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第1話

「腹減った……」


 俺は異世界の荒野で、空腹に喘いでいた。


「俺、こんなところで死ぬのか……」


 ついには空腹に耐えきれなくなり、地面に倒れ伏す。

 いわゆる行き倒れというやつだ。


「ラノベとかで異世界に転生した奴らって、どうしてたんだっけか……」


 俺は地面に這いつくばりながら、そんな益体もないことを考える。


 異世界に飛ばされた俺は、一文無しで、街を見つけても食うものひとつ買えずに、路頭に迷うこととなったのだ。


 危機に瀕した俺は、街を出て何か動物でも捕まえられないかと試みたが、ヤツらはそもそもなかなか姿を見せないし、たまに見つけてもすばしっこくて、貧弱現代人である俺の手におえるようなものではなかった。


 そうして、何らの収穫も得ることなく今に至るわけだ。


「俺の人生って、何だったんだろうな……」


 俺は地べたで、これまでの経緯を思い返す。


 俺は現代日本に暮らす、普通の大学生だった。

 大学の学部は経営学部。

 何となく経営学とか知っていると将来の役に立つかもしれない、ぐらいの漠然とした気持ちで入学し、何となくだらだらとした日々を過ごしていた。


 ところが、そんなある日。

 俺が大学から家への帰り道を歩いていたとき、交差点の横断歩道で見知らぬお婆ちゃんが、暴走してくる居眠り運転のトラックに轢かれそうになっているのを見つけてしまった。

 俺は特に考えもなく、反射的にお婆ちゃんを助けようと飛び出し、代わりにトラックにねられた。


 それから俺は、視界が真っ白に包まれ、ああこれが死ぬってことなのかと思っていたら──次に気が付いたときには見知らぬ荒野にいた。


 そこから先は、最初に説明した通りの流れになる。


 それにしても、死んだと思ったら異世界で生きていて、また死ぬとか……


「もうヤダこんな異世界……」


 俺がそんな風に、地べたで涙していた、そのときだった。


「ど、どうしたんですか!? しっかりしてください!」


 どこかから、女の子の声が聞こえてきた。


 俺が最後の力を振り絞って顔を上げると、そこにはひとりの少女の姿があった。


 歳は15歳ぐらい。

 村娘風の衣服、アホ毛がぴょんと立ったショートカットの栗色の髪、裏表ない感じの純粋そうな大粒の瞳。

 あと素朴なばかりのスカートの隙間から、ちらっと白いパンツが見える。


「ああ……最後に良いモノが見れた……ありがとう……」


 俺は、何故だか分からないが理解できるこの世界の言葉でそう言うと、ぱたりと意識を失った。




 ──ハフハフ、ガツガツ、モグモグ。


 場所は街の寂れた宿屋の1階、酒場のカウンター席。

 俺は彼女が用意してくれた食事を、猛烈な勢いでかきこんでゆく。


「は、はは……相当お腹減ってたんですね」


 彼女はそんな俺に対して若干引き気味になりつつも、しかし嬉しそうに、俺が食べるのを見ている。


「ありがとう! ほんとありがとう! 今までで食べたどんな飯よりもうまいよ!」


 俺はパンやシチューをむしゃむしゃパクパクと食べながら、涙ながらにお礼を言う。

 言ったのはお世辞ではなく、まったくの本心だ。

 空腹は最高のスパイスだ、とはよく言ったものだと思う。


「……よかった。そんなに喜んでくれたなら、私も嬉しいです」


 行き倒れていた俺を介抱し、この宿に連れて来て飯を用意してくれた彼女は、自分のことをミーナと名乗った。

 それ以上のことはまだ何も知らないが、きっとバカが付くほどのお人好しなんだろうなぁってことは、ここまでの出来事で分かる。


 さらには──俺が食事している姿を見ていたミーナのお腹が、ぐぅと鳴った。


「ミーナは食べないの?」


 顔を赤らめて恥ずかしそうに俯くミーナに聞くと、


「いえ、その……私もそんなにお金に余裕があるわけじゃなくて。──あ、いえ、まったくないわけじゃないんですけど、その……私はもう、いいかなって」


 そんなことを言った。


「もういい……って、どういうこと?」


 俺が聞くと、ミーナはさらに俯いて、


「その、私……もう死のうかなって、思っているんです」


 そんなことを口走った。

 さすがに聞き捨てならなかった。




 話を聞くと、こんな内容だった。


 まず、俺とミーナが今いるこの寂れた宿屋兼酒場といった場所は、なんと、ミーナ自身が経営している店なのだという。


 何ヶ月か前までは、この店は両親が切り盛りしていたけど、その両親が不幸な事故でいっぺんに他界。

 以後、両親の店を潰すのも嫌で、彼女がこの店を継いで経営することになったのだが……


「それから店は赤字続きで、資金が底を突きかけていて、もうすぐ従業員に給料も払えなくなってしまう──と」


「……はい。私が何かやるたび、全部空回りして、どんどん状況が悪化して行って……」


 話を続けるごとにミーナの顔色は蒼白になっていって、今や、突ついたらバラバラになってしまいそうなぐらいに痛々しい有様だった。

 さっきまでの、俺が飯を食っているのを見ていた嬉しそうな笑顔は、もはや見る影もない。


 ……うーん。

 何だろうな、このやるせない感じは。


 何とかしてやりたいと思う。

 思うんだが。


 誰か悪い奴がいるせいで、こうなっているわけじゃない。

 俺が仮に何かチートで最強な能力を持っていたとしても(いや、実際ないけど)、悪い奴をブッ飛ばして一件落着、というわけにいかないのだ。


 でも、俺にはミーナに対して一飯の恩義があるし、こういう子が暗い顔して死ぬなんて言っているのを、看過することなんてできやしない。

 俺は考えた末、


「とりあえず、店の経営に関する具体的な数字とか、教えてもらえるか」


 そんなことを口走っていた。


 とりあえずは情報だ。

 具体的な情報に触れれば、何かしらの突破口が見いだせるかもしれない。


「え、何で……ひょっとして、経営に詳しかったりするんですか?」


 ミーナが不安そうな顔で聞いてくる。

 俺は一瞬返答に窮したが、思い切って大法螺を吹くつもりで、本当のことを言った。


「俺は大学で経営を勉強してたんだよ」




 さて、経営の数字を見ていくにしても、メモ書きなりなんなり、書き残していく道具が必要になる。

 俺はミーナに筆記用具がないかどうかを聞いてみた。

 中世ヨーロッパ風の異世界なので、筆記用具も高価でなかなか手に入らない恐れもある。


 幸いなことに、羊皮紙とペン、インクは十分な買い置きが残されていた。

 ミーナの両親が使っていたものらしい。


 ただ問題は、それをミーナが、店を継いでから一度も使っていないという事実だった。

 必然的に、経営に必要な記録の一切が残っていない。


 俺は早速頭を抱えた。


「……なぁミーナ、今まで何か月か、この店を経営してきたんだよな」


「はい、そうですけど」


 不思議そうに相槌を打つミーナ。


「今までどうやってお金の管理をしてきたんだ?」


「お金の管理ですか? 店の奥に金庫があって……」


「ふんふん、その中に売上金がしまわれているんだな──って、違ぁう! その管理じゃなくて、どうやって収支の管理をしてきたのかってこと!」


 ていうかお金の管理場所も言うなよ。俺が悪い人だったらどうするんだよ。


「えっ? えっ? えっと……また今日もお金が減ったかな、とか、今日はちょっと増えたかも、とか……何となく?」


 そう言って小首を傾げるミーナ。

 可愛い。

 可愛いけど腹が立ったのでデコピンした。


「い、痛い……うう、何するの……」


 涙目で抗議してくるが、黙殺する。

 酷い。酷過ぎる。こんな経営者がいていいのか。


 とりあえず俺はミーナに説教をしつつ、ひとまずは収支のまとめを作るところから始めることにした。


 ……が、その前にひとつ、ミーナにお願いしなければならないことがある。

 これから活動を行なうにあたって、その前提となる、重大な問題だ。


「ミーナ、頼みがある」


「……はい」


 俺が真剣な表情で言ったものだから、ミーナも真剣に話を聞こうと居住まいを直す。

 俺はコホンと咳払いをすると、


「俺をこの店の経営コンサルタントとして雇ってほしい」


 そう言った。


「……はい? 経営こんさるたん……って、何ですかそれ?」


「つまり、俺がこの店の経営を立て直してやるって言ってんの」


 我ながらとんでもない大風呂敷だ。

 ただまあ、少なくとも、経理の基本もなっていない今の状況からなら、悪化することはありえないだろうとも思える。


「ほ、ホントですか!?」


 その俺の提案に、ミーナは顔を輝かせて食いついてくる。

 が、何かに気付いたのか、すぐに表情を曇らせて、


「あ、でも……雇うとしたら、お金、かかりますよね……。うちにはもう、そんな大金は残ってなくて……」


 そう言って、再び肩を落とすミーナ。


「あー、いや、お金はいいんだが、その、な……」


 これは大変言いにくいんだが、これを頼まない事には、この先の活動ができなくなる。

 俺は平身低頭、ミーナに頭を下げてお願いする。


「その代わりに、毎日の食事と寝床だけ、どうにか提供してもらえないでしょうか」


 広げた大風呂敷に対して、あまりにも情けないお願いだった。


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