第一章:十九回目の月光 第9話:扉越しの慟哭-オメガの誓い
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▼ 前話(第8話)のあらすじ
絶体絶命の危機を乗り越え、アダムのセーフハウスへと辿り着いたカズとエリス。そこで彼らを待っていた黄金の精霊・シフティの口から、ついにカズの最愛の妹・ミオが心を壊してしまった「一ノ瀬家の過去」が語られ始めます……。
――今回は、その続きとなる第9話です。
泥棒猫と呼ばれたエリスの涙と、彼女が下した「ある決意」とは。
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それでは、第9話「扉越しの慟哭、オメガの誓い」をお楽しみください!
アダムのセーフハウス。
無機質なコンクリートの壁に囲まれた地下室で、黄金の精霊・シフティは宙を漂いながら、深く傷ついたカズとエリスを見下ろしていた。
(……哀れな子らよ。ウヌらの抱える運命は、あまりにも重く、酷じゃ)
230年という悠久の時を生きるシフティは、すべてを知っていた。
かつてカズの父とエリスの父が犯した「クロノス計画」の罪も、今、カズたちを狙う澪や桜が、狂った愛情を植え付けられた「クローン」に過ぎないという残酷な事実も。
そして、シフティ自身の真の目的。
彼女は元々、エリス・フィッツジェラルドという稀代の「器」を守護するために存在していた。だが、エリス一人ではこの先の過酷な運命を生き残れないと悟ったシフティは、全知全能の因子【アルファ】を持つカズの魂に寄り添い、二人の運命が交わるよう、あの六年前の「引っ越し」さえも密かに導いていたのだ。
(カズよ、ウヌの底無しの優しさが、いずれエリスを救う。……そして、あの美しき双子の姉、アリス。あやつの内に眠る『雷の精霊』が目覚める時、この戦いはさらに熾烈を極めるじゃろう)
すべてを語ることはできない。今、家族が「偽物」であると告げれば、カズの魂は崩壊してしまう。
だからこそシフティは、真実の欠片だけを静かに紡ぎ出した。
「……ミオが心を壊された、あの忌々しき時代の話を続けようかの」
シフティの声が、冷たい地下室に響く。
カズは両手で顔を覆い、エリスはその横で祈るように手を組んでいた。
「肉体が壊れなくなった世界で、愚かな子供たちは『心』を直接攻撃する遊びを覚えた。……標的にされたミオの苦しみは、筆舌に尽くしがたいものじゃった。目を瞑れば、フラッシュバックする嘲笑と恐怖。彼女は、外の世界そのものを恐れ、自室という小さな檻に閉じこもるしかなかったのじゃ」
「……ミオ……」
カズの喉から、血を吐くような呻き声が漏れた。
脳裏に蘇るのは、六年前の記憶。
閉ざされた扉。その向こうから聞こえる、押し殺したような小さな嗚咽。
『ミオ、ご飯持ってきたぞ。……今日も、外には出られそうにないか?』
『……ごめんなさい、お兄ちゃん。……怖い、の。外にいる人たちが、みんな私を笑ってる気がして……怖いの……』
カズは毎日、その扉越しに語りかけた。
ミオが少しでも安心できるように、今日あった他愛のない出来事を話し、扉に背中を預けて、彼女が眠りにつくまでずっとそこに座り続けていた。
「サクラもまた、不器用な姉じゃった」
シフティが目を細める。
「サクラは、ミオの心を直接治せない己の無力さを呪い、せめて物理的な脅威から妹を守るため、弓道を極めようとした。……夜、疲れ果てて眠るカズの隣で、サクラは毎晩ミオに『ロビンフッド』やエルフの英雄譚を読み聞かせておった。恐怖で震える妹の背中を、優しく、優しく撫でながらな」
それは、一ノ瀬家の美しくも、あまりにも悲しい愛情の形だった。
カズの優しさと、サクラの強さ。二人の愛が、かろうじてミオの心を繋ぎ止めていたのだ。
「……だが、その危うい均衡は、ある日突然崩れ去った」
シフティの視線が、エリスへと向けられる。
「エリス。ウヌが、一ノ瀬家の隣に引っ越してきた日じゃ」
「え……? 私が……?」
「ミオは、本当はウヌと友達になりたかったのじゃよ。窓の隙間から見える、太陽のように明るい銀髪の少女。……カズは何度も、ウヌと一緒にミオの部屋の扉を叩いたはずじゃ」
『ミオ! 隣に越してきたエリスちゃんだよ。一緒に遊ぼう。怖くない、俺がずっとミオの手を繋いでるから!』
カズの弾むような声。
扉の向こうで、ミオは必死にドアノブに手を伸ばした。
――行きたい。お兄ちゃんと一緒に、あの子と笑い合いたい。
だが、いじめによって刻み込まれた「対人恐怖」の呪縛が、彼女の足を縫い留めた。
震える手はドアノブを回せず、ミオは扉の向こうで一人、膝を抱えて声を殺して泣くことしかできなかったのだ。
「……自分は一歩も外に出られない。なのに、自分の一番大好きな『お兄ちゃん』は、眩しい光を持った少女と一緒に、外の世界へ行ってしまう。……ウヌのその優しさと眩しさが、ミオの劣等感を刺激し、やがて『お兄ちゃんを奪われた』という歪んだ憎悪へと変わってしまったのじゃ」
「あ…………ぁっ……」
エリスの瞳から、大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。
「そんな……。私が、ミオちゃんを……。あの子は、あんなに苦しんでいたのに、私は何も知らずに先輩の隣で笑って……! 泥棒って、そういう……っ!」
エリスは床に崩れ落ち、顔を覆って慟哭した。
自分が愛したカズの日常。それが、カズの最愛の妹を暗闇の底に突き落としていたという事実。優しすぎるエリスにとって、それは心を抉られるような真実だった。
「……違う、エリス」
カズが、力強くエリスの肩を抱き寄せた。
「お前のせいじゃない。お前は、俺の止まっていた時間を動かしてくれた光だ。……ミオをあんな風に壊したのは、お前じゃなく、あの狂った時代の悪意だ」
「先輩……っ! でも、ミオちゃんは今も、あの暗闇の中で……!」
「ああ。だから、俺たちが助け出すんだ。あいつを縛る憎悪ごと、俺が引き受ける」
カズの獅子の如き瞳には、一片の迷いもなかった。
どんなに姿形が歪もうとも、自分に向ける刃がどれほど鋭かろうとも、絶対に妹を見捨てはしない。その底無しの優しさに、シフティは小さく息を吐いた。
エリスは、カズの胸の中でしゃくり上げながら、やがてゴシゴシと乱暴に涙を拭った。
そして、赤く腫らした青い瞳で、真っ直ぐにカズを見つめ返した。
「……先輩。私、決めました」
「エリス……?」
「私の力、【イデア・オメガ】は『破壊』であり、あらゆる魔力を呑み込む『深淵の闇』です。……だから、ミオちゃんとは戦いません。あの子が放つ憎悪も、悲しみも、恐怖の記憶も……私のオメガで、全部、残さず吸い取ってみせます!」
アダムが息を呑んで立ち上がった。
「おい嬢ちゃん、正気か!? 他人の『負の感情』を直接魔力として取り込めば、お前の精神が汚染されて壊れちまうかもしれないんだぞ!」
「構いません! 先輩が私に光をくれたから、今度は私が、先輩の大切な家族の『闇』を背負います。……それが、隣で笑うことを許された『泥棒猫』の、せめてもの責任ですから」
エリスの凄絶なまでの覚悟。
カズを守るためなら、自らが泥を被り、闇に堕ちることも厭わないという強烈な愛。
「……わかった。エリス、お前の命は俺が絶対に守る。だから、ミオを……俺の妹を、一緒に救ってくれ」
「はいっ……! 先輩!」
二人は固く手を握り合った。
黄金の光【アルファ】と、深淵の闇【オメガ】。相反する二つの力が、共鳴するように美しく輝き始める。
だが、彼らはまだ知らない。
妹・ミオを救済した先に待つのが、かつて優しい物語を読み聞かせてくれた最愛の姉、サクラとの凄惨な「一騎打ち」であるということを。
そして、未来の玉座で冷たく微笑む「金髪の男」の背後に、さらに巨大で、絶望的な神の影が蠢いていることを――。
十九周目の夜。
少年と少女は、逃れられぬ血の運命へと、ついにその足を踏み出した。
(第1章 第10話へとつづく)
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
いじめという暗闇に囚われたミオと、自分が彼女を追い詰めていたと知り、自らも闇を背負う覚悟を決めたエリス。不器用な一ノ瀬家の過去は、美しく悲しくもある兄妹愛と深すぎる闇でした。
▼ 次回予告(第10話)
「泥棒猫の抱擁、そして砕け散る絶望」
いよいよ、心を閉ざした妹・ミオとの直接対決。
吹き荒れる強大な闇の魔法に対し、カズは銃を向けず、己の体を盾にして妹の憎悪を受け止めます。
そして、武器を捨てたメイド服のエリスが、血を流しながらも嵐の中を歩み寄り……。
待ち受けるのは、救済か、それとも――。
第1章最大の見せ場となる次回も、どうぞお見逃しなく!
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