プロローグ
新作です。少しの間(ネトコン募集期間) 週1更新ですが書かせていただきます。
★目の前の惨劇で……も併せて書き進めております。が、ネトコン期間だけお許しください★
「あの~」
今日も今日とて、アリスは叫ぶ。
とは言ったものの。それは侯爵令嬢として恥ずかしくない程度で出来る限りなのだが。
「あの~、どなたかいらっしゃいませんか?」
ドン、ドン。と、恥ずかしくない程度に扉をたたく。
「あの、どなたかいらっしゃいませんでしょうか? わたくし、まだここにいるのですが……」
必死、と言うほど叩くことも出来ず、あかない扉に左手を添え、右手を握って何度か叩く。
それをかれこれ二十分くらい続けたところで、アリスは手を止めた。
一歩、後ろに下がって。
開かない扉を見上げると、先ほどまで扉を叩いていた手を頬にあて、首を傾げかるくため息をつく。
「困りましたわ。《《また》》閉じ込められてしまいました」
その割にあまりも緊迫感のない様子の彼女だが、それも仕方がないことである。
彼女がいるのは、この国に生を受けた王侯貴族が将来国に忠誠を誓い働くための義務教育機関――王国立学術学院高等部の図書館の内側だ。
もともと本好きのアリスは毎日放課後になるとここで勉強をしていたのだが、今日も下校時刻ぎりぎりまで読書と勉強に励み、そろそろ自宅に帰るため図書館を出ようと席を立ち、出入り口に向かって進んだ。そして、常に解放されている図書館の大扉がすでに閉められ、ご丁寧に外側からカギがかけられていることに気が付いたのだ。
本来であるならば、か弱い令嬢が大騒ぎしてもおかしくはないこの状況であるが、アリスは先程も言った通り、まったくもって動じていない。
なぜなら彼女はこうして忘れ去られることに慣れているのだ。
それも異常なほどに。
幼いころからそうだったのだ。
かくれんぼをしても、鬼ごっこをしても、お茶会に参加した時も、学院で宿題を提出しようとしても。
順番に並んでいるにもかかわらず最後の最後まで残される。
隠れていてもいなくても、存在をすっかり忘れ去られて取り残される。
いつも嘆いて悲しんでいた。
しかしある日、いつものようにかくれんぼをしていて見つけてもらえず大泣きしながら歩いていたところで派手に転倒してしまい、顔面をしこたまぶつけた拍子に思い出した。
この世界は前世でやり込んだ乙女ゲームかライトノベルどっちかの世界で、自分はそんな世界に異世界転生を果たした名前すら存在しない『モブ』であることを。
(なるほど! ヒロインや悪役令嬢ならあっちにこっちに引く手あまたでしょうけれど、モブならこの扱いも仕方ありません!)
前世うん十年分の記憶を取り戻すことでそう悟ったアリスは、その瞬間からすべてをあきらめ……もとい! 理不尽のすべてを楽しむ適応力が高い子供となった。
無駄なあがきに意味がないこと、暴れて叫んで体力を奪われ、令嬢としての自尊心を失うくらいなら流れに身を任していた方が楽で、置かれた状況を楽しんだ方がよっぽど精神安定乗いいと、前世の知識を使って自分の状況を楽しむ方にシフトしたのだ。
だから。すでに窓の外が暗くなり始め、ここで一晩明かすことになるだろうなと思っても、アリスは慌てたりしない。
「仕方がありません。いつもの場所に行きましょうか」
くるっと踵を返した彼女は、空かない扉に背を向けると目的の場所に向かってすたすたと歩きだす。
「やはり、日ごろの備えは大切ですね。大好きなお菓子を置いておいて正解でした。これも、前世の防災対策の知識のおかげですね」
たどり着いたのはこの空間の一番奥。上級貴族の中でもさらに選ばれたものしか使う事の許されない自習室の一番奥にある、毛足の長い質のいい天鵞絨の貼られた最高級の猫足の長ソファとテーブルのある一角。
ソファーの傍らに膝をついたアリスがソファの下を覗き込むと、そこに不自然に鎮座するやや大きめのバスケットと大きな布袋を引っ張り出すと、慣れた手つきで準備を始める
布袋の中から取り出した上質な毛糸でふっくらと柔らかく繊細な模様を入れて編まれた大きな二枚のショールのうちの一枚をソファーに引いて。
近くにあるテーブルの上に、大変可愛らしいバスケットの中から取り出した、長期保存に適した瓶詰の清涼飲料水二本と、同じく長期保存に適したファッジとクッキー、ドライフルーツの入った瓶、それから布に包まれたカトラリーとカップを並べる。
そうしてから立ち上がり、ポンポンとスカートを払ったアリスはもう一枚のショールに包まるとソファに腰を下ろした。
「うん。やはりここが一番落ち着きますね。後は、温かい紅茶などあればう事なしですが……魔法瓶、作れるといいのですけどね」
室温の清涼飲料水をカップに注いで飲んでから、ほっと息を吐く。
「明日の朝、先生方が出勤されればここから出られるでしょうから、今晩はあの長編小説でも読みましょう。灯りが切れないのは僥倖です」
カップを置き、肩にかけたショールを胸元で手繰り寄せたアリスは、立ち上がると軽やかな足取りでお目当ての小説が並ぶ本棚の方へ向かった。
「前回は序章を読んだところでお迎えが来てしまいましたが、今日はいつ助けが来るでしょうか……出来れば1巻は読んでしまいたいですね」
そう言って本を手にするアリスは気が付かない。
すでにその助けがこちらに向かっていることを。
アリス・ド・ヴァランシエンヌ 十六歳。
彼女のモブ生活は、今日も穏やかに流れていくのである。
……たぶんね?
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