表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

婚約破棄による美容産業の発展について

作者: くまくま
掲載日:2025/10/31

「アレッサ・ヴェルヌ。君との婚約を――ここで破棄する!」


昼下がりの王都広場に、王子の大声が響いた。

その場にいた誰もが、スープを飲む手を止めた。


なにせ、今は昼の商売真っ盛り。

パンを焼く香り、野菜を並べる声、その真ん中での婚約破棄宣言である。


「……それは陛下のご意向ですか?」

白いドレスのアレッサは、落ち着いた声で尋ねた。

群衆が息をのむ。


「い、いや! 僕の……個人的な決断だ!」


なるほど、とアレッサは微笑んだ。

この一言で、彼女の頭の中ではすでに十通りの計算式が走っていた。


(つまり、王家の承認なし。ならば責任は彼一人に帰する。……これ、使えるわね)


アレッサは一歩前に出て、群衆を見回した。


「では王子。あなたの“愛の新時代宣言”に、私も賛同いたしますわ」

「えっ?」

「明日、私は“婚約破棄された女性でも輝ける社会”を作ります。

 まずは化粧品会社を立ち上げますわ」


「か、化粧品!?」


その瞬間、広場にいた商人たちは悟った。

――これは、儲かる。


翌日。


アレッサ商会が発売したのは、「涙のしずく美容液」。


『婚約破棄直後の肌に』『泣いた翌朝も輝くあなたへ』


挑発的なキャッチコピーが王都を席巻した。

失恋した令嬢たちが列をなし、数日後には“涙ケア専門サロン”まで登場。

「破棄フェイスマスク」や「別れの香水」も売れに売れた。


新聞の一面には、こう大きく書かれた。


「王子の断罪が生んだ新美容ブーム」


――名誉なのか、皮肉なのか。


「な、なんだこれは! 僕のせいで美容が盛り上がっているのか?」

「はい陛下、国王陛下も大変お喜びで。“王家主導の景気回復策”だと」

侍従が淡々と答えた。


「ま、待て! あれは恋の話であって経済では……!」

「民は恋より仕事に燃えております。おめでとうございます」


こうして、王子の“愛の革命”は、王国の経済革命へと変わった。


それから王都では、“破棄系ビジネス”が次々と誕生した。


・「謝罪のマカロン」――浮気後に贈ると売上倍増。

・「破棄記念アクセサリー」――涙型の宝石が象徴的。

・「失恋セミナー」――元婚約者を忘れる方法を指南。


街はいつしか“涙景気”に沸いていた。


学院では新しい講義が始まる。

『婚約破棄がもたらす需要拡大について』


教授は黒板にこう書いた。


「感情が動けば、金が動く」


学生たちは爆笑しながら、熱心にノートを取った。


三ヶ月後。


王子は再び壇上に立ち、誇らしげに叫んだ。

「本日、新たにリリア・ハーヴィル嬢との婚約を発表する!」


しかし群衆はざわめく。

アレッサ商会の社員たちが、すでに動き始めていた。


「“再婚ローション”の広告を急げ!」

「“心機一転フェイスパック”の新商品も出すぞ!」


たちまち露店にはポスターが並び、王子よりも商品のほうが注目を集めた。


「な、なんだこれは!?」

隣でリリアがつぶやく。

「王子、経済の方があなたより先に恋を始めてしまったようですわ」


その頃、アレッサは静かに紅茶を啜っていた。


「例の“王子ブランド”はどう?」

「好調です。“断罪コレクション”の再販希望が殺到しています」

「ええ、いいことね」


机の上には、王宮からの契約書。

『経済顧問任命書』の文字が光っていた。


(恋が国を動かすなんて、悪くないわ)


アレッサは微笑みながら署名した。

――涙を金に変えた女として。


数ヶ月後、街では新しいブームが起きていた。

“断罪劇”の次は“和解ショー”。


アレッサの旧友が舞台を立ち上げ、

『婚約破棄された令嬢が立ち上がる感動巨編!』が大ヒット。


劇場街は毎晩満席。

その収益の一部は孤児院に寄付され、庶民の暮らしも潤った。


歴史家はのちにこの年をこう呼ぶ。


“断罪バブル元年”。


「アレッサ様、新しい婚約者候補が十名ほど届いております」

「全員お断りよ。今は経済と結婚しているの」


春風が窓を揺らした。

広場には今日も、商人たちの活気が満ちている。


「最近は地方にも広がっているとか。“別れ屋台”が人気だそうです」

「“失恋直後の胃にやさしいスープ”、ね。いいわ、それ」


アレッサは微笑んだ。

「人の涙に価値を与えられたなら、この国はまだ伸びる」


侍女がうなずく。

「ええ、すべて“王子効果”ですね」

「“王子効果”? 違うわ」


アレッサは紅茶を置いて言った。


「婚約破棄による経済効果よ」


数年後。


経済史の教科書には、こう記される。


婚約破棄は悲劇ではなく、商機のはじまりである。

王国史上、最も多くの雇用を生んだ断罪劇――

それが、“アレッサ・ヴェルヌ事件”であった。


老いた王子は回想する。

「……結局、彼女が王国を救ったのだな」


アレッサは答えた。

「いいえ。救ったのは“女の涙”ですわ」


紅茶の香りがふわりと立ち上る。

――そして今日も、新しい涙が市場を潤している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ