
従業員の食事分も含まれてるっていうが、賄いと考えれば、費用として計上して問題ないだろう。
「薪と石炭、ロウソクも買わないといけないし」
うん、光熱費な。
「あと、従業員のみんなに払う日当でしょ」
人件費だな。
「ベッドとか、色々と物が壊れたら、職人さんに修理してもらわないとだし」
修繕費。
「それから月に1回、借金の返済がある……」
「借金?」
「うん。お父さんがこの店を建てるときに、金貸しの人からお金を借りて、大工さんを雇って建ててもらったんだって。そのときの借金の返済が、まだ結構残ってるの」
ローン返済……いや、家賃として計上しておけばいいか。
「えっと、えっと……出て行くお金っていうと、多分、そのぐらいかな」
ふむ、なるほどな。
だいたい俺らの世界の宿泊業と、基本的な収支の項目は一緒みたいだ。
「よし分かった。じゃあ収支のまとめを作るから、それぞれどのぐらいの金額になるのか、具体的に教えてくれ」
俺はミーナから金額を聞きながら、万年筆的なペンで、羊皮紙に収支を書き綴ってゆく。
そうして出来上がったのが、以下のような収支書だった。
●収入(1日あたり)
宿泊料収入:銀貨20~30枚ぐらい?
飲食料収入:銀貨10~100枚ぐらい?
●支出(1日あたり)
食材費:?
人件費:銀貨25枚
光熱費:銀貨2枚
家賃 :銀貨22枚
修繕費:銀貨3枚
「……何も分かんねぇ」
俺は出来上がった収支書を見て、がっくりと肩を落とす。
ミーナはこの収支表を横で見ながら、「すごい、すごーい!」と目を輝かせて感動しているが、はっきり言ってこんなに穴だらけの数字では、何も判断できない。
それでも支出の部は、だいぶ正確に把握できた。
この店で雇っている従業員は3人で、料理人が1人、ウェイトレスが2人。
料理人の日当が銀貨10枚、ウェイトレスの日当がそれぞれ銀貨6枚。
この3人分の日当で、合計銀貨22枚というのが基本的な人件費になる。
これに加えて、お客さんが大入りして大忙しだった日には、それぞれに銀貨1枚の大入り手当を渡しているとのことで、最近はいつも大忙しだから実質的な人件費は1日あたり銀貨25枚でほぼ固定のようだ。
けど、忙しいってことは繁盛してるってことで、それで赤字続きってのが意味が分からないんだが……まあそれはひとまず置いておく。
次に光熱費──薪と石炭、ロウソクは、だいたい週1ぐらいで補充して、そのときの代金がざっくり銀貨12~16枚ぐらいだということ。
7日で割って、銀貨2枚で計上した。
家賃──この店のローンは、月々銀貨660枚分を支払っているとのこと。
これは単純に、1ヶ月を30日で計算して、660÷30=銀貨22枚として1日分を計算した。
修繕費に関しては、かなりいい加減だ。
何がどのぐらいのスパンで修理が必要になるか、職人に修理を頼むとどのぐらいの費用が掛かるかという観点から、相当ざっくりと算出した感じだ。
まあそう大きくは間違っていないつもりだし、費用全体に占める割合も大きくないから、こんな程度の精度で用には足りるだろう。
ただ困ったのが食材費で、これは買い出しに行くのが料理人で、代金含めて丸投げにしているので分からんのだとか。
おそろしいまでのザル経営である。
そして何よりどうしようもないのが、収入がまったく計上できていないことだ。
収入がいくらであるかを計上せず、費用とごっちゃにして増えたかなー、減ったかなーぐらいのアバウトさなので、もうどうしようもない。
それでも宿泊料収入は、ミーナが宿泊の受付をしていて、日々どのぐらいの数のお客さんが利用しているかをある程度ながら把握していたので、何となくの数字が分かった。
問題は酒場での飲食代収入の方で、こっちはまったく把握できていない。
繁盛時の酒場は戦場なのだそうで、いちいち何がどのぐらい売れたのかをきっちり把握することなど不可能なんだとか。
ミーナがごにょごにょ言う話から推測すると、銀貨10枚を下回ることはなさそうだが、それが実際10枚そこそこなのか、銀貨100枚ほどにもなるのか、ちょっと見当がつかない感じだった。
「ちっ、やっぱり赤字だったのか。薄っすら大丈夫なのかとは思ってたけど……そうまでひどい状況とはね」
昼過ぎ頃。
買い出しから帰ってきた料理人を捕まえて話をすると、そんなリアクションが返ってきた。
ちなみにこの料理人、実にちまい女の子である。
小学校の3~4年生ぐらいの身長で、ぽっちゃり系。
ただ、どう見ても子どもにしか見えない愛らしい容姿なのだが、妙に落ち着いているし、一人前の料理人らしき風格もある。
不思議に思って聞くと、彼女はドワーフで、年齢ももう30歳近いのだとか。
彼女の名前はプリムローズ。
プリムと呼ばれているらしい。
「もっといい食材を使いたくて、ミーナにさ、食材に使える金をもっと上げてくれないかって頼んだことがあったんだよ。で、そのときの返事が『うん、プリムさんに任せるよ。とびっきりおいしい料理、みんなに食べさせてあげて』だったんで、不安には思ってたんだ。あたしは料理人で、宿の経営なんか何も分からないから、口は出さなかったけどな」
そう言ってプリムは、食材がたっぷり入った買い物用の籠を調理場に置くと、自分にあてがわれた部屋に行って、数枚の羊皮紙を持ってきた。
「その日からの食材と酒の買い出しにかかった金を、全部書き残してある。どこの馬の骨か知らないけど、お前は悪い奴には見えない。ミーナの力になってやってくれると助かる。あたしは料理人だからな。そこは、あたしの領分じゃないんだよ」
何だか分からないけど、いきなり随分と信用されてしまった。
まあでも、俺にはミーナを裏切るつもりなんてないんだから、彼女の人を見る目は確かなのかもしれない。
そして何より、彼女が渡してくれた食材費に関するメモ書きは、詳細で、完璧なものだった。