ルトとバトラーの大道芸
「そうそう、上手、上手! すごいよ! もう覚えちゃったんだ!」
草原で風を感じながら微睡んでいると、なにやら喜ぶような声が聞こえてきた。
瞼を開けて声が聞こえてきた方向に視線を向けると、そこには水の都の入口で出会った少年バスカー君と、後ろ足で立ち上がり、鼻の上に複数の玉を乗せているルトちゃんの姿が。
どうやら、大手を振るって街中を移動できるようにするための練習が、ことのほかうまく行っているようだ。
彼らの周囲に様々な道具が散らばっているところを見るに、既に複数の技術を獲得している様子。
いままでは邪魔にならないように離れていたが、そろそろ声をかけても良さそうだ。
「ふふ、練習は順調に進んでいるみたいだね。ルトちゃんとの相性はどんな感じかな?」
「もちろん、最高だよ! 物覚えが良いだけじゃなく、自分で芸を開発しちゃうほどで、僕も教えてもらうことがあるほどさ!」
ルトちゃんを撫でまわしながら、バトラー君は興奮した様子で答えてくれる。
ほんの数時間程度の練習時間だったはずだが、お互いに絆が育まれた様子。
これならばきっと、街中に戻ったとしても問題なく大道芸を行えるだろう。
「日も落ちてきたことだし、そろそろ街の中に入ってみようか。せっかく練習したのに、お披露目しないんじゃ勿体ないからね」
「うん、そうだね――って、もう街の中に入るの? 僕とルトちゃんの練習成果を見て欲しかったんだけど……」
街の入口へと進めようとした足を止め、小さく悩む。
バトラー君としては先んじて評価をしてもらい、より練度を上げておきたいという気持ちがあるのだろう。
私としても二人の練習成果を見ておきたいという気持ちはあるので、彼の言葉に頷いても良いのだが。
「私の見立てが当てにならないってことはないはずだけど、あくまで評価するのはこの街に住む人たち。事前の評価なんて、いくら良かったとしても関係ないよ。君が大道芸をして生きるつもりなら、一番大切にしないといけないのは見てくれた人たちの声だからね」
「見てくれた人たちの……。確かに、そうだね。分かった、この場で君に演技を見てもらうのは止めておくよ。その代わり、一番前で演技を見てくれないかな?」
バトラー君の決意がこもった声にうなずきつつ、止めていた足を再び動かす。
街の入口を抜け、水路が通う道を進み、いくつもの噴水が置かれた広場に入る。
その道中、やはりルトちゃんには様々な視線が投げかけられてしまう。
しかし、大道芸の練習で自信が付いたおかげか、この街を訪れたばかりの時とは異なり、堂々とした様子で道を進んでいる。
一方のバトラー君の様子はどうかというと、若干呼吸に重苦しさを抱いている様子だが、悲嘆にくれる、不安に陥るといった演技の妨げになる感情には至っていないようだ。
「ここなら人の数も多いし、演技をするにはちょうどいいかな。当然、ライバルも多いけどね……」
周囲を見渡してみると、バトラー君と同じく大道芸人として生きている人々が、各々の演技で観衆を魅了している。
埋もれてしまう可能性は相応に高いが、好奇の眼を惹くことができれば大きな宣伝効果になるだろう。
そうなればルトちゃんはこの街の人々に受け入れてもらいやすくなり、バトラー君はある程度安定した生活が送れるようになるはずだ。
「……不思議だなぁ。この街で初めて演技をした時はすっごい緊張してたのに、いまは全然緊張してない」
「……失敗することも、怖くない?」
「ううん、怖さはある。でもそれ以上に、やりたいって気持ちがある。もしかしたら、村を離れた時以上かも」
そう言って、バトラー君は縁起の準備を始めた。
私は、天災と立ち向かうのがいまだに怖い。
剣を握る手が震えてしまうんじゃないか、準備が間に合わないんじゃないか。
失敗してしまうんじゃないかと思うと不安になってしまう。
目の前にいる少年と比べるまでもなく、私は臆病だ。
「それじゃ、演技を始めようかな。この場にお集まりの皆様、少々お時間を! これから、目にも珍しきモンスターとの共同演技をお見せしたいと思います!」
バトラー君が張り上げた声は自信に満ち溢れたものであり、その覇気に影響を受けた人々は知らず知らずの内に足が動き出し、彼らの周りに集まってくる。
不安を抱いた存在に対し、現状を安定して暮らせている人々が興味を抱くことはない。
つまり彼は、大道芸で生きるための第一段階を乗り越えられたということだ。
集まってきた人々に対し大きく礼をした後、大道芸としては基本中の基本、ジャグリングが行われる。
色とりどりの玉が円を描くように宙を舞い、それだけでこの先に行われる演技への期待度が上がってくるというものだ。
バトラー君は場が温まってきたことを確認すると、ジャグリングを続けた状態のままルトちゃんに合図を送る。
ルトちゃんは耳をピンと立てる形で返事をし、彼の真横から少し離れた場所へと移動していく。
観衆の人々はその姿に不安を抱いた視線を向けるものの、新たな演技を見られるかもという期待からか、この場を去ろうとする姿は存在しなかった。
「ほほう、芸をするコボルトか……。鉱山で働く個体も存在すると耳に挟んだことはあったが、こうも多芸とは……」
ルトちゃんが始めた芸は、ジャグリング中のバトラー君が放った玉を額で受け取り、しばらくそこに乗せた後、投げ返すというものだった。
息の合った演技は人々の視線を釘付けにし、道行く人々も彼らの姿を瞳に焼き付けようと足を止める。
演技を見る人々の姿が、増えてきたようだ。
「お次はこのコボルト――ルトのみの演技です! それではご覧ください!」
次なる演技は、後ろ足のみで立ち上がったルトちゃんの鼻の上に、いくつもの玉を積み重ねていくというものだった。
一つ、二つでは観衆の声が漏れ出すことはなかったが、五つ、七つと積み重ねられていくうちにどよめきや感嘆の声が響き、最後の十個目を乗せ終えると同時に、大きな歓声が上がる。
十個の玉を積み重ねた状態のまま正常な体勢へと戻ったルトちゃんは、それらを落とすことなく円を描くように歩きだす。
演技は無事に終了へと至り、ルトちゃんへの拍手とねぎらいの言葉がかけられていく。
人々の数が、さらに増えてきたようだ。
「次が最後の演目となります。私とルトで最初と同じジャグリングをするのですが……。今度は、皆さんにも参加していただきたいと思います! どなたか、ルトに玉をパスしたいという方はおられませんか?」
バトラー君の言葉に対し、観衆はどよめきを返す。
基本的に、劇や大道芸などの演技に対して観衆ができることは何もない。
今回、それに関われることに強い期待を抱いてはいるようだが、珍しい試みに対して動揺もしているようだ。
「コボルト相手に、不安を抱いている人もいると思われますが……。剣を背負った黒髪のお姉さん、どうでしょう?」
「え!? わ、私!?」
挙手が上がらない中、突如としてバトラー君は私を指名してきた。
なるほど、一番前で演技を見て欲しいと言ったのは、こういう目論見もあってのことか。
一応は少女の私がルトちゃんとうまく演技ができれば、観衆の不安も取り除ける。
演技をする側にしても知人が最初になるので、安心して玉を受け取れると言うわけだ。
指名にうなずいた私は、いくつか玉を受け取り、放物線を描くようにそれを放る。
ルトちゃんは器用にそれを額で受け取り、バトラー君へと投げ渡す。
それを二、三回と繰り返した後、こんな声が上がって来た。
「ぼ、僕、やってみたい! ルトちゃんに玉、渡してみたい!」
「私も! お姉さん、代わって、代わって!」
好奇心に満たされた子どもたちが、せがむように私の周りに集まってくる。
残っていた玉を一つずつ彼らに手渡すと、一人ずつ順番にルトちゃん目掛けてそれを放り出す。
様々な弾道を器用に対処するルトちゃんに拍手が起こり、ジャグリングする玉が次第に増えていくバトラー君には歓声が上がる。
地面に置かれていた小さ目な木箱からは貨幣が溢れ、輝きで石畳を彩っていた。




