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相棒が出来ました




「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! こちらは世にも珍しい、雲の上の『天上の真実』をその瞳に焼き付けた少女! クーデターの火種を知るも良し、恋しい家族の住む街を想うも良しだ!」

 

キキの突き抜けるような、それでいてどこか芝居がかった威勢のいい声が、淀んだ5番通りの交差点に響き渡る。

 

「お代はたったの50ベルク! しかも、今なら『天使ちゃん』による極上の靴磨きまで付いてくるよ。さぁさぁ、そこの旦那も、地べたばかり見てないで空の話を聞きな!」

 

家路を急ぐ工夫や、酒の匂いをさせた無頼漢たちが、胡散臭げに、けれど抗いがたい興味を惹かれて足を止める。


 地下数千メートルに閉じ込められた彼らにとって、地上という場所は、もはや伝説か御伽話に等しい価値を持っていた。

 

「おいガキ、ハッタリじゃねえだろうな。……やってみろ。上の最新の話ってのは、なんだ?」

 

一人の大柄な男が、鼻を鳴らしながら私の前に立った。

私は深く、肺の奥まで冷たい空気を吸い込み、脳内の暗闇に整然と並ぶ「棚」の引き出しを一つ、音もなく引き出した。


 

「──ではまず、アンペル歴三一六年、皇太子殿下が二十歳の成人の誕生日を迎えられ、三日三晩にわたって繰り広げられた祝宴のお話から致しましょうか」

 

私の唇から滑り出したのは、今朝読んだ新聞の無機質な文字情報ではなかった。

 

それは、私の脳内で色彩と温度を伴って再構築された、鮮烈な「情景」だ。

 

「供されたのは、アンペル大陸で最も標高の高い頂でしか実らない、白銀の果実酒。その雫はグラスの中で星のように瞬き、一口含めば常夏の風の香りが鼻を抜けたといいます。宮殿のバルコニーからは数千の魔法の花火が打ち上げられ、夜空は紫水晶と琥珀の光で塗り潰され……」

 

私の声は、いつしか自分でも驚くほど落ち着き、朗々と路地裏に染み渡っていた。

一度見たものは忘れない。

 

新聞に載っていた小さな挿絵の線の太さから、記された料理の品数、列席した貴族の姓名に至るまで。私の語りは、単なる読み聞かせを超え、聴く者の網膜に「見たこともない空」を強制的に描き出すような、奇妙な臨場感を帯びていた。

 


「……ほう」

「そんなことが、本当に上で……」

 

ざわついていた群衆が、しんと静まり返る。

 

人々は、私が動かすブラシの規則的な音を聞きながら、私の瞳の奥に映る「失われた太陽の世界」を必死に追いかけていた。

 

50ベルクのコインが、次々と私のカゴに投げ込まれる。

私は一人、また一人と足を磨きながら、次々と地上の断片を披露した。

「やるじゃねぇか。50じゃ割に合わない内容だ。……おい、また明日も新しい話を聞かせてくれよ。俺たちの故郷が、まだ消えちゃいねぇって証拠をよ」

 

一人の男が、ぶっきらぼうに本来の代金よりも多い銀貨をカゴに叩き込んだ。その目は、少しだけ潤んでいるように見えた。

 

「……キキ、私……お金、稼げた……! 私の力で、稼げたの!」

 

客が引き、街灯が頼りなく瞬く時間。

 

私は抑えきれない興奮で声を弾ませた。

ママに守られ、ただ本を読んでいた頃には知らなかった感覚。

 自分が確かな価値として認められた。

その実感が、凍えていた身体の芯を、焚き火のように熱く焦がす。

 

「見てたぜ。鮮やかなお点前だったな、天使ちゃん!」

 

キキは私の両手を掴むと、まるでダンスでも踊るようにその場でくるくると回った。

燃えるような赤髪が、闇の中で火花のように揺れる。


 

「やるじゃんか! あんた、とんでもねぇ稼げる才能の持ち主だ。よくぞ俺のところに来たなぁ、マイ・エンジェル! 今日の夕飯の肉は、大奮発の山分けだ!」

 

「キキ、これ! 今日の分、全部!」

 

私は少し重くなったカゴの中身を差し出した。

キキは器用に指を使い、コインの音を鳴らしながら自分の取り分を抜き取る。その手つきは、もう「場所代を取り立てるガキ」ではなく、共同経営者のそれだった。

「……よし。これで残り家賃は7,500ベルクだな。この調子なら、完済まであともう一踏ん張りだ」

 

「うん!」

 

「いいか、これからは俺が毎日、情報を調達してくる。あんたはそれを脳みそに詰め込んで、靴を磨くんじゃない……()()を売るぞ。他の通りの連中から全員客を奪ってやろうぜ、相棒!」

 

「あいぼう……相棒……!」

 

キキの口から不意にこぼれたその言葉が、私の胸の中で、ブワァッと春の花が咲くように広がった。

 

かつてママが呼んでいた、守られるだけの『天使ちゃん』ではない。

自分の足で泥を蹴り、キキの隣を歩く一人の人間として認められた気がした。

 

握りしめたキキの手は、冷たい雪の中でも驚くほど熱く、力強かった。

私の瞳には、この暗い地下世界のどこにも存在しないはずの、けれど何よりも眩しい希望という名の光が、確かに宿り始めていた。




二人の鮮烈な連携は、瞬く間に五番通りの噂の種となった。

赤髪のカリスマと、桃色の髪を持つ記憶の語り部。

キキが場の空気を支配し、アンジュがその裏側にある真実をすべて記録する。

 

「おい、今日もあのコンビの所にいこうぜ」

「キキの横にいるあのガキ…… どういうカラクリで外の情報を手に入れてるんだ?」

 

話題になるのは慣れていない。

若干の心地悪さを感じていたが、そんなときはキキは自らが矢面にたってくれた。


「ほらほら、うちの『天使ちゃん』はシャイなんだよ。話が聞きたきゃ、まずは相応のチップを積みやがれ!」

 

彼は軽快に笑い飛ばしながら、あっと今に相手の懐に入る。

 

乱暴で、口が悪くて、金にうるさいけれど──キキは驚くほどに、面倒見が良かったのだ。

 

そして、運命の出会いから数えて最初の月の終わり。

私は、ずっしりと重い皮の袋を両手で抱え、震える手でそれをキキへと差し出した。

 

 

「……キキ、一ヶ月分の賃料。ちゃんとあるよ」


 

八千ベルク。かつては天文学的な数字に思えたその金額を、私は自らの「価値」で支払い切ったのだ。

 

二ヶ月、三ヶ月と時が流れるにつれ、私の記憶の海にはスラムの細かな路地の形、人々の顔、そしてこの街特有の冷たい風の匂いが、確かな生活の記憶として蓄積されていった。

 

地獄の底という「箱庭」は相変わらず暗く、寒い。

けれど、キキの隣で歩く私の足元には、かつての絶望とは違う、泥にまみれた強かな根が張り始めていた。

 



 

「おーい、アンジュ! 屋台に行くぞー!」


キキの弾んだ声に、私は新聞を読む手を止めて顔を上げた。

 

「屋台? ……って、あの、本に載っていたような、食べ物が並ぶあの屋台のこと?!」

 

「それ以外に何があるんだよ。お前、頭はいいくせに、そういうところ世間知らずだよな。まぁいいや。今日は稼いだんだ、肉食おうぜ、肉!」

 

キキは悪戯っぽく笑うと、私の手を強引に引いた。連れてこられた大通りには、魔法石の淡い光に照らされた屋台が並び、香ばしい油の匂いと人々の笑い声が充満していた。

いつもは灰色に沈んだスラムが、この場所だけは黄金色の熱を帯びている。

「ほら、これ食ってみろ」

キキが差し出したのは、串に刺さった分厚い肉の塊だった。

 

「……ん、おいしい……! ママが焼いてくれたパイより、辛くて、あつあつ!」

 

「地獄も捨てたもんじゃねぇだろ?」


 

キキは有名人だった。数歩歩くたびに、誰かが彼に声をかける。


「よぉ、キキ! 今日も景気が良さそうじゃねえか」

「キキ、こっちで賭けてけよ!」

 

彼はそれらを軽快にいなしながら、まるでダンスを踊るような足取りで人混みをすり抜けていく。私はその赤い背中を迷子にならないよう、必死に追いかけた。

 

ふと、雑多な古着やガラクタが並ぶ小さな露店の隅で、私の足が止まった。

埃を被った木箱の上に、それはひっそりと置かれていた。

 

「……きれい」

 

それは、一本の白いリボンだった。

泥と煤にまみれたこの街には、およそ似つかわしくない、汚れ一つない無垢な白。

地下の微かな風に揺れるその布切れは、まるでそこだけ地上から零れ落ちた陽光を編み上げたかのように見えた。

 

私は思わず手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めた。

自分の指先が、煤で黒く汚れていることに気づいたからだ。この純白を汚す権利なんて、今の私にはない。ただ、一度見たものを忘れない私の瞳に、その美しさだけを焼き付けようとじっと見つめていた。

 

すると、前を歩いていたキキが「何やってんだよ」と戻ってきた。

 

「……あ?」

 

キキの視線が、私の視線を辿って白いリボンへと注がれる。

 

「なんだ、こんなもん見てたのか」

「ううん、なんでもないの。ただ、すごく綺麗だなって」

 

私が慌てて歩き出そうとした、その時だった。

キキが無造作にポケットから小銭を取り出し、露店の店主に投げつけた。

 

「おい、アンジュ。ほれ、これ」

「えっ……?」

 

差し出されたのは、さっきの白いリボンだった。

キキは私の戸惑いなど気にする様子もなく、私の桃色の髪を乱暴にかき回す。

 

「その髪、目立ってしょうがねぇからな。こうやってまとめてりゃ、少しはマシに見えるだろ」

 

リボンを受け取った指先には、布の滑らかさと、キキの熱い体温が残っていた。

私は、大切に、けれど汚さないようにそのリボンをそっと触った。

 

「キキは、本当に優しいね。……夜遅くまで起きて、五番街の周りを回って、困っている子供がいないか探してるんでしょ? みんな、知ってるよ」

 

私の言葉に、キキは一瞬だけ足を止め、それからニヤリと不敵に笑った。

 

「勘違いすんなよ。俺は、俺の取り分を増やそうとしてるだけだ。いつかはこの地獄を支配して、誰も見たことがないような、でかい屋敷で美味い肉を食ってやる……それが俺の夢だ」

 

その瞳に宿る野心の火は、屋台の灯火よりも、さっきの白いリボンよりも、ずっと眩しく、力強かった。




いい男です、キキは。

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作者が小躍りします

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