第一章:十九回目の月光 第10話:泥棒猫の抱擁-砕け散る絶望
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▼ 前話(第9話)のあらすじ
黄金の精霊シフティから語られた、澪の悲痛な過去。そして、カズさんたちを狙う妹たちが、実は狂った愛情を植え付けられた「クローン」であるという残酷な真実……。すべてを知り、自分が妹を追い詰めていたと気づいたエリスは、オメガの力でミオの闇をすべて背負う覚悟を決めます。
――今回は、その続きとなる第10話。
いよいよ心を閉ざしたミオとの直接対決。カズを、そして妹を救うため、エリスが選んだのは「武器を捨てる」ことでした。血を流しながらも嵐の中を歩み寄る、血染めのメイド服。その先に待つ救済と、そしてあまりにも戦慄な別れ……。
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黄金の精霊シフティから語られた、一ノ瀬家の「歪んだ愛」の物語。
ミオがいじめによって心を壊された地獄の過去。
サクラが弓を取り、夜は物語を読み聞かせていた不器用な献身。
そして、自分が隣で笑っていたからこそ、ミオの劣等感と恐怖が爆発してしまったという残酷な真実。
アダムのセーフハウスを後にして、カズ、エリス、シフティの三人は、夜のサイバーパンクな街並みを抜けていた。
向かうは『イデア・ジェネシス』の深部。シフティの「導き」によって、ミオの強大なオメガの魔力が渦巻く「歪んだ空間」の入り口へと、彼らは足を踏み入れた。
「……先輩、大丈夫ですか?」
メイド服姿のエリスが、カズの様子を気遣う。
カズは黄金の銃『アルファ』を強く握りしめたまま、ただ無言で歩き続けていた。
その瞳には、かつてないほど強固な決意と、妹を傷つけなければならないかもしれないという深い悲しみが同居していた。
(俺の優しさが、ミオを追い詰めていた……。もし、あの時俺が、もっと強引にドアを開けていたら。ミオの手を引いて、外の世界の暖かさを教えてあげていたら。俺が、俺がもっと強ければ……!)
十八回の死の中で、カズは何度も妹の死を見てきた。
だが、その死の背景に、これほどまでに深い絶望と、自分への執着があったとは知らなかった。
十九回目の今回こそ、絶対に救い出す。家族を、俺の妹を。
突如、視界が歪んだ。
コンクリートの景色が、まるでガラスの破片が砕け散るように霧散し、次の瞬間、彼らは不気味なほどの静寂に包まれた。
「……ここは?」
エリスが辺りを見回す。
そこは、彼らがかつて暮らしていた一ノ瀬家の、あの暖かいリビングルーム……のはずだった。
だが、何かが違う。
壁は黒く煤け、天井からは巨大な茨が垂れ下がっている。思い出の写真は全て裏返され、唯一、ミオの描いた家族の絵だけが、壁に不気味な赤いインクで塗り潰されていた。
「ここは、ミオの『心象世界』じゃ。あやつの憎悪と恐怖が、この空間そのものを創り出しておる」
シフティが警告する。
(俺たちの家が……。ミオの心は、こんなにも荒れ果てていたのか)
カズが胸を締め付けられるような痛みを覚えたその時。
リビングの奥、ミオの部屋の扉が、ゆっくりと開いた。
「…………お兄ちゃん」
そこに立っていたのは、ミオだった。
黒いタクティカルスーツに身を包んでいる。
だが、その瞳は、以前のような冷徹な赤ではなく、血を吐くような凄絶な「憎悪」に染まっていた。
彼女の視線は、カズの隣に立つエリスに向けられる。
「……泥棒猫……。泥棒猫、泥棒猫、泥棒猫ぉぉぉッ!!」
ミオの叫びと共に、空間が震えた。
彼女の背後から、漆黒の魔力が溢れ出し、無数の棘を持った巨大な『黒い茨』となってカズたちへと襲いかかる。
さらに、空間そのものが数倍の重力で押し潰されるような、重圧が二人を襲った。
「先輩! 危ない!」
エリスがカズの前へ出ようとする。
だが、カズはそれを制し、自らが前へ出た。
「先輩!? 何を……!」
「エリス、撃つな。ミオは俺が、俺の体で受け止める」
カズは黄金の銃『アルファ』を構えることさえしなかった。
彼は丸腰のまま、両腕を広げてミオの茨の嵐の前に立ったのだ。
「俺は、お前に銃は向けない。俺は、お前の兄ちゃんだからな!」
凄まじい轟音と共に、黒い茨がカズの体に直撃した。
茨の棘が服を裂き、白い肌に深く食い込む。血が噴き出し、衝撃でカズの体は後ろへ吹っ飛びかけた。
だが、彼は黄金のオーラ(アルファの力)で辛うじて肉体を維持し、血を流しながらも踏みとどまった。
「ミオ、もうやめろ! お前は一人じゃない。サクラ姉さんも、俺も、ずっとお前を見てきた。……俺の手を繋いで、一緒に外に行こう!」
「嘘つき! お兄ちゃんは、あの泥棒猫と一緒に遊ぶ時だけ、あんなに楽しそうに笑うのに……! 私が外に出られないの、知ってたくせに!」
ミオの涙が溢れる。
その涙が地面に落ちると、そこからさらに黒い茨が急。!成長し、カズを拘束するように絡みついた。
棘が食い込み、カズの肉体がみしりと音を立てる。血がメイド服姿のエリスの足元まで流れていった。
「先輩……! もういいです、私が……!」
「……ダメだ、エリス……。俺が、俺が受け止めなきゃいけないんだ。ミオの、この六年間の、絶望を……」
カズは血反吐を吐きながらも、ミオを見つめ続けた。
その瞳には、自分を傷つける妹への憎しみなど欠片もなかった。あるのは、ただ、無限の慈愛と、助け出したいという魂の願いだけ。
エリスは、血だらけのカズの後ろ姿を見て、その底無しの優しさに心臓が張り裂けそうになった。
そして、彼女は決意した。
カズを、これ以上傷つけさせないために。そして、あの可哀想な少女を、カズの代わりに自分が救うために。
「……先輩。ごめんなさい。……メイドの仕事、一つだけ、私の勝手でやりますね」
エリスは、構えていたシルバーのハンドガン『ベレッタ』を床に置いた。
カズは絡みつく茨の中から、目を見開いた。
「エリス……? お前、何を……!」
「私は、泥棒猫じゃない。……私は、あなたと先輩を守る、メイドですから」
エリスは武器を持たずに、吹き荒れる黒い茨と闇の魔力のただ中へ、ゆっくりと歩き出した。
メイド服が風に煽られる。ミオの魔法が容赦なくエリスに襲いかかり、彼女の肌を裂き、白いエプロンを赤く染めていく。
だが、エリスの歩みは止まらない。彼女の青い瞳は、真っ直ぐにミオを捉えていた。
「痛かったね、怖かったよね。……あの閉ざされた扉の向こうで、あなたがどれほどの絶望を感じていたか。私が、何も知らずに先輩の隣で笑っていたから……あなたを、もっと苦しめてしまった」
「……う、うるさい! 来ないで……! 泥棒猫!」
ミオがパニックになり、魔力を増大させる。黒い茨がエリスを串刺しにしようと襲いかかった。
だが、エリスはその茨の直撃を受けながらも、肉体が砕けるような痛みの中で、ついにミオの元へとたどり着いた。
「泥棒猫って、呼ばせてごめんなさい。……でも、私……。あなたと、友達になりたかった」
エリスは、ミオの小さな体を、血だらけの腕で強く、強く抱きしめた。
その瞬間。
空間がドクン、と鼓動した。
「…………? 温か、い……?」
ミオが目を見開く。
エリスの体から、深淵の闇、あらゆる魔力を呑み込む『イデア・オメガ』の力が発動した。
だが、そのオメガはミオを攻撃するためではなく、ミオの心に刻まれた「憎悪のプログラム(闇の魔力)」を吸い取るために使われた。
エリスの脳内に、ミオの壮絶な記憶が濁流のように流れ込む。
学校での嘲笑、暗い部屋、ドア越しに聞こえるカズの優しい声。
そして、カズとエリスが外で楽しそうに笑っている声が聞こえるたびに、ミオの心が恐怖と劣等感でボロボロになっていく感覚。
(……なんて可哀想な……。こんなにも暗くて、冷たい部屋に、六年もの間、一人きりで……!)
エリスは自身の精神が壊れそうになりながらも、そのすべての痛みをオメガの力で吸い尽くした。
黒い茨が消え、空間を支配していたグラビティが霧散していく。
煤けていた一ノ瀬家のリビングルームが、元の暖かい姿に戻り、窓からは本物の月光が差し込み始めた。
「…………ぁ…………っ……」
ミオの目から、赤い憎悪の光が消えた。
元の純粋で、優しい、カズの知っている「ミオ」の瞳に戻った。
彼女は自分を抱きしめるエリスを見て、涙をこぼした。
「……エリス、ちゃん。……私……。私、本当は……。泥棒なんて、思ってなかった。……エリスちゃんと、お兄ちゃんと一緒に……お外で、遊びたかった、よ……」
ミオの声は、六年分の想いが込められた、か細くて、でも温かいものだった。
「ミオ……!」
カズが絡みついていた茨から解放され、血だらけになりながら駆け寄った。
ミオの純粋な笑容を見て、カズの瞳からも、安堵と喜びの涙が溢れた。
「俺だ、お兄ちゃんだぞ。……ミオ、よかった。……さあ、俺と一緒に、家へ帰ろう」
カズがミオを抱きしめようと手を伸ばした、その時。
ピキッ……。
不自然な、ガラスが割れるような音が、リビングに響いた。
「え……?」
カズが目を見開く。
ミオの指先から、血も肉もなく、まるで不透明な『黒い灰』、あるいは『光の粒子』のように、ボロボロと崩れ始めたのだ。
「……お……兄、ちゃん……?」
ミオ自身も、自分の体が消えていくことに気づき、驚きの表情を浮かべる。
だが、その表情はすぐに、すべてを悟ったような、悲しげで、でも満足げな微笑みへと変わった。
「嫌だ……嘘だろ、ミオ!? 何が起きてるんだ! 俺が、俺の手を繋いでるだろ!」
カズが泣き叫びながら、崩れゆくミオの手を強く握った。
だが、彼の黄金の手は、ミオの肉体を掴むことができず、黒い灰となって指の間から零れ落ちていった。
「……先輩、これは……! オメガの魔力で、肉体を維持していたのが、解けて……!」
「嘘だ嘘だ嘘だ! ミオ! お前、まだ俺と遊んでないだろが、家へ帰ってないだろォォォッ!!」
カズの咆哮が、暖かいリビングルームを絶望の淵に突き落とす。
ミオの体は、腰まで、胸まで、そして首まで崩れていった。
彼女は消えゆく最期の瞬間まで、カズを、そしてエリスを、慈しむような瞳で見つめ続けた。
「……お兄ちゃん、笑って……。エリスちゃん、お兄ちゃんを、お願い……。……私、本当は……。あなたたちと一緒に、……お外、で……遊びた、かった……」
ミオの体が完全に崩れ去り、黒い粒子となって、窓から差し込む月光の中に消えていった。
カズの両腕は、何も掴むことができず、虚空を抱きしめる形になった。
リビングには、カズの血と、エリスの血、そして、ミオが最期に残した『黒い灰』だけが残された。
「……ミオ……? ミオ……ミオォォォッ!!!!」
カズの絶望の咆哮が、十九周目の夜を切り裂いた。
黄金の精霊シフティだけが、彼女がクローンであるという残酷な真実を、そして、その短い命を終えた悲しいクローンの最期を伏せたまま、悲しげに目を閉じていた。
リビングの扉が、また、ゆっくりと開く。
そこに立っていたのは、白い弓を手に、冷徹な赤い瞳でカズを見下ろす、桜の姿だった。
(第1章 第11話へとつづく)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
エリスがカズを守るために丸腰で魔法の嵐に歩み寄るシーン、そしてミオを抱きしめて闇を吸い取る姿。究極のメイド精神でした。しかし、その先に待っていたのは、あまりにも残酷な崩壊。カズの咆哮が、今も耳に残っています……。
▼ 伏線の匂わせ
ミオの最期、あのガラスや灰のように崩れ去る瞬間に見せた、不自然な痙攣。
そして、シフティが伏せたままの真実。これは一体何を意味するのか……。
▼ 次回予告(第11話)
「弓と彼岸花、そして19回目の目覚め」
いよいよ現れる、桜姉さん。ミオとは違う、心を病まなかった彼女の絶対的な強さ。一切の魔法系攻撃が無効化&吸収されるチート能力に、カズたちはどう立ち向かうのか?
物理攻撃しか効かない姉に対し、カズは引き金を引けるのか?
語られるサクラの回想、すれ違いの誕生日、そして大好きな彼岸花。
サクラの最期、シフティのループ宣言。大団円と思いきや、カズは突然の死を迎える。
目覚めた先は、またあの書庫。椅子に縛られたカズの前に、青い瞳のエリスが……。
「19回目の殺意を紅茶に添えて」は、ここからが本当のループものです!
第1章の衝撃的な幕引き。お楽しみに!
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