第一章:十九回目の月光 第11話:弓と彼岸花-届かなかった春のアルバム
読者の皆様、いつも『19回目の殺意を紅茶に添えて』を応援いただき、ありがとうございます。作者のくろねこパパ( https://x.com/k7nature1 )です。
第11話。ついに一ノ瀬家の長女・サクラとの決戦が幕を開けます。
文武両道を地で行き、誰よりもカズを愛し、守ろうとしていた姉。そんな彼女が、なぜ最強の敵として立ちはだかるのか。
魔法を無効化し、自らの力へと変える絶対防御。
追い詰められたカズに、精霊シフティが告げる「クローンの真実」と、偽りの命が放つ**「崩壊の予兆」**とは。
一冊のアルバムに込められた、届かなかった春の想い。
月光の下で散る、彼岸花のような紅い結末を、どうぞ見届けてください。
ミオが黒い灰となって月光に消えた、その直後だった。
静寂に包まれたリビングの扉が開き、桜が静かに足を踏み入れた。
漆黒のタクティカルスーツに身を包み、手には身の丈ほどもある純白の和弓。
彼女の瞳はミオと同じように赤く染まっていたが、そこにあるのは狂乱ではなく、凍てつくような「冷徹な怒り」だった。
「……ミオを、よくも壊してくれたわね。カズ」
「違う、姉さん! 俺たちはミオを救いたくて――」
カズの言葉を遮るように、サクラが弓を引き絞る。弦が軋む音もなく、不可視の魔力の矢が番えられた。
放たれた一撃は、空気を切り裂き、カズの頬を掠めて背後の壁を消し飛ばした。凄まじい破壊力だ。
「先輩、下がって! 私が、お姉さんの魔力も吸い取ります!」
エリスが前に出て、ミオを浄化した『イデア・オメガ』の深淵を展開する。
しかし、サクラは表情一つ変えずに再び弓を構えた。
「無駄よ、メイドさん」
エリスの放った闇の吸収波がサクラに到達した瞬間――サクラの体が淡く発光し、オメガの魔力そのものを『吸収』してしまったのだ。
そして、吸収した魔力は何倍にも増幅され、サクラの弓にドス黒い矢となって顕現する。
「なっ……私のオメガが、吸い取られた!?」
「精神が壊れていたミオとは違う。私の心は、誰にも侵されない」
「……くっ、魔法が効かないなんて……!」
歯噛みするカズの隣で、シフティが不敵に、だがどこか憐れむような目でサクラを見つめた。
「無駄じゃよ、カズ。あの娘らは、魂の器を無理やり繋ぎ合わされた『作り物』。精神を鋼のように鍛え上げれば上げるほど、肉体と魂の乖離は激しくなる……。先ほど消えたミオの指先を見たかえ? あの**『不自然な痙攣』**こそが、偽物の命が限界を迎えた証拠。サクラもまた、その崩壊の淵に立っておるのじゃ」
「……バグ? 姉さんが……壊れかけてるっていうのか!?」
「だが、壊れる前にウヌらを殲滅するだけの力は十分にあるようじゃな。皮肉なものよ、死の間際にこそ、その偽りの力は最大化されるのじゃから」
サクラが弓道を極めた理由は、ただミオとカズを守るための力の追求だけではない。己の精神を鋼のように鍛え上げるための『動』の修練だったのだ。
クローンとして作られた体であっても、彼女の圧倒的な精神力は魔法系攻撃を一切無効化し、自らの力へと変換してしまう絶対防御のチート能力と化していた。
「しまっ――!」
サクラから放たれた反撃の矢が、エリスとカズを呑み込もうとしたその時。
――ズドンッ!!
窓ガラスを突き破り、一発の『物理的な銃弾』がサクラの顔面を狙って飛来した。
サクラは僅かに首を傾けて躱したが、鋭い弾丸は彼女の美しい頬を薄く掠め、一筋の赤い血が流れた。
「……チッ、遅れてすまない。魔法がダメなら、鉛玉ならどうだ?」
窓枠にワイヤーでぶら下がりながら、アサルト(M4)ライフルを構えたアダムがニヤリと笑う。
(……血が、!? 魔法系は全く効かないのに、アダムの物理攻撃は効くのか!)
カズはハッとした。
だが、それは同時に、もっとも残酷な決断をカズに迫るものだった。
魔法で浄化できないなら。彼女を止めるには、物理的な実弾で――本物かもしれない姉の肉体を、この手で撃ち抜かなければならない。
「姉さん……俺は……」
カズの手が震える。黄金の銃『アルファ』ではなく、実弾装填のハンドガンを向ける手が、どうしようもなく震えていた。
脳裏に、サクラとの温かい、けれど悲しい過去の記憶がフラッシュバックする。
------------------------回想--------------------------
――姉さんは、誰よりも完璧だった。
弓道で『動』の精神を鍛え、茶道で『和敬清寂』――心を無にして他者をもてなす『静』の心を学んだ。
そして、花を愛する彼女は華道にも打ち込んでいた。
『見て、カズ。綺麗でしょう?』
ある秋の日、華道のコンクールで優勝したサクラが見せてくれたのは、燃えるように赤い『彼岸花』だった。
春に咲く桜も好きだけれど、自分の存在を誇示するように咲き誇る彼岸花の美しさに、彼女は強く魅了されていた。
だが、習い事と鍛錬にすべてを捧げていたサクラは、次第にカズやミオと過ごす時間を失っていった。
あれは、数年前の春。サクラの誕生日だった。
カズは、忙しい姉にどうしてもサプライズをプレゼントしたかった。
姉が大好きな彼岸花を見せてあげたい。だが、春に彼岸花は咲かない。
そこでカズは、休日ごとに愛用のカメラを持ち出し、レンズを覗いて様々な花を撮りためていたのだ。
秋に撮ったコスモスや彼岸花。春のミモザや藤の花。
季節を超えた美しい花たちの写真を一冊の『オリジナルの写真集』にまとめ、不器用なラッピングで包んだ。
『姉さん、喜んでくれるかな……』
リビングのソファで、手作りのアルバムを抱えながらカズは待った。
しかし、その日、サクラは帰ってこなかった。
夜中の三時。待ち疲れたカズが眠りに落ちた後、泥のように疲労したサクラがひっそりと帰宅した。
二人はすれ違い、言葉を交わすこともなく、カズの作ったアルバムは、ついにサクラの手に渡ることはなかったのだ。
(姉さんは、俺たちのために……自分の時間を全部削って、強くなろうとしてくれていたんだ。なのに俺は、何も分かってなかった!)
「……終わりよ、カズ。あなたたちを殺して、私がすべてを終わらせる」
サクラの弓に、かつてないほどの巨大な魔力が収束していく。
このままでは、エリスも、アダムも、自分も消し飛ばされる。
「ごめん……。ごめんな、姉さんッ!」
カズは、涙で視界を滲ませながら、実弾のハンドガンの引き金を引いた。
――パーンッ!!
乾いた銃声が、リビングに響き渡る。
放たれた一発の銃弾は、魔法の盾をすり抜け、サクラの胸を正確に貫いた。
「…………うっ……」
サクラの体から力が抜け、純白の弓が床に落ちて乾いた音を立てた。
カズは銃を投げ捨て、崩れ落ちるサクラの体を抱きとめた。
「姉さん! 姉さんッ!!」
「……カズ……」
胸を撃たれたサクラの肉体から、ミオと同じように『黒い煤』が舞い上がり始めていた。
冷徹だった赤い瞳から光が消え、カズの大好きな、優しくて知的なサクラの瞳に戻っていた。
「……ごめんなさい、ね。……私、お姉ちゃん、なのに……。二人を、守れな……かった……」
「そんなことない! 姉さんはずっと、俺たちを守ろうとしてくれてたじゃないか! あの写真集、まだ渡してないんだ! だから……!」
サクラは、煤となって消えゆく手を伸ばし、カズの頬の涙をそっと拭った。
「……ありがとう、カズ。……二人とも…………大好き、だよ……」
その言葉を最期に、サクラの体は完全に黒い煤となって崩れ去り、ミオの灰と混ざり合って月光の中に消えていった。
カズの手には、温もりだけが残り、そして虚無へと変わった。
「……うわぁぁぁぁぁっ!!姉さぁぁぁぁぁんッ!!!」
カズの慟哭が響く中、黄金の精霊シフティが静かに杖を鳴らした。
「……終わったのじゃな。これで、作られた二つの魂は、完全に浄化された」
シフティの言葉に、エリスもアダムも沈痛な面持ちで目を伏せる。
悲劇は終わった。偽物とはいえ、カズは自らの手で愛する妹と姉を殺し、そして救済したのだ。
「……カズ。これで、この狂ったループから抜け出せるかもしれん。……新たな、19回目の朝が来るはず――」
シフティがそう告げた、その瞬間だった。
――グシャッ!?
背後から、何者かの凶刃が、カズの心臓を背中から深々と貫いていた。
「……え……?」
カズが自分の胸から生えた刃を見下ろす。
エリスの悲鳴が聞こえた気がした。アダムの怒号も。
だが、振り返るよりも早く、カズの意識は真っ暗な深淵へと沈んでいった。
(誰だ……? 誰に、殺され……)
十九回目のループ
カズは、すべてを救った直後に、何者かの手によって理不尽な死を迎えたのだった。
(第1章第12話へつづく)
第11話、最後まで読んでいただきありがとうございました。
偽物とはいえ、愛する妹と姉を自らの手で救済(殺害)しなければならなかったカズの慟哭。そして、すべてを終えた直後に彼を襲った、あまりにも理不尽な「カズの死」
ラストシーンでカズを貫いた、謎の人物とは?
そして耳に残る、最愛のメイドの声での「〇〇」という宣告……。
物語はここから、誰も想像し得なかった「第2章」へと突入します。
【次回予告:第12話(第1章・完結)】
「19回目の朝、あるいは偽りの福音」
再び地下書庫で目覚めたカズを待っていたのは、いつもと変わらぬエリスの微笑み。
しかし、彼女が差し出す紅茶のトレイを持つ指先に、カズは「あってはならないもの」を目撃する。
それは、その正体とは??
「お前は……本物の、エリスなのか?」
第一章、ついに完結。
タイトルの「殺意」の真意が、ついにその輪郭を現し始めます。
次回の更新も、どうぞお見逃しなく!




