わたしの部屋のクローゼット
ギィぃぃぃぃ……!!
「ほんま、うるさい音やで」
高田は開け閉めするたびに悲鳴を上げるクローゼットの扉に悪態をついた。
建付けを直す余裕も調べる気力もない。大学の講義と居酒屋バイトに追われる彼女にとって、ここはただ帰って寝るだけの場所に過ぎなかった。
部屋にある服のほとんどは放置され、最近は3パターンほどの服を着回している。
ニットかセーターにチェックのアウター、下はジーンズ。それだけでこの冬は乗り切れると思っていたが、大学で変に悪目立ちするのも嫌で、たまに別の服を引っ張り出す程度だ。
一人暮らしを始める際、両親からは厳格な条件を出されていた。
「毎日LINEすること」
「オートロックでも戸締まりを徹底すること」
「防犯用に男物の下着も干すこと」。
制約は多かったが、家賃を出してもらっている以上、文句は言えない。
「では、お先に失礼します! お疲れ様でした」
今日もバイトを終え、帰る準備をする。ホールも厨房もこなせる高田は、店長からも重宝されていた。
「あ、高田ちゃん。ちょっと待って」
仕込みをしていた店長が手を止め、どこか気まずそうに声をかけてきた。
「あんま言わんほうがええのかもしれんけど……いや、やっぱええわ」
「え、なんですか? 気になります」
「……今日な、働いてる高田ちゃんがずっとブレて見えてん。俺、実はちょっと霊感があってさ。最近、変なこと無かったか?」
「えー、ないですよ。そういうの私、あんまり信じてないですし」
心配そうな店長の視線を背に、彼女はそそくさと店を出た。正直、50歳にもなるおっさんが何を言っているんだという気持ちの方が強かった。
その夜は友人の由美と合流して軽く飲み、家に着いた頃には深夜12時を回っていた。帰るなりベッドへダイブし、泥のように眠りに落ちた。
午前3時頃。
猛烈な尿意で目が覚めた。電気をつけっぱなしで寝ていたらしく、枕にはよだれの跡がついていた。
リビングの電気を消し、口元を拭いながらトイレに向かい、用を足していると——寝室から「それ」は聞こえた。
ギィぃぃぃぃ……。
クローゼットが開く音。建付けが悪いため、自然に開くことなどあり得ない。
(幽霊……? そんなわけ——)
直感的な恐怖で一気に鳥肌が立つ。高田は足音を殺してトイレを出た。
キッチンの包丁を戸棚から抜き取る。
リビングへ続く扉を、勢いよく蹴り開けた。
バンッ!
暗闇の中、クローゼットから這い出てくる黒い影が見えた。高田は悲鳴を上げながら、なりふり構わず包丁を振り下ろした。
「悪霊退散っ!!」
ドスッ。
手応えがあった。しかし、聞こえてきたのは苦悶の「声」だった。
「ぐぅおっ……!」
ハサミが突き刺さっていたのは、真っ裸で太った男のお腹だった。
(人間……!?)
恐怖と混乱で思考がフリーズする。
裸の男は腹を押さえ、慣れた手つきでベランダの鍵を開けると、そのまま隣のマンションの非常階段へと飛び移り、夜の闇に消えていった。
鍵をかけ忘れていたベランダから侵入していたのだ。
腰が抜けた高田は、震える手で警察に通報した。駆けつけた警察官に「ハゲ頭で大柄な全裸の男」という特徴を必死に伝える。
あの不気味なクローゼットの音のおかげで助かったのだと思うと、もう二度と直す気にはなれなかった。
——それにしても、店長の言っていた「ブレて見えた」というのは何だったのだろう。幽霊ではなく、本物の変態が侵入してきただけだったのに。
翌日。バイト先の店長が突如失踪した。
警察から「犯人は店長だ」と告げられた時、高田は耳を疑った。
だって、あの時襲ってきた男と店長の顔は、全く似ていなかったのだから。
あの部屋には、一体何がいたのだろうか。




