四人目
お葬式の会場はなんだか小さい上に安っぽいので、幼い頃感じていた畏怖なんてものはどこにもなかった。入口には祖母の名前が書かれていたけれど、達筆すぎて読めやしない。
小学校低学年くらいまで、僕は祖母の家に預けられて暮らしていた。周りには山しか無いような田舎で、既に祖父は亡くなっていたからいつも祖母と二人だけだった。
はず、なのだ。残っている写真を見ても当然二人しかいない。
けれど当時の記憶を辿れば、僕は三人で暮らしている。三人目は青い目をした痩せぎすの男で、祖母と同じく優しかった。祖母や僕以外の誰かが来ると、すぐに彼は霧散したように姿をくらませてしまう。
僕はよく不思議なものを見ては泣く子供だったから、母や父に言えばまた心配されてしまうと思って言うに言えなかったのだ。
夜には山から「何か」の息遣いや、その獲物が泣き叫ぶ声が響く。僕は布団を頭から被って、ちびらないように股間を押さえる。「何か」は座敷へ上がってきて傍で立ち止まる。そうしてひたすら何時間も僕を見ているのだ。布団の隙間からそっと覗くと、足があるはずの位置には数十本のロープのようなものが蠢いていた。
とうとう泣き出すと祖母がやってきて電気をつける。すると「何か」はいなくなっていた。
祖母は微笑んで「怖くない。あんたはそのうち強くなるから大丈夫さ」と言うばかりだった。青い目の彼も起き出してきて僕の頭を撫でた。
痴呆症が始まってから祖母は僕と彼をしばしば間違えた。僕は青い目なんかでは勿論ない。間違えるわけがないだけに、悲しかった。
僕が高校生になってすぐ、そんな祖母が亡くなったのだ。
心不全だったが、体中あちこちにガタがきていたからしょうがないとのことだった。天寿を全うしたらしい。死に顔はどうしても見せてもらえなかったけれど。
どこか開き直ったように明るい葬式が終わり、祖母の財産の話が出た。
かなりの額と奇妙な形の骨董品を溜め込んでいたが、遺書には相続について一切書かれていなかったらしい。僕の知らない親戚たちが遺品へ的確に値段をつけていった。
僕は父や母が止めるのを振り切って席を立った。よくわからないけれど、祖母の大事にしていた品々が薄っぺらなものになってしまうのに耐え切れなかったのだ。
自転車で祖母の家に行くと、そこは夕陽を浴びて不気味に口を開いていた。裏口から古い鍵を何度か捻ると簡単に開いた。一気に黴臭さと共に記憶が蘇ってきた。
僕は彼がいつも姿を消した座敷を見て回る。細々としたものが集められていた他の押し入れと違い、ここには薄く硬い布団が一式だけ入っていた。
その押し入れには不自然な空間があった。携帯電話の心許ない光を向けてみる。 上には天袋の扉があり、引っ掻いたような傷で×印があった。一気に押し上げ、そこに頭を突っ込むと目が合った。
青い目。
呻き声が聞こえた。
彼はまだそこにいたのだ。一週間前に祖母が死んでから食事も摂らず、死体のものへと変わりつつある体臭を蝿がかぎつけて集まっていた。細く幾本にも裂けた下半身は紫色の膿を出しながら柱に巻き付いている。その手には写真が握られていた。
外に出て僕は祖母の家に火をつける。古い木造家屋はオレンジ色を夜空に撒き散らしながらよく燃えた。これでいい。彼はもう誰にも見つかることはない。
火にあてられて僕は高揚する。頬が染まる。騒ぎを聞き付けた警官が僕を羽交い締めにした。
翌朝、留置所で目を覚ました。トイレの手洗い場で顔を洗うと、僕は昨晩見たものをいやがうえにも思い出してしまう。写真――青い目、幾本もの紐状の脚を持つ怪物と妊娠した祖母が寄り添っていた。
この名状しがたい怪物は祖母に何をしたのか。何故僕は祖母の家に預けられていたのか。彼は隠れて生きていたのか。父や母には見えず、祖母と同じものを僕も見ることができたのは。
――あんたはそのうち強くなるよ。
祖母の声が聞こえる。
頭を振って鏡を見ると、僕の瞳は青みがかっているように思えた。
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