一話・主人公不在? の誕生会の悲劇(気にしてませんが?)
宝石で彩られたきらびやかなシャンデリアに火がともり、汚れ皺ひとつない純白のクロスがかけられたテーブルには、くすみ一つなく磨かれたシルバーのカトラリーと、特別な日にしか使用しない特別な食器が燦然と並ぶ。
運ばれてくる食事は超一級品。
国中にとどまらず近隣諸国からも早馬で運ばれた食材を、国でも最も腕の立つと名高い料理人が丹精込めて作った食事が運び込まれてそれぞれの前に並べられていくのだが、本日の給仕係りを命じられた者たちは、いつにもまして緊張していた。
「殿下、いかがでしょうか? 当家の食事はお口に合いますかな?」
「そのような謙遜を。ヴァランシエンヌ侯爵家でいただくすべての料理は、王宮のそれより美味しいといつも感心しておりますよ」
「まぁ、お上手ですこと」
「そうですよ、殿下。王宮であればさらに洗練された食事が並んでいるでしょうに」
「何を言う、ハルヴァ。お前はいつも私のそばにいるのだから知っているだろう? 王宮はおろか、ヴァランシエンヌ侯爵家のこの素晴らしい食事を超える物をだせる場所などこの国のどこにもないと。それは国中の貴族が知ること。もちろん王族もだ。それを証拠に、今日こちらに出向く際見送りをしてくれた兄弟に羨ましがられましたよ。ねぇ、ロッティ」
気品あふれる女性に続き、細い銀縁眼鏡の青年が話す内容に肩をすくめた王太子から愛称で呼ばれ問われた女性は、くすくすと穏やかに笑みを浮かべ頷く。
「連れて行ってくれないのならば絶対に土産をとねだられていらっしゃいましたね、殿下」
「あぁ、それでしたら私も王女殿下に言われました。兄上だけというなら土産を持たせてほしいと」
「君にまで頼んでいたのか……弟妹が申し訳ない」
「大丈夫ですわ。王子殿下へも王女殿下へもちゃんとご用意しております」
「それは申し訳ない」
「王家の皆さまにそのように頼まれごとをするなど、国に仕える者として光栄なことです」
穏やかに微笑み問いかけたのはこのヴァランシエンヌ侯爵家当主ガーレット・ド・ヴァランシエンヌ、優雅な所作で食事を食べ進めながら答えたのはこの国の頂点であるロワルダン王国の次期国王となることが決まっている第一王子であり王太子アガルティウト・フォンライン・ロワルダン、そしてその会話に花を添えるのはヴァランシエンヌ侯爵夫人マドレーネ、次期侯爵である現在は王太子側近の長兄ハルヴァ、次男であり王宮騎士であるヴァラバ、そしてこの侯爵家の長女であり王太子の婚約者であるシャルロットである。
この国の顔である王太子が大変に美しい容姿をしているのは言わずもがなではあるが、その彼が足元にも及ばないとまことしやかにささやかれている稀有な存在がこのヴァランシエンヌ侯爵一家だ。
若いころはまるで神の作りたもうた最高傑作と称されるほど整った精悍な容姿を持つ侯爵はもちろん、花の女神であると例えられ他国の王族からも求婚されていた侯爵夫人。そしてその間に生まれた子どもたちもまた『美しい』という言葉では称えられぬと言われるほどに美しく、ひとたびその姿を見れば誰もが足を止め見惚れいてしまう。
しかも全員が《《ある一つに関すること以外》》では『ノブレス・オブリージュ』を信念に掲げる人格者という事でも知られているためその評判は下がるどことか天井突破
そんな人離れした美しさを持つヴァランシエンヌ侯爵家の面々だが、彼らがひとたび集ってしまえば、その場は天上であるかのように錯覚し、誰しもが見とれ、失神する者まで出てしまうため、会場で揃ってはならぬぞと旧知の間からでもある国王陛下本人から呆れ笑われてしまうほどである。
そんな、どこを取っても文句のつけようもない美の暴力whit王子様の晩餐会だ。
普通の者ならば『その光景を絵画にしたい! 心のアルバムに張り付けたい!』と泣いて願うか、壁や天井、何なら埃や塵の類になってでもその場で彼らを拝みたいと思わせるのだろうが、『ある一つ』を良く知るヴァランシエンヌ侯爵家の使用人は、晩さん会が決まった瞬間から常に異様な緊張感を共有していた。
誰も口にはしたりはしない出来ないが、使用人全員が様々な伝手をたどって用意をし、細心の注意を払って慎重に物事を進めて今日の日を迎えたのだ。
そしてその緊張感は今この瞬間も共有され継続している。その総指揮を執る家令は、当主の後ろに控えながら鋭い視線を隅々にまで配置した使用人に飛ばし、この催し物が滞りなく終わるのを、瞬きの1秒が1分か1時間かと思えるほど気を配り続けている。
神様! お願いです!
どうかこのまま和やかに、穏やかに殿下をお見送りできるように見守っていてください!
じつは王太子本人は気づいてはいないが、既に一度亀裂の入った薄氷の上で続けられている晩餐会。その場にいる誰しもが心からそう願うが、それは彼の次の一言で打ち砕かれた。
「ところで侯爵。今日、こうして食事に読んでいただけたのは婚姻式の打ち合わせ、という事でよろしいか?」
この国、終わった。この王太子、馬鹿じゃないの? と本気で思った! と後に拳を握りながらそう語った使用人がいるほどの激震のその一言に、薄氷の上に立つ使用人たちの気持ちは崩壊し、侯爵家の空気は絶対零度を突破した。
「ひ……酷いですわ、殿下! 」
「え? ロッティ?」
先ほどまでの信頼し合い思い合った婚約者の雰囲気は霧散した。
隣に寄り添うように座っていたシャルロットが彼から逃げるように立ち上がると、座っていた椅子が倒れて大きな音を立てる。
「どうしたんだい? ロッティ」
「触らないで! その名で呼ばないでくださいませ!」
その様子に驚き、椅子から立ち上がって動揺する婚約者にやさしくささやき寄り添うために手を差し出したアガルティウトの手は、高い音とともに叩きはらわれる。
「ひどいですわ、殿下!」
倒れてしまった椅子の傍、大きく蠱惑的なパライバトルマリン色の瞳に涙をためたシャルロットは、わなわなと震える唇から絹を引き裂くような声で叫んだ。
「あんなに! あんなに何度も今日のこの会の事をご説明し、お伝えしましたのにっ! あれだけお願い申し上げましたのに!」
「待って、ロッティ。いったいなにを……」
「殿下の事、信じていましたのに! もう無理ですわ! この婚約はなかったことにしてくださいませ!」
「まっ! まってくれ! どうしてだ、ロッティ!」
「私の事を理解してくださらない方との婚姻など、決してできません!」
突然の彼女の動揺と申し出にアガルティウトが駆け寄ろうとするが、彼女は拒否するように身を翻す。
「姉上……大丈夫ですか?」
「あぁ、ヴァラバ……酷い、酷いわ……」
「えぇ。姉上の気持ちは、よくわかります」
「待ってくれ、説明を……」
「殿下」
わぁっと泣き出して大きなテーブルの反対側へとシャルロットを守るように立ちふさがる次男ヴァラバは王太子を冷たい視線を投げつける。そんな二人の様子に困惑したアガルティウトは傍に寄ってきた長兄ハルヴァに理由を問おうと振り返り、ひゅっと息を飲んだ。
「ハルヴァ、説明をしてくれ……っ!」
「殿下、見損ないました」
「なぜ!?」
「説明の必要も感じません。ヴァラバ、行くぞ」
「はい、兄上」
理由を聞こうと思って問いかけたにもかかわらず、今まで見たことのない……いや、過去に一度見て二度と怒らせないようにしようと決意した時と同じハルヴァの怒り狂ったような表情で、見損なうとまで言われてしまったアガルティウトは、困惑し呆然としたまま出て行ってしまった兄妹を見送るしかできなかった。
「残念です、殿下」
背後から掛けられた声にハッとしたアガルティウトが振り返ると、そこにはいつものように穏やかに、しかし決して目が笑っていないヴァランシエンヌ侯爵夫妻が立っている。
身震いしながらも、シャルロットを諦めきれないアガルティウトは侯爵に縋るような視線を送りながら震えることで理由を尋ねた。
「待ってくれ、こんなことは……理由を」
「あぁなってはシャルロットを説得するのは難しいでしょう……この婚約は再考の余地がありますな」
「そんな!」
その切り捨てるような言葉に絶望を感じながらも、しかし一縷の望みをかけ、王太子という立場もかなぐり捨ててヴァランシエンヌ侯爵夫妻に頭を下げる。
「どうか! どうかお願いだ! 私はロッティを愛しているんだ、彼女でないとだめなんだ! ずっと、一目見た時から彼女に恋をして、彼女にふさわしい男になると研鑽を重ねたのだ! これで終わりになど、諦めきれない! せめて理由を教えてくれ……」
「理由ですか? それは、あの子が心から大切にしている者を踏みにじったからですよ。それも、この屋敷に来てからずっとです。もちろん私どももですが」
「そんなことはしてない! ……いや、申し訳ない。もう一度チャンスをくれないか? 必ず彼女を幸せにすると約束する、そのためになら何でもする! だからどうかチャンスを! シャルロットが大切にしているそれが何か、教えてくれないだろうか! 二度と間違えることはしない!」
もう一度深く頭を下げたアガルティウトの姿に、夫妻は顔を見合わせるとため息をつき合ってから口を開いた。
「そのように殿下に頭を下げられてしまっては無碍にお断りすることも出来ません。殿下だけが悪いという問題でもないことは、我らも承知しております。ですからこれが最後と決め、お答えさせていただこう」
跳ねるように上げた顔を輝かせたアガルティウトに、その理由がはっきりと告げられる。
「今日のこの催し。これはわれら家族が最も愛する娘、アリスの誕生会だったのですよ」
「殿下は出迎えたアリスに声をかけることなく、晩餐の場でも一度も目を合わせることもなさいませんでしたけどね」
「……アリス嬢の……誕生会……? あぁ、そうだ! 」
侯爵の言葉に酷く困惑したアガルティウトは、しかし晩餐会に招待された際にこの誕生会がどれだけ家族にとって大切なものであるか、そして主役であるアリスの不遇な体質と過去をシャルロットから涙ながらに聞かされたことを思い出した。
「私はなんて愚かなんだ! あれだけ聞かされていたのに……」
膝から崩れ落ち、そのごとぼとぼと兄弟四人が出て行った扉から退出するアガルティウトの姿を怒りとわずかな同情心で見まもった使用人たちは、家令の命令により別の部屋で改めて行われるアリスのお誕生会の準備のために走り回ることとなる。
そして翌日以降、婚約解消を撤回してもらうために連日屋敷に訪れる王太子の姿にちょっとだけ心の中で声援を送ることになるのだが、それはまた別のお話である。
「お姉さま? そろそろ許して差し上げませんの?」
「私の可愛い天使を侮辱した相手と結婚するなんて御免ですわ」
「それは、私の体質のせいですし……それに、このままじゃ物語が始まりませんは?」
「物語?」
「いいえ、なんでもありません。そろそろ殿下を許して差し上げてくださいましね、お姉さま」
「まぁ! なんてアリスは優しい子なの!? あんな仕打ちを受けたのに! やっぱりアリスは天使ね! 可愛い可愛い、私たちの天使!」
謝罪に訪れた王太子から受け取った菓子を食べながらの姉妹のお茶会で、姉にぎゅうぎゅうと抱きしめられながらアリスは思案する。
(だって、お姉さまが悪役令嬢だってこと、思い出してしまったんですもの。ざまぁ回避のためにも、一度婚約していただかなければいけないんです)
姉の柔らかな腕の中、図書館から見つけた本を思い出したアリスはぎゅっとこぶしを握った。
(この平和な世界を守るため。わたくし、前世の記憶チートで立派なジャパニーズニンジャになりますわ!)
お読みいただきありがとうございます。
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***注意書き***
作者の全ての作品は異世界が舞台の『ゆるふわ設定完全フィクション』です!
その点を踏まえて、楽しくお読みくださいね。




