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お淑やか面食い令嬢が、浮気するクズだと発覚したイケメン婚約者を捨て、新たに現れた本物のイケメンと結ばれる話

作者: 七紺

  今日も学園から帰るとまた、魔法を扱う訓練にダンスに勉強に……やることは山盛りの私は窓の外をぼんやりと見ながらため息をもらします。

 

 伯爵家令嬢の私にできた婚約者、レーゾット侯爵家のアレン様。彼との婚約が決まってから私の毎日は多忙を極めており、やることなすこと全てに高いクオリティが求められ、私についているあらゆる分野の専門の講師たちも、最近はなんだかとても厳しいです。嫌になります。

 

 なんで私、こんなに頑張ってるんだろう……そう思うこともあります。

 でも、でもでも!

 そんなとき、私は想像します!

 レーゾット家のアレン様のお顔を。自分で言うのもあれですけど、私はかなりの面食いなのです。アレン様のお顔はそれもう……。アレン様は髪を少し横に流しています。彼が感じさせるのは優雅なイメージ。彼が笑った時の目は「お前は相変わらず子猫ちゃんみたいにかわいいな」と言っているようでそれはもう……。それを想像しただけで、疲れが吹っ飛ぶのです。一緒にいるとあの笑顔が見られ、関係を築き仲を深めると、永遠に彼の顔を見られるわけで、それを想うと私の脳内温度は沸点に達し、顔はもう真っ赤になるわけで。


「ごきげんようロゼッタ様。なにかいいことがありまして?」

「いえいえそんな」

 

 どうやら少し顔に出ていたらしいです。私は親しみやすく、おしとやかという性格で通っています。いけません自分のイメージを壊さない様に気をつけなくては。

 

 そんなとき――ちょっとまってください。あれって……

 

 私の視線の先では、優しく木漏れ日が、男女の姿を照らしています。とてもいいものですね、ベンチで二人の男女が楽し気にお喋りしています。とてもいいことだと思います。でもあれって……アレン様、ですよね。間違いなくアレン様です。隣にいるのは聖女様、回復魔法を扱えることで知られている方。

 気になる、これは一体どういうことなのでしょう。そういえば、風の噂でこんなことを訊いたことがありました。

 

 アレン様は、女たらし、と。

 

 でもそんなものはレーゾット侯爵家に恨みのあるものが流した根の葉もない嘘のお話と思って気にしていなかったのですが……。

 私は身を翻し、階段を降りていきます。

 ショックは正直……あまりありません。不思議なことにあまりありません。たぶん彼の中身をあまり私は知らず――顔だけしか見ていないからだと思います。いい人だなと思っていたけれど、そう思うだけでした。

 

 ただ気になります。盗み聞きなんていうのはげひた人間のする行為、そんなことはわかっています。けれど気になります。


 彼の所業は貴族としてのわきまえや責任を無視し、一線を越えているといえます。ミリット家とレーゾット家の関係に、亀裂を生む行為を、彼は今、行っているのです。どんな理由があろうとも許されることではありません。それに、私以外の人にそういう顔で笑いかけるのは見ていて複雑な気持ちになります。

 階段を降り、真っ白い柱の陰に隠れて、私は二人に近づきます。ここまでが限界というところまで近づくと、止まります。幸い周りに人はいません。

 会話が、聞こえてきます。


「しかし持って生まれると大変だよ。才能ってやつをさ」

「アレン様の剣術見てみたいです!」

「ダメだよ見世物じゃないんだ。第一、学校では剣を扱うのが禁止されているだろう」

「アレン様のお屋敷に道場がありますよね! 行きたいです!」

「さっきも言ったように見世物じゃないのさ。それに、剣術なんかよりも、心の中に一本の剣を持っておくことが大事なのさ」

 

 きざったらしく髪をかき上げながら、アレン様はお話しされています。聖女様は尊敬の眼差しを向けながら、ときにうっとりとしたお顔でアレン様を見つめています。ラブラブですね、とてもラブラブです。見過ごした方がいいのでしょうか。とんでもない光景で、あとあと面倒なことになることがわかりきっているので看過してはならない問題だと思うのですが……。

 

 あとアレン様、アレン様は剣術は最近習い始めたばかりですよね。知っていますよ私は。あなたのお屋敷に赴き、親睦を深めるために色々拝見させていただきましたから。嘘はダメですよ嘘は。

 

 動作がいちいち、きざったらしかったり、虚言を吐いたりするのは別に嫌いというわけではありません。よくないとは思うけど、許せないほどではありません。だって男性という生き物は女性の前で格好つけたくなるものだとなんとなく知っていますから。だからアレン様のそういうところは、私、今まで流してきました。適当言って、流してきました。

 そういうところは別にいいんです、だって彼のお顔は素敵ですから。しかし本当に、密会? というか隠す気がないのではもはや密会ではないかもしれませんが……どうしたものでしょう。この状況、どうすればいいんでしょう。

 

 とりあえず、盗み聞きというのはよくないです。立ち去って、その後考えましょう、どうせ彼は近々またここにきて二人で楽しい時間を過ごすのでしょう。

 ここから離れようとすると、


「しかしロゼッタ、彼女はダメだ」

 

 そんな声が聞こえてきました。立ち去ろうとしていた私はやはりもう少し残ることに。

 はい? 私がダメ?


「それに比べて、聖女である君は、とても美しい。リニアという名前も、宝石を連想させる」

「そ、そんな……」

「ロゼッタ、彼女はね、本当にダメな女だ。いいかい、ここだけの話だよ。二人だの秘密だ、俺たち二人だけの」

 

 二人だけの、を強調しますね随分と。あと聖女様はとても真っ赤ですね。

 でもなにを話すんでしょう、私は別に彼の前でなにか無礼を働いた記憶などもないのですが。なんなら、二人で結構しあわせな時間を過ごせていたと思うのですが。

 でも……少し不安です。不安で、気になります。

 少しプライドが高いところもあると思いながら、けれどアレン様はぼちぼちの人格者ではあると思っていました。だというのに、私とのことを、無関係の人に言いふらそうとするその姿勢には正直失望です。


「わかりました、秘密にします」

「よし、いい子だ」

「えへへ」


 アレン様は聖女様の頭を撫でています。本当に何を見せられてるんでしょう。ちょっとイライラしてきました。


「あの女はね、見ていて疲れる」

「疲れる、ですか?」

「そう、疲れるんだ。大抵どんくさい。飲み込みが遅いんだ」

「そうなんですか」

 

 それは……そうかもしれない。


「宴会でのダンスではそれはもう酷かった。彼女、幼いころはダンスを練習していなかったんだろう。たぶん、最近から練習を始めたのかもしれないね。とにかく、僕は大恥をかかされた、リズム感がおかしいうえに、自分のスカートの裾を踏んで転びそうになるんだ。で、大きな音を立ててコップが割れて、みんなが僕たちの方を見るんだ。エスコートする身にもなってほしいよ全く」

「うわっ、私が男の人だったとしても嫌ですそれは」

「でしょ。僕はそんな女性とよりも君と踊りたい」

「踊りますか?」

「もう踊ってる、心がね」

「えっ……」

「赤くなりすぎだよ」

「あの、でもロゼッタ様って勉強もできるし魔法も万能だし、なんでもできますよね」

「でも基本どんくさい。あんなのは欠陥品だ、偽物だよ、愛するにはナンセンスさ。馬鹿が映ってしまう。だから君の髪の毛に触れて浄化するとしよう」

「ちょっとぉ、くすぐったいです」

 

 確かに……アレン様の言う通りだ。

 

 ずっと、ずっと気にしていた。私は基本的に何をするにしてもどんくさい。彼がいうように、本当にどんくさい。いつもスタートするときに思う、私はマイナスからスタートしていると。だから講師は、ダンスをするときも魔法を使うときも剣術のときも、一番最初の私のセンスのなさを見て顔をしかめた。ときには話をちゃんとお聞きになっていられますかなどと、嫌悪の態度を向けられることも少なくなかった。私は気にしないふりをしていたけど、実は気にしていた。やれるならちゃんとやりたい、別にやるきはある。でもできない。だから悔しくて、誰も見ていない時間に一人で練習した。魔法も剣術も。今となってはどれも、普通の人たちよりもできる。一流と言えるレベルにまで達した。


 けれど私はたぶんこれからもたくさんの壁にぶつかってしまう。

 私にとって、私の出来の悪さは、コンプレックスだ。だからアレン様のお顔(笑顔)をずっと近くに置いておくという目標をモチベーションに最近はやっていたけれど……

 だから彼のことなんて顔以外、ほとんどどっちでもいいけれど。

でも……こうやって近くでいざ言われると、少し、痛い。

 

 嘘。

 

 痛い。

 涙が、出そうになる。

 だって私は私で、変わることはできない。

 頑張れと言われれば基本的に頑張る、周りの人たちは私ができるようになれば喜んでくれるし安心する。だから頑張る。

 でもこの人の言い方はまるで。

 欠陥品は結局のところ、欠陥品。

 私が泣きそうになっていたそのとき――私の横を人が通りすぎた。

 その人は、彼らに、近寄っていきます。私の柱の後ろで、ずっと、その人はいたのかもしれない。

 聞いていたのかも。


「侯爵家の継承者にもなろう人間がくだらんな」

 

 冷たさを感じさせる、はっきりとした声。

 アレン様はその人を見るなり、目を見開いた。


「公爵ベルモット家の次期当主、クロッド……」

「明日からこの学園に転入することになった。そして今は見学をしている。が実にくだらないな貴様」

「どういう意味でしょうかそれは」

 

 ぴくりとアレン様の眉間に皺が寄る。がクロッド様はアレン様の質問には答えない。


「公爵家当主って……ええ⁉」


 事態に混乱している聖女様。


「そこの女性は聖女だな。しかし、いくら聖女いえでも心の汚れまでは見えないか」

「……随分好き勝手言ってくれる」

「剣を抜くか」

「……あいにくと剣は持っていない」

「心という鞘に閉まっているのだろう」

 

 頬をぴくぴくと引きつらせながらも、なんとか優雅な表情をぎりぎり保ったまま、


「リニア、行こう。ほら、早く」

「は、はい」


 アレン様は苛立たし気に。聖女様はアレン様とクロッド様を交互に見た後、まだ混乱した様子で歩き去っていった。

 彼は柱に隠れていた私を振り返った。彼は呆れたような顔をしていた。けれどその呆れには、優しが伺えた。

「これくらい自分の口から言えなかったか。全く」

 

 イケメンだ、その表情はヤバい。本物だ、しかも、心もイケメンだ。


「何をじっと見ている。顔が真っ赤だぞ。どうした体調が悪いか」


 もし頷けばどうしてくれるんでしょう。


「い、いえ、体調は悪くありません。ありがとうございました、助かりました」

「礼を言われるようなことではない」


 いえ、礼を言うようなことです。あのまま彼らの話を聞いていたら私の心はもっと深く傷ついていた。逃げればいいのに、それでも私は聞いて、傷ついていたに違いない。


「よかったら学園を案内してもらってもいいか」

「そういえば明日から学園に転入してくると……はいっ。私でよければ」

「よろしく頼む。実は方向音痴でな、迷子で困っていた」


 伯爵家次期当主ベルモット・クロッド様。

 貴族の間での宴会や舞踏会でもほとんど顔を出さない謎多き方。アレン様は彼を知っていたようですけれど、私はクロッド様を初めて見ました。まさかこんなに美しいお方だったなんて。

 そしてこの方は、傑出した能力を秘めていると、噂されています。



 彼は本当に翌日になると学園に転入してきました。彼は私の一学年上で、魔法科に入学しました。そして瞬く間に生徒の話題をかっさらったのですが――実力は平均的なものだったそうです。本当に中間地点位に位置する、そんな実力だったそう。彼は家柄と顔で話題をさらったものの、実力は折り紙付きどころか、上位層の実力者たちには及ばず、そこだけは話題になりませんでした。

 

 ただ、真面目で、誰にでも平等に接し、授業中もしっかりノートを取る、かっこいいだけの生徒。周囲の認識はそんな感じでした。アレン様の方が強いのではないか、仮にあのときもしもアレン様が魔法を使う戦いをしていれば、負けていたのではないか、私の中でそんな妄想が頭を過るくらい、彼の実力は話題の火種になるほどのものではなかったそうです。

 

 そんな彼が私をどう思っているのかは知りませんが、彼はいつも私を食事に誘ってくれます。友人はクラスにいるそうなのですが、いつも私を誘ってくるのです。私、いつもうっとりしながら食事を取っています。彼を見ながら、うっとりと。

 

 彼はあまり話しません。たまに、私に家に帰ったら何をするのかや、苦手分野を訊いてきます。彼は自分のことはあまり話さず、たいてい私に質問をいくつかします。不思議と私はそういう時間には、落ち着いていられます。とても落ち着きます。どうしてなのでしょう、私には馴染みのない感覚です、初めての感覚です。


 いつしか、伯爵家令嬢という立場を棚上げにしてしまうくらい、私は彼と食事を取るその時間を大切に想うようになっていました。大切に、思っています。大体、アレン様の方から浮気をして、今も聖女様と楽しそうにしているわけですから、気にする必要なないのかもしれませんけど。それでも立場の重要性というのはわかっているつもりですけど、お父様が私たちの実態を知ればなんというか、想像するだけで頭が痛くなります。それでも、そんなことがかすむくらい、私はなんだか、いつもの私ではないのです。


 だから明日、地獄の宴会があることも私はすっかり忘れていました。アレン様となんてありえないのに。




 宴会場に入ると、楽し気な雰囲気があたりに広がっています。グラスを片手に多くの人たちが談笑しています。私はとても気が重たくて仕方がありません。アラン様とダンスを踊ることになるのでしょう、けれどどんな顔をして踊ればいいのやら。

 

 そんなことを思っているとアレン様の姿を見つけました。彼は私と目が合うと、そっぽを向きました。そして他の貴族の女性と楽しそうにおしゃべりしています。もうどっちでもいいですけど。最初から彼の顔にしか興味がなかったわけですし、でも今ではもうその顔すらもどうでもよくなりました。彼の顔にも心にも興味を持てなくなってしまったんですから。

 

 侯爵家当主が近づいてきました。楽し気な笑みを浮かべながら尋ねてきます。


「私の息子とはどうなのかな」

「はい。とても素敵な関係を築かせていただいております」

 

 なにが素敵な関係か。もうお互い、少しも話していない。でも取り繕うのが上手な私は最後まで笑みを浮かべたままやり過ごします。それからしばらくの間ほかの貴族の方々と軽く会話を交わしながら私は時間が経過するのを待ちます。

 

 しばらく時間が経過すると音楽が流れ始めました。メロディーに合わせて、ゆったりと会場全体が雰囲気を合わせるようにして誰もがダンスを始める。手を合わせ、幸せそうに、楽しそうに。

 私は心の中で期待していたことがありました。クロッド様が来るのではないか、そう思っていました。けれどどうやらそれはなさそうです。もしやと思い、もう一度会場全体を見回し、姿を探すが当然いません。

 

 そんなとき――私の手を、誰かが、とりました。

 振り返ると、そこにはアレン様の姿。彼は、邪悪な笑みを浮かべています。彼は何もいわず、私の腕を強引に引くようにしてダンスを始める。

 

 私も、昔とは違い、今ではダンスの心得があります。常人以上にダンスができる――が、アレン様は私と呼吸を合わせるようにして踊るつもりはないらしい。私はなんとかおいていかれないようにとついていくようにして合わせる。

 

 早い、早すぎる、そしてとても雑です……!

 

 私が精一杯合わせるのに気づいているはずなのに、アレン様は薄らと笑みを浮かべ、私の目を見ながら踊っています。これまでならああ、なんてかっこいいお顔何だろうと思っていたことでしょう、ブラックアレン様様も素敵、と思っていたでしょうが今では嫌悪感しか湧いてきません。

 なんとか、本当になんとかステップを踏んでついていくと、


「きゃっ」


 私は体制を崩してしまいました。

 アレン様が、足を引っかけてきたのです。

 故意です、明らかに。


 誰もが、足を押さえて地面に尻もちをついた私を見ています

 心配そうな目もあれば、好奇の目も向いている。

 ――私は出来が悪い、欠陥品のように。

 昔から自覚があったからこそ、そう思われないために、努力を積み重ねてきた。色んな分野に適応できるように、たくさんの努力を積み重ねてきた。自分の中にある、私以外の誰も気づいていない感情を抱えて、必死に努力してきた。

 

だから……そんな顔で見ないでほしい。私はもうあの頃の私ではない。


「っ」

 

 立ち上がろうとすると、左足首が痛みました。


 努力をすることで色んな人の輪の中に当たり前のように入ることができていた、そんな私を、私は別に好きではなかった。努力することは当たり前で、だから、努力しないでいることが怖かった。

 努力しない自分が嫌いだった。

 だって努力をしないとどんくさいと思われる、今私を見ている人たちのような顔で周りの人たちに見られてしまう。

 昔たくさん言われた。

 これだから、本当にこの子は、ダメな子だ。

 まだ一桁の年齢の頃、たくさん言われました。

だから、

 ――まるで昔の私に戻るみたいで。

 怖い。


「大丈夫ですか、足が痛みますか」


 心配するふりをして、アレン様が手を差し伸べてくる。私にだけわかるように、汚い笑顔を浮かべている。この人の顔が私にとって綺麗に映ることは今後一切ないだろう。

 

 私は何かあなたに恨まれるようなことをしましたか。

 過去の自分が――自分の弱いところをあぶられるような感覚に、私は強く彼を睨んだ。心の中で激怒していた。

 平静を装っているが、それは表情に――瞳に出ていたのかもしれない。

 彼の眼差の邪悪な笑みが、深まった。


「相変わらず、昔から変わらないロゼッタ様は」

「本当にねえ」

「変わらないなあ」


 そんな声が次々と聞こえてくる。幻聴も混じっている気がする。ただ、聞こえてくる。心が黒く塗られていくような気がして、涙が出そうになる。

 だいたいのことはやり過ごせる。けれど、努力してできるようになったことを、こうして悪意に晒されてできなくなるというのはただ悔しい。


「苦しそうですね。医務室へ行きましょう」


 彼と二人きりになりたくない、何をされるかわかったものじゃない。足が痛いからまともな抵抗だってできない。けれどここで彼の好意ではないけど断れば、周りの人たちに不審がられる。もしかしたら学園の生徒から、噂を聞いている人間がいるかもしれない。すると私たちの対応で、私とアレン様の現況が露見するかもしれない。


 それは家名を守るためにも避けたい。


 ……医務室に連れていかれたら、私はどうなるのだろう。

 この人が今なにを思って、なにをしようとしているのか、私には想像もつかない。

 憎い、でも、疲れた。ぎり、と唇を噛みしめる。

 彼が、私の手に触れようとした――そのとき。


「その人に触るな」


 信じられない。夢かと思った。けれど夢じゃない。彼が――クロッド様がそこにはいた。

 彼はゆったりと近づいてくる。

 アレン様は、邪悪な笑みを――深めた。

 会場は騒然としていく。クロッド様が宴会に顔を出したというのが一つの要因だろう、そしてもう一つは彼の台詞にあるだろう。

 

 アレン様は、クロッド様の言葉を無視し、私に手を伸ばそうとする。クロッド様はその手を弾くように払った。


「わざと足を引っかけておいてくだらないな」

 

 暗雲が立ち込めるようにまた会場が騒然とし始める。アレン様の態度に変わりはない。


「何を言っているのでしょう私が足をひっかけた? 証拠はあるのですかクロッド様」

「ないが」


 さも平然とクロッド様は言う。


「ははっ。適当なことを言わないでもらいたい。そうだ、いいことを思いつきました。決闘をしましょう」


 クロッド様は依然として、アレン様を鋭い目で見つめたままだ。


「どうですかそれでいいでしょう」

「――アレン、くだらんことを言うな」


 侯爵家当主――アレン様のお父様が止めに入りますが、すでに場内は喧騒に包まれています。


「父上、レイゾット家の名にかけて、必ず勝利しますよ。なのでご安心を」


 アレン様の父は、あとで覚えていろよと言ったような目を息子に向け、これ以上なにも言わない。一方、公爵家当主であるクロッド様の父は呆れたような目を向け、目をつむり、


「クロッド――わかっているな」

「はいっ」


 と二人の間だけで言葉を交わした。クロッド様は続ける。


「剣術か魔法か。どちらでも構わんぞ」

「あいにくと僕は今腕を痛めているんだ、魔法で頼むよ。しかし僕に選択権をあたえてもよかったのかな。きみは――」

「耳障りだ。はやく始めるぞ」


 アレン様の眉間に皺が寄りました。叩き潰してやる、いや、殺してやる、そんなことを思っているように私には見えます。これはまずいんじゃ、と私は不安になります。もしも剣術を選ぶことができていたのなら、アレン様の腕はほとんど素人、勝利はほぼ間違いなかったはずなのに。だけど魔法なら、アレン様の方が上なのではないでしょうか学校でも、クロッド様の魔法成績はほとんど平均レベルだと聞いています。それに比べてアレン様の魔法の実力は学園でも五本の指に入るくらいのものだ。


「待ってくださ――」

「大丈夫だ」


 彼は私に優しく微笑みかけると、私の足に手を回して、私の体を持ち上げた。


「見ていてくれるか」

「……はい」 


 ああ、なんて美しいのだろう。まるで今まで時間を共にしていたアレン様とはまるで天と地。心も、そして、顔も! 好きだから、好きだから心配です。

 

 私たちは宴会場を出て、そこに隣接された庭へと出た。誰もが興味深そうに結果を予想し話し合っています。どちらが勝つ、どちらが負けると。私は宴会場にいた医者の方に足を冷やしてもらい、椅子に腰かけ、彼女にもう大丈夫というと、目の前の戦いを見守ることに集中します。

 お願いだから無理しないでください、私は自分が辛い目にあうよりも、あなたが辛い目にあう方が嫌なんです。だからどうかお願い、無理をしないでください。そう祈ることしかできません。


「降参と口に出した方が負け、でいいな」

「そうですね、では早く始めてしまいましょう、私は今、とても怒っているのです」

「さあかかってこい」

「手加減できないかもしれませんよ」

「調整する技量に欠けるということだろう」


 怒りで真っ赤になった顔で、アラン様は叫ぶ。


「ウォーターボール!」


 小さい水の球が、いくつも生成され、それらが物凄いスピードでクロッド様に向かう。今までに見たことがないほどのウォーターボールの同時生成。殺す気なのか、見ているものにそう思わせるほどの紛うことなき最大出力。 


「クロッド様!」


 私は叫ぶ。水は、クロッド様にあたる直前に――消えた。蒸発していました。

 霧がかかり、なにもかもが見えなくなります。

 霧がかかる中で、誰もが騒然とした声を上げている。


「何が起こった」

「どうなった」


と。

 

 おそらく――ファイアーボールで防いだのでしょう。

 でも、あの魔力量のウォーターボールを……

 相当な熟練された魔法の使い手でないと防ぐことなんて……。


「くだらんな」


 霧が晴れたとき、クロッド様の掌は宙を向いていて、クレーターのようなサイズのウォーターボールがぷかりと浮いていた。

「その程度の魔法、ウォーターボールといわんだろう。これが本物だ」

 

 アレン様は尻もちをつき、口をぱくぱくしている。


「き、貴様……何者なんだ。なんだそれは……ち、力を隠していたのか」

「本気を見せる意味がないからな」

 

 さも平然とクロッド様は言う。私も言葉を失い、その光景を見ているしかありません。この人ほどの魔法の使い手を私は見たことがありません。

 

 ――傑出した能力を秘めている、

 

 その噂が、事実だということを、目の前の光景が物語っていました。


「どうする。これを受けるか受けないか、選べ。言っておくが命は保証しない」

「――もうやめて!」

 

 そのとき、一人の女性の悲鳴が響きました。聖女様です。


「私の好きな人に手を出さないで!」

 

 一瞬、微かに、クロッド様の唇に笑みが浮かんだのを私は見逃りませんでした。たぶん最初からこうするつもりで、ここに来る前か、もしくはもっと前からか、彼は聖女様をこの場所に来るよう仕組んでいたのだ。このシナリオを頭の中に入れていたのでしょう。


  場はざわめきが大きくなっていく。それもそうだろう、私という婚約者がながら、アレン様の前に恋人らしき存在が現れたのだから。


「この人のことを虐めないでください」


 聖女様は大声を出し、未だに地面に尻もちをついているアレン様の元に駆け寄る。アレン様は気が気ではないことだろう。クロッド様に無様に敗北したあげく、浮気までもが露見しようとしているのですから。


「噂では聞いていたが、まさか本当だったのか、アレン様が女たらしだというあの噂は」

 

 誰か一人が呟いた。


「私も最近噂を耳にしていたが。アレン様、なんという……」

「なんというお方だ。それなら、さきほどのロゼッタ様への振る舞いも」


 どんどんと人々の声は大きくなっていき、話題は深まっていく。憤怒するものもいれば困惑するものもれいれば非難する者もいる。山火事のような状態で、誰がなんといおうと日は消えそうにありません。

 聖女様はそんなこと露知らずといった様子。


「大丈夫、どこかいたま――」

「ええい近寄るな! 近寄るなぁ! 誰がお前のことなんて、お前のことなんて……知らない!」

「ひ、酷い! ほめてくれたじゃないですか! 私の頭撫でてくれたじゃないですか! 私のこと、ロゼッタ様なんかよりもずっと素敵って言ってくれたじゃないですか!」


 侯爵家の信用は聖女様が口を開けば開くだけ落ちていく。まさかこんな結末になるなんて。でもおかげでとてもすっきりしました。


「ロゼッタ様、かわいそうに……」

「侯爵家は一体どんな教育をしてきたんだ」

「信じられないわ!」


 滅茶苦茶です、本当に、面白いくらいに滅茶苦茶です。私は色んな事が予想外で、もう呆然としてしまうばかりです。


 侯爵家当主は顔を真っ赤にして、息子をに怒鳴りつけます。


「ふざけるなよ! お前はなんてことをしてくれるんだ! この馬鹿息子! まずはロゼッタ様に謝れ! 謝罪しろ! 無礼を働いてすみませんでしたと謝罪しろ! もうお前は……くそっ、お前という奴は……!」

 

 アレン様は立ち上がり、私のところまで歩いてきました。そして、正座します。


「この度は、この度は……」

「声が聞こえんぞこの馬鹿息子!」

「ええいやっられるかこんなことぉ! ……破棄だっ…………婚約破棄だぁ! くそっくそぉ」


 アレン様はどこかへ走り去っていきます。


「こんなはずじゃなかったのにぃ……こんなはずじゃ、こんなはずじゃあっ!」


 私はそんな背中から視線を外して隣を見ます。隣にはもうクロッド様の姿がありませんでした。





「公爵家のクロッド様がロゼッタ、お前との婚約を望んでいる。そして、お前の意思を問う。以前のような男ではない、がしかし、だ。お前が選べばいい。そして、聞かせてくれ。どうしたい?」

「私も彼のことが好きですお父様」

「……だ、そうだ。いるんだろう、入ってくればいい」

 

 後ろの扉がゆっくりと開く。

 そこにあるのは彼の姿。公爵家次期当主、クロッド様の姿。

 お父様は嘆息して、何も言わずに部屋を出ていく。クロッド様と私は二人っきりになった。


「一目見たときから、ロゼッタ、あなたのことが好きだった」

「私もです」


 最初は顔が好きだったんですけど。


「私も……ほんとうに、大好きです!」


 今では心も大好きです。

 全てが本当に愛おしいです!

 涙ぐむ私を、クロッド様は優しく包み込んでくれました。

 



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拙い文章ですがお読みいただきありがとうございました!

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