ケンタとジャージ君
ケンタという高校二年生の少年の部屋に、一着のジャージ君がいました。
スポーツをするときなんかに着る、あのジャージです。
ジャージ君は、ケンタが通っていた中学校の、学校指定のジャージでした。
ケンタは中学のとき、テニス部の部員でした。体育の授業のときだけでなく、部活動のときも、ジャージ君を着ていました。着ていて楽ちんなので、ケンタは塾に行くときまで、ジャージ君を着ていました。
ジャージ君は、ケンタが中学に入学した直後から、いつもケンタのそばにいたのです。ケンタの成長を、ずっと見守ってきたのです。
ケンタは洋服やスニーカーが好きな、おしゃれ好きの少年でした。
「これは、ノイキとシュクリームがコラボした、限定ナイロンジャケットだぜ」
ケンタはそう言って自慢気に、家に遊びに来た友達に、ナイロンジャケット君を見せました。
「すげー!いいなあ!これ、高いんだろう?」
「うん。結構するよ!」
ケンタのそばで誇らしげな顔をしているナイロンジャケット君を見て、ジャージ君はこう思いました。
「いいなあ⋯。限定ナイロンジャケット君は、ケンタ君にとって、自慢出来る物なんだ⋯」
しかし、ケンタは限定ナイロンジャケット君を着ることは滅多にありませんでした。
ジャージ君は、
「あれ?あんなに自慢していたのに、どうして、あんまり着ないんだろう⋯?」
と、不思議に思っていました。
しかし、ある日、ケンタが友達にこう言っていたのを聞いて、それがなぜなのか、ジャージ君は分かりました。
「あれは激レアの限定品だからね!汚れたり、染みができたりしたら嫌だから、たま〜にしか着ないことにしてる」
ケンタの言葉を聞いたとき、ジャージ君は胸が少し、ずきんと痛むのを感じました。でも、それがなぜなのかは分かりませんでした。
「Tシャツで塾に行こうかと思ったけど、結構寒いな!ジャージ着ていこ!」
ケンタは、ベッドの上に脱ぎ捨ててあったジャージ君を手に取り、袖を通しました。ジャージ君はいつも通り、とても嬉しく思いました。
月日が流れ、ケンタは高校三年生になりました。大学受験が近づいてきたケンタは、勉強机に向かって、深夜まで勉強をしていることが多くなりました。
ジャージ君はベッドの上からケンタの背中を見つめ、心の中で、こう、つぶやきました。
「ケンタ君、がんばって!君なら、ぜったいに大丈夫!」
そんな日が繰り返され、やがて、受験当日になりました。
朝、少し緊張した顔でかばんに筆記用具を入れるケンタを見つめていたジャージ君は心の中で、こう言いました。
「ケンタ君!いよいよ受験だね。テニス部に体験入部したときと、同じ顔をしているね。緊張するのは分かるけど、もっとリラックス、リラックス!」
受験が終わり、やがてケンタの合格発表の日が来ました。インターネットで合否の確認をしたケンタは、
「やった!!合格だ!!」
と、とても嬉しそうに、飛び跳ねて喜びました。
その様子を見ていたジャージ君は、涙を流して喜びました。
「良かったね、本当に良かったね。ケンタ君⋯。おめでとう⋯おめでとう⋯!」
ケンタとジャージ君が、お別れをするときが来ました。
東京で一人暮らしをしながら大学に通うことになったケンタに、ケンタのお母さんは、
「どの服を東京に持っていくか、決めないとね。まだ着るやつは段ボールに入れておいて、引っ越しのとき、他の物と一緒に運んでもらわないと⋯」
と言いました。ケンタの部屋で、お母さんとケンタは服の選別を始めました。
「このジャージはどうする?これ、中学のだよね?」
お母さんが手に持っていたのは、ジャージ君でした。
ジャージ君は、ぎゅっと目を閉じました。服として生まれたときから、ジャージ君は覚悟していました。いつか、捨てられるときが来ることを。
「それは⋯さすがに⋯。もう6年も着たからね。少し、穴もあいてるし」
「そうよね。捨てちゃうね」
お母さんはジャージ君を、大きなゴミ袋の中に入れました。そのとき、ケンタの声がジャージ君の耳に聞こえてきました。
「それ、俺が人生で一番たくさん着た服かも!」
「ほんとだね。いつも着てたもんね。あんた、お礼言っときなさいよ!」
お母さんが、少しおどけて言いました。そして、ゴミ服からジャージ君を取り出し、ケンタに見せました。
「ありがとう!ジャージ君!」
ケンタは、少しおどけて、少し真剣に、言いました。
生まれて初めてケンタにお礼を言われたジャージ君は、あふれる涙をおさえることができませんでした。涙を流しながら、ジャージ君は心の中でケンタに、こう言いました。
「ケンタ君、ありがとう⋯ありがとう⋯。ぜったいに、大学生が着るようなシャツに生まれ変わるから、また、着てね⋯」
翌朝、ジャージ君が入れられたゴミ袋はゴミとして出され、収集車にのせられ、運ばれていきました。
全てを見ていた洋服の神様は、ジャージ君の願いを叶えてあげました。
天国で、とても素敵なシャツに生まれ変わったジャージ君に、神様はこう、ききました。
「本当にまた、彼でよいのじゃな⋯?もっと丁寧に扱ってくれる人も選べるのじゃぞ⋯?」
シャツになったジャージ君は首を振り、笑顔でこう答えました。
「神様、ぼくはケンタ君がいいんです。また、ケンタ君のそばに行きたいです!」
神様は、優しく微笑みました。
「分かった、分かった。好きにするがよい。ほほほ⋯」
ジャージ君は、嬉しそうに頷いて、地上に降りていきました。
〈了〉
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