第一章「復員後」 1
破壊工作between
第一章「復員後」
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『国民id:A68529130
氏名:槐安弥
2002登録 2004児童相談所引き取り 里親木村吾郎(A19022461)へ引き取り 2009小学校入学 2015卒業 中学校入学…』
ウィンドウの文字の羅列を男は見ている。
『…2018同級生4人殺害し逮捕 防衛省へ引き取り 2021皇宮警察入隊』
その男は笑みを浮かべ、ほくそ笑んだ。
2023年1月31日東京都上野公園、僕は今そこをぶらぶら歩いている。
枯れた空気の中を足早に進む。
冬の真っ只中、桜、欅などの樹は葉を落とし、だいぶ風情が欠けていたが、この硝子細工のような人々を支えるには立派過ぎて勿体無い程だ。
去る2022年12月28日午後8時40分にマグニチュード8クラスの大地震が発生した。被害は甚大で、インフラやライフラインを寸断された他、直後の5㍍の津波で東京湾の石油コンビナートが崩壊。大火災を引き起こし、臨海部や23区を壊滅状態に陥れた。今日では‘首都大震災’と云われるこの地震は8万人の命を奪った。
最近では仮設住宅やバラックが現れ、以前のように喰うに困る事は少なくなったが、未だ焼け野原になっている事は変わりなく、復興そのもののメドは立ってない。しかしそれでも一生懸命に生きている人々を見たりその話題を聞くと、僕はどうしてもその巨木等を連想してしまう。
ビルもない焼跡に、騒がしくも決してうるさくない人々の活気。バラックの商店街や慈善的なボランティアなど、皆花鳥風月じゃないかって。
僕は槐安弥。
上を向いて歩きたくなる午後だが、少し立ち止まり休もうか。
欅の根元に止まって少し時間を潰す。ウォークマンを取り出しラジオを聴きながら水筒の水を飲む。最近のラジオは明るい曲が多く流れる。
「はぁーうまい。」
酒では無いがそう言ってしまう。
目を開き、辺りを見渡す。
隣の若い女性が見える。
風船を子犬の形に仕上げ、子供達に渡しているようだ。
人々が救済活動で忙しい中、この様な光景を見ることは稀である。
僕は見やる。
「風船、欲しそうに見えますけど。」
「え。」
余りにも突然切り込まれた。
「嘘、嘘ですよ。でも興味が有りそうな目をしていますけどね。」
一瞬、どきっとした。僕の思っていた事が図星だったからだが。
「あはは、図星ですよ。でも余り見かけない光景だったので。」
「やっぱりですか、ふふ。」
そう言い、彼女は微笑む。つい目が引っ張られてしまう。そして綺麗だなと思った。
「最近震災が起きてから復旧復興でドタバタしていますよね。だからいつもここに来て、マジックなり風船アートなりしているんです。あ、すいません、こんな長々と。」
「別に大丈夫ですよ。振ったのは私なので。」
僕はいつもは使わない‘私’と云う表現を使った。
「あ、所でそのマジックとかってどこで身に付けたんですか。」
「そんなに上手く見えましたか。実はネットから取り寄せた物なんですよ。」
「へぇ、便利だな。」
「何それ、昔の人みたい。」
彼女は白い歯を見せて笑った。
僕は彼女と植木の囲みの煉瓦に座って話していた。
「実は私、東大出身のエリートなんだよね。自称だけど。」
風が吹いて樹の枝が靡く。かさぁぁぁとオーケストラのような響き。
彼女の髪も靡く。
「やっぱり内定とれねぇかい。」
気づけば、タメ口と方言で会話していた。
「うん。‘大学は出たけれど’元は戦前の言葉だけど最近よく使うよね…。」
「ちっとん前は江場首相の‘エバノミクス’で好景気になったけど、またちっとん経つと不景気になっちまったんなぁ。」
「私もタクミ電気やソミーとか受けたんだけどね…って訛ってますよ。言葉が。」
「ええっ、やっぱり訛っているかい。注意しているんだけどなぁ。」
「それで良いと思うけど。どこの方言、それ。」
「群馬の沼田だぃ。」
「良いなぁ、方言使えるって。」
「よく言われるなぁ。あ、まだ名前を言っていなかったんべ。」
「確かに、これでよく会話が成立したね。」
「じゃ、僕は槐安弥。」
「播磨璃沙、珍しい名前だけど、槐安って初めて聞く。」
「俗に言う珍名って感じだぃね、お互い様。」
「それでも良いなぁー。」
彼女は脚をばたつかせた。大人びたエリート学生とは明らかに不釣り合いな光景だが、実際見ると、似合うわけでもないが、少しかわいらしさを感じられる気はしなくもない。彼女だからそうなのか。
「そうそう、他に大豊自動車、浅間工業、鴻池商事とか…中小企業も沢山受けたけど全て落ちちゃった。…あ、ごめん。何か一方的にずっと話して。所で槐安さんもやっぱり取れない…。」
「同じだぃ。全く取れねぇ。」
と僕は答えた。
「やっぱり同じか。こっちは沢山真面目に勉教し続けたのにね…。あ、皮肉じゃないよ。でもねぇ…。」
だが僕は嘘を付いた。仕事は有る。しかし職業柄、一般人には言えないのだ。
「ってそう言えば槐安さん、方言と普通の敬語の差が激しいね。」
「え、ああ、確かに。余り気にしていなかった。」
「でもかっこいいじゃん。…私、大阪弁でもマネしてみようかな。」
冗談っぽく彼女は言った。何かから逃避したかったか、彼女は、播磨さんは少し大げさに白い歯を見せて笑った。哀愁だった。
「やっぱり行き当たりばったりなんだね、人生って。」