頭のおかしい協力者
────お前は、魔術師か?
皇太子ルキウスから投げかけられたその言葉に、私の心臓が嫌な音を立てて跳ね上がった。
「……いえ、違います」
かろうじて声を絞り出す。
ルキウスは品定めするような視線を私に留めたまま、椅子の背もたれにゆったりと身体を預けた。
「まぁそうだろうな。お前がここに来る前に、ありとあらゆる書類を読んだが、お前の魔力測定値はゼロ。正真正銘、魔力を持たないただの人間だ。それは間違いない」
ほっと胸を撫で下ろしかけたその瞬間、私の逃げ道を完璧に塞ぐように、冷酷な言葉が重ねられる。
「なら、なぜあの時……、犯人が俺だと気がついた?」
沈黙が室内の空気を容赦なく重くしていく。
ごまかしは通じない。この男は、私の挙動を完璧に観察しているのだ。
私はあえて、じっとルキウスの瞳を見つめ返した。
「…………お答えしなければ、不敬罪で殺されますか?」
「いや? 答えたくなければ、それでいい。無理に口を割らせる趣味はない」
「……え?」
拍子抜けするほどあっさりと引き下がられ、私は目を丸くした。私の反応が面白かったのか、ルキウスはふっと口元を緩めると、今度は机の上に大きな大陸地図を広げた。
「アデライン。お前はこの帝国をどう思う?」
「……この大陸において最も偉大であり、栄華を極めた歴史ある国だと存じます」
「私は、これ以上ないほど愚かで、退化しきった国だと思っている」
「……何故、でしょう?」
「この国の民は魔術師を恐れるあまり、彼らを地下へ閉じ込め、家畜のように管理した。単純な話だ。使える強力な手札は、使える形で正しく使うべきだろう。そんな簡単な最適解すら分からず、恐怖のままに彼らを封じ込めた結果が、現在の我が国の軍事的な体たらくだ」
ルキウスは、地図の一角を人差し指でトントンと叩いた。
「エルステラが、共和国の半分を征服したのは習っているな 」
「はい」
「地学は得意か?」
「好き、ですわ」
「なら、これを見ろ。これはまだ軍部の上層部しか知らない最高機密だが、昨日フェルディナント王国がエルステラに落とされた。これにより、何が起こりうると思う?」
ルキウスは、地図上のフェルディナント王国があった場所に、黒いチェスの駒を容赦なく叩きつけた。
────息が、止まりそうになった。
(これは……!共和国を完全に逃げ出せないように陸路を包囲している。既にフェルディナントが落ちたということは……帝国への侵攻ルートが容易に確保されたということ。確実にベルはこの世界を征服するつもり……!)
脳裏に明確に浮かび上がるのは前世の知識と混ざり合った答え。
けれど、それをこの人に伝えていいのだろうか?
たかが十歳の、しかも病弱で閉じこもりがちな公爵令嬢が国家の最高機密を前にしてそんな最適解を口にすれば、それこそ彼の思う壺では?
エセルリード公爵の「彼に関わる人間は傷つけられる」という忠告が、頭の中でリフレインした。
「……申し訳ありません、私の浅学では、これ以上のことは……」
「構わない」
私の躊躇をどう受け取ったのか、ルキウスはそれ以上追及しなかった。ただ静かに、未来を見つめるような目で、地図上の黒いポーンを見つめている。
「近い将来、共和国はエルステラへと名前を変えるだろう。そしてその先に……我が帝国が、エルステラに蹂躙される未来がある。このまま何もしなければ、百パーセント訪れる破滅の未来だ。なぜならただの人間では、本気の魔術師の軍勢に勝てるはずがないからだ」
「どうしてそこまで言い切れるのですか?」
「一度でも本気の魔術師の戦力に接すれば、誰でも理解できる。この国を本気で守る気があるなら、正しく魔術師を使いこなす必要がある」
熱を帯びたルキウスの言葉の数々に、私は困惑を隠せなかった。
同時に、この男が末恐ろしかった。
正しく魔術師を使う。
それは神のように傲慢で、しかし彼に任せれば間違いないと、民衆は熱狂してしまいそうな自信。
「……なぜ、そのような大切な国家機密を、出会ったばかりの私にお話しになるのですか?」
「お前、魔術師を庇って怪我をしたらしいな」
「な、なんでそれを……っ!?」
思わず猫を被るのも忘れて、素のトーンで叫んでしまった。そんな私を見て、ルキウスは意地悪く口元を歪める。
「事の顛末を、馬鹿真面目に一から十まで詳細な報告書にしたためてくる魔術師団長がいてな」
(ユリウス……!馬鹿正直に余計なことをこれでもかってくらい書き連ねてくれたわね……!!!)
心の中で前世並みの罵詈雑言を叫ぶ私を他所に、ルキウスは真剣な眼差しをこちらに向けた。
「私は魔術師に相応の地位と仕事、そして待遇を与えるつもりだ。……そうでもしなければ、この国は遠からず簡単に滅びる」
「……左様ですか」
「理解が早くて本当に助かる。これが普通のお嬢さんなら『魔術師なんて汚らわしい』だの『恐ろしい』だの、そこを宥めるだけで半日は潰れるからな。……で、なぜこの話をわざわざお前にするのか、だったな?」
ルキウスは机に身を乗り出し、私に顔を近づけた。その距離に、思わず息が詰まる。
「周囲から『狂っている』と思われるような大改革をやるんだ。なら仲間に引き入れるのも、同じくらい頭のおかしい奴に決まっているだろう?」
「……大変失礼ですわね、皇太子殿下」
思わず口を尖らせると、ルキウスは楽しそうにクスクスと肩を揺らした。
「帝国の皇太子と、シャーロットの仇の娘、か。どうせお互い、このまま世界が変わらなければ真っ先に殺される運命だ。せいぜい、泥水に塗れてでも足掻いてやろうじゃないか」
この男は帝国を守るためなら、本気で世界をひっくり返す気だ。
魔術師が地位向上のために起こす革命とは違う。
たった一人の人間が、今わたしの目の前で、世界を変えようとしている。
どうしてだろう。自分の命すら危うい最悪の状況だというのに……。
恐怖を通り越して、胸の奥が、熱くわくわくとしていた。
(……あ、でも、ダメだ。急に頭が重くなって────)
緊迫した対話でアドレナリンが出ていたせいか、会話の区切りがついた途端、急激な反動が押し寄せてくる。
急激に全身の血の気が引き、視界の端からじわじわと色が失われていく。
指先が氷のように冷たくなっていくのが分かった。立っているのが奇跡のような状態だ。
「……ですが、私がその『おかしな仲間』に入るには、少し問題がありますの」
「何故だ? 今更保身か?」
「いいえ。私は、筋金入りの虚弱体質なんです。昨日夜会に出て、今日ここに登場しただけで、私の体力の限界はとうに─────」
視界がぐにゃりと歪む。
重力に逆らえなくなった私の身体は、そのまま床へと倒れ込んだ。
バタッ、という情けない音が室内に響く。
「おい!? アデライン嬢!?……誰か、今すぐユリウスを呼んでこい!!」
冷徹な皇太子の、今までに聞いたこともないような焦り顔が、急速に闇へと消えていった。




