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第一章 十九回目の月光—第1話:残滓の揺り籠 ――静寂と爆ぜる紅――

西暦2100年、日本。

磁気浮上車が空を滑り、網膜投影システムと脳内ナノマシンが人々の意識を繋ぐ時代。「歩きスマホ」すら過去の遺物となった近代社会の片隅に、古き時代の面影を残す古びた屋敷が佇んでいた。


そこで暮らす青年・一ノ瀬 カズ

平和を願って名付けられたその名は、今や絶望の同義語となっていた。

理由も分からぬ家族の惨殺。そして、最愛のメイド、フィッツジェラルド・エリスから向けられる復讐の銃口。

こめかみを撃ち抜かれる火薬の熱、喉を裂くナイフの冷たさ――。

十八回の「死」を積み重ね、意識が戻る場所はいつも同じ、惨劇が始まる一月の夜。

だが、十九周目。運命の歯車が狂い出す。

カズの記憶になかった「金髪の男」の影。エリスの瞳に宿る不気味な真紅の光。

そして死の淵で目醒める、神の領域――。

これは、十八回の敗北ですべてを失った男が、死の記憶を武器に、愛する少女を地獄から救い出すための逆転劇。

「――ごめんな、エリス。もう、どこにも行かせない」

2100年のネオンの下、最強の「器」へと至るカズの、長すぎる一夜が幕を開ける。

 ――ドクン。


 鼓動が、粘りつくような重い音を立てて脳髄を揺らした。


 視界が断片的に()ぜる。

 それは、カズがこれまでの十八回で積み上げてきた「死」のスクラップ帳だ。


 熱い! 腹部を焼くような火薬の猛熱。

 冷たい!! 喉元を滑るナイフの、無機質な鉄の感触。

 痛い!!! こめかみを撃ち抜かれた瞬間の、世界が白く弾ける衝撃。


(また、か……)


 意識の深淵、底なしの闇の中で、 カズは自嘲した。


 走馬灯のように駆け巡る記憶。そのすべてに、銀髪の少女がいた。

 泣き叫ぶ彼女、銃を構える彼女、そして……冷たいむくろとなったカズを抱きしめる彼女。


 ある周回では、彼女の放った弾丸がカズの喉を潰した。

 溢れ出す鮮血の熱さと、視界が暗転する直前に見た、彼女の絶望に染まった顔。


 あの時の、心臓を直接握りつぶされるような「痛み」だけは、何度繰り返しても慣れることができない。


(……いや、まだだ。十九回目……今度こそ、その涙を止めてみせる)


 暗闇が、急速に色を取り戻し始めた。


 *


 窓の外に浮かぶ満月は、鋭い氷のように冷たく夜を照らしていた。


 一月の夕刻。書庫の空気はしんと冷え切り、吐き出す息がかすかに白く濁る。


 時代錯誤な柱時計が、カチ、カチと沈黙を刻んでいた。


 夕陽が真紅に染まり、放たれた光が窓の外の木々に当たり、そこから生まれたシルエットを窓の反対側の壁に投映させている。

 カズは、とげのような木々の影を、ただただじっと見つめていた。


 古い紙が放つ、埃っぽくも落ち着く香気。

 そこに、ふわりと華やかなベルガモットの香りが混じり合う。


「……先輩。お茶が入りましたよ」


 静寂を、鈴を転がすような、だがどこか棘を含んだ声が叩いた。


 振り返れば、そこには銀色のショートヘアを月光に弾かせたエリスが立っていた。

色白の肌にハーフ特有の青く澄んだ美しい瞳。

 フリルのついたロング丈のメイド服に、清潔な白のエプロン。


 だが、その可憐な姿に似合わないほど、彼女の眉間には険しいしわが寄っている。


「……遅いよ、エリス! 待ちくたびれて、本を三冊も読み終えちゃった」


 カズがわざと子供っぽく口を尖らせると、エリスは……「はぁ」……と隠しもしない大きなため息をついた。


 そのまま、ぷいっと横を向いて、小さな頬を軽く膨らませる。


「三冊も読む暇があるなら、少しは自分の部屋を片付けたらどうなんです? 先輩の部屋、今さっき見ましたけど、足の踏み場もありませんでしたよ!」


「いいじゃないか、あれはあれで配置が決まって――」


「……ふぅ。わかりました。そこまで動きたくないなら、私がそのうち重機ボットでも呼んできますから。期待しててくださいね?」


「おい、おいそこまで言わなくても…」


 ツン、と突き放すような物言いが、いつもの彼女が自分を守る防御壁(へき)だ。


 だが、トレイを持つ彼女の指先が、わずかに震えているのをカズは見逃さない。


「今日は……アールグレイです。先輩が、一番好きなやつ……この茶葉、高いんですよっ!」


 エリスは不器用な手つきで、テーブルにボーンチャイナのカップを置いた。


 立ち上る湯気。その香りの奥底に、カズは微かな違和感を嗅ぎ取る。


(……ああ。今回も、君はこれを選んだんだね )


 カズはカップを手に取り、あえてその香りを深く吸い込んだ。

 十九回目も、彼女は同じ「睡眠薬」を選んだ。


 逃げ場を失った彼女が、五年間の重みに耐えきれず差し出した、救いのない嘘。


「……いただくよ」


 カズは迷いなく、褐色の液体を口に含んだ。


 数分後、急激な倦怠感が四肢を支配する。

 手から滑り落ちたティーカップが、床で鋭い音を立てて砕け散った。


「先輩……?」


 意識が遠のく視界の中で、エリスの青い瞳が、憎しみと悲しみが混ざり合った複雑な炎を宿すのを、彼はじっと見つめていた。


 *


 どれだけの時間が経過したのだろうか。

 ぼんやりとした意識の中で、カズはまぶたをゆっくり開ける。

 ……っ……。


 カズの身体は書庫の椅子に固く縛り付けられていた。

 手首に食い込む縄の感触。


窓の外は暗く、書庫内の空気はさらに冷え込んでいたことからあれから数時間は経過していることを理解した。


 これも、もう何度も味わった「既知」の痛みだ。


「……目が、覚めましたか?」


 見上げた先には、メイド服のスカートを揺らし、テーブルに腰掛けたエリスがいた。

 その手には、月明かりを浴びて青白く光るシルバーのベレッタM9。


「さぁ、吐いてもらいましょうか。この家の財産……お父様たちが遺した『禁忌』のありかを」


 その声は、五年間隣にいた優しい使用人のものではなかった。

 仮面を被り、感情を殺し、無理やり「復讐者」を演じている者の、震える声だった。


 だがカズは、縛られたまま不敵に口角を上げた。


「財産……か。エリス……君にはそんな姿は似合わないよ。五年前、隣に越してきたあの日……すぐ裏の山で珍しいコガネムシを見て泣いていた君の方が、ずっと似合っている」


「黙ってください!!」


 エリスの叫びが、静寂を切り裂く。


 銃口がカズのこめかみに突きつけられた。


 銃身から伝わる冷たさ、しかし、彼は同時に感じていた。

 こめかみに当たる銃口が、小刻みに、今にも折れそうなほど震えていることを。


「撃ってみろよ、エリス。俺を殺せば、すべてが終わるぞ」


「……っ、私を……試さないでください……!」


 エリスの瞳に薄らと涙が溜まる。


 復讐という鎧の下で、彼女の心が悲鳴を上げている。

 その鎧はもろく、ピキッ、ピキッ、と音を立てながらそのヒビが幾度にも枝分かれするように広がっていく。


 その瞳が月光に照らされた一瞬、不自然なほど真紅に輝いたように見えたが――それは、カズの幻覚だっただろうか。


 その時だった。


 カズの視界の端、書庫の窓の外で、何かが動いた。


(……!?)


 彼は、自分の目を疑った。

 月光を反射して、一瞬だけ揺れた**「金色の髪」**。


 エリスの銀色とは違う、もっと禍々しく、そして――自分自身のものと酷似した輪郭。


(今回も……いや、今回は違う。誰だ?……あいつは……??)


 十八回目までは気づかなかった……いや、確実に見たかった光景。


 世界を、そしてエリスを壊そうとしている、カズの知らない「謎の人影」。


 彼は縄の隙間に指をねじ込み、拘束を解こうと密かに実行しながら、エリスを見つめた。


「なぁエリス、こっちを向いて。その優しくて綺麗な顔を、俺に見せてくれ」


 彼女の絶望が頂点に達する前に。

 彼女の手が「人殺し」の罪に染まる前に。

 この悪夢のような時間を、カズ自身の意志で断ち切らなければならない。

 彼の腕の縄が、音もなく緩んだ。


 *


「……っ、どうして。どうしてそんな顔で私を見るんですか? あなたは……私の家族を奪った『敵』のはずなのに……!」


 エリスの声が微かに震え、かすれていた。


 次の瞬間、カズは縛り上げられたまま、椅子ごと床に蹴り倒された。


 視界が反転し、側頭部を床に打ち付ける。


 だが、彼は倒れた状態でもなお、笑っていた。

 なぜなら、その蹴り方に彼女の優しさを感じ取ったからだ。


「本気で撃てと言う人間を……私は……初めて見ました」


 彼女は震える膝を突き、倒れたカズの横にしゃがみこんだ。

 ベレッタの銃口を、再びこめかみにぴたりと押し当てる。


「いいでしょう。あなたの好きな古き時代のノモで、死ねるのは幸せですよね?――」


 引き金にかけられたエリスの指が、限界まで引き金を引く。

 だが、その指はあと数ミリが動かない。


 憎しみの炎を灯したはずの青い瞳に、隠しようのない涙が溢れ出していた。


「……どうした? 震えてるじゃないか」


 カズは、自分に向けられた死の道具を、まるで愛おしい贈り物のように見つめ、静かに、そして残酷なまでに穏やかに告げた。


「君は、そんなことができるほど汚れた人間じゃないだろう? 本当は気が弱くて、泣き虫で……寂しがり屋な、優しい女の子だ」


「るっさいなっ……黙って……くださいっ!!」


 エリスが叫ぶ。


 その瞬間、カズは解けた縄を振り払い、驚愕に目を見開くエリスの手首を掴んだ。


「なっ……!?」


 電光石火の動きで、彼女の手からシルバーのベレッタを奪い取る。


 そのまま銃口を自分のこめかみに押し当て、「固定」した。


「エリス。君に、俺を殺させはしないよ。絶対に。ましてやこの銃は、俺のコレクションの中から君にあげた大切なプレゼントなんだから」


 窓の外で見た、あの金髪の男。


 「 あいつに君を渡すくらいなら、俺は何度でも地獄にだって戻ってやる 」


「先輩……? 何を言ってるんですか……!?」


 カズは優しげに笑みを浮かべながら告げる。

「俺が死んだら23:40に時が戻る! そしたら、すぐに離れにあるここで会おう……俺も、すぐ行く! 書庫で待ってるからな、エリス!」


「え……?」


 エリスがその言葉の意味を理解するよりも早く、カズは迷いなく、引き金を絞り抜いた。


 ―― パァァンッ!

銃声というよりは、鈍重な鉄の塊で頭を殴りつけられたような衝撃だった。直後、世界の音が消え、キィィィィィンと鋭い耳鳴りだけが思考を塗りつぶしていく。


 静寂に包まれていた書庫に、鼓膜を切り裂くような爆音が炸裂した。


 火薬の匂い、硝煙の熱。

 熱を帯びた薬莢が床に落ちて「チリン」と、場違いなほど軽やかな音をたてながら転がる。


 そして、エリスの視界を真っ赤に染め上げたのは、温かすぎるほどの鮮血だった。


 至近距離で放たれた銃弾は、カズの頭部を容赦なく貫き、背後の床に赤黒い花を咲かせる。


「っ、………あ…………ぁ…………」

 エリスの喉から、声にならない悲鳴が漏れた。


 糸の切れた人形のように、カズの身体が床に倒れ伏す。

 彼の手から力が抜け、床に転がったベレッタが重たい音を立てた。


「い、いやっ……嫌……っ!! せ、 先輩!!」


 エリスは力が抜けたようにその場にへたり込み、血の海の中に崩れ落ちた。


 メイド服の白が、どす黒い赤に染まっていく。


 憎んでいたはずだった……殺したかったはずだった……。


 なのに、なぜ? どうして、彼は笑って死んだのか。


「う、嘘……嘘よ……私、私……!!」


 罪悪感、喪失感、そして、彼が最後に遺した不可解な言葉への恐怖。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 エリスが泣き叫びながら、その血まみれの身体に手を伸ばそうとした瞬間――。


 カズの遺体が、淡い光の粒子となって溶けるように消えていく。

 赤く染まっていた床も、飛び散った血飛沫も、まるで最初から存在しなかったかのように、光の渦へと吸い込まれていく。


「へっ!?」


 書庫に満ちる、異質な静寂


 そして、エリスの視界が眩い白光に包まれた。


「…………っ!?」


 次にエリスが目を開けた時。

 鼻を突く血の匂りは消え、代わりに漂ってきたのは、一月の凍てつくような夜の冷気だった。


パート2へつづく

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

実は私、小説を執筆・公開するのが今回が初めての挑戦となります。

頭の中にあるカズやエリスの物語を言葉にする難しさを日々実感しており、お見苦しい点や、至らぬ表現も多々あるかもしれません。

読者の皆様に、より没入感のある、ワクワクしていただける物語をお届けしたいと考えております。

もしよろしければ、「ここが読みにくい」「もっとこうした方がいい」といった具体的な改善点や、率直なご感想などをコメントにて教えていただけると、非常に心強く、大きな励みになります。

皆様からのアドバイスを糧に、一歩ずつ筆力を磨きながら、カズとエリスの過酷で熱い物語を精一杯描き切るつもりです。

十九周目のループが一体どこへ向かうのか、これからの展開も一緒に見守っていただければ幸いです。

もし「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマーク登録や、下の【☆☆☆☆☆】からの評価で応援をいただけますと幸いです。

皆様からの反応が、何よりの執筆の動力源になります。

これから「一ノ瀬 和」の逆転劇をどうぞよろしくお願いいたします!

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