馬車の上にて思うのは......
テンパ村を出発してから二日が経った。
僕は今、帝都に向かう馬車の荷台で揺られている。
最初に帝都に向かうのには理由があった。
一つは、この近辺では一番大きな町であり、人も物も情報も桁違いに集まるからだ。
行き当たりばったりで、村々をめぐるよりは賢明な判断だろう。
もう一つは、帝都にあるエルマール国立大図書館の存在だ。
この国ではトップクラスの蔵書量を誇っており、なかには古代に記された書物も保管されているとか。
古代書レベルになると、閲覧にも相応の身分が必要だが、通常の書物であれば入場料と紹介状があれば平民でも入館することはできる。
しかし、入場料で平民の平均収入の3年分は持っていかれるという噂だ。
そして、何より問題なのは紹介状の方だ。
入場料を持っていても貴族による紹介、つまり身分の保証がないと入れさせてはもらえない。
馬車の上でも、ずっと考えていたが田舎上がりの平民がお貴族様と繋がりを持つ妙案は浮かばなかった。
冒険者として、お金を貯めながら機会を伺うというのが結論だった。
順当というか妥当というか、妥協だが......
滞在が長くなりそうで嫌だったのだが、帝都まで訪れておいて図書館を見逃すのは相当な痛手だ。
仕方ない....
帝都に着いてからのことを考えていたからか、うんうんと唸ってしまっていたらしい。
「......レア、おいクレア!」
馬車の手綱を持っていた商人のゴームズが御者席から半身を反らして話しかけていた。
危ないなぁ.....
いくら人気のない森の中の街道だからって、前見て操縦してほしい。
いや、反応しなかったから心配させてしまったか。
とにかく、僕は答えた。
「あぁ、ごめんごめん。ぼーっとしてた」
ゴームズは子どもの頃から村に商人として定期的に来ていたから、30は歳が離れているが、ついつい軽い口調で話してしまう。
本人も気にしてないみたい。
「おまえさん、村を出てからずっと、その調子じゃねぇか。家が恋しくなったんなら引き返すぞ」
森をただ切り拓いただけの街道はでこぼこしているが、よそ見してても運転は余裕らしく軽口まで叩いてきた。
「帝都でのことを考えてただけさ」
「そうかい、不安なら帝都の話をしてやろうか!」
僕はその言葉に即答する。
「いや、もう聞き飽きた」
これは本当だ。子どもの頃から幾度となく聞かされている。
ゴームズが話したいだけなのだ。
「つれないなぁ....」
ゴームズはあからさまに凹んだ仕草を見せると、走行方向に体を戻した。
テンパ村から帝都までの道のりはゴームズの輸送に便乗させてもらうことになっていた。
旅に出ることは随分前から決まっていたから、ゴームズに相談したら二つ返事で許可をもらえたのだ。
歩いて七日程度だから、全然歩ける距離だけど、わざわざ疲れる方を選ぶ必要はないだろう。
この旅では、楽できるとこは楽するつもりだ。
あくまでギフトの正体が分かればいいのだ。自分の足で調査する必要性はない。
こういう考え方は、また父さんに叱られそうだけど......
しかも、乗車代はしっかりと払おうと思っていたが「剣の腕には自信があるんだろう、なら護衛としてタダで乗せてやる」と言われてしまった。
実際はゴームズが雇った冒険者もいるわけだから、護衛としてというのは形だけで、彼の優しさなんだろう。
至れり尽くせりだ。
ちなみにその雇っている冒険者とも顔見知りだ。
今、その男は僕の対面で座っている。
相棒である長槍を隣に立てかけて、不測の事態に備えている姿は一見休憩しているようだが、なかなかに隙がない。
座っていると分かりづらいが、脚が長くスラリとした痩躯をしている。
こちらもゴームズの護衛として村に来ていたから、子どもの頃から可愛がってもらっていた。
名をマークスといい帝都でCランクの冒険者として活躍している。
本人曰く、それなりに名は通ってるとか。
変わり映えのしない真っ直ぐな街道は本当に暇なのだろう。ゴームズが荷台に向かって話しかけ始めた。
「帝都まであと一日ってところか、雨とか降らないでほしいな」
ガサッ
微かに聞こえた怪しげな音と嫌な気配を感じ取って、顔を上げる。
マークスも顔を上げて、見合わせる形になった。
どうやら探知した結果は間違いじゃないらしい。
対応に慣れているマークスの行動は早かった。
「帝都に着いたら銭湯で汗を流し.....」
「ゴームズ!馬車を止めろ!魔物を探知した!」
気配に気づくはずもなく話して続けていたゴームズに被せるように叫んだ。
流石に、長いこと馬車であちこち巡っているだけあって、判断と手綱捌きは一流だった。
マークスの声に、間髪入れず馬車が停止した。
僕は呆気に取られていた。
僕がゴームズに伝えようと思った時には、マークスは叫び終わっていた。
油断していたつもりは......ないが......なにもできなかった
探知は同時でも対処に差が出てしまった。
マークスはすでに立ち上がり、戦闘準備を始めている。
僕は咄嗟に声をかけていた。
「この魔物、僕にやらせて」
マークスは準備の動きは止めずに、こちらを見て聞いてきた。
「魔物は何体いると思う?」
僕は素直に探知した結果を指を一本立てて伝える。
マークスはニヤリと笑って言った。
「正解だ。怪我した時点で交代だからな」
僕は無言で頷き、何もできなかった悔しさを噛み締めて、馬車を降りた。
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