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第一章 「復員後」 5

 炎を被ったものの崩落を免れた、墨田川にかかる永大橋は、応急処置で鉄骨や足場がむき出しになっている。現在は予算が足りず、再回収の目途は立っていない。

 何百人もの衆民がが渡っていて、その何百もの足音が共振し、橋を揺らしている。



 僕と淀川係長もこの中に居る。

 橋の向こうには東京湾、山の手や焼け残った工場、港に避難所、発電所からわずかながら細かい光の粒が見られた。無論震災前のような輝きはない。しかし、暗闇の中にわずかに残る光は蛍のようで本当にきれいだった。この日本を覆うくらい闇の中、わずかに見えた希望の光にさえも見える。

 少し、涙が落ちる。あの、小橋志帆を思い出す。

 橋の真下には、海軍の小型輸送船、但馬が二隻、海に向かって航行している。その先には、食糧を降ろしたばかりの特務輸送艦、木曜丸が赤と緑のライトを点滅させて居座っていた。木曜丸は震災支援によるの船不足のために、急遽海軍が民間会社から買い取って改造したものだ。

 東京湾は津波と火災によって壊滅した。臨海部の火力発電所はわずかしか稼働できず、地熱発電所をフル稼働させているが、それでも日本全国の電力はまかなえない。政府は現在、節電と自家発電を奨励している。

 それでも、さっきの闇市といい、あれほどの活気を見てしまうと、日本は必ず立ち直れると思えてくる。

 しかし、それに応えられない政府は世間の非難の嵐で、メディアは連日のように、時の内閣総理大臣、本吉琢和を叩いている。曰く、首相はリィダーシップがかなりかけており、野党、社会憲政党だけでなく、自由党内とも意見がかみ合わない。自由党が過半数の参議院でも法案をはじかれる始末だ、云々。

 骨に沁みるような冷たい山風が海に流れる。

 「槐安君、実は、後宮君もバラックに住んでいるんだよ。」

 「はい、しかし私は東久留米に住んでいるので、バラック生活に対して何にも言えないんです。」

 「ん…彼は電機は自分で発電しているらしいんだが、断水で水がないらしい。飲料水は闇市で高価だが帰るらしいが、生活用水は、わざわざ、運河から汲んで使っているとか。」

 「係長…!」

 「うん、なんだ。」

 「何故、家を失って不自由な生活をしているのに、もっと便利な焼け残った都市に住まないんですかね。」

 「土地の買い占めだな。」

 係長はそう言って、鴻池製の国産スマートフォンを取り出した。一瞬で画面が変わり、何やら赤線と青線のグラフが表示される。

 「青色の、下がっているやつが、今居る東京臨海部の地価。逆に上がっている赤が、多摩地域や埼玉の地価だ。」

 「つまり、大企業があらかじめ、被災者が郊外に移ることを予想して買い占めたわけですか。」

 「そういうことだ。だが問題なのはその後だよ。この端の点線、今後の大方の予想なんだが上昇が続いているだろ。普通、震災直後に郊外の地価が上がることは当たり前なんだが、今回は上がりすぎた。ここ最近不景気で、どの企業も売り上げが伸び悩んでいたから、震災はチャンスだと思ったんだろ。百万人が家を失えば、百万人が家を買う。だから、張り切りすぎて通常の何倍もの勢いで買い占めたんだよ。結果、プチバブルが起きた。普通はこの時点で政府からストップがかかるんだが、そのほかにも問題が山積みだったため、気付くのがわずかながら遅れたんだよ。」

 「ですが異常ですよね。それだけでここまで上がるのは。」

 「いや、まだ話は終わってない。その現場を見た官僚らは止めようとしたが、止めなかったんだよ。首相の官僚、公務員首切り策でやけになっていたんだと思うが、大企業から賄賂をもらっていたんだっていう奴もいる。政治家も賄賂をもらっていたらしい。震災の混乱で、あまり話題にならなかったが、自由党の増田幹事長代理だって受け取った。結局プチバブルのせいで市場はとても神経質になって、地方債、国債、復興債だってろくに買わなくなった。復興の資金も足りなくなった。」

 「しかし係長、東京を焼け跡から復活させるには、借金の他に投資があります。首都の治安を改善し、カネを呼び込むんですよ。そのためのイチイチでしょう。」

 「…まぁ、そうだな。だが我々が変わっても、全体が変わらなければ、またすぐどん底に落とされる。エバノミクスが良い例だろ。江波首相は構造改革に結局失敗したからまた不景気になったんだよ、おそらくな。」

 「…。」

 横を軍のトラックが通る。

 「…一番避けなければならないのは、POISONや犯罪組織が社会にめり込み、同化することだな。」

 「絶対安心の国は崩壊しますからね。」

 「それもそうだが、他にもあるのだよ、崩壊するのは。絶対平和の国は…。」

 淀川係長はそれから話さなかった。

 橋を降りると、小銃を持った陸軍の兵士が十数人、こちらを睨みつけるような目つきをして、並んで立っていた。

 あ、このことかと、僕は悟ったような気がした。

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